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「___で、決行はいつだ?」
「店の目星はつけてある。だが、先にお前は何度か店へ足を運んでおけ。毎回、別の犬を連れてな。そうすれば、物語に信憑性が出る」
そこまで話したプロシュートの後ろ頭に、無粋で冷たい感触が突き付けられる。
ベレッタM92、イタリア警察が持つポピュラーなモデルの拳銃だった。
グルグルとぐろを巻く髪の毛を後ろで一つに束ねた、無精髭にまで白髪が混じっている中年男だった。
擦り切れたスタジアムジャンパーはそこかしこがほつれ、粘っこい唾液を溜めた臭い息を吐く。
それなりに不快ではあったが、プロシュートとホルマジオにはとても退屈な出来事でしかなかった。
頭に銃を突き付けられているにも関わらず、シエスタの陽気のせいか、プロシュートは眠気を誘われた。
「金か、命(タマ)か」
「うるせェな。考えておいてやるから明後日にしろ」
「テッメェエ!!フザけんじゃあねーぞ、オレはな、自分の思い通りにコトが運ばねェのが大嫌ェだ。いい子だから、とっとと金出しな」
「俺は『お願い』したんじゃあねェぜ。明後日に『しろ』と命令したんだが、解らなかったか?え?それもと俺がお行儀のいい実業家にでも見えたか?そうだったら実に結構な話だ、毛ジラミ湧いた陰毛パーマが」
「呑気なおしゃべりなんざァ聞いてねェーんだよッこのタコ助野郎ッ!!ブッ殺されてェーか!?」
かっと頭に血を上らせた強盗男が、口から臭い唾を飛ばす。
プロシュートがおもむろに立ち上がり、その拍子に椅子が音をたてて倒れる。
先に財布の中身を差し出し、腰を抜かして座り込んでいた老婆のちょうど目の前に背もたれが落ちてきた。
可哀想に、彼女は引きつった悲鳴をあげた。
「あぁ、じゃあフザけついでに教えといてやる。『「ブッ殺す」なんてクソほど価値の無ェセリフを吐く三下は逆にブッ殺される』……古い映画じゃあ当たり前の、詰まらねぇストーリーだ」
「なん、だと!?」
強盗男は息を飲み込んだ。
自分に向けられているのは、書類やパソコンばかりを鑑賞の対象にしているビジネスマンの視線などとは全く異質の……空腹に殺気立った豹がする、野生じみた眼差しだった。
冗談のように小さなトカレフのマズルが、強盗男の股間に定められている。
手動セフティすらなく常に臨戦態勢をとっているかのようなこの銃は、プロシュートがギアッチョにあれこれと注文をつけて入手させたものだ。
いつの間にショルダーホルスターから抜かれたのか。それは目の前に座っていたホルマジオだけが解っていたが、ひどい興奮状態にある強盗男は気が付きもしなかったのだろう。
「で、お前はどうするんだ?(キン)タマか、命(タマ)か」
「……」
さっきまでいじっていた砂糖の紙包から、こちらもいつの間に取り出したのか、細いナイフをヒラヒラ弄ぶホルマジオが、クツクツ笑いを喉に詰まらせる。それを飲み込ませるコーヒーが、カップに全く残っていないせいだ。
通りには消火に駆けつけた赤い消防車のサイレンと、カスタード色でべちょべちょの女がペンキ塗りを罵倒するのと、もう見えない場所まで走り去った引ったくりに「泥棒!」を繰り返す声とが、エンジンルームのトーストされた臭いに混じって辺りをいっぱいにしていた。
「兄ちゃん、分が悪ィや。それはやるから、もう帰んな」
先ほどまで縮み上がっていたであろうトラットリアの主人まで、鮮やかな牽制逆転劇にすっかり毒気を抜かれて入り口まで出てきた。
髪の生え際から眉尻まで走る太い血管が今にもパンクしそうな強盗男が叫ぶ。
「テメェは黙」
ゴッと重く硬い音がした。
強盗男がトラットリアの主人に気を取られた、ほんの一瞬だった。
男の持つ銃のマズルはもう、プロシュートの後頭部を捉えていない。
上半身を地べたにつくように屈めながら、腰を軸に片足を振り上げる回転蹴り、メアルーア・ジ・コンパッソと呼ばれるカポエイラ特有の技だ。
プロシュートの長い足で蹴りだされた鞭のような一撃が、男のこめかみに直撃していた。
ジンガ(カポエイラのステップ)も踏んでいないノーモーションからのコンパッソだったが、遠心力もしっかり付いた強力な一蹴だった。
擦り切れたスタジアムジャンパーのポケットには、店内の客からかき集めた札がねじ込まれていた。
ホルマジオは全部をつかみ出すと、気まぐれに吹く強い春風に飛んでしまわないよう、飲み終わったカップをペーパーウエイト代わりにトンと乗せる。
「代金、ここに置くぜ」
トラットリアの主人と体格のいい女が飛び出してきて、強盗男の体の上にどっしりと座った。
手の中のベレッタは、警察から盗まれたそれらしく、バネ状に巻かれたコードが垂れている。
「さァて、行くか。……オイ、どこ行くんだ?」
「あー、「価値の無ェモン」をな」
「おぉ、クソしに便所か」
プロシュートがトラットリアの扉をくぐると、足を踏み鳴らしながらの拍手と口笛、エクセレントとブラボーとハラショーの叫びに迎えられた。
thee end
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