拝啓、望月様。
なあ、迷惑な話だろう。
こうやって僕が君の事を綺麗だ綺麗だと連呼したところで、君はそうやってただ在るだけなのに。勝手な風評なんて付ける僕を、君はどう思うのだろうね。
そりゃあ、君が何を考えているのかは僕にはさっぱり分からない。けれど僕は君が何かを考えているんだと思ってしまったから、推測することしか出来ない。
いや、推測せずには、いられないんだ。
君はとても気紛れな上に、君の美しさを邪魔せんとする他の色々な障壁にも阻まれて、僕が君の美しさを実感できる瞬間は殆ど無い。そして君はそう在るだけなのに、僕が勝手にその理由を考えるから、嫌な顔をするんだろう。
けれど僕には君がある理由が必要だ。さもないと僕の存在理由もなくなってしまう気がするから。君でなくてはならなくて、君以外であってはならない理由を僕は探している。
君に当てはまるなら、僕にも当てはまる。そして君に対してこういう思いを抱く僕は、この世界に一つしかないんだと分かる。
何をそんなに悲観することがある? 僕は君が今のままで在ることが、それだけが望みなのに。他の何かに照らされていないと在ることが分からない? そんなの誰だって同じだ。自分が在るって分かるためには、自分以外の何かに自分を認めて貰う必要があるから。
例えそれが、自分だったとしても、だ。
それだけじゃない? そうだね、君はこの世界に在る。けれど君に似たものだって、いくらでも在る。だから何だっていうんだ? 君は君であって、僕がその君を他の何か別の、君ならざる君と間違える自信は無い。
素敵なことだろう、君が君であることは。
けれど、僕がどうやって君を捕まえるかが問題になってくる。
君はあまりにも遠い。手を伸ばせば届くような錯覚に陥るけど、それは僕の勘違い。僕の頭の中で、君を都合よく手に入れただけであって。事実は遠ければ遠いほど、そこに近付くまでのあらゆる可能性が見えるから、その楽しみはあるけれど。
君は昔から、色々なものに必要性を議論されてきたんだろう。君よりももっと、それに相応しい何かがあったから、君は二の次に考えられてきた。
それはとても切ないことだ。君の微笑みがそう形容されるのも納得する。君がどう思っているのかは別として。
君に宛てたものとしては相応しくないかもしれないが、ここで少し話題を変えて、君の周りで微笑する他のものにも触れておきたい。
嫉妬? そう焦る必要は無い。僕は君を一番に考えているのだから。
そう、君の周りのものはたくさんあって、どれもが同じ距離には無い。
何と? 君や、僕と。
生まれた場所も、育った年数も、つまり現在に至るまでのあらゆるものが違う。それを群集のように捉えるものもあるけれど、間違っていると僕は断言する。
……え? 私が最上の絶対的存在なのに他のものにも唯一の価値があるというのかって?
だから、君は焦りすぎだ。物事には順番と言うのがあって、僕は大事なことを後回しにする。もう少し、読み進めて欲しい。
さて、話を戻すとする。
そう、君の周りにあるたくさんの、一見すると取り留めのないものにだって、一つ一つに別の価値があるのだという話だった。僕の中の君は、もし僕が君にこの話をするなら、理由を尋ねた。
これもまた、君には迷惑な話だろうね。僕の勝手な想像で、君は僕の中での存在感を増していくから。けれど君が理由を知ることを望むのならば、僕はそれに答えようと思う。
存在する。自分がそうやってそこに在る。それに気付くのは、自分の中に別の観点から自分を見ている自分が在るから。自分が二つ、自分の中にあるのだとすると、片方の自分と、もう片方の自分、その両方でもある自分が、自分なんだってことだ。
三つの自分が一体化してる時っていうのが、熱中しているとき。まさしく、我を忘れる、という表現が適当かな。それも含めると、自分A、自分B、自分A+B、そのどれでもない自分……の四つの自分が、在るのかも知れない。
そんな四つの自分――実際にはもっとあるのかもしれない――が、外から見られている。いや、よくよく考えると、自分の中でも自分が沢山あって、はっきり区別は出来無いんだろう。便宜上、アルファベットで分けてみただけで。それくらいに沢山の、複雑な自分があって、でも外形上は一つしかない。
不思議だとは思わないか?
