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#1 出会い

善法寺伊作、高校生三年生です。僕は不運と片付けていいもんじゃないレベルの不運体質で、よく幼なじみの食満留三郎を巻き込んでいます。巻き込まれるのを承知の上で、懲りずに手を差し伸べてくれる留三郎が僕は大好きです。
そんな幼なじみと一筋縄ではいかない下校イベントが本日も行われるはずだった。しかし相棒は放課後に犬猿の仲である潮江文次郎と決闘するだなんだ騒いでいた。今回は文次郎からふっかけたらしい。特に珍しいことでもなく、日が暮れるまで待てる質でもないので先に帰ることにした。中等部のきり丸の観戦チケットを捌く活気的な声に負けじと「怪我したらふたりとも家(うち)においでよ」、保健委員として、両親が医者である息子としての一声をかけ帰路に着く。
伊作は殊更にため息をつく。今日は留三郎に聞いてもらいたい話があったのだ。朝は不運と踊ってしまいそんな余裕なかったし、昼は小平太と長次のいけどんバレーに連行されていった。だから放課後には必ず……!と意気込んでいたのに、勝負だ!と雄叫びをあげる背中を見てがっくしと肩を落とすしかなかった。
伊作はすっかり留三郎とおしゃべりをしながら帰る気でいたからか、いつもの道のりがなんだか味気なく感じていた。
不本意ながら留三郎を束縛している自覚はそれなりにある。大半は不運で占められているが、きっと幼なじみというポジションも関係あるだろう。僕の不運に巻き込まれる留三郎はいつも、気にするなと言うけれど、周りが黙っちゃいない。留三郎は人気者だ。面倒見がよくて、イケメンでやさしいのだ、幼なじみとしてたいへん鼻が高い。だからこそ留三郎本人にも、留三郎と過ごしたい面々にもなんだか申し訳なく感じている部分は少なからずともあった。いい機会だと自分にうんうんと言い聞かせ、道草でも食おうか、そんなことを考えていると、いつもの通学路に妙な違和感を抱く。
あれ、あんなところに道ってあったかな。
今朝通ったときはなかったと思われるひっそりとした裏道。ついさっきこの道は完成されました、なんて看板があっても納得出来るほどに、この裏道に覚えがない。いつも通っているはずなのに、伊作は不思議に思う。ただ単に意識をしたことがなかったのかなあ、自分の記憶を疑ったりもした。が、それを確認するすべも無い。
特に深く考えもせずにくるりと足先を訝しげな裏道に向け、ずんずんと進んでいく。退屈していたからか、はたまた、何かに惹き付けられるなのか__。
程なくして伊作の冒険は終わりを迎えた。これはまた変哲な場所に出たものだ。目を軽くこする。モダンな住宅に囲まれているのは、ロココ調のお店、なのかな?OPENと書かれたプレートをみるにお店で間違えないんだろうけど。
後ろを振り返るも僕がさっきまで歩いてきた道しかなく、目の前には異彩を放っている、悪く言えば浮いている店だけで道は途絶えている。
お店のショーウィンドウを覗くと、そこには美術の教科書でしか見たことがない華やかで煌びやかなドレスが輝いていた。素人目でも分厚い硝子越しでもわかる、これは本物だ。子供が記念に写真屋さんで身につけるものとは0(ゼロ)がいくつも足りなさそうだ。
ここは一体なんなのだろう。
そう思えば扉を引いて中に入っていた。ドアベルが美しい音色を鳴らすと、奥の部屋から店主らしき青年がでてきた。伊作はてっきり老紳士がでてくると思っていたが、現れたのは栗色のふわふわっとした髪をした青年だった。ビシッと決まっているフォーマルな格好は年齢は大して変わらないだろうが、自分よりも大人びて見える。

「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件で」
「その……適当に道草食べていたらここに辿り着いてしまって、僕客じゃないんです。すみません、冷やかしみたいになってしまって。でも興味はあるので少しだけ居させてください」

