ルーティンワーク1
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太腿から腰、バストまでが密着する。
洗いざらしで湿ったままの髪から、シャンプーとボディーソープと、男の匂いがする。
イルーゾォのふしだらな思惑に乗る……それもひとつの選択肢だろう。
夜明け前から空を支配している雨雲のせいで今日の太陽が姿を現さないのなら、便宜上、今は夜の延長ということになるのだから。
だがナナシには、俗世の様様―――カプチーノやラング・ド・シャ、濡れた猫など―――に未練が残るのも事実。
肩を抱く手に更に力が込められ、体温の低い男の薄いくちびるが間近に迫った時、ナナシはふいと顔を外へと向かせた。
「ほら見て。虹が出ている」
ナナシがイルーゾォの興味を外へと促す。
「自然現象に興味はない」
一蹴。
「今のうちに出かける?」
打診。
「着替えているうちにまた降りだす」
正論。
「それよりコーヒーを入れましょうか」
別の手段を用いる。
「あとでたっぷり入れてもらう」
通用しない。
「あ」
「次は何だ?もう諦めちまって、少し黙れよ」
くっ付きそうだったくちびるを数センチ離して、イルーゾォは苛苛と言った。
「電話」
「鳴ってない」
「でも、プロシュートだわ」
「アイツからの着信だけ、違うバイブレーションに設定しているのか?」
ナナシの手の中、ミュートに設定された携帯電話は従順に、ジュピターのリズムで震え続けている。
いかにも汚らしいものを嫌々に摘み上げるその癖、その仕草で、イルーゾォはナナシの携帯を取り上げた。二本指で。
床か壁に向けて放りたいのをじっと堪え、邪魔者をソファの上へと投げる。
抗議を唱える前に、イルーゾォはナナシへとくちびるを押し付けた。
近くなった香水の匂いを、鼻孔いっぱいに吸い込む。
骨の浮いた指が撫ぜる皮膚のクリームのような柔らかさは、優しく甘く、イルーゾォの男の体のどこにも存在しはしない。
くちびると、肩と、押し当てた体の部分すべてから感じるまろやかな体温が、イルーゾォを心地良い瞑想へと導いていく。
腹が減るとか減らないとか。
政治公約を問題に取り上げて暴動を起こすとか、神の名のもとに人を殺すとか。
今日は、今この瞬間だけは世界で誰も涙を流していないような気がしてくる。
非現実的な虚妄に陶酔していると、押し付けられたくちびるの下からナナシが言った。
「子供にするみたいね」
額にくっつけたままだったくちびるを離し、イルーゾォは目を細めた。
どこかが辛く痛むように眉根を寄せていたが、一瞬後にはふと緊張が緩んだように、不気味なほどやわらかな笑顔を湛えた。
「『子供』は、あっという間に『大人』になるんだぜ」
空がふと晴れ間を見せたような笑顔とは裏腹に、細い指はさらにナナシの腕へと食い込んでいる。
だが、額へ愛を注がれたナナシは過剰なスキンシップに充分に満足してしまい、気持ちはまた外へと向いてしまった。
改めてイルーゾォを突き放そうと、ナナシが両の手を薄い胸に押し当てる瞬間、視界の端でドアが開く。
アジトへ帰還した者は目の前に『抱き合った人影』があったような白昼夢を見た。
が、カメラのフラッシュほどの間で消えてしまったヴィジョンを、それ以上追うことはできなかった。
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洗いざらしで湿ったままの髪から、シャンプーとボディーソープと、男の匂いがする。
イルーゾォのふしだらな思惑に乗る……それもひとつの選択肢だろう。
夜明け前から空を支配している雨雲のせいで今日の太陽が姿を現さないのなら、便宜上、今は夜の延長ということになるのだから。
だがナナシには、俗世の様様―――カプチーノやラング・ド・シャ、濡れた猫など―――に未練が残るのも事実。
肩を抱く手に更に力が込められ、体温の低い男の薄いくちびるが間近に迫った時、ナナシはふいと顔を外へと向かせた。
「ほら見て。虹が出ている」
ナナシがイルーゾォの興味を外へと促す。
「自然現象に興味はない」
一蹴。
「今のうちに出かける?」
打診。
「着替えているうちにまた降りだす」
正論。
「それよりコーヒーを入れましょうか」
別の手段を用いる。
「あとでたっぷり入れてもらう」
通用しない。
「あ」
「次は何だ?もう諦めちまって、少し黙れよ」
くっ付きそうだったくちびるを数センチ離して、イルーゾォは苛苛と言った。
「電話」
「鳴ってない」
「でも、プロシュートだわ」
「アイツからの着信だけ、違うバイブレーションに設定しているのか?」
ナナシの手の中、ミュートに設定された携帯電話は従順に、ジュピターのリズムで震え続けている。
いかにも汚らしいものを嫌々に摘み上げるその癖、その仕草で、イルーゾォはナナシの携帯を取り上げた。二本指で。
床か壁に向けて放りたいのをじっと堪え、邪魔者をソファの上へと投げる。
抗議を唱える前に、イルーゾォはナナシへとくちびるを押し付けた。
近くなった香水の匂いを、鼻孔いっぱいに吸い込む。
骨の浮いた指が撫ぜる皮膚のクリームのような柔らかさは、優しく甘く、イルーゾォの男の体のどこにも存在しはしない。
くちびると、肩と、押し当てた体の部分すべてから感じるまろやかな体温が、イルーゾォを心地良い瞑想へと導いていく。
腹が減るとか減らないとか。
政治公約を問題に取り上げて暴動を起こすとか、神の名のもとに人を殺すとか。
今日は、今この瞬間だけは世界で誰も涙を流していないような気がしてくる。
非現実的な虚妄に陶酔していると、押し付けられたくちびるの下からナナシが言った。
「子供にするみたいね」
額にくっつけたままだったくちびるを離し、イルーゾォは目を細めた。
どこかが辛く痛むように眉根を寄せていたが、一瞬後にはふと緊張が緩んだように、不気味なほどやわらかな笑顔を湛えた。
「『子供』は、あっという間に『大人』になるんだぜ」
空がふと晴れ間を見せたような笑顔とは裏腹に、細い指はさらにナナシの腕へと食い込んでいる。
だが、額へ愛を注がれたナナシは過剰なスキンシップに充分に満足してしまい、気持ちはまた外へと向いてしまった。
改めてイルーゾォを突き放そうと、ナナシが両の手を薄い胸に押し当てる瞬間、視界の端でドアが開く。
アジトへ帰還した者は目の前に『抱き合った人影』があったような白昼夢を見た。
が、カメラのフラッシュほどの間で消えてしまったヴィジョンを、それ以上追うことはできなかった。
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