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空は白っぽく晴れていた。
ホルマジオのオリーブ色の肌でも、じわじわと焼けて痛みそうな白い午後。
バールに空きの席が無かったので、大通りに面したトラットリアでコーヒーを注文し、二人は外の椅子に陣取った。
グラッパがブレンドされた気分の良くなるコーヒーでようやく機嫌を直し、プロシュートは「さて」と切り出す。
ちょうど走ってきた小型のジレラが、ハンドルを切りながらのブレーキングに間に合わず、真正面から来た灰色のクロマの下に滑りこむようにぶつかった。
すぐ目の前の大通り、ほんの二、三件ぶん先で起こったバイクと自動車の派手な接触事故だったが、二人はまるで目もくれない。
「いいか、俺が犬をいっぴき調達して、カフェテリヤの椅子に座る。犬はノラじゃあない、毛並みのいい、顔のしまったいかにもってやつだ。そういう野良を探してくる。カフェテリヤでは、カメリエーラが注文を取りに来る」
「ほう、男じゃあなくて?」
カフェ・ラッテの泡を厚ぼったい上唇につけたまま、ホルマジオが相槌を打つ。
プロシュートが座って背を向けている一区画ほど後ろから、女が大声で「泥棒!!」と叫んだ。
プロシュートは筋書きを語ることに、ホルマジオはプロシュートの才幹を見極めてやろうという算段なので、多少の雑音など全く気にしない。
「いいや、女だ。カメリエーラがいい。そばかすがあって前髪を垂らしてるような、パっとしない女が黙々とカメリエーラをやってる店を探す」
「それで?どうする?」
事故車から鳴りっぱなしのクラクションのせいで、自然と大きな声になる。
忙しい足音が駆けてきて、プロシュートの椅子を掠めて走り去った。
「必要な役者はまず、『珍しい種類の高級な犬を連れた実業家』だ。デカい取引の前に、たまたまコーヒーを一杯飲みに立ち寄っただけのな。それで、「悪いがお嬢さん、聞き分けの良い犬だから、ちょっとの間だけ店先に繋いでおいてくれないかい?これから取引先に大事な用があるんだ、頼むよ」ってな具合に、犬だけ置いてくる」
「フウン」
身振り手振りを交えて語られる先の見えないシナリオに、ホルマジオが頷いた。
体を屋上からブランコで吊り下げ、外壁のレンガにローラーでカスタード色を塗りつけていたペンキ屋が、銀色した円筒の缶をひっくり返した。
下に通りかかった女の、最新式のカットとカールを施した頭めがけて、シンナー臭い薄黄色が降った。
ガラン、ガランとアルマイト製の缶がバウンドする音と罵声が同時だった。
なんてことしてくれるの、ふざけんじゃあないわよ、ファック野郎、ぶっ殺すわよ、さっさと降りて来なさいよクズ、キンタマ潰してやるわ、ケツ掘られちまえオカマ、インポ野郎……
さっきまでお澄まししていた唇から口汚い罵りの数々が飛び出して止まらないので、また少し、プロシュートが声を大きくした。
「そこへブリーダーの登場だ。で、「こんな血統の良い珍しい犬は他に見たことがないから譲ってくれ、高くてもいいから買わせろ」と、しつこく聞く。「確かに見たことがある、こいつはドッグショウのチャンビオンだ、それは安くないだろうが、子犬いっぴき産ませればじゅうぶん元が取れる」と褒めちぎる。もちろん、「これはお預かりしているだけだから、譲れないんですゥ」なんてぐあいに断るだろう。そこで、「なら直接交渉したいから、飼い主が戻ったら番号を渡してくれ」って電話番号だけ置いてくる」
「へぇ……読めてきたぜ」
八重歯のあたりまで上唇を釣り上げたホルマジオが、にやにや顔で煙草を咥えた。
プロシュートもいっぽん咥え、ブックマッチを取り出す。
片手で器用に開くと、細く平べったい紙軸を中ほどで折り、指をパシン!と弾いて着火する。
自分の煙草に火をつけてから、ひらりとホルマジオにも差し出した。
ホルマジオの背後ではハイヒールが宙を舞った。
カスタード色のシャワーをぶっかけられた女が、硬いヒールのついたグリーンのそれを天高く、ペンキ塗りめがけて放ったのだ。
窓から放られた昨日の新聞の天気予報はやはり外れだった。今日はガラン、ガロンと、インキが入った缶が、まだ降ってくる。
「実業家が店に戻ってくる。頭を抱えて、青い顔でな。「今すぐに金がいるんだが、持ち合わせがない。この取引を逃したら俺は大損だ、たった四百万リレ(約三十万円)のために人生めちゃめちゃだ!」と嘆く。そうすると、カメリエーラがブリーダーの番号を持ってくる。「確かにこれはチャンピオン犬だが、今はそれどころじゃあない、その男が今すぐに四百万リレ用意するってんなら話は別だがね」とか言いながら、電話をかける」
「ブリーダーは金を持ってくるのか?」
「もちっとオツムを使え、ホルマジオ」
