ルーティンワーク3
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武器庫の番人が籠城を始めて丸二日。
意外にも鍵は開いていた。
染み付いた煙草の匂い。それぞれの金属の放つ金臭さ。くすんだオイルの匂い。それぞれが交じり合い、扉のこちら側へとどっと流れだす。
締め切られていたせいか、この部屋だけ二酸化炭素の濃度が高いようにも感じる。
椅子の足元に積もる金屑、ひしゃげたセブンアップのアルミニウム缶が何本か。
あちこちに焦げ痕のある木製作業台の上を、スタンドライトの豆電球が頼りなく照らし続けている。
積み上がった本。中途半端に組みあげられた、もしくは分解されている最中のコルトポケットが、ばらばらの部品とともに乗せられていた。
すっかり陰になっているソファの上に、この城の主はいた。
眼鏡を外しもせずにアームレストに頭を乗せ、リビングから持ち込んだぶ厚いクッションでもって背と座面に高く空きすぎる隙間をなだらかにして、反対側のアームレストには靴を脱いだ裸足の足を放り上げて、微睡みの間に漂っている。
お披露目の機会が無いことを願いたいM249型ミニミ(軽機関銃)が、二脚のバイポッドに鎮座していた。
50センチもある銃身を注意深く避け、ナナシはソファに近づく。
暗がりでつま先が何かを蹴った。
投げ出されていたプラスチックケースの中で、ビスの何本かが小さく金属音を立てた。
まずい。やってしまった。
動きを止める。息を殺す。
金気の音で存在を主張した足元のビスたちも、もう沈黙している。
ギアッチョの寝息に変化がなかったことをまずは幸運に思い、ギアッチョの顔を覗き込む。
薄暗に目が慣れていた。
些細なことで皺を寄せる眉間も釣り上がる目も仏頂面に尖らせる唇も、様様な凶器を愛でる手も、今は安らかに力が抜けて眠りの中にある。
額にはうっすらと汗が浮いていた。
カールしたまま伸びた襟足も、首筋から下ってシャツに覆われた胸も。
締め切られていた部屋の温度は、外よりずっと高い。
ふたつ目まで開けられていたシャツのボタンに手を伸ばし、そっと爪の先で穴から抜いてやる。
みっつ、よっつ。
みぞおちのあたりまで解(ほど)き、薄い生地の合わせをそっと開けてやった。
上向いた喉にくっきりと出た喉仏と、強い骨格で形成された肩に続く鎖骨と、胸から腹までのラインが暴かれる。
日の当たらない部分の肌は、アームレストに放り出された足の甲と同じで、暗がりの中でも解るほどに白い。
しっとりと汗を纏った胸から、シトラスが絡んだギアッチョの匂いがする。
普段はまずお目にかかれないギアッチョの男の色香にゾクリとさせられる。
ほんの僅か、小波立った嗜虐心。
物欲しげに開かれていた自分のくちびるに、ナナシは人差し指を添わせた。
「男のシャツボタンを外すとは、とんだアバズレになりやがったな。期待するだろうが」
艶かしいほどしどけない姿で眠っていた男が唐突に、いつも通りの行儀の悪い言葉を吐いた。
ナナシはビクリと身構える。
「起きてたの!?」
「起きたんだよ」
「いつ?」
「お前がクソくだらねェトラップに引っかかった瞬間」
無造作に投げ出されていたと思ったビスケースは、罠。
「ミニ」の名が入ったミニサイズとは程遠い大きさの短機関銃も、投げ出された本も空き缶も、全てがそうなるように仕向けられた動線の誘導。
なんて間抜な!と後悔するが事実は覆らない。
上体を起き上がらせたギアッチョは片膝をソファーの上に折り、肘を立てて頬杖をついた。
チェシャーキャットの、意地の悪いニヤけ笑い。
引き出しを二重底にして秘密のノートを隠す程度の無意味な悪戯心だが、こう簡単に引っ掛かる者があるとたまらないだろう。
「ビスの箱を蹴ッ飛ばして察知された、なんてプロシュートに知れたらヤバいんじゃあねーか?」
「黙っててくれるわよ。っていうか、忘れてくれるわ。私の知っているギアッチョなら」
「もちろんだ。オレの知っているナナシは申し分のない口止め料を用意するか、形留めぬ忘却の廃墟になる努力を決して惜しまないだろうからな」
「油断が随分と高くついたわ」
「眠りを妨げたクソ野郎は何人(なんぴと)たりとも許さない主義だからな、その分は上乗せさせてもらうぜ」
すっかりうまく、丸め込まれてしまう。
些細な借りの対価に、まる一晩かそれ以上、を賭さねばならないかもしれない。もしかしたら。
