赤
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
騒然。
ギアッチョは今日、口よりも手が、いつにも増して早かった。
早すぎた。
トマトソーススパゲッティの乗ったダイニングテーブルへと叩きつけられたホルマジオの赤毛に、粘性の朱と紅とが付着していた。
丸く赤く燃える夕焼けが、怒りに熱を湛えた眼球に反射して、枝から転がり落ちた二粒のフサスグリが並んで埋まっているようだった。
ソファにだらしなく座ったギアッチョの喉元に、ナイフが突きつけられていた。
ホルマジオの怒りの深度を表すように、夕日を反射して鈍く光る。
鮮やかな朱色が点々と付いたシャツの下で、筋ばった腕の筋肉に、隙のない力が込められていた。
ホルマジオのシャツの胸ポケット、心臓のちょうど上に、アメリカ製のスターム・ルガーのマズルがぴったりと当てられていた。
内包されているのは弱装弾。しかし当たり前だが、この距離で人を殺せない威力ではない。
安全装置は外れている。トリガーに指がかかっている。この至近距離で外すような素人の技量ではない。
ホルマジオの歪んでひん剥かれた唇から、荒い息とともに、赤の混じる泡だった唾液が垂れ落ちた。
黒縁眼鏡の分厚いレンズの奥から、ギアッチョの冷めた眼がそれを見る。
どちらかが少しでも動けば、ギアッチョの指がトリガーを強く握りこむかも知れない。
反動で最後の力を込めたホルマジオの腕が、ギアッチョの喉を深くえぐり裂くかも知れない。
「さっきのは不幸な事故だ。許せ」
ギアッチョは銃を下げることもなく、悪びれもせずに言った。
「なら、このナイフがテメェの頭と胴体を切り離すのも不幸な事故だ」
ホルマジオが低く低く唸った。
ここにリゾットかプロシュートがいたのなら、荒っぽい手段を用いてさっさと解決させてしまうだろう。
当事者にとって素晴らしく運が良かったのは、その両方が居合わせなかったということだ。
縦長に切り開かれた窓の外で、朱色と紫が混じり始める。
部屋がいくらか暗くなったとき、今までそこにあった二人の姿は忽然と消えていた。
「あら、片付けてくれたの」
厄介事を、と付け加えなかったが、彼女はそういうつもりで声をかけた。
全身に茉莉花の香の匂いを染みつけた黒いシャツの痩躯が、ふらりとキッチンへ入る。
「けっこう気に入っているんだ。血のシミは落ちないからな」
気に入りだと嘯かれたカバーのソファには、物騒なものがふたつ置き去りにされていた。
顔を真っ赤にして拳を叩きつける二人も、壁掛け鏡の中に置き去りにされていた。
―――スカーレット 赤