足掻き、そして溺れる
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ささやかな。それはごくささやかな願いだった。
数日前から探りを入れ、それなりの量のアルコールの力を借り、ギアッチョはチャンスを壁際にまで追い詰めた。退路はない。当然のこと、周到にやってのけたのだから。
足先に逃げ場を見出さんとしてか、または諦めを噛みしめているのか。ナナシの睫毛は下を向いたまま、口はずっと真一文字に結ばれている。
だからといって、ギアッチョは壁に縫い付けた両手首を開放するつもりはなかった。鼻先に彼女の前髪が触れる。
柔らかい。
興奮。
レイプだろうか。
拒みはしないだろう、例え本心からでなくとも。
惚れあった者同士が睦みあう、愛情に満ちた情熱的な交わりでなくとも。足を開かせることは簡単だ、『これ』はそういう女だから。
「何をしたいか解るか」
「解りたくない。できれば」
「見損なうか。そもそも最初ッから、オレにはそんな信用が無かったか」
頬骨の丸いラインと鼻筋を見下げる。視線は合わない。
久しぶりに見る、化粧の、偽りのない顔。
自分の吐くアルコールの臭いに、彼女の甘い匂いが混じる。女の匂いだ。
薄い素材のブラウスに、重そうなビジューが縫い付けられている。肩の上でブラジャーの肩紐の部分がほんの僅かに盛り上がり、胸の方へと降りていた。まろやかな膨らみを支える下着は、細い糸を複雑に絡ませたレースが縁取っている。なんだっていい。その中にある全てが無性に欲しい。
上向かせて唇を噛む。逃げるようにそっぽを向く。捉え。カプチーノの泡さえ崩れないほど微かに、心のどこかが怖じけているのさえ暴かれてしまうほど、恐る恐る、優しく触れる。くちびるの表面の薄い薄い皮だけが互いに押し合う。擦り合う。次第に溶ける。アルコールと、ぼうっとするような口づけ。
形ばかりに添えられた抵抗を無視して、まさぐる。糸の重なりで固く感じるレースの上から、滑らかに盛り上がる女の輪郭をたどる。忍び込む。その先は、とろけるように柔らかい。
夜明して冴える頭は分泌される興奮物質に支配され、完全に陶酔する。
すべらかな先端が、手の中で固くしこりはじめる。
二指につまむ。
熱い息が漏れる。
ガキか。もうはちきれそうだ。
ドアノブが回る。
同時にさっと身を離し、ナナシは瞬時に胸元を整え、ギアッチョは何食わぬ顔を作ってリビングへ足を向けていた。
鍵が回り、錠から引き抜かれる金属が擦れる微かな音の後で、エントランスのドアが開く。
「やぁ、ずいぶん早いな」
「ボナ・セラ。メローネもね」
「やだなァ、『ボンジョルノ』の時間だろ。少なくとも、あと五時間はそうだ」
メローネは薄く細めたまぶたの奥からナナシを舐め、自分の定位置であるパソコンの前に腰掛けた。
ナナシは自室へ戻り、鏡に向いて薄い色のリップを付け直す。
濃すぎるチークをコットンで拭ったが、白い綿の上には何の色も取れなかった。
軽くファンデーションを叩く。自室に逃げ戻ったままのほうが勘ぐられる、と、ナナシはリビングへ戻る。
キッチンで、頭を冷やす水を一杯。ナナシはコーヒーを入れるギアッチョの横から割り込んで、伏せられたグラスに手を伸ばした。
「クソ、命拾いしたな」
「刺激的なのは嫌いじゃあないわ」
ごく小さなボリュームで密談が交わされる。ギアッチョはナナシの腰に押し付ける熱を、ナナシはそのギアッチョの熱を無視した。メローネはとっくにヘッドホンをかぶって、起動したばかりのパソコンに何やら打ち込んでいる。
グラスの水を飲み干して「おやすみなさい」と自室へ戻るナナシのヒップを見届け、メローネはヘッドホンの片耳を持ち上げる。
「なぁ、ギアッチョ。オレは君に謝ったほうがいいだろうか」
「やめろ。余計に惨めだ」
ギアッチョはタバコの臭いとコーヒーの味が混ざった苦いツバを、ベっとシンクに吐き出した。
