エルフオンザシェルフ
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ひよこ色のパジャマの女の子。フルーツ入りの焼き菓子、パネットーネ。ベッドの柵にくくられた古い靴下。小さな身体のままのホルマジオの目の前には、質素ながらもクリスマスらしい『幸せ』な光景が繰り広げられていた。ベルがひっきりなしに鳴るようなおしゃべり声。薄暗い部屋で輝く笑顔は、暗殺者ではなく『たなのうえのようせい』に向けられたものだ。
妖精の役を演ずるハメになったホルマジオは今日、夕方からずっとターゲットに張り込んでいた。家族全員の顔がいっぺんに見られるよう、ディナーか何かの記念写真を隠し撮りする必要があった。ターゲットとその家族が住むのはそこそこの高層階であったため、暗殺チームのリーダーであるリゾットは身体のサイズを自在に小さくできるホルマジオの才能に頼ることを決めたのだ。
レンガ壁の漆喰飾りの段差を器用に伝い、窓越しに何枚かの写真を撮り終えた頃。サンタクロースの旅路はひどく凍えていた。
カメラを操作するために素手でいたせいで全ての指は完全に冷えきり、今さら分厚い手袋をはめ直してもちッとも温まらない。かじかんだ手を少しでも温め直さねば、引っかかりから指が外れて一巻の終わり、というところまできている。気乗りはしなかったが、冷えきった壁に耳を当てる。壁も氷のように冷たくて耳は切れるように痛んだが、コン、コンと微かな音がした。建物全体を温めるセントラルヒーティングが通っている証拠だ。神に祈るような気持ちで見回した一角、ダンボールとガムテープを当てただけという割れ窓を見つけた。
ホルマジオはせいぜい15センチほどに身体の大きさを保ったままで部屋へ侵入する。脱いだコートの内側と背中とをべったりと温かい壁にくっつけて、ようやく一息ついた。
と思ったら、件の住人と目があった。
好奇心いっぱいの女の子は、悲鳴をあげるどころか、こうだ。
「小さなサンタクロース?じゃあなくッて、あなた『たなのうえのようせい』ね?」
ELF ON THE SHELF でしょう?と女の子は言った。なんと幸運なことか!黒いコートと白いスヌードの下に着ていたのは真っ赤なニットだったおかげだ。
まだ7歳にもならない(と思われる)女の子の説明は、普段ガキなど相手にしないホルマジオには難解なものだった。それでもなんとか『どこかの国ではクリスマスが近づくと棚の上に妖精が現れて、子供がいい子にしているかを見張るサンタクロースの手下がいる』らしいことを理解した。
いい子でいるかどうかを見張る?なるほど。今の自分と同じ任務を任されている妖精がいるらしい。残念ながら、こちらのサンタクロースからの最終的なプレゼントは、首にかかる縄だったり、鉛弾だったりするわけだが。
クリスマスの前に現れたとなれば、赤と白の衣装の小さい人間。それは確かに『棚の上の妖精』だ。
そして今に至る。オロオロするホルマジオをよそに、女の子はベッドを飛び降り、椅子へとよじ登った。小さい手を一生懸命に伸ばし、二日後のクリスマスまでひっくり返して熟成させておくはずだったパネットーネの頭を、鷲掴みに引きちぎる。
「あぁ、ちくしょう!サンタのお使いがおいでだっていうのに、うちったら!ミルクもクッキーも用意がないの」
言葉使いに乱暴なものが混じるのは、母親の教育の賜物だろうとホルマジオは思う。見回した部屋の帽子掛けには女物のスリップが引っかかっていたし、ミュールはひねくれて床に転がっていた。もちろん、掃除もされていない。
女の子は紙の上に指の形がついたパネットーネを置き、ホルマジオの前へと差し出して、精一杯『妖精』をもてなした。毛がつぶれて薄汚れたセンターラグにべたんと座る。レースのほつれた夜着の襟の上に乗った少女のまん丸い頬は、真っ赤に高揚していた。
「安心しな、サンタクロースはそんな細かいことは気にしないもんだ。たとえクッキーやミルクのお礼が無かったとしても、良い子のプレゼントをケチったりはしねぇよ」
ホルマジオがそう言うと、今度はプレゼンテーションが始まった。いかに自分がいい子だったか、鬱金香の鉢植えを割ってしまったのもグラスを欠けさしてしまったのも不運な事故であって、決して故意ではなかったのだとか。
