クラフト・ワーカー
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座り込んだ男と少しのあいだ空を眺め、ナナシは洗濯物を干すのを再開する。
「なぁ、聞いていいか?」
大きなカゴの中身が半分に減った時、それまでナナシに洗濯バサミを渡し続けていた男が口を開いた。
「何?」
手を止めずに聞き返したナナシに、男はまたひとつ、ケースから取った洗濯バサミを差し出した。
「何であんな顔してたんだよ」
じっと目を合わせ、受け取ろうとしたナナシの手を優しく握る。
「内緒」
洗濯バサミを取りながらするりと手を抜き、風になびく白いタオルにまた向き合う。
「男にフられたってワケでもなさそうだな」
「色々、よ。内緒だけど」
寂しそうに笑ったナナシに、男も寂しそうな顔で笑い返した。
「……タオルやシーツは気楽でいいな」
唐突な男の呟きの意味を汲みきれず、ナナシが「どうして?」と聞き返そうとした時だった。
かなり強い突風が、プラスチックの軽いケースを巻き上げる。
「やばッ……!」
はためき、顔に被さるタオルで塞がれた視界のほんのスミに、中の洗濯バサミがバラリと宙に舞うのが映った。
それがコンクリートと鉄線のむき出す奈落へ落ちていく音が聞こえ───
るかと思われた。
「……ぁ、れ?」
たったいま空に散ったはずのケースと洗濯バサミを、男はすべて手の中に収めていた。
ナナシは驚いてしばらく見つめ、言うべき言葉をようやく絞り出す。
「あの、ありがとう」
「いーよ。礼なんか」
突風がまた吹いた。
ナナシの手に渡る前に音をたてて落ちたプラスチックケースは、コンクリートにカラフルな洗濯バサミを散らかす。
「アンタの頭ン中に、余計なモンが色々こびりついちまってんならさ」
男の付けた香水の爽やかな香りと染み付いた煙草の匂いが、突然近くなった。
「オレが、洗濯してやりてぇよ」
もう正午近くなった廃ビルの屋上の湿ったシーツに、重なる二人の影が透けた。
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