優美で繊細な食器や上品で手触りの良さそうなシーツ、磨きのかかった艶やかな小さい靴、フリルをふんだんに仕立てられた作品のようなドレス。伊作は目をあちこちに向ける。自分が場違いなのは重々にわかっているが、当時の歴史を覗いている気がして好奇心が止められなかった。長次が近世ヨーロッパが舞台の小説をここ最近読んでいたことをふと思い出す。今度連れてこよう、あの3人はお留守番で。
店内で一等に高価そうなティーカップを破損しないように、丁重に手に取ろうとしたとき、店主が閉ざしていた口を薄く開く。

『ここは観用少女(プランドール)専門の店でございます。奥の部屋には彼女らがいますが、如何されますか?』

__観用少女。伊作は目をまん丸にする。それはまさに今日、留三郎に聞いてもらいたかった話の主軸であった。伊作はふたつ返事で店主の後ろへついて行った。
店主が金色に鈍く光るドアノブに手をかけると、くるりと伊作のほうに振り返った。

「少しだけ説明します。観用少女は“生きる人形”です。彼女たちは眠りながら持ち主を探しています。波長の合う者に出会ったとき、目を覚まし、それ以来その者にしか目を向けなくなる__とまあ、ざっとこんなもんです。実際にみた方がはやい」

グリム童話のような世界観に驚く暇もなく、店主は手にかけていたドアノブを回した。
この店主薄々感じてはいたが……食えないやつだ。よく見えない顔(表情)をじっと見つめると、何か(悪いですか)?と睨み返される。これ以上、深追いするのをやめたのは英断と言えよう。
それはそうと先程から異様に扉の先が気になる。ゾワゾワと反応する体、妙な胸騒ぎに伊作は確信した。きっと自分を待っている観用少女がいるのだと。
軋む音が聞こえると扉は開かれた。
宮殿のような一室にはたくさんの観用少女が利口に座って並んでいた。その奇異な光景は不気味のようで、全く嫌悪感はない。むしろ愛らしいと思う。
伊作はまじまじと観察する。みんな綺麗な顔立ちだけど、パーツは画一的ではなく一人ひとり違った個性がある。観用少女は“名人”の称号を持つ職人の傑作。丹精に深い愛情を持って作られたことがひしひしと伝わる。
もう少し間近で見ようと金髪の観用少女に顔を近づけた。すると孔雀のようなフサフサのまつ毛が軽微に動く。そして開かれた瞳はエメラルドに輝いて満ちていた。ゆっくりと天使のように微笑み、ふわりと上品にドレスを揺らし、伊作の首に手を回し抱きつく。
もしやこの子が____。

「ずっと僕を待って」
「いいえ、それは違うと思います」

慈悲のない言葉に石になる、冷水でも被せられたようだ。観用少女は基本喋らない(環境によっては言葉を覚えさせることも可能らしいが)、伊作の渾身の気障ったらしい台詞を冷ややかに切ったのは店主だ。
穴があったら入りたい。蚊の鳴くような声で呟くと、エメラルドの観用少女は慰めるように伊作の頭を撫でた。陶器のような手だ。肌の白さだけじゃない、手触りも生身の人間より硬い気がする。でも、じんわりとあたたかくて思わず目を細める。

「こんなにも懐いてくれているのに、どうして違うって分かるんですか?」
「まわりをご覧ください。店の大半の観用少女が目を覚ましはじめています」
「え?」

店主の声に、伊作の頭を撫でる手をそっと優しくどかして、頭をあげる。後ろを振り返ると、たくさんの観用少女が伊作を目掛けて飛びかかってきた。ガーネット、サファイヤ、トパーズ、ピンクトルマリン、目を覚ました観用少女たちは伊作を囲んで、各々べったりと引っ付いている。

