神々の黄昏
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「覗かれているんです。浴室を」
妙に沈痛な面持ちであったナナシが、まず口を開いた。
めいめいの皿の上、ペッシに釣られたスズキがグリルの刑に処され、レモンソースの葬送歌にパセリの花を手向けられて横たわっている。
手にとったフォークを可哀想なスズキに突き刺すのをやめ、参列者たちは一斉にナナシに注目した。
「いつだ?」
チームのリーダーであるリゾットが、全員を代表して聞いた。
各々言いたいことはあるだろうが、『まるで統率のとれたチームのメンバーであるかのように』他の皆は黙る。
「ごく最近です。時間は不特定、場所は鍵を閉めた仮眠室のバスタブ。確証には至っていませんが、『見られている』という感覚を頻繁に覚えます」
時間、場所、事柄。
ナナシは手短に解りやすく、普段報告書で行う手順のビジネスライクな返答に務めた。
「……誰に?」
「それが解らないから、全員が集まるまで待ったんです。外部からの侵入者とか、ネズミが住み着いたとか。そういう事ってない?」
スズキに添えられた死に水を口に運んだギアッチョが、斜め向こうに座るイルーゾォへ冷ややかな目を向けた。
「白状しちまえよ、イルーゾォ」
「はァア!?」
「ナナシのハダカ見たさに鏡の中からコンニチワ、だろ。この助平野郎が」
ノーモーションでスローイングされたフィッシュナイフは、空中で氷に突き刺さった。
最初からこうなることを予測して、しかし黙ってはいられないギアッチョは、グラスの水を投げあげて瞬時に防護壁を張ったのだ。
寒い朝に凍りついた水栽培のヒヤシンスのように氷の輪をつけて、先幅の広いナイフがナナシとギアッチョの皿の間へと落下する。
「ガラパゴスあたりに置き去りにしてやるか。イグアナもゾウガメもいない、二度と出られない鏡の世界のな」
「いや、オレはギアッチョだと思、ウォッ!」
テーブルを揺らして立ち上がったギアッチョは、真っ赤な顔でホルマジオの鼻先にフォークを突き付けた。
隣に座ったプロシュートがギアッチョの腕を真下に引き、いま一度ダイニング・チェアに尻を落ち着けさせる。
「そういう意味じゃあねぇ、可能性として、だ!自分が入れるくらいのスペースをあけて、浴室の壁と同じような壁をもう一枚、氷で作る。シャワーの水もあるから、空気凍らせるよりはラクなはずだろ?電球切れっぱなしの薄暗いあそこなら、壁の位置が多少おかしかろうがナナシには気付かれにくい」
「漫画かなんかに出てきそうな推理だなー、メガネをかけた少年探偵が出てくるような」
これでなかなかに読書家のペッシが、隣のホルマジオにニヤリを向けた。
「そこまでしなくっても、順当に考えたらアンタでしょうが。いくらでも小さくなって忍び込めるし、見つかるリスクも最小サイズ」
「オメーは巨大な女のヌードなんか見て楽しいと思うのか?ガリバーは丸太みてェな乳輪の毛に吐き気をもよおしたらしいぜ」
成る程そうだろうと頷き合うホルマジオとペッシに、乳首毛などと言い出されたナナシは別の意味で軽蔑のまなざしを向けた。
スズキを早く腹の中へ埋葬してしまいたい面持ちのプロシュートが、ぐっとバックレストに背を反らす。
チームリーダーに声をかける際にいつもする、隣に座るギアッチョとナナシが邪魔でそれを避けるための、随分礼儀知らずな姿勢だ。
「リゾット、てめぇか」
「どうしてそうなる?」
「鉄粉ふりかけて部屋の風景と同化したカメレオン方式で、あわよくば、だろ。いかがわしい野郎だ」
リゾットの手の中で、シュイッと金属音が走った。
丸い刃先を尖らせようとでもするように、フォークの側面にナイフを滑らせたのだ。
何時であろうと冷静であるはずの、冷静でなければならぬはずの、リゾットともあろうものが、だ。
「お前はそんな」
労力を賭する必要もなくナナシを好きなようにしやがって、いいご身分だな。知らないとでも思ったか。
などと後句を続けたなら、葬列が大荒れになるのは火を見るより明らかであった。
温かかったスズキの遺体は、白く平らな棺の上で温度を失っていく。
葬送の列に頬杖をつき、退屈げに成り行きを見守っていたメローネが、あくびをひとつして立ち上がる。
カウンターに置きっぱなしのハンディ・ビデオカメラを手にとって、ダイアルを再生に合わせた。
「ナナシのシャワーだろ?……別に、それらしい不審者は映ってないけどなァ」
thee end 20130303
妙に沈痛な面持ちであったナナシが、まず口を開いた。
めいめいの皿の上、ペッシに釣られたスズキがグリルの刑に処され、レモンソースの葬送歌にパセリの花を手向けられて横たわっている。
手にとったフォークを可哀想なスズキに突き刺すのをやめ、参列者たちは一斉にナナシに注目した。
「いつだ?」
チームのリーダーであるリゾットが、全員を代表して聞いた。
各々言いたいことはあるだろうが、『まるで統率のとれたチームのメンバーであるかのように』他の皆は黙る。
「ごく最近です。時間は不特定、場所は鍵を閉めた仮眠室のバスタブ。確証には至っていませんが、『見られている』という感覚を頻繁に覚えます」
時間、場所、事柄。
ナナシは手短に解りやすく、普段報告書で行う手順のビジネスライクな返答に務めた。
「……誰に?」
「それが解らないから、全員が集まるまで待ったんです。外部からの侵入者とか、ネズミが住み着いたとか。そういう事ってない?」
スズキに添えられた死に水を口に運んだギアッチョが、斜め向こうに座るイルーゾォへ冷ややかな目を向けた。
「白状しちまえよ、イルーゾォ」
「はァア!?」
「ナナシのハダカ見たさに鏡の中からコンニチワ、だろ。この助平野郎が」
ノーモーションでスローイングされたフィッシュナイフは、空中で氷に突き刺さった。
最初からこうなることを予測して、しかし黙ってはいられないギアッチョは、グラスの水を投げあげて瞬時に防護壁を張ったのだ。
寒い朝に凍りついた水栽培のヒヤシンスのように氷の輪をつけて、先幅の広いナイフがナナシとギアッチョの皿の間へと落下する。
「ガラパゴスあたりに置き去りにしてやるか。イグアナもゾウガメもいない、二度と出られない鏡の世界のな」
「いや、オレはギアッチョだと思、ウォッ!」
テーブルを揺らして立ち上がったギアッチョは、真っ赤な顔でホルマジオの鼻先にフォークを突き付けた。
隣に座ったプロシュートがギアッチョの腕を真下に引き、いま一度ダイニング・チェアに尻を落ち着けさせる。
「そういう意味じゃあねぇ、可能性として、だ!自分が入れるくらいのスペースをあけて、浴室の壁と同じような壁をもう一枚、氷で作る。シャワーの水もあるから、空気凍らせるよりはラクなはずだろ?電球切れっぱなしの薄暗いあそこなら、壁の位置が多少おかしかろうがナナシには気付かれにくい」
「漫画かなんかに出てきそうな推理だなー、メガネをかけた少年探偵が出てくるような」
これでなかなかに読書家のペッシが、隣のホルマジオにニヤリを向けた。
「そこまでしなくっても、順当に考えたらアンタでしょうが。いくらでも小さくなって忍び込めるし、見つかるリスクも最小サイズ」
「オメーは巨大な女のヌードなんか見て楽しいと思うのか?ガリバーは丸太みてェな乳輪の毛に吐き気をもよおしたらしいぜ」
成る程そうだろうと頷き合うホルマジオとペッシに、乳首毛などと言い出されたナナシは別の意味で軽蔑のまなざしを向けた。
スズキを早く腹の中へ埋葬してしまいたい面持ちのプロシュートが、ぐっとバックレストに背を反らす。
チームリーダーに声をかける際にいつもする、隣に座るギアッチョとナナシが邪魔でそれを避けるための、随分礼儀知らずな姿勢だ。
「リゾット、てめぇか」
「どうしてそうなる?」
「鉄粉ふりかけて部屋の風景と同化したカメレオン方式で、あわよくば、だろ。いかがわしい野郎だ」
リゾットの手の中で、シュイッと金属音が走った。
丸い刃先を尖らせようとでもするように、フォークの側面にナイフを滑らせたのだ。
何時であろうと冷静であるはずの、冷静でなければならぬはずの、リゾットともあろうものが、だ。
「お前はそんな」
労力を賭する必要もなくナナシを好きなようにしやがって、いいご身分だな。知らないとでも思ったか。
などと後句を続けたなら、葬列が大荒れになるのは火を見るより明らかであった。
温かかったスズキの遺体は、白く平らな棺の上で温度を失っていく。
葬送の列に頬杖をつき、退屈げに成り行きを見守っていたメローネが、あくびをひとつして立ち上がる。
カウンターに置きっぱなしのハンディ・ビデオカメラを手にとって、ダイアルを再生に合わせた。
「ナナシのシャワーだろ?……別に、それらしい不審者は映ってないけどなァ」
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