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最後の朝を、男は迎える。
最後のベッドメイクを終え、最後の着替えを済ませる。
最後のコーヒーを淹れる際にした最後の失敗、手が滑って軽量スプーンいっぱい分の粉をテーブルと床にバラ撒いた。
最後の朝刊には誰かの最後と、新種の葉鶏頭の話題。
最後のチョコレート菓子。
最後のサンドウィッチはもう男の口に入ることはないのだが、押麦の粒が点点と練りこまれた茶色の薄切りパンには、厚く切ったハムとチーズを挟んだ。
最後の靴に入れられたつま先は、男の心臓が打つ間にはもう、革の包から出ることはない。
最後の身支度を整え終える。
最後と知るよしもない男は、夕方になれば日常どおりの時間に帰宅するつもりでいるので、妻に黙って辞書の間に挟んでいる初恋の相手の写真や、過激なポルノグラフィといったプライベートの色濃いさまざまを整理することもなく、ドアを開ける。
最後のドアを閉め、最後の鍵をかける。
最後を連れてきたのは、黒アイリスの色の長髪をいくつにも束ねた、骨のような死神だった。
最後に男の鼻が嗅ぎとったのは、砂糖とバターとヴァニラの、懐かしい甘い菓子の匂いだった。
最後を迎えた男は、もう好物のドーナッツを食べることもない。
最後のような夜が来る。
残酷な太陽が登るまでの、わずかのあいだだけ。
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