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(短編)おてて

今日も作法委員会のよい子たちの仕掛けに、不運により引っかかりにいった伊作は仙蔵の手を借りて穴から抜け出す。

「すまんな。うちのよい子たちが」
「全くだよ、日に日に仕掛けに隙が無くなってきている。みんなの努力が顕著に表れているね、僕の身体の杜撰さに」
「……お前のは大半が不運だろう」

まあね、と返せば苦虫を噛み潰したように端正な顔が歪んだ。僕もお前と同じ六年生だもん。
さて、出迎えてくれた仙蔵と忍術学園へ帰路に着く。六年生の長屋の前で落っこちた穴は気がつけば裏山まで繋がっていた。地下の道中にたくさんの奇想天外なからくりで溢れていて、留三郎、小平太、文次郎がもし落ちたのならまだまだ詰めは甘いが、いい鍛錬になると太鼓判を押してくれるだろう。

「作法委員会の子たちは立花仙蔵を見て育つんだもん。そりゃあ一筋縄ではいかないはずだ」

仙蔵の猫目が皿になる。そんな反応に変なこと言ったかな、と思わずキョトン顔になる。
ま抜けた僕の顔にハッとした仙蔵は「当たり前だ!」と誇らしげに顔を綻ばせる、少しだけ照れくさそうに。
あっ、その表情かわいい。
記憶するように、じっと横顔を見つめていたら、ふたりの足が止まった。振り返った仙蔵は神妙な顔立ちだが、目に孕んだ熱を隠しきれていない。少しカサついた手が頬の砂をやさしく拭う。擽ったくて目をきゅっと瞑ると、口を重ねられた。触れるだけのなんてことの無い恋人からの口吸い、胸がいっぱいに満たされる。

「この辺、一年生でも来れるのに。見られていたらどうするの」
「私たちが一年生に気づかない訳ないだろう。……同室の気配なら尚更。そこにいるのだろう、潮江文次郎」

青い茂みが微かに揺れる。すると中から、罰が悪そうな文次郎が現れた。誰かいるなくらいには思ってはいたけど、まさかギンギンに自主トレ中の文次郎だったとは。文次郎の隈がかなり濃い、近い日に寝かし付けないと。

「悪い。邪魔するつもりはなかった」
「いい。ゆるす__が、」
「分かってるって、しんベヱオススメの甘味処だろう?」

その話を恋人である僕は知らない。目の前で熟年夫婦のようなやり取りをされて、頬を膨らす。僕は同室だからといって、ふたりだけの会話を仕様がないとは思わない、だから子供じみた嫉妬してしまう。
ふたりは未だに僕にはつまらない話をしている。それを横目に、さっきまで触れ合っていた唇を指先でなぞる。善法寺伊作の立花仙蔵なのになぁ、なんて乙女チックなことを思ったり__なんて。

「あと、アレの件も忘れてないな?」
「はいはい、アレもアノ件もおぼえてるよ」

随分とか細い堪忍袋の緒が切れる音が聞こえた。

「そんなにふたりで話したいのなら、僕もういっていいよね?」
「待て、伊作。仙蔵がなぜお前の言葉に動揺したか、聞きたくはないか?」

腕を掴んで、いたずら笑顔なのは文次郎だった。こういう場面に直撃したとき、愉快そうなのはいつも仙蔵で、文次郎は仙蔵に赤裸々にされるばかりなのに。今回ばかりかは逆だった。焦燥感に駆られる恋人、話を聞かずには居られないだろう。

「お前、仙蔵がどういう想いで作法委員会を立ち上げたか知っているか?」
「えっ。うーん。そうだね……作法を身につけておいて、損はないよね」

当たり障りのない回答に、それもあるだろうと文次郎は頷くが、もっと特別な理由があるみたいだ。当の本人を一瞥すれば般若のような形相で文次郎を睨んでいる。ご乱心の同室に文次郎は言い淀みながらも、言葉を連ねた。

「お前が本気で保健委員という役職に向き合っていたからだ」

頭の中が疑問符で埋め尽くされる。そもそも話の路線がズレているが、ちょっと置いておこう。
僕が一生懸命にやってきた委員会活動と、仙蔵が委員会を立ち上げた話がどう繋がるのだ。
お前変なところで鈍感なやつだな、と文次郎は呆れた声音で言う。そこへ、ひとりで悶えていた仙蔵がズカズカと僕と文次郎の間に割り込み、文次郎の耳を引っ張る。爪が食いこんでて、今にも血が滲みそうな勢いだ。

「仙蔵!保健委員としてそれは見過ごせないよ」

力んだ手を掴んで、こちらを向かせると仙蔵は今まで見たことの無いくらい真っ赤になっていた。思わずギョッとしていると、手を繋いだまま仙蔵は座り込んでしまった。きゅっと握ってくれる手はじんわりと熱を持っていて、それが僕にも伝染していく。

「伊作のいる医務室が昔から好きだったんだ。自分よりもいつも派手に怪我している癖に柔らかく笑うお前が、優しい手つきで、心地の良い声で手当てをしてくれるあの場所が」

蚊の鳴くような声で、もそもそと饒舌になる仙蔵。一語一句聞き逃すまいと、自分もしゃがみこんで隣にぴたりとくっつく。
それで、と続きを催促するように手をぎゅっと握る。それにぴくりと反応した仙蔵は埋めていた顔を上げて、伏し目がちに薄い唇を小さく開く。

「いつからだったか、覚束無く、拙かったあの小さな手が、いつの間にかたくさんの人間を救うほどに大きく成長していたのは」

手が仙蔵の口元へ引かれて、そのまま、ちゅ、と口付けを落とされた。どひゃあ。歯が浮くような行動をとっても、かっこいい僕の恋人はものすごくかっこいい。留三郎がしても、文次郎がしても笑い転げる自信しかない。
僕の思考を見透かしたように、話をちゃんと聞いていないだろう、と目を細めた仙蔵からでこぴんを食らう。

「そんなお前を見てきて、同窓として、仲間として、懸想相手として何も思わない方が難しい」
「__それじゃあ仙蔵は、僕の影響で作法委員会を?」
「無論それだけではないが、そういうことになるな。____だから、作法委員長としてお前に褒め出しをされて、不覚にも動揺してしまった」

そういうことだ、といつもキリッとしている眉がさがり、仙蔵は面映ゆそうに笑っている。
知らなかった、いつもクールで何でもこなしちゃうお前がそんな風に思ってくれていたなんて。胸に込み上げていたものが堰を切る。

「伊作……!?なぜ泣いている」
「僕、いつも不運で、みんなを困らせて、煙たがれることも少なくなかったからさ……いまとても嬉しくて仕方がないんだ」
「そうか、__私も伊作が隣に居てくれて幸せだ」

不細工に泣く僕に仙蔵は懐から手拭いを出し、顔に優しく押し付けてくれた。手拭いからは、ほんのり火薬の匂いと微かな仙蔵自身の匂い。
ひと通り落ち着くと、帰るぞ、と差し出された手を力いっぱいに握りしめる。忍術学園に帰るまで、一緒に手を繋いで帰ろう。
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