マッチの燐が焼けた匂いのする指が、パシンとホルマジオのこめかみを弾いた。
なかなかの威力に、アオ!と思わず声があがる。
硝煙に似た不快な臭いが、白い煙に乗って漂ってくる。
灰色のクロマのボンネットが十センチも浮き、そこから濛々と煙が立っていた。
「ブリーダーは「すぐに金を持って犬を迎えに行く」と言い、実業家は「間に合わない」と両方からまくし立てる。カメリエーラに聞こえるようにだ。カメリエーラに「ほんの少しの間なら、お店のお金で建て替えましょうか?」そう切り出させる。そうしたら、しめたもんだ」
視界が白っぽくなった頃、ジレラが走ってきたほうから、喧しいサイレンが近づいてきた。
誰かがちゃんと一・一・五番にコールしたようだ。
「実業家はカメリエーラに原価ゼロの礼をいくらでも口八丁で並べ立てて、店の金を頂戴してまんまとトンズラ。ブリーダーはもちろん来ない。何故かって、そりゃあ、ブリーダーと実業家はグルだからだ」
「おぉ!成る程」
ペンキ塗りに向かって飛ぶ女の金切り声に、今度はガラスを思い切り引っ掻いたような、別の女の鋭い悲鳴が重なった。
ほんのさっき、プロシュートがグラッパ入りのエスプレッソを、ホルマジオがショット二つでカフェ・ラッテを、と注文した、目の前のトラットリアからだった。
カスタード色に染め上げられた女の罵りに劣らない、俗な脅し文句を唱える男の声が中から聞こえる。
コーヒーがすっかり無くなってしまったので、追加を頼もうと店の中を覗こうと思った矢先だったが、二人は面倒事が過ぎ去るのを外の椅子で待つことにする。
空になった砂糖の紙包をクリクリと丸めてコヨリにしながら、ホルマジオはプロシュートを上目遣いにねめつけた。
「にしても、だ。そう簡単に行くかァ?相手がただの馬鹿じゃあ無けりゃア、そうそうこんな単純な詐欺に引ッ掛かンねーだろ」
「いいや、必ず釣れる。単純なトリックほど、人間は簡単に騙されるからな。……それはオメェがいっちばん、良く知ってンだろ?」
イっと歯を剥き出すプロシュートには、『火を付けた煙草がまるで爆竹のようにパン!と手の中で小爆発を起こした』経験があった。
仕掛けたのは他でもない、目の前に座った赤毛坊主のクソッタレ野郎。
睨まれた当の本人はもう、慚愧に堪えない面持ちで苦笑いするしかない。
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ホルマジオのオリーブ色の肌でも、じわじわと焼けて痛みそうな白い午後。
バールに空きの席が無かったので、大通りに面したトラットリアでコーヒーを注文し、二人は外の椅子に陣取った。
グラッパがブレンドされた気分の良くなるコーヒーでようやく機嫌を直し、プロシュートは「さて」と切り出す。
ちょうど走ってきた小型のジレラが、ハンドルを切りながらのブレーキングに間に合わず、真正面から来た灰色のクロマの下に滑りこむようにぶつかった。
すぐ目の前の大通り、ほんの二、三件ぶん先で起こったバイクと自動車の派手な接触事故だったが、二人はまるで目もくれない。
「いいか、俺が犬をいっぴき調達して、カフェテリヤの椅子に座る。犬はノラじゃあない、毛並みのいい、顔のしまったいかにもってやつだ。そういう野良を探してくる。カフェテリヤでは、カメリエーラが注文を取りに来る」
「ほう、男じゃあなくて?」
カフェ・ラッテの泡を厚ぼったい上唇につけたまま、ホルマジオが相槌を打つ。
プロシュートが座って背を向けている一区画ほど後ろから、女が大声で「泥棒!!」と叫んだ。
プロシュートは筋書きを語ることに、ホルマジオはプロシュートの才幹を見極めてやろうという算段なので、多少の雑音など全く気にしない。
「いいや、女だ。カメリエーラがいい。そばかすがあって前髪を垂らしてるような、パっとしない女が黙々とカメリエーラをやってる店を探す」
「それで?どうする?」
事故車から鳴りっぱなしのクラクションのせいで、自然と大きな声になる。
忙しい足音が駆けてきて、プロシュートの椅子を掠めて走り去った。
「必要な役者はまず、『珍しい種類の高級な犬を連れた実業家』だ。デカい取引の前に、たまたまコーヒーを一杯飲みに立ち寄っただけのな。それで、「悪いがお嬢さん、聞き分けの良い犬だから、ちょっとの間だけ店先に繋いでおいてくれないかい?これから取引先に大事な用があるんだ、頼むよ」ってな具合に、犬だけ置いてくる」
「フウン」
身振り手振りを交えて語られる先の見えないシナリオに、ホルマジオが頷いた。
体を屋上からブランコで吊り下げ、外壁のレンガにローラーでカスタード色を塗りつけていたペンキ屋が、銀色した円筒の缶をひっくり返した。