thee end
数日前から探りを入れ、それなりの量のアルコールの力を借り、ギアッチョはチャンスを壁際にまで追い詰めた。退路はない。当然のこと、周到にやってのけたのだから。
足先に逃げ場を見出さんとしてか、または諦めを噛みしめているのか。ナナシの睫毛は下を向いたまま、口はずっと真一文字に結ばれている。
だからといって、ギアッチョは壁に縫い付けた両手首を開放するつもりはなかった。鼻先に彼女の前髪が触れる。
柔らかい。
興奮。
レイプだろうか。
拒みはしないだろう、例え本心からでなくとも。
惚れあった者同士が睦みあう、愛情に満ちた情熱的な交わりでなくとも。足を開かせることは簡単だ、『これ』はそういう女だから。
「何をしたいか解るか」
「解りたくない。できれば」
「見損なうか。そもそも最初ッから、オレにはそんな信用が無かったか」
頬骨の丸いラインと鼻筋を見下げる。視線は合わない。
久しぶりに見る、化粧の、偽りのない顔。
自分の吐くアルコールの臭いに、彼女の甘い匂いが混じる。女の匂いだ。
薄い素材のブラウスに、重そうなビジューが縫い付けられている。肩の上でブラジャーの肩紐の部分がほんの僅かに盛り上がり、胸の方へと降りていた。まろやかな膨らみを支える下着は、細い糸を複雑に絡ませたレースが縁取っている。なんだっていい。その中にある全てが無性に欲しい。
上向かせて唇を噛む。逃げるようにそっぽを向く。捉え。カプチーノの泡さえ崩れないほど微かに、心のどこかが怖じけているのさえ暴かれてしまうほど、恐る恐る、優しく触れる。くちびるの表面の薄い薄い皮だけが互いに押し合う。擦り合う。次第に溶ける。アルコールと、ぼうっとするような口づけ。
形ばかりに添えられた抵抗を無視して、まさぐる。糸の重なりで固く感じるレースの上から、滑らかに盛り上がる女の輪郭をたどる。忍び込む。その先は、とろけるように柔らかい。
夜明して冴える頭は分泌される興奮物質に支配され、完全に陶酔する。
すべらかな先端が、手の中で固くしこりはじめる。
二指につまむ。
熱い息が漏れる。
ガキか。もうはちきれそうだ。
ドアノブが回る。
同時にさっと身を離し、ナナシは瞬時に胸元を整え、ギアッチョは何食わぬ顔を作ってリビングへ足を向けていた。
鍵が回り、錠から引き抜かれる金属が擦れる微かな音の後で、エントランスのドアが開く。
「やぁ、ずいぶん早いな」
「ボナ・セラ。メローネもね」
「やだなァ、『ボンジョルノ』の時間だろ。少なくとも、あと五時間はそうだ」
メローネは薄く細めたまぶたの奥からナナシを舐め、自分の定位置であるパソコンの前に腰掛けた。
ナナシは自室へ戻り、鏡に向いて薄い色のリップを付け直す。
濃すぎるチークをコットンで拭ったが、白い綿の上には何の色も取れなかった。
軽くファンデーションを叩く。自室に逃げ戻ったままのほうが勘ぐられる、と、ナナシはリビングへ戻る。
キッチンで、頭を冷やす水を一杯。ナナシはコーヒーを入れるギアッチョの横から割り込んで、伏せられたグラスに手を伸ばした。
「クソ、命拾いしたな」
「刺激的なのは嫌いじゃあないわ」
ごく小さなボリュームで密談が交わされる。ギアッチョはナナシの腰に押し付ける熱を、ナナシはそのギアッチョの熱を無視した。メローネはとっくにヘッドホンをかぶって、起動したばかりのパソコンに何やら打ち込んでいる。
グラスの水を飲み干して「おやすみなさい」と自室へ戻るナナシのヒップを見届け、メローネはヘッドホンの片耳を持ち上げる。
「なぁ、ギアッチョ。オレは君に謝ったほうがいいだろうか」
「やめろ。余計に惨めだ」
ギアッチョはタバコの臭いとコーヒーの味が混ざった苦いツバを、ベっとシンクに吐き出した。
thee end
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