互<タガ>いに臭骸<シュウガイ>を抱<イダ>く
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そこで初めて自分が手袋をしていないことに気付き、今日一日の行動を遡ってみる。が、外した記憶も既に無い。
『またやってしまった』と、内心ため息をついた。
何故、いつも手袋だけをどこかに置き忘れるか。いっそしなければいいとも思えるが、指先が凍えるのも乾燥で荒れるのも嫌だ。
あれらが今いるのはバスの座席か駅のベンチか、雑多な他の忘れ物と同じように管理会社の箱の中か。
とにかく、何となく。左右が一緒であればそれでいいと思った。
「どこに泊まるんだ?」
「ホテルバルキーノ」
「部屋の番号は?」
「3-104」
彼からジトリとした視線を向けられ、彼女はなぜそんな顔をされねばならぬのかと不機嫌な顔になる。
「隣だ。3-105」
「っウソ!」
「ホントに」
しかめ面が今度は困ったように笑うのを、彼女は空に浮かぶ月のような丸い目で見た。
「戻って部屋取り直すか。ダブルで」
「んー」
「1人でなんて寝れない癖に」
「……うるさいな」
骨の浮いた指が彼女の手を握り直した。
「海岸に出てみないか?」
「ここから、これから?結構距離があるでしょう?」
「ホテルの
旅の醍醐味の大部分を無駄に使う彼女は目を細め、フーと鼻から息を吐いた。
「明日じゃあダメなの?」
「きっと雨が降る」
くいと上げられた細い顎先に促されて見上げた夜空には、遠くに雷光が走る厚ぼったい黒雲が待ちかまえていた。
時々吹く風を冷たくさせているのは、きっとあの雲のせいもあるのだろう。
「明日は仕事?」
「雨が降ったら延期するさ」
「それがいいわ」
「何かイヤらしいな」
絡んでいた指が解け、ニットコートの腕が深い赤茶のウールの腕に絡む。
「荷物少ないね」
「まだ少なくて良かったかも知れない」
「仕事早く終わらせるから?」
「明日の分の服がいらなくなった」
「……ヤらしい」
ホテルの脇を抜けた途端、建物に反響する風の音だとばかり思っていた『潮騒』が大きくなった。
『ケータイに充電が残っているなら、内容からウェブでタイトルが調べられるかも知れないのに』
千切れ、虫にも食べ残された『 …赤』という表紙の本の続きを彼女は少しばかり気にしたが、彼はそれに気付くことがないだろう。
潮の香りが、彼女の髪と彼の幾房かに束ねられた黒い髪を揺らした。
3-104号室のテーブルの上、汚い本と手袋は大人しく彼女の帰りを待っている。
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