学校帰りのふたり
私は冴えない図書委員、彼女は陸上部の頼れるエース。私は長い黒髪、彼女は染め上げた短い茶髪。共通点なんて、同じ学校の制服を着ていることと、放課後、彼女と帰るときだけ、スカートの丈が少し短いことくらい。膝上十センチ以上なんてもちろん校則違反だし、なんとなく落ち着かない。私としては精いっぱいの背伸びだ。
クラスも部活も委員会も違う私たちだけれど、放課後はほとんど毎日、同じ時間に同じバス停で同じバスに乗る。いつも二分遅れてくるそのバスは、今日も私たちを辺鄙な田舎まで運んでいく。
「次は、島松一丁目、島松一丁目」
運転士のどこかけだるげな声が、少し混雑した車内に響いた。
買い物帰りか何かの主婦たち、幼稚園のお迎えと思われる母親と子ども、会社帰りのサラリーマン。彼らの立てる物音に負けない声量で、彼女はおもむろに話し出す。
「そういやさ、今日めっちゃ面白いことあったんだ」
「どんなこと?」
「んー、あんた知ってたっけ、男テニの小泉なんだけどさー」
彼の話なら前にも聞いた。確か、彼女と同じクラスのムードメーカー的存在だ。つい先日おこなわれたテストで、名前を書かずに零点を食らったのだったか。
「あいつマジでおもしれえんだわー。朝練終わった後コンビニで唐揚げ弁当買ったくせに、昼休みになったらまた購買で唐揚げ買ってんの!」
「お弁当を買ったことを忘れちゃったわけね」
「ほんっと爆笑」
彼女はおもしろおかしく笑う。
私なんかが彼女の隣にいていいものかといつも思う。幼馴染みだからという理由だけで、家まで一緒に帰ることが許されていいのだろうか。もし同じクラスだったとして、彼女はいわゆる一軍、私はきっと最底辺。私たちが今乗っているバスは本当に辺鄙なところを通るから、彼女が私なんかといるところが誰かに見られる心配はないと思うけれど……。
「野菜が一品ほしいところだね。唐揚げ弁当と購買の唐揚げはどうなったの」
「それがさ、全部一人で食べ終わってさ、胃が痛えー、とか言ってておもしろすぎた」
「あらあら……」
なんて他愛のない話をしている間に、バスの乗客は少しずつ増減を繰り返しながら、着実に減っていく。二人席が空いたのに気付いて、私は彼女とともに席へ座る。同じバス停で降りるのだけれど、私が窓側、彼女が通路側。それが定位置だ。
「何かおもしろいこと、あった?」
「私? うーんと、図書委員の仕事はいつものごとく暇だった」
「いつもその話ばっかじゃん」
「なんかごめん……」
ここまでがテンプレ、というやつだ。いつも同じ話なのに、彼女もよく飽きないなあと思う。
「一周回って楽しいからオッケー。今日は何して暇潰してたん?」
「夏目漱石の『こころ』を読破してしまった」
「あれ結構長くね? 読むの早くね?」
「昼休みと放課後、それだけ暇だったってこと。読むのもう三回目だし……」
委員会の仕事が終わってからも、彼女の部活が終わるまで自習室で読んでいたのは、いちおう内緒だ。
彼女はおもむろに鞄からスマートフォンを取り出すと、何かを調べ始めた。
「登場人物って……ああ、そうそう、先生とKと、あと書生か。この前授業でやったばっかなのにもう忘れたわ」
スマートフォンを鞄に戻すと、彼女は少し呆れたように溜め息を吐いた。勉強があまり得意ではない彼女が授業の話をするのがなんだかおもしろくて、私は思わず微笑する。
「授業でやったのは遺書の部分だね。先生とKがお嬢さんの静を取り合う話とかがある。書生くんはモブキャラっぽかったね」
「あー、そうだったわ! 誰がタイプ?」
彼女はこうやっていつも、私に話を合わせてくれる。彼女の表情を見ると、つまらない話だったらどうしようって不安だった気持ちが、嘘みたいになくなる。熱心に話を聞いてくれるのがとても嬉しくて、こんな私のためにって、少し申し訳ない気持ちにもなる。
そんな考えを悟られないように取り繕って、私は何でもない顔で答えた。
「先生が正直、すごくタイプですね」
「あー。それっぽいわー」
「そう?」
「めっちゃ、ぽいっしょ。だって先生、独占欲強めじゃん。似た者同士ってやつ?」
きっと何気ないその発言に、私はどきりとした。
独占欲が強いと、彼女に思われていたなんて。
「あ、次降りるバスじゃん」
言いながら彼女は、目前の手すりについた降車ボタンを押す。
「バスじゃなくて、バス停ね」
私は微苦笑しながら膝上のリュックを背負う。
「通じるんだし、いいっしょ。明日は委員会あるんだっけ?」
「明日の当番もたぶん来ないと思うから、放課後は図書館にいるつもり」
「よっ、さすがは図書委員長! 時間合いそうだったらまた一緒に帰ろ」
「うん」
私の返答に重なるように、車内アナウンスが流れる。
「お降りの方はバスが完全に停車してから席をお立ち下さい」