下に通りかかった女の、最新式のカットとカールを施した頭めがけて、シンナー臭い薄黄色が降った。
ガラン、ガランとアルマイト製の缶がバウンドする音と罵声が同時だった。
なんてことしてくれるの、ふざけんじゃあないわよ、ファック野郎、ぶっ殺すわよ、さっさと降りて来なさいよクズ、キンタマ潰してやるわ、ケツ掘られちまえオカマ、インポ野郎……
さっきまでお澄まししていた唇から口汚い罵りの数々が飛び出して止まらないので、また少し、プロシュートが声を大きくした。
「そこへブリーダーの登場だ。で、「こんな血統の良い珍しい犬は他に見たことがないから譲ってくれ、高くてもいいから買わせろ」と、しつこく聞く。「確かに見たことがある、こいつはドッグショウのチャンビオンだ、それは安くないだろうが、子犬いっぴき産ませればじゅうぶん元が取れる」と褒めちぎる。もちろん、「これはお預かりしているだけだから、譲れないんですゥ」なんてぐあいに断るだろう。そこで、「なら直接交渉したいから、飼い主が戻ったら番号を渡してくれ」って電話番号だけ置いてくる」
「へぇ……読めてきたぜ」
八重歯のあたりまで上唇を釣り上げたホルマジオが、にやにや顔で煙草を咥えた。
プロシュートもいっぽん咥え、ブックマッチを取り出す。
片手で器用に開くと、細く平べったい紙軸を中ほどで折り、指をパシン!と弾いて着火する。
自分の煙草に火をつけてから、ひらりとホルマジオにも差し出した。
ホルマジオの背後ではハイヒールが宙を舞った。
カスタード色のシャワーをぶっかけられた女が、硬いヒールのついたグリーンのそれを天高く、ペンキ塗りめがけて放ったのだ。
窓から放られた昨日の新聞の天気予報はやはり外れだった。今日はガラン、ガロンと、インキが入った缶が、まだ降ってくる。
「実業家が店に戻ってくる。頭を抱えて、青い顔でな。「今すぐに金がいるんだが、持ち合わせがない。この取引を逃したら俺は大損だ、たった四百万リレ(約三十万円)のために人生めちゃめちゃだ!」と嘆く。そうすると、カメリエーラがブリーダーの番号を持ってくる。「確かにこれはチャンピオン犬だが、今はそれどころじゃあない、その男が今すぐに四百万リレ用意するってんなら話は別だがね」とか言いながら、電話をかける」
「ブリーダーは金を持ってくるのか?」
「もちっとオツムを使え、ホルマジオ」
マッチの燐が焼けた匂いのする指が、パシンとホルマジオのこめかみを弾いた。
なかなかの威力に、アオ!と思わず声があがる。
硝煙に似た不快な臭いが、白い煙に乗って漂ってくる。
灰色のクロマのボンネットが十センチも浮き、そこから濛々と煙が立っていた。
「ブリーダーは「すぐに金を持って犬を迎えに行く」と言い、実業家は「間に合わない」と両方からまくし立てる。カメリエーラに聞こえるようにだ。カメリエーラに「ほんの少しの間なら、お店のお金で建て替えましょうか?」そう切り出させる。そうしたら、しめたもんだ」
視界が白っぽくなった頃、ジレラが走ってきたほうから、喧しいサイレンが近づいてきた。
誰かがちゃんと一・一・五番にコールしたようだ。
「実業家はカメリエーラに原価ゼロの礼をいくらでも口八丁で並べ立てて、店の金を頂戴してまんまとトンズラ。ブリーダーはもちろん来ない。何故かって、そりゃあ、ブリーダーと実業家はグルだからだ」
「おぉ!成る程」
ペンキ塗りに向かって飛ぶ女の金切り声に、今度はガラスを思い切り引っ掻いたような、別の女の鋭い悲鳴が重なった。
ほんのさっき、プロシュートがグラッパ入りのエスプレッソを、ホルマジオがショット二つでカフェ・ラッテを、と注文した、目の前のトラットリアからだった。
カスタード色に染め上げられた女の罵りに劣らない、俗な脅し文句を唱える男の声が中から聞こえる。
コーヒーがすっかり無くなってしまったので、追加を頼もうと店の中を覗こうと思った矢先だったが、二人は面倒事が過ぎ去るのを外の椅子で待つことにする。
空になった砂糖の紙包をクリクリと丸めてコヨリにしながら、ホルマジオはプロシュートを上目遣いにねめつけた。
「にしても、だ。そう簡単に行くかァ?相手がただの馬鹿じゃあ無けりゃア、そうそうこんな単純な詐欺に引ッ掛かンねーだろ」
「いいや、必ず釣れる。単純なトリックほど、人間は簡単に騙されるからな。……それはオメェがいっちばん、良く知ってンだろ?」
イっと歯を剥き出すプロシュートには、『火を付けた煙草がまるで爆竹のようにパン!と手の中で小爆発を起こした』経験があった。
仕掛けたのは他でもない、目の前に座った赤毛坊主のクソッタレ野郎。
睨まれた当の本人はもう、慚愧に堪えない面持ちで苦笑いするしかない。
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