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ライム

 氷で満たされたグラスには、琥珀色の液体が半分ほどまで入っている。計量カップと目分量で作ったカクテルを一気に流し込めば、アルコールとライムの香りが口いっぱいに広がる。
「ちょっと濃いけど、美味しいね」
 誰も応じないと知りながら、私は呟いた。
 クリスマスを一人で過ごすのはいつぶりだっけと、昔を振り返ってみる。幼い頃は家族みんなでケーキとご馳走を楽しんだ後、サンタクロースがプレゼントを届けに来てくれるのを、布団に潜ってからも深夜まで待っていたものだ。それもとうの昔に起きた出来事。今は私以外に動くものなんて時計の針とエアコンくらいしかなく、その物音が部屋に虚しく響いている。
 ……いや、私は一人なんじゃない。独りなのだ。
 実家を出てからここ数年間ずっと、聖夜はあの子と二人で過ごしていた。今年もまた恋人ができなかったねと笑いながら、ときどき隣人の気配に耳を澄ませたりして、独り者のひとときを分かち合った。
 けれど彼女は今、私の隣にいない。
 それについて少しでも考えると、胸焼けしたみたいに嫌な感覚に襲われる。テレビでも点ければ静けさからは逃れられるけれど、たとえ賑やかな音がしたところで、あの子がここにいないことは変わらない。
「はあ……」
 私は小さく嘆息して、まだ少しだけ液体の入ったグラスをこたつの上に置く。からん、と氷が音を立てる。
「次、何飲も……」
 傍らのスマートフォンを手に取ると、モスコミュールのレシピを調べたままの画面が表示された。今度はベースだけ変えてマミーテーラーかな。ダイキリも捨てがたい。今夜はとことん酔ってしまおう。この気分をかき消せるのならば。
 時刻はそろそろ二十二時を回ろうとしている。色とりどりの電飾がきらめく街並みに恍惚した恋人たちが、長い夜を愉しむべく闇の中へと消えてゆく頃合いだ。
 あの子は、どうしているだろう?
 予定では、厳しい冬に備えて防寒具の買い物をし、ちょっとお高いイタリアンレストランでディナー。その後はどうするのと訊ねたら、帰り道でちょっとゆっくりイルミネーションを眺めようかな、なんて少し照れくさそうにしていた。
 初めての彼氏と、ちゃんと上手くいっているだろうか?
 私には、この秋に実ったばかりの幼馴染の恋を、応援することしかできない。
 記憶を辿れば、あの子を友達として見ることができなくなったのは、高校1年の夏だったように思う。それから今まで、成就なんてしないって知りながら、ずっと想っている。幸せになってほしいと心から願っている。だからあの時も、悩む彼女の背中を押した。
「私、随分大胆なこと言ったなあ」
 気になるなら付き合ってみたら? 別れたときは慰めてあげるから……。冗談っぽく言ってはみたけれど、付き合い始めたと聞いたら、正直かなりへこんだ。それでも、やっぱり幸せそうに笑っているところを見たら、これで良かったんだと思えた。
 だからますます、今、彼女が何をしているのかが気になってしまう。想像するだけ無粋なことだと、深く考えずにいるのが正しい在り方なのだろう。それにはまだ、お酒が足りないのかもしれない。
 こたつの上には、数種類の瓶容器とグラスの他に、食べかけの晩餐がある。わざわざ出前を取って広げたピザの箱とタンドリーチキンは、半分を残したまま冷めてしまっている。お酒を飲んだら少しおなかが空いてきたし、温め直して食べることにしよう。
 食材を持って立ち上がったとき、静まり返ったワンルームに、インターホンの無機質な機械音が染み渡った。少しの寒気を伴う驚きと膨れ上がる期待で、心臓が早鐘を打つ。
「ま、まさかね」
 だってあの子は。
 ピザとチキンを皿に載せ、電子レンジに突っ込む。そうしてキッチンの壁に据え付けられているドアホンモニターに恐る恐る目を向ける。
 映し出されていたのは、オートロック式のエントランス前で、両手を擦り合わせる若い女性――今まさに思考の外へ追い出そうとしていた、あの子の姿だった。
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