自分の中でも自分を一つに定義できずに、外から見たらどうなる? 益々、混乱する。
ここで、君に謝ることがある。もしここまで読んで、君が「私こそ混乱した」と思うのなら、それは僕のせいだ。けれど、君もその他も価値があるものだって伝えたいから、僕にもう少しだけ付き合って欲しいんだ。
大丈夫。僕は自分で何を言ってるのか、分かってるから。どの僕が分かってるのかまでは、分からないけれど。
そうやって、分からなかったり分かったりする、色々な自分から、一つのものは構成されている。あのときのあれは意味の無いものだった。それだって意味を持っている。
光があるから闇の存在が分かるのか、それともその逆なのかって話と似てる。否定や無にも意味があるのに、そこに有への否定をしたって、その否定された有は意味のないものにはならない。
けれどこれは、僕から限り無く離れた僕が考えていることだ。僕により近い僕はこれを「ただの、無意味」で済ませることもある。それはその僕の気分だから、仕方無い。
君もそう感じたから、僕に理由を尋ねたんだろう。いいと思う。
君の周りで微笑する色々――この場合は、君と、君自体ではないものを区別するための『色々』――が存在するには、そういう背景があったんだ。そして君もその色々を知っているし、色々も君を知っている。僕も知っている。だから関係が生まれる。
君が僕の一番であるのは僕の中での決め事で、君は僕のことを、そんな風に思ってるとは考えもしないだろうね。
それでいい。僕たちに関係があることに変わりは無いんだから。
分かるかな。
僕や君といった、主観的に見た結果と、そういうのを全く取り払った、ある種でさっぱりした、冷淡な客観での現実は、違っている。そして僕は、君と色々が同じだけの価値を持ったものなんだと、出来るだけ客観的に伝えたかったんだ。
分かったかな。客観的に見たら、皆同じ。何が同じなのかは、違っていること。……ごめん。何にでも共通性を見出したくてさ。
僕はこんなだから、駄目なんだろうね。だからこそ、君を必要としている。
似ていると思ったんだ。初めて見た時は、あんまり綺麗だから何も考えられなかったけど。
いや、美しいことが似ているって言いたい訳じゃない。僕だってその位は分かるし、もし思ってたとしても自重は心得てるから。
似ていると思ったのは、君が孤独だって所だ。
何か不満があるだろう。君は孤独じゃないって言いたいだろう。安心して欲しい。これは限り無く僕に近い僕による、僕の為の推察だから。
さっきも書いたけれど、僕は似ていると思った。何を? 君が孤独だってことを。
そんな顔をしないで欲しい。どんな顔かは分からないけれど、僕の中の君は少なくとも不愉快に思ってる。
そりゃあ、誰だって孤独だよ。全部同じなんて有り得ない。分かり合うだけじゃない。衝突するし、下手すればそれ以上の何かにもなる。けど、肝心な、分かって欲しい部分を分かって貰えたら、孤独じゃない。
どんなに美しいと言われても、満足しないものもある。それは自分が美しいことを肝心じゃない、寧ろ嫌いだったりする場合だ。そういう風に、噛み合わないと、取り残された気がする。
それが、僕の中では何回も繰り返されたんだ。僕の中の全ての僕は、僕が考えていることを少なくとも理解しようとはしている。
けれど沢山の僕で構成された僕の周りの、つまり僕以外のものは全て、僕が一番大切に思っていることを否定した。あるいは首を傾げた。指を差して笑うこともあった。
理解されない苦しみ……というほどでもないけれど、とにかく僕は孤独だったんだ。僕の外側から見たら。
僕のこの、僕が一番大切に思っているこの、動力源は果たしてこんな場所に存在していいのか?