「__どういうこと?」
「これ以上、観用少女が目を覚ましたら大変だ、一旦部屋を出ますよ!」

店主が冷や汗流しながら慌てている。さっきまで自由に振舞っていた店主が取り乱すということは、なかなかの非常事態なのだろう。今浮かんでいるたくさんの疑問を投げるのは我慢して、店主の言うとおりに部屋を出た。
店主は押し寄せてくる観用少女たちが来る前に、勢いよく扉を閉めて、施錠する。肩で息をしながら店主がそれはもう重たいため息をつくと、伊作を睨んだ。

「一体どれだけ前世で徳を積んだんですか……」
「言いたいことはわかってるよ、でもどうして?観用少女は波長の合う者にしか、目を合わせないんじゃないの」
「稀にいらっしゃるんですよ、必ず観用少女に懐かれる方が。その中でもお客様は稀中の稀、ここまで観用少女を虜にする人間はいない」

なるほど、これは困った。もっとも一番困り果てているのは店主だろう。ちらりと顔色を伺うも、かなり芳しくなさそうだ。
伊作のせいで商品である観用少女たちが目を覚ましてしまった。もし、伊作があの子たちを買わなければ、“波長の合う者(伊作)”からの愛に飢え、枯れてしまう。店主からしたら彼女たちは売り物にならなくなる。
医学や患者に対して、真摯である両親のような医者を目指す伊作にとって、救える可能性がある観用少女を枯らすという選択肢はなかった。
その旨を伝えると、店主は呆れたようなため息をつく。胸元から黒い手帳を取り出し、年季の入った万年筆を手に取ってさらさらと書き出す。
店主は黙々とノートに集中している、伊作はというとそれをじっと見つめた。この妙に緊張感が走る時間、店内では大きなノッポの振り子時計が規則正しく揺れていた。
しばしして店主が顔をあげた。手帳を水戸黄門が紋所を見せるように、伊作に現実をみせつけた。

「目を覚ました観用少女たちの合計金額です。さらに服やミルクやを上乗せすると、こんなもんでしょう」
「……やっぱりそれくらいしますよね」

想定していた金額だった。だからなんだ。想定していた金額が、一生かけても稼ぐのが難しい程の大金だったら、どうしようもないだろう。
じゃあ諦める?それは絶対にしない。僕の信念に大きく反する。
そうしたジレンマに伊作は頭を搔く。
悩んでいたってしょうがない、僕の答えは端からひとつしかない。固唾を飲む。拳を握りしめ、店主ににっこり笑ってみせる。

「でも、あの子たちを枯らしたくはない。だから目を覚ました観用少女たち、僕にちょうだい」
「は?」

もちろんタダとは言わないよ、出世払いになるけれど少しづつ返せる分は返すつもり。僕の将来の夢は医者だからね。口早になった言葉たちは出任せだったかもしれない。でも必死だった。伊作に飛びついてきた観用少女たちの笑顔が脳裏に浮かぶ。綺麗だったんだ。とっても。
伊作の言葉に信じられないという顔の店主は、なんやかんや最後まで話を聞いてくれた。時折、とーっても深いため息を入り交えながら。
どうかな。伊作は鼻息を荒くしながら、店主に詰め寄った。1歩寄ると、1歩離れる。顔をぐいっと近付けると、僕の肩を押してどうどうとなだめた。
店主は崩れた身なりを整えて、コホンと咳払いをした。

「お客様、あなたは勘違いされておられる。観用少女はメンテナンスをすれば、再び眠りにつきます」
「へ?」

なんとま抜けた声だっただろう。なんと観用少女が助かる道が他にあったのだ(しかも目を覚ましてしまった観用少女をメンテナンスするという手は界隈の中でも定石っぽい)。もしかして一人相撲をしていたってこと……?みるみるうちに顔に熱が集中して真っ赤になる。控えめに店主の顔をちらりとみると、それはもう愉快そうに悪戯笑顔で返された。

