『夕立と』
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「わざわざ悪かったな。これ使って帰れ」
先ほど受け取ったブランドものの傘を、そのまま女に突き出した。
顔に幾筋もしずくをしたたらせ、まるで服を着たまま風呂に入ったかのような女は顔をあげる。
「それは今、私が」
「違ェ。保管期限が過ぎて処分するやつだ。持っていけ」
女はためらう。
困ったようなその顔を見れば、全てバレているのは解っていた。
『保管期限が過ぎたものなら、ビニィルの傘でも』
今にも、そう言い出すのかと思われたが。
女はしかし、受け取った。
「ありがとうございます」
『馬鹿正直に生きすぎるな』
そういう含みを持たせた厭がらせ、そしていましめだった。
自分だってやっている。
どの店にガサ入れするか情報を流して、その日は未成年や不法滞在を店が隠す。
そうして小金でも稼いでいるほうが、真面目に仕事やっているだけより、ずっと有益だと感じている。
真新しい傘を持つ女の指先は冷え、赤く腫れていた。
「ありがとうございます」
もう一度礼を告げて頭を下げ、振り返った背中のブラのラインやショーツのラインも、ビッチリと張り付いた服に浮いて厭らしい。
「……気をつけて帰れよ」
邪(よこしま)な気持ちでその後ろ姿を見送り、アバッキオは拾得物の記入用紙に何気なく視線を落として、紙を抜き取った。
「3104丁目…あんなションベン横町に住んでんのか」
ブランドの傘などは場違いな裏通り。
もうすっかり濡れてしまった女が傘をさし、汚い路地を歩く姿を想像して妙な感慨に耽ってしまった。
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