あの街の夜の物語
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「今日はお仲間とおいでなのね。嬉しいわ」
熱いおしぼりを広げて手渡しながら、ナナシは常連のブチャラティのほうに声をかけた。彼が初めて来たのは、川沿いにひっそりと梅が咲いていた日だったから、ちょうど去年の今頃だっただろうか。それから、ブチャラティは比較的早い時間、だいたい週に一度は来る。酒も飲むが、ツマミを一つ二つ頼んで飯を食って帰る。クリスマスの前日に、明日が休みだと困るから、と、一人前の丸いケーキを届けてサっと帰るような客だ。
「ブチャラティさんも随分お若いですけれど、お連れ様もお若いですわね」
「こいつはアバッキオだ。同期だからね」
ブチャラティはなめらかな頬の涼しい面立ちだが、アバッキオのほうは釣り上がり気味の眉のせいか、険のある顔立ちだった。アバッキオは値踏みするように、無遠慮な視線をナナシに向けた。
ナナシは知らぬ顔で生ビールのジョッキをテーブルに置く。
「いい女が一人でやってるスナックがあるって言うからね。こいつがそんな言い方するなんざ、滅多なことじゃあないぜ」
そう言って、早々にジョッキに口を付けた。まだ一口も飲んでいないブチャラティの顔が火照ったように赤くなったのにはナナシも気がついたが、何か言うほど野暮ではない。
昼過ぎに手書きした『今日のお勧め』を出し、「決まったら呼んでね」と小上がりを立とうとした。
「ナア、カウンターの端で一人でやってるあの兄さん、アレがアンタの色(イロ)かい?」
ブチャラティが青くなる。
「私は純然たるフリーですわ」言って、ナナシはエプロンの前を撫ぜながら小上がりを立った。
「オオ、お堅いこった」
アバッキオが輪をかけて茶化す。はらはらと見ていたブチャラティが「遠慮した物言いをしろよ」とたしなめた。
店の奥にある手洗いに立つふりでツッカケを履き、ブチャラティはナナシに「だし巻きひとつ」と声をかける。そっと小声になって
「堪忍してくれ、な」
「気にしないで、気にしてないから。あの方、きっとお酔いになられたのね」
酔客をあしらうのはお手のもの。と、ナナシはブチャラティに笑ってみせた。
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