周りは僕の動力源に新しい場所を与えない。ずっと遠くで、沢山の他の動力源が共存しているのに、届かない。
何て悲しいことなんだろう。僕は否定されて、無益なものだと思われているのに、その他は互いを肯定し合う、なんて。
それが孤独なんだろうって、僕は思うことにした。分かって欲しいことを分かって貰えないのが、孤独。
僕以外の、周りの色々は、踏み込んでこない。どうせ分からないから。
僕が周りを肯定しても、周りは僕を肯定してくれない。思い知ったからそれも諦めた。
そこで僕は、君に出逢った。いや、君はたまたま、物思いに吹ける僕の目の前に在っただけで、僕のことなんて何とも思わなかっただろう。
君は周りと共存しながらも、君がそれらとあまりにも違うことを知っていた。ただそれだけのことが、僕と君との共通点を、僕に感じさせたんだ。
孤独と孤独が、孤独であることを終わらせた。
そう怒らないで欲しい。君から見える僕は、他の色々と何ら変わらない存在だろう。しかし僕の中に在る君は、僕ととても似ている。
前にも書いたけれど、この考えは僕に最も近い僕の意見だ。いつもの僕ならもっと冷静に考えることが出来たのだろうけど、君のことになるとどうしても、『一番僕』が出て来る。
君を僕だけのものにしたくなる。
君が僕のことだけを考えている状態に、身を置きたくなる。
惹かれ合うとは、こういうことなのかな。いや、君は僕のことを何とも思ってはいないのだろうし(僕の考えを全く含まない君という点で)、これは僕の独り善がりだろう。
独り善がりというか、勝手な妄想というか。
そうやって気付いていくと、僕は僕から遠ざかる。そして笑いたくなる。どうしてこんな、意味の無い事をしているのか、と。もっと他に、時を費やすべきことがあるだろう、と。
『意味が無い』というのは、比較する対象があるときにだけ、意味の無いものを表す言葉になる。ああ、本当に意味が無い。何てことだ。
君は優しいから、いつでも僕から離れている。僕が君をどうしようもないほどに必要としていて、本当に、それを実現する方法も全く無いと嘆く僕を、知っているんだろう。
もし近付いたら、僕は君を思い切り束縛して、傷付ける。傷付けた後に落ち着くと、今度は君を傷付けた僕を傷付けたくなる。それを見ている君に気付いて、君が僕の自傷に傷付いているのを確認したら、もっと僕は傷付いて、繰り返しだ。
僕が君を手にすることが出来ず仕舞いなのは、君が近くにいたら僕が僕でいられなくなるからなんだろう?
というのも僕の中の君が、僕のことをとても大切に思っていることを確認する言い訳かも知れない。本当の君は、僕のことを迷惑だと思っているかも知れない。
尋ねても答えてくれない君を見ると、僕の君に対する思いと、僕の中の君の僕に対する思いが、近付いていく。
ああ、僕は孤独なんかではないんだ、と僕は安心だけを感じることが出来る。
本当に迷惑な話だろう。僕はおかしいと君は思うだろう。それは君だけではなくて、周りの全て、そして僕も当てはまる。だって君は、感情を持たない。僕に対して何も感じること無く、僕からとても離れた所で、満ちたり欠けたり、上がったり下がったり。
僕を見ているのではなくて、僕が見ているだけなんだ。球状であることが、背後からの光で輝くのだと思わせるだけなんだ。
君に決まった顔なんてあるわけも無くて、君はただそこに、引っ張られて在るだけのものなんだ。
全部、僕の勝手だ。だから君宛てに、こんなものを書いたって、何の意味も無い。分かっているよ。
なのに、君が美しいから、ずっと見ていたくなる。僕は君だけの僕になりたい。君が僕のもの? 何て仰々しいことを考えたのだろう。元々、文字通りに、天と地との関係なんだ。
僕が君を欲しがるのは、僕と似ているから。
『僕』を剥き出しにした僕は君なんてお構いなし。ただ勝手に、募る思いをぶつけるだけ。
今宵は何を御所望ですか。
答えない君の変わりに、僕がでっち上