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彼女は女王様

 春の昼下がりとは実に暖かく、眠気を誘われるものだ。
 美貴は欠伸をしながら屋上への階段を上った。先程まで数学の授業が行われていたからか、彼女は本当に眠かった。手荷物袋の中にはコンビニで買った弁当が入っているが、食事をするために時間を割くのならば眠りたいとさえ思った。
「眠いわ」
 呟きながら引き戸を開けると、春の暖かい風が吹いてきた。栗色の髪が乱れたので手で整えながら、彼女はいつものように人を探した。
「ああ、体育だったのね」
 美貴は目的の人を見付けた。その人は青色の学校指定ジャージを着ていて、此方の声で顔を上げた。眠そうな顔をしているのはこの陽気のせいではないだろう、そんなことを思いながら、彼女は彼の隣に座る。
「シュンはいつも眠そうよね」
「ミキも眠そうだね」
「数学だったんだから当然でしょう? 今だって、あたしの身体はコンビニ弁当より昼寝を望んでるのよ」
「それなら寝たら」
 遵は終始穏やかな声で言うと、近くにあった彼の弁当箱を開けた。恐らく自分が来るのを待っていたのだろうと思いながらも、美貴はその申し訳無さを口には出さない。
「寝るって言っても、寝られる場所、無いんだけど?」
 屋上には幾つかの段差や寄り掛かれそうな設備があるが、人が横たわったり、安眠出来そうな場所は無かった。
 すると遵は当然のことのように言う。
「幸いなことに僕はミキより身長が三十センチ大きい。寄り掛かったら寝られるんじゃない」
「ええ。そうね。名案だわ」
 彼女は少し俯きながら、そして肩に掛かる髪が顔の影となることを願いながら、右隣の彼に寄り掛かった。此方が少しの恥じらいを感じていることにはきっと気付かずに、彼は黙々とカレーを食べている。
「どうしたの」
 見ていることには気付いたようだ。
「シュンのせいで寝れないわ。あたしもお昼食べる」
「ごめん」
 遵はスプーンを動かす手を一度止めた。軽く頭を下げると、再び手を動かす。
 美貴は彼に体重を預けることをやめ、袋からコンビニ弁当を出した。朝に買った唐揚げ弁当は、多少なりとも品質が劣化しているように見えた。
 多分、そう感じたのは、隣から薫るカレーの匂いがとても美味しそうだからだ。それに気付いた彼女は、少しだけ羨ましげにカレーを見た。
「そのカレー、何」
「大手食品会社のホーム社製『彼に納得 中辛』。よくCMでやってる」
「そうじゃなくて、誰が作ったのよ」
「僕が作った。最近親が忙しいみたいだから」
「ふうん……」
 見ている間に、彼はそれを完食した。
「ミキは何でコンビニ弁当なの」
「手作りじゃなくて悪い? うちも親の都合よ」
「偏食は身体に悪い」
 そんなことは分かっていたが、美貴は料理経験があまり無く、朝の多忙な時間に弁当を作ることなど不可能だった、仕方無い状況にあるのに注意されて、彼女は少し腹が立った。
「何よ、それじゃあシュンが作るとでも言う訳?」
「僕ので良いなら作る」
 思わず荒くなった声に、遵は静かに応じた。
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