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意外にも鍵は開いていた。
染み付いた煙草の匂い。それぞれの金属の放つ金臭さ。くすんだオイルの匂い。それぞれが交じり合い、扉のこちら側へとどっと流れだす。
締め切られていたせいか、この部屋だけ二酸化炭素の濃度が高いようにも感じる。
椅子の足元に積もる金屑、ひしゃげたセブンアップのアルミニウム缶が何本か。
あちこちに焦げ痕のある木製作業台の上を、スタンドライトの豆電球が頼りなく照らし続けている。
積み上がった本。中途半端に組みあげられた、もしくは分解されている最中のコルトポケットが、ばらばらの部品とともに乗せられていた。
すっかり陰になっているソファの上に、この城の主はいた。
眼鏡を外しもせずにアームレストに頭を乗せ、リビングから持ち込んだぶ厚いクッションでもって背と座面に高く空きすぎる隙間をなだらかにして、反対側のアームレストには靴を脱いだ裸足の足を放り上げて、微睡みの間に漂っている。
お披露目の機会が無いことを願いたいM249型ミニミ(軽機関銃)が、二脚のバイポッドに鎮座していた。
50センチもある銃身を注意深く避け、ナナシはソファに近づく。
暗がりでつま先が何かを蹴った。
投げ出されていたプラスチックケースの中で、ビスの何本かが小さく金属音を立てた。
まずい。やってしまった。
動きを止める。息を殺す。
金気の音で存在を主張した足元のビスたちも、もう沈黙している。
ギアッチョの寝息に変化がなかったことをまずは幸運に思い、ギアッチョの顔を覗き込む。
薄暗に目が慣れていた。
些細なことで皺を寄せる眉間も釣り上がる目も仏頂面に尖らせる唇も、様様な凶器を愛でる手も、今は安らかに力が抜けて眠りの中にある。
額にはうっすらと汗が浮いていた。
カールしたまま伸びた襟足も、首筋から下ってシャツに覆われた胸も。
締め切られていた部屋の温度は、外よりずっと高い。
ふたつ目まで開けられていたシャツのボタンに手を伸ばし、そっと爪の先で穴から抜いてやる。
みっつ、よっつ。
みぞおちのあたりまで解(ほど)き、薄い生地の合わせをそっと開けてやった。
上向いた喉にくっきりと出た喉仏と、強い骨格で形成された肩に続く鎖骨と、胸から腹までのラインが暴かれる。
日の当たらない部分の肌は、アームレストに放り出された足の甲と同じで、暗がりの中でも解るほどに白い。
しっとりと汗を纏った胸から、シトラスが絡んだギアッチョの匂いがする。
普段はまずお目にかかれないギアッチョの男の色香にゾクリとさせられる。
ほんの僅か、小波立った嗜虐心。
物欲しげに開かれていた自分のくちびるに、ナナシは人差し指を添わせた。
「男のシャツボタンを外すとは、とんだアバズレになりやがったな。期待するだろうが」
艶かしいほどしどけない姿で眠っていた男が唐突に、いつも通りの行儀の悪い言葉を吐いた。
ナナシはビクリと身構える。
「起きてたの!?」
「起きたんだよ」
「いつ?」
「お前がクソくだらねェトラップに引っかかった瞬間」
無造作に投げ出されていたと思ったビスケースは、罠。
「ミニ」の名が入ったミニサイズとは程遠い大きさの短機関銃も、投げ出された本も空き缶も、全てがそうなるように仕向けられた動線の誘導。
なんて間抜な!と後悔するが事実は覆らない。
上体を起き上がらせたギアッチョは片膝をソファーの上に折り、肘を立てて頬杖をついた。
チェシャーキャットの、意地の悪いニヤけ笑い。
引き出しを二重底にして秘密のノートを隠す程度の無意味な悪戯心だが、こう簡単に引っ掛かる者があるとたまらないだろう。
「ビスの箱を蹴ッ飛ばして察知された、なんてプロシュートに知れたらヤバいんじゃあねーか?」
「黙っててくれるわよ。っていうか、忘れてくれるわ。私の知っているギアッチョなら」
「もちろんだ。オレの知っているナナシは申し分のない口止め料を用意するか、形留めぬ忘却の廃墟になる努力を決して惜しまないだろうからな」
「油断が随分と高くついたわ」
「眠りを妨げたクソ野郎は何人(なんぴと)たりとも許さない主義だからな、その分は上乗せさせてもらうぜ」
すっかりうまく、丸め込まれてしまう。
些細な借りの対価に、まる一晩かそれ以上、を賭さねばならないかもしれない。もしかしたら。
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