毎日何度も聞いているフレーズだというのに、まだ少し動いているうちに彼女は席から立ち上がる。全くもう、と苦笑しながら、私はバス停の横で停まった車内を歩き出す。
クラスも部活も委員会も違う私たちだけれど、放課後はほとんど毎日、同じ時間に同じバス停で同じバスに乗る。いつも二分遅れてくるそのバスは、今日も私たちを辺鄙な田舎まで運んでいく。
「次は、島松一丁目、島松一丁目」
運転士のどこかけだるげな声が、少し混雑した車内に響いた。
買い物帰りか何かの主婦たち、幼稚園のお迎えと思われる母親と子ども、会社帰りのサラリーマン。彼らの立てる物音に負けない声量で、彼女はおもむろに話し出す。
「そういやさ、今日めっちゃ面白いことあったんだ」
「どんなこと?」
「んー、あんた知ってたっけ、男テニの小泉なんだけどさー」
彼の話なら前にも聞いた。確か、彼女と同じクラスのムードメーカー的存在だ。つい先日おこなわれたテストで、名前を書かずに零点を食らったのだったか。
「あいつマジでおもしれえんだわー。朝練終わった後コンビニで唐揚げ弁当買ったくせに、昼休みになったらまた購買で唐揚げ買ってんの!」
「お弁当を買ったことを忘れちゃったわけね」
「ほんっと爆笑」
彼女はおもしろおかしく笑う。
私なんかが彼女の隣にいていいものかといつも思う。幼馴染みだからという理由だけで、家まで一緒に帰ることが許されていいのだろうか。もし同じクラスだったとして、彼女はいわゆる一軍、私はきっと最底辺。私たちが今乗っているバスは本当に辺鄙なところを通るから、彼女が私なんかといるところが誰かに見られる心配はないと思うけれど……。
「野菜が一品ほしいところだね。唐揚げ弁当と購買の唐揚げはどうなったの」
「それがさ、全部一人で食べ終わってさ、胃が痛えー、とか言ってておもしろすぎた」
「あらあら……」
なんて他愛のない話をしている間に、バスの乗客は少しずつ増減を繰り返しながら、着実に減っていく。二人席が空いたのに気付いて、私は彼女とともに席へ座る。同じバス停で降りるのだけれど、私が窓側、彼女が通路側。それが定位置だ。
「何かおもしろいこと、あった?」
「私? うーんと、図書委員の仕事はいつものごとく暇だった」
「いつもその話ばっかじゃん」
「なんかごめん……」
ここまでがテンプレ、というやつだ。いつも同じ話なのに、彼女もよく飽きないなあと思う。
「一周回って楽しいからオッケー。今日は何して暇潰してたん?」
「夏目漱石の『こころ』を読破してしまった」
「あれ結構長くね? 読むの早くね?」
「昼休みと放課後、それだけ暇だったってこと。読むのもう三回目だし……」
委員会の仕事が終わってからも、彼女の部活が終わるまで自習室で読んでいたのは、いちおう内緒だ。
彼女はおもむろに鞄からスマートフォンを取り出すと、何かを調べ始めた。
「登場人物って……ああ、そうそう、先生とKと、あと書生か。この前授業でやったばっかなのにもう忘れたわ」
スマートフォンを鞄に戻すと、彼女は少し呆れたように溜め息を吐いた。勉強があまり得意ではない彼女が授業の話をするのがなんだかおもしろくて、私は思わず微笑する。
「授業でやったのは遺書の部分だね。先生とKがお嬢さんの静を取り合う話とかがある。書生くんはモブキャラっぽかったね」
「あー、そうだったわ! 誰がタイプ?」
彼女はこうやっていつも、私に話を合わせてくれる。彼女の表情を見ると、つまらない話だったらどうしようって不安だった気持ちが、嘘みたいになくなる。熱心に話を聞いてくれるのがとても嬉しくて、こんな私のためにって、少し申し訳ない気持ちにもなる。
そんな考えを悟られないように取り繕って、私は何でもない顔で答えた。
「先生が正直、すごくタイプですね」
「あー。それっぽいわー」
「そう?」
「めっちゃ、ぽいっしょ。だって先生、独占欲強めじゃん。似た者同士ってやつ?」
きっと何気ないその発言に、私はどきりとした。
独占欲が強いと、彼女に思われていたなんて。
「あ、次降りるバスじゃん」
言いながら彼女は、目前の手すりについた降車ボタンを押す。
「バスじゃなくて、バス停ね」
私は微苦笑しながら膝上のリュックを背負う。
「通じるんだし、いいっしょ。明日は委員会あるんだっけ?」
「明日の当番もたぶん来ないと思うから、放課後は図書館にいるつもり」
「よっ、さすがは図書委員長! 時間合いそうだったらまた一緒に帰ろ」
「うん」
私の返答に重なるように、車内アナウンスが流れる。
「お降りの方はバスが完全に停車してから席をお立ち下さい」
毎日何度も聞いているフレーズだというのに、まだ少し動いているうちに彼女は席から立ち上がる。全くもう、と苦笑しながら、私はバス停の横で停まった車内を歩き出す。
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