「まさか観用少女をタダで譲れって仰ったときは、さすがに驚きました」
「必死だったから仕方ないだろう!」

出来れば忘れてほしいが、高笑いまでしてしまっている店主を目の当たりにし、無理だろうな、と伊作は心の中で静かに諦観するのだった。
店主に立ち話する訳にはと、でっかくてふわふわのソファに案内された。腰をかけるとさっきの緊張さえも包み込んでくれるソファに安心感を覚えた。これも一級品なのだろう、汚さないようにしないと。 振る舞われた香り高い紅茶には輪切りされたレモンがぷかぷかと浮いていた。
さて、商売の話をしましょうか。向かい側に座った店主は不敵の笑みを浮かべる。ほっとひと息ついていた伊作の体がまた少しだけ固くなった。

「先程話したとおり、観用少女はメンテナンスをすれば、再び波長の合う者を待つ眠り姫になる。が、そのメンテナンスにはそれは高いたかい金額が伴うものですよ」

黒い手帳には目を覆いたくなる金額が提示されていた。それで、と話を促す。

「しかし、あなたに莫大なお金を請求するには、私の不注意が目に余る。というか、お門違いです。私があなたの特質に気がついていればこうはならなかった、観用少女専門店の店主として情けない話です。そんな私の心中を踏まえての提案があります」

とある観用少女を受け取ってくださりませんか。

伊作は耳を疑った。店主が自らの非を認めるのはわかった。きっと、店主は観用少女を扱う者としての強いこだわりがある、というか職人気質なのだろう。そして根が真面目なんだろう。
いや店主の人格の話はいい、そこはいいのだ、観用少女を譲る__?あまりにも店側が不利な釣り合わない提案に、鯉のように口をパクパクする伊作。店主は訳ありなのだと困ったように苦笑いし、手を組みテーブルクロスに肘を着く。

「立花仙蔵という名の観用少女がいるのですが、なかなか気難しい方でねぇ……。ここ100年、口説く者が後を絶たない人気のドールですが、本人はそれを袖にし続けています」
「……100年間も眠り続けているんですか」
「ええ。観用少女というものは我儘が付き物ですが、しかしあの方は特別ですね。いかがです……?お駄賃はいただきませんし、必需品もお付けします」

最後に店主がぼそりと呟く。立花仙蔵に同情をしている訳じゃない、あの方に外の世界を見ていただきたい、そんな自己満足な話なんです。と。その時の店主の表情はなんて形容すれば分からないけど、優しくて柔らかかったと思う。
伊作は立花仙蔵という気高い観用少女に会うことにした。
席を立ち、スタスタ歩いていく店主の後を追う。
立花仙蔵はどうやら他の観用少女とは別室にいるらしい。過去に何度も盗難されかけ、それに我慢ならなかった前店主がわざわざ立花仙蔵用に部屋を設けたようだ。伊作としては、また観用少女たちが目を覚まさせてしまうという懸念点がなくてほっとしていたって所だろうか。
それでは入りますよ、と店主は秘密の入り口である大きな古時計の戸を開くと、そこは暗い通路に繋がっていた。
大抵のこういう隠し通路は蜘蛛の巣が張り巡らせていて、苔が生えていて、ホコリ臭い。伊作は世の中それが鉄則だと思っていたが、それを改めなければならないかもしれない。掃除が十分に行き届いていて、ネズミの1匹もいやしない。店主のプロフェッショナル精神か、立花仙蔵の言いつけなのか。はたまたその両方か。ひとりでくすくすしていると店主が怪訝そうに伊作を一瞥したが、再び前に向き直すのだった。
そして間もなく深緑の扉の前にふたりで佇む。店主が扉をさした。

「この先にあの方がいらっしゃいます」
「じゃあ少しお話してくる」
「行ってらっしゃいませ」

重みのある扉を開く。広くもなく狭くもない部屋の真ん中、ゆらゆらと揺らめくシャンデリアに照らされた観用少女がしたたかに座っていた。
伊作が出会った観用少女たちの衣装はみんな色彩豊かだった。しかし、この子が着ているのは洗礼された黒と緑を基調とした細やかなレースと上品なリボンがあしらわれ、上品でありながらもボリュームのある豪華なドレスだ。近寄り難い雰囲気を身にまとっている。
そういいつつも伊作は観用少女の前に膝まづく。近づいても微動だにせず、目を覚まさない。勝手ながら少し残念に思う。自分なら長いながい眠りからドールの目を覚まさせることが出来るかもしれないと思っていた。しかし、現状目の前の白皙(はくせき)の観用少女はうんともすんともいわない。
伊作は最後に駄目押しで語りかける。