背中を暖めながら必死の訴えに適当な返答をしていると、ぐぅと盛大に腹の虫が鳴いた。ホルマジオのではなく、女の子の腹からだった。
「ハラが減ってんのか?このパネットーネ、喰っちまえよ」
「だめよ!それはようせいさんの」
小さくまん丸い瞳に鋭く睨みつけられ、ホルマジオはおぉ、と唸って思わずのけぞった。たった15センチしかない身体で見るには迫力満点だ。
「菓子が無ェくらいでプレゼントの評価にはならねェーって!ったく、しょうがねぇなぁ。良い子は言うことを聞くモンだろ?」
「だって、おかしはあさごはん」
「……かーちゃんは帰って来ねェのか?」
「あさになったらかえってくるよ、おひるかもしれないけど」
尻と背中が温まり、指先もそこそこ温まった小さなホルマジオはやれやれと立ち上がる。女の子の相手も切り上げどきだと思ったが、気紛れにもう一仕事、してやろうかという気になった。
「そうか、ようし。嬢ちゃんが本当にいい子なら、後ろを向いて目にマスク」
「めにますく?」
「アッチの方を向いてから、こうしてしっかり、目を覆う」
ホルマジオは「こうしてしっかり」と両手で自分の目を覆って見せた。女の子はくるりと後ろを向き、目を覆う手が顔に触れるか触れないかの時にはもう、元のサイズに戻っていた。
「もういいぜ」
一瞬ばかりの『めにますく』をぱっと離して、女の子は妖精のいた場所を見た。が、そこにあったのは大きなブーツのつま先だ。ツリーのように突っ立った足、赤いセーターと見上げていき、女の子は嘆息した。
「すげえ〜!」
またしてもこの言葉遣いだ。お節介ながら、母親のほうから教育が必要だとホルマジオは思った。
「ターゲットを監視する時以外はいつもこのサイズなんだぜ。リーダ……っつーか、サンタクロースと会うときに小せェまんまだと、踏み潰されちまうからな」
「プレゼントにうずもれちゃうかもしれないしね」
「その通り。さて、残念ながら、妖精はチビすけが泣くぐれー辛ェペペロンチーノしか作れねェぞ」
女の子の頬がにっこりと盛り上がる。まんまるの目がきらきらと光っている。
「わたし、だいたいわかるわ!いつもママのをみてる、ママのペペロンチーノはうまいわよ」
毛の潰れたラグから飛び出した女の子は、べたべたする手でホルマジオの手を掴み、キッチンへと先導した。部屋よりはましなくらいに片付いているキッチンを物色し、必要最低限のお宝を発掘していく。パスタは引き出しの中に、丁度いい太さのものが。しなびたニンニクが少しと、乾燥トウガラシ。セントラルヒーティングのおかげか、オリーブオイルも透明なままだ。塩と砂糖は舐めてみて、間違いがないように。
花柄の片手鍋に湯を沸かす間に、女の子の指南を仰いでニンニクを叩く。湯気で温まった顔に少女は質問を投げかける。
「ねぇ、サンタクロースってどんなかんじ?ようせいさんのリーダーなんでしょ?」
「あぁ、うちのリーダーに限って言えば、まぁ、何だ。人使いが荒くてちょっと怖ェな。内緒だぜ。そうだ、嬢ちゃん。妖精がこんなことしたって知れたら、プレゼントの先払いだって言われて本物のプレゼントが届かねェから、今日の事は全部内緒だ」
「わかった。じゃあ、ようせいさんもペペロンチーノのつくりかたはないしょにしなくッちゃあね」
「何で?」
「ペペロンチーノのつくりかたをどこでおしえてもらったか聞かれたら、わたしと会ったことをしゃべらなくちゃあならないでしょう?そうしたら、わたし、プレゼントがなくなっちゃう!」
「なるほど。そりゃ、そうだ」
『ニンニクは茹でる前のパスタ色になるまで炒めて』、それから『私の親指の爪くらい、ちょっぴり!』のトウガラシを細切れにして入れたペペロンチーノは、それは見事な出来だった。女の子は「じょうでき!」と叫ぶと、香ばしい湯気のあがる皿から、一口には多すぎる量をフォークに巻きとった。
「しょうがねぇなぁ、早食いすると美人になれねェーんだぜ?」
彼女が口いっぱいに頬張ったのを見てグラスに水を取りに行き、テーブルの上に置くと同時にホルマジオは姿を消した。
女の子の目からは、ぱっとホルマジオが消えたように見えただろう。実際は、小さくなって黒いコートを回収し、慎重に、地味に地道にアジトへの帰路へとついただけだが。
.