気づいて。一人じゃない
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皿に残った一ピースのジャム・パイを真ん中に据え、ホルマジオはナナシと対峙していた。
二人とも腹はペコペコだ。昨日の夜から一緒にいて、量に多少の違いはあるが、食べた物と時間はほぼ同じ。ダンスミュージックが始まるにはまだ少し早い時間、繰り出したナイトクラブで、初めて会ったカップルとダーツの点数を競って、勝った。夜の始まりの幸先の良さに気を良くして、飲んで食べて、フロアで踊った。店を出たところでたまたま会ったギアッチョを、ホルマジオが意味もなくからかう。本気にしたわけじゃあないと思うが(これはギアッチョに聞いてみなければ真意は解らないが)追っかけてくるギアッチョから逃げて、二人ははぐれて、ホルマジオが掴んだ腕はギアッチョので、それで笑って。
プロシュートからの呼び出しに向かう最中、予定通りの出発から一時間も足止めをくらった(または自己責任においてそれを失念し、好んでトラブルに巻き込まれた)ギアッチョと別れて。
それから二軒目、三軒目と、その後はろくに食べもしないで飲んで、笑って、朝が早い一階下のオールドミスはもう起きているかも知れないが、一応気を使って足音を忍ばせて、アジトへの帰還を果たした。
早い朝食といえばその通りの時間。
食べては補充される菓子類の棚が、空だった。朝にかじるのにぴったりの、ナッツ入りビスコッティ、砂糖がキラキラしたラスク、堅焼きのパン、いずれも無くなっている。前日にこれらでお 茶 の 時 間 を楽しんだだろう誰かを恨んだ。
朝早い時間から開けている店もなくはないが、開店時間までにはたっぷり一時間以上ある。つまり、コルネットやブリオッシュ、エスプレッソといった、たった4000リラ程度で手に入る朝の幸せまで、たっぷり一時間以上。
冷蔵庫に一切れ残された、一応は人数分に切り分けられていたパイがひとつ。ナナシとホルマジオはふたりとも、自分のぶんを昨日のうちに食べてしまっている。
残されているのは、誰かに食べてもらえなかった、とてもとても可哀想な一切れだ。今、二人のうちのどちらかが甘い幸福を味わってあげたなら、それがジャム・パイにとっての幸せではないだろうか。
ただし、哀れなジャム・パイの残りはたった一切れだ。
「どっちがいい?」
「奇数」
「なら、俺は偶数でいいぜ」
ホルマジオが子供のころにやったじゃんけんのことを言っているのだと、ナナシはすぐに察知した。お互いが出した指の本数の合計で勝敗を決める。アメリカや中国、日本式の「あいこ 」なんてまどろっこしいシステムを含まない、簡潔な一発勝負。
「ビン、ブン、」
バン!と出された二つの手首の間から、ジャム・パイが、ぽーんと飛び上がった。驚いて見上げる二人の間に、ほのかに甘い匂いをさせながら宙を舞うジャム・パイと、かすかに光る細い細い線が見えた。
パイは細かいくずを散らして弧を描き、ビーチ・ボーイの手元をさっと払い上げたペッシの手中におさまった。
「残念、これはオレのぶんですぜ?」
ガブリ!とひとくち、二等辺三角形の尖った頂点をかじると、もう口元にはパイのくずがひとかけらくっついた。
唯一のごちそうを食べ逃し、思わず二人は「あぁ!」と落胆の声をあげた。
「オレが言うのもナンだけどさ」
甘いものを頬張ったままのペッシが行儀悪く口をきいた。
「独り占めしようなんて思わないで、最初から半分にして、二人でさっさと喰っちまえばよかったのに」
ホルマジオとナナシは、もう一度「あぁ!」と声をあげた。
『気づいて。一人じゃない』
気づかなくっちゃ、(敵は)ひとりじゃあないってことに
thee end
二人とも腹はペコペコだ。昨日の夜から一緒にいて、量に多少の違いはあるが、食べた物と時間はほぼ同じ。ダンスミュージックが始まるにはまだ少し早い時間、繰り出したナイトクラブで、初めて会ったカップルとダーツの点数を競って、勝った。夜の始まりの幸先の良さに気を良くして、飲んで食べて、フロアで踊った。店を出たところでたまたま会ったギアッチョを、ホルマジオが意味もなくからかう。本気にしたわけじゃあないと思うが(これはギアッチョに聞いてみなければ真意は解らないが)追っかけてくるギアッチョから逃げて、二人ははぐれて、ホルマジオが掴んだ腕はギアッチョので、それで笑って。
プロシュートからの呼び出しに向かう最中、予定通りの出発から一時間も足止めをくらった(または自己責任においてそれを失念し、好んでトラブルに巻き込まれた)ギアッチョと別れて。
それから二軒目、三軒目と、その後はろくに食べもしないで飲んで、笑って、朝が早い一階下のオールドミスはもう起きているかも知れないが、一応気を使って足音を忍ばせて、アジトへの帰還を果たした。
早い朝食といえばその通りの時間。
食べては補充される菓子類の棚が、空だった。朝にかじるのにぴったりの、ナッツ入りビスコッティ、砂糖がキラキラしたラスク、堅焼きのパン、いずれも無くなっている。前日にこれらで
朝早い時間から開けている店もなくはないが、開店時間までにはたっぷり一時間以上ある。つまり、コルネットやブリオッシュ、エスプレッソといった、たった4000リラ程度で手に入る朝の幸せまで、たっぷり一時間以上。
冷蔵庫に一切れ残された、一応は人数分に切り分けられていたパイがひとつ。ナナシとホルマジオはふたりとも、自分のぶんを昨日のうちに食べてしまっている。
残されているのは、誰かに食べてもらえなかった、とてもとても可哀想な一切れだ。今、二人のうちのどちらかが甘い幸福を味わってあげたなら、それがジャム・パイにとっての幸せではないだろうか。
ただし、哀れなジャム・パイの残りはたった一切れだ。
「どっちがいい?」
「奇数」
「なら、俺は偶数でいいぜ」
ホルマジオが子供のころにやったじゃんけんのことを言っているのだと、ナナシはすぐに察知した。お互いが出した指の本数の合計で勝敗を決める。アメリカや中国、日本式の「
「ビン、ブン、」
バン!と出された二つの手首の間から、ジャム・パイが、ぽーんと飛び上がった。驚いて見上げる二人の間に、ほのかに甘い匂いをさせながら宙を舞うジャム・パイと、かすかに光る細い細い線が見えた。
パイは細かいくずを散らして弧を描き、ビーチ・ボーイの手元をさっと払い上げたペッシの手中におさまった。
「残念、これはオレのぶんですぜ?」
ガブリ!とひとくち、二等辺三角形の尖った頂点をかじると、もう口元にはパイのくずがひとかけらくっついた。
唯一のごちそうを食べ逃し、思わず二人は「あぁ!」と落胆の声をあげた。
「オレが言うのもナンだけどさ」
甘いものを頬張ったままのペッシが行儀悪く口をきいた。
「独り占めしようなんて思わないで、最初から半分にして、二人でさっさと喰っちまえばよかったのに」
ホルマジオとナナシは、もう一度「あぁ!」と声をあげた。
『気づいて。一人じゃない』
気づかなくっちゃ、(敵は)ひとりじゃあないってことに
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