「僕と一緒に来ないかい?」

まるで人形に話しかけているみたいで返事は何もなかった。そうだ、この子は100年も眠っている。立花仙蔵はただ健気に運命の相手を待ち続けている。その相手が伊作じゃあなかった。それだけなのに、悔しいと思うのは伊作はきっとこの子に一目惚れをしてしまったのだろう。
そのひたむきな様子に困ったように微笑み、じゃあねと苦い恋情を残した部屋を出る。
扉を開けると壁に寄りかかってニヤニヤしている店主が伊作を出迎えた。扉に入る前のさっぱりであっさりした伊作の雰囲気は跡形もなく、店主は心底不思議そうに首を傾げた。

「僕じゃあ、ダメみたいでした」
「じゃあお客様の隣にいる方は私の夢でございましょうか?」
「え?」

店主の言葉に首を傾げつつ隣を見やれば、立花仙蔵がきゅっと伊作の制服の裾を引っ張っていた。
その様子に目を見張り、色んな仮説たちが伊作の頭の中でぐるぐる回転する。なんで着いてきているの?まさか店主が波長の合う人間だったとか?いや、それだと色々辻褄が合わない。じゃあやっぱり僕がそうなの?でも、目を覚ましてくれなかったよね、てことは……それはこの子の演技だったとか!……僕にいっぱい食わせるために?
伊作の遠慮のない視線に気がついたのか、顔を見上げた観用少女と目が合う。ゆっくりと瞬きをし、零れそうな黒曜石の瞳を細めて、顔を綻ばせるのだった。

____ああ知れてよかった。お前はこんなにもあどけなく笑うんだって。

心臓が大きく高鳴る。伊作はたった数秒のひとときで転落させられた。胸がぎゅっと締め付けられて苦しくて、なぜか目頭が熱い。善法寺伊作は現在進行形でこの子に落ち続けている。
とろんとした表情を浮かべたまま棒立ちしている伊作をじっと見つめる仙蔵。なかなか伊作が動かないのでネクタイを引っ張り間抜け顔を手繰り寄せ、冷たい手で伊作の頬を撫でる。仙蔵の突然の行動に訳が分からなくなっている伊作の不意をついて、優しく口付けをした。
その一連の様子を見ていた店主はみるみる赤くなっていく伊作が面白くてからかうつもりでニヤニヤしていると、仙蔵からキッと睨まれたのでやめにした。
でろんでろんになった伊作に店主は問う。

「お客様、立花仙蔵を引き取ってくださりますか?」

もちろんだよ。そう食い気味に答えると仙蔵は当たり前だと、ご満悦の表情を浮かべた。
店主は速やかにあれやこれやの観用少女の必需品や店内に置いてある雑貨をまるっと荷造りし、伊作の自宅へ送る手配を済ましてくれた。

「明日にはご自宅に到着するようにしときます」
「わざわざすまない。こんなにも良くしてもらっちゃって……名前をきいてもいいかい?」
「……名乗るほどのものじゃあありません。観用少女について何か困り事がありましたら、こちらへいらしてください」
「ありがとう」

店を出ていくふたりの背中を見送る店主、鉢屋三郎はため息をついた。トラブルメーカーの客のせいか、常に自分よりも優位に立とうとする観用少女のせいか。はたまた、例のふたりを繋いだ手が恋人のように絡まっていたからか。
半目になった三郎は無性に愛しの観用少女に会いたくなってしまった。口元を緩ませて、そうそうに店じまいの準備に取り掛かったのだ。

つづく
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