ルーティンワーク4
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ナナシの後ろ髪の中から、真っ赤な糸が一本、垂れていた。
赤い、アクリル製らしい細い一本のすじは、ナナシがフクロウのように首をグルリと回して真後ろを向かねば気が付かない位置にある。
気がついているのは今この部屋にいるナナシ以外、つまりペッシただひとり。
件のナナシの耳と片手は、先程から電話にかかりきりだ。低いテーブルに出しっぱなしのボールペンだの使い捨てのライターだの吸いさしで中身の残る煙草の紙パッケージだのを、薄いボール紙でできたチョコチップアンドレーズンクッキーの空箱の中に、空いた片手で放り込む。
ナナシの電話の相手は我らがリーダー、リゾット。
アジトに出入りする人殺したちに必要不可欠な物品の調達を、リーダー自ら買って出た。とは言っても、物騒な物品の仕入れではない。人殺しの道具の相談を電話でするような人殺しがこのチームにいたとしたら、硬い床に「ジャッポーネ式セイザ・スタイル」でリーダーの説教が五時間に及ぶだろう。
ペッシとナナシがキッチンを牛耳るようになって随分になる。リゾットに買い物を任せても多少の融通がきかないのは思慮に入れねばなるまいが、それにしても、このデクノボウ。俗的な生活のこととなると途端に役立たずとなってしまうのか。買い物のメモは渡してあるにも関わらず、何種類か並んだオートミールの箱を前にどれを買って帰ればよいかが解らないらしい。
ナナシは必死に「バッハみたいな白いカールのかつらを被ったおじさんがニコニコしている青いパッケージの、いいえそれじゃあないわ、砂糖の入っていないのがありませんか?」と事細かに説明するが、商品の見当もつかないのか、リゾットは電話の向こうでああでもないこうでもないと説明を求めている。
『青いかつらのハッパが描かれた、白いカレーの箱』など見つかるものか。イタリア全土のスーパーマーケットをくまなく探したって見つかりっこない。
この分だと、リゾットが買い物へ行ったマーケットよりだいぶ先にある煙草専門店へ行ったプロシュートのほうが、早く帰還を果たすだろう。
オートミール論争は収束したようだが、今度はキドニー豆のグラム数についての協議が始まっていた。
ナナシが乾燥豆で買うグラムを伝え、電話向こうのリゾットが水煮された豆の缶詰たちを眺めているかぎり、決着は永遠につかないのではないか。
長電話のついでにナナシが片付けていった場所から、ペッシはテーブルも作り付けの棚の上もおんなじウェスで水拭きしていった。
あちこちが綺麗になればなるほど、部屋にあった物の位置が元通りの場所へと収まるほど、ナナシの肩についた赤い糸くずだけがだらしなく、いかに完璧でないかが浮き彫りになる。
ペッシはついに、我慢ならなくなった。
しかしナナシは片手で器用にアジトのあちこちを片付けつつ、リゾットからの電話のお守りにかかりッきり。
仕方なしに、ペッシは指先を伸ばし、ビーチ・ボーイの糸を手繰るのと同じようないつも通りの手つきで、ナナシの肩についた赤い細い糸を摘んだ。
微かに触れてしまったナナシの白い肩は、先のバスルーム掃除で汗をかいたのか、しっとりと冷えていた。
アジトの扉が開く。自分の荷物を全部ギアッチョにもたせたプロシュートが、いいご身分で、やはりリゾットより先に帰還した。
肩に触れられた感触に、ナナシが少し驚いて振り返る。
ペッシの摘んだ糸の先に、ブラカップ付きホルターネックの紐の縫い目が、途切れずに続いていた。
廊下から真っ直ぐに見通せるアジトのリビングで、ペッシに肩紐をほどかれたナナシのホルターネックの前が、
ナナシのハダカのおっぱいが、
ペッシとプロシュートとギアッチョの目の前で、ぺろんと露わになった。
悲鳴。
怒号。
ジェントリー・ウィープス。
グレイトフル・デッド。
銃声、銃声、銃声。
惨劇はナナシの携帯電話を通してリゾットへと届いた。
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