『夕立と』
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繁華街の丁度真ん中に設置された駐在所。
午前中の春の日差しは午後から陰りを見せはじめ、これからこの場所での業務が本番を迎える時間だった。
ここで商売をするものたちにとっては迷惑な『客萎え(きゃくなえ)』が空からバタバタと落ちてくる。
殴っただ殴り返しただという酔っ払いに、自分の泊まっているホテルが解らなくなるほど泥酔した旅行者。
無銭飲食を突き出しに来たヤクザまがいのラーメン屋、財布を落としたと泣きつくサラリーマン。
それらが今日は少なくて済むか、と思いつつレオーネ・アバッキオは日中の日誌をつけはじめる。
『○月×日(金曜)天候(午前中晴天、夕方から豪雨…
「お忙しいところすみませんが」
雨音にかき消され、引き戸の開いた音はしなかった。
目の前に、ずぶ濡れの女が立っている。
化粧っ気がなく清潔でシンプルな服装の、夜の街には珍しいごく普通の女だった。
「どうかしたか?」
「落とし物を届けに」
胸に抱いていた、折り目正しくキッチリと巻かれた、とんでもなく高額のブランド傘を、目の前に差し出した。
律儀にも程がある。
この雨の中、拾った傘なんかをわざわざ交番まで届けに来たのか?
しかも自分はずぶ濡れで、拾った傘を濡らさずに?
「どこに落ちてたか、ここに詳しく」
傘を受け取り、拾得物用紙とボールペンを差し出す。
白いシャツが肌に張り付き、片側の肩紐が少しズレた下着が透けている。
過度の装飾がなされていない、シンプルな白い下着だった。
それさえも水分を含み、その下に淡く色付いた乳房の頂までもが今にも透けて見「あの」
「っはイ!?」
女はポタリと水滴が落ちた髪を耳にかけた。
アバッキオの声が完全に裏返ってしまったのを、気にも止めない様子で見る。
「すみません、紙が塗れてしまって…」
「い、いや。かまわねぇ」
勝手に気まずくなる。
女が記入する間、アバッキオは受け取った傘を拾得物が山と詰まれた事務所の奥へと引っ込んだ。
鞄、空の財布、マフラーや手袋、小銭、最も沢山届けられるのが、傘。
女から受け取った傘を持ったまま、アバッキオはしばし立ち尽くす。
───そして、そのまま戻った。
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