オーフリー
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パチン。
「そこまでだ」
ジッポーライターの閉じられる音とともに、久方ぶりのリゾットの声を聞いた。
固く握られたプロシュートの手は、腹に当たる直前で止まっていた。
プロシュートがナナシの上で身体を起こし、首筋に垂れた汗を手の甲で拭った。
五秒前とは打って変わって緩んだその表情を、ナナシは腕の間から見上げる。
振り乱した髪は涙の痕に張り付き、荒い呼吸に唇は乾いて、ひどく喉が痛んだ。
ナナシはふと、我に返る。
拳が脇腹をしたたか打った。
『ナナシの拳』が、『プロシュートの脇腹』に。
打たれた箇所を庇いながらプロシュートがナナシの両手首を掴み、また覆いかぶさるようにしてベッドの上、ナナシの頭上へと固定してしまった。
睨みつけるナナシを、プロシュートが痛みをこらえた苦笑いを見せた。
「終わりだ、終わり。話を聞け、オイ!……ほら、しっかりしろ」
自分を見下す訳知り顔に、ナナシは全く状況がつかめなかった。
恐怖が消え去ったわけでも、抑えられている腕に怒りを覚えなかったわけでもない。だが、目を覚ましてからようやく目にしたプロシュートの人間らしい反応に、ナナシの身体からは自然と力が抜けていく。
「自分に最も不利な危機的状況下で、あらゆる事態に対処する。簡単なプレッシャー・テストだ」
「……テス、ト?みんな、お、芝居」
極度のパニックに陥れられ、急に現実へと引き戻されたナナシの脳に、リゾットの言葉はゆっくりと浸透していった。
安堵の息が、まだ出ない。憔悴しきったナナシの、掴んだままの腕を引っ張って身体を起こさせながら、プロシュートが言った。
「方法は各自に任せて、制限時間はそれぞれ三分間、インターバルは一分間。任務が無くて退屈していただろう?」
「……だからって、一服盛って、イルーゾォの世界に引きずり込んでまですることですか。暇なんだから、ジュージュツでも習えば」
「阿呆か。カポエィラにコマンドサンボ、ボクシング、ムエタイ、カラーテ、ジュードー、テコンドー、みんなルールと型(カタ)がある。俺たちがやり合う可能性があるノンスタイル喧嘩殺法のチンピラに、にわかで習った手本通りの対処法が通用するとでも思ってンのか?」
プロシュートが口を挟んだ。至極、最もな理論だった。
神経の高ぶりが、ようやっと静まってくる。自分の身に起こったことをひとつひとつ、順序立てて思い起こす。
何度もスタンドを出そうと試みてはいたが、ついに出現しなかったことで、ナナシはこの場所がどこなのか見当をつけていた。
思考が霧に覆われたような、特有の目覚めを迎えたことで、何者かが自分に薬物を投与したことも。
だが、入室者は自然に扉を開閉して出入りしていた。その矛盾も、ドアの影でイルーゾォが開閉していればごく自然に見えたはずだ。
脛の上を覆う柔らかなブランケットをはぐれば、簡単に払いのけられるはずのタオルが一枚、横たわっている。
これが足の戒めの原因だったか。イルーゾォでなければ何一つ動かすことのできない、『この世界の物体』だ。
「成果は?」
足元を見つめたまま、何事かを逡巡するのに忙しいナナシに代わって聞いたのは、プロシュートだった。
「二勝二分一敗。イルーゾォとメローネは遊び過ぎ、スタンドを使えない状況下でのギアッチョはエモノを過信し過ぎ、ホルマジオとお前はまぁ、あんなものだろう」
忌まわしい扉が開いた。肩口にべったりとついた血糊もそのままに、チャイナ・シャツをはだけさしたままのイルーゾォが入ってくる。
ギアッチョの銃に込められていた弾が最初からペイント弾だったことを知ると、何にも知らされず、そして気が付かなかった自分にも沸沸と怒りが湧いてきた。
端の一ミリさえめくれなかったバスタオルを取り上げ、イルーゾォがナナシの手を取ってベッドから下ろす。
弾の当たった痕が赤くなっている肩を開いてみせ、イルーゾォはニヤリとして見せた。
「名演技だったろう?」
「……えぇ、映画『スクリーム』で最初に殺されるアメフト男くらいに芸術的な三文芝居だったわ。ところで、ペッシは?来なかったけど」
「『向こう』で同じことをやっている」
ナナシの質問にはリゾットが答えた。
同時に、身体が火炙りのマシュマロになって、左右へと真っ二つに引きちぎられるような、あの気味の悪い感覚が全員を襲った。
弾力のある身体と魂がひとつに合体し、現実の世界へ戻ってくる。全てが一秒に満たない間の瞬間的な出来事だったが、極度の緊張を強いられていたナナシは、疲れと頭に残る薬との相乗効果で、胃からこみ上げてくるものがあった。
陰鬱な鏡の世界から開放されてまず目に入ったのは、先ほどまで自分が磔にされていた『現実世界の』ベッドの上に、こちらは物理的に両足を縛られたペッシが、自らのスタンド『ビーチ・ボーイ』の竿を握りしめたまま、顔のあちこちを腫らしていた。
今は生々しいペッシの殴打の痕は、数時間のうちにもっともっとひどく腫れ、数日のうちに青紫色と黄色の痣になるだろう。
ナナシが負傷した指も、引っ掻き傷も。
ナナシはメローネの頭を銃でブン殴ったことをチラと思い出したが、あれは彼へ降った天罰みたいなものだから、と、途中まで湧き上がりかけた同情をきっぱり捨てる。
ナナシとペッシは、互いの有り様を見、哀れみの視線を交錯させた。
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