殺して。この心ごと
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この辺りでは珍しくちらつきはじめた雪が、街灯の下を斜めに落ちていく夜だった。ショーケースの品数が少なくなった閉店間際の菓子屋に、翌朝のぶんのカンノーリをひとつかふたつ、買いに行ったのだろう。清掃の仕事を昼までに片付け、夜遅い時間に部屋へと戻る男には、一日か二日おきの日課だ。
万物の神はなんて残酷だろう。何の贅沢もない素朴で純粋な初老の男が不幸に見舞われるのを、ただ黙って見ているだけなのだから。
これから彼の命を刈り取るのだろう男の手で、真新しい臭いをさせる革手袋がギシギシ音をさせた。
そう、神は彼のささいな悪行に目を瞑ったか知れないが、ファミリーが遣わしたのは革手袋の死神だった。昼に清掃の仕事を終えてから夜遅くまで、ファミリーが元締めの賭けサロンから上前を跳ねるのに忙しい、体裁ばかりが純朴なこの男に。
運転手もなく勝手に走る車の後部座席で、イルーゾォは拉致した男の体全体に優しくブランケットをかけてやった。男は悲痛な雄叫びをあげてもがいたが、薄い布きれはイルーゾォの手を離れたときのまま、皺の1ミリをも動かさずに男の体を拘束している。
静かな夜だった。たったひとり、男が拉致された時もその後も、変わらずとても静かだった。
まだ雪が落ちてくる。ファミリーの金を着服した証に、男は両腕のない死体となるだろう。
腕は、息があるうちに先に切るのだろう。気の滅入る作業だ。イルーゾォはこれ以上、何も考えないことにした。
すでに全てが殺されたあとのようだった。音も温度も感情も常識もこの夜に、全て。
『殺して。この心ごと』
何かを殺すとき、同時に自分の中の何かも殺さねばならない。