『デパァト』
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老舗デパァトの最上階のファミリィレストラン、キミエが中学卒業後にウェイトレスとして就職してから、気が付けばもう二十五年以上の月日が経っていた。
キミエが働き出した頃、ファミリィレストランの隣は人の入らないカルチャースクールなどではなく、開けた屋上が子供たちの小さな遊園地として夢を振りまいていた。
休日には親子連れが溢れ、限られたスペースのレールを走る小さな列車、コインを入れるとガタガタ揺れる飛行機にヒーロー人形に男の子たちが目を輝かせる。
小型のメリィゴーラウンドの、シンデレラが乗るような装飾過多の馬車に女の子がときめきを覚える。
デパァトのロゴが入った風船を、ウサギやパンダの縫いぐるみがセールのチラシと一緒に手渡している。
それを横目に「先にご飯を食べましょうね」なんて言われながら連れられてきた子供達は皆一様にお子様ランチで、ハンバーグやエビフライ、チキンライスの旗とおまけの玩具に心奪われたはずだ。
時代は変わる。
不景気がそうさせるのか、不景気に取り憑かれた大人達が子供に夢を追うことすら許さないのか。
白かったデパァトの外壁は排気ガスに薄汚れ、雨がきたならしい筋を付け、排気口からは錆色がずぅっと垂れ下がる。
屋上と呼べるのは辛うじて残されたごくわずかの限られたスペースだけとなり、そこには列車もヒーロー人形もメリィゴーラウンドも、ない。
「はぁ、暇」
平日ど真ん中、午後二時過ぎ。
デパァトのファミリィレストランには暇を持て余した『おばあさんに近いおばさん』だけ。
食券を半分ちぎり取り、平日の二時を過ぎると厨房に一人残されるヨシオカにクリィムあんみつとチョコレイトサンデーを二つ頼んだところで、つい口に出していた。
土日だけ来る鈍くさいバイトに文句を垂れる必要もないが、フロアじゅう見回しても卓が一つしか埋まっていないのは、流石に寒々しい。
「キミエちゃん、」
ヨシオカに声をかけられ、厨房とフロアを隔てるワゴンに置かれた甘いものをトレイへと載せる。
キミエはもちろん「キミエちゃん」などというトシではなかったが、三年先輩のヨシオカは入社同時からずっと変わらず「キミエちゃん」と呼ぶ。
マダム達の席へ注文の品を運ぶため、入り口を横切った時だった。
「アメリカンを」
スーツの男が、キミエに声をかけながら窓際の席に腰を下ろす。
さびれてしまったデパァトのファミリィレストランに相応しくない、美しい男。
颯爽と現れたその男に。
キミエ四十一歳、
恋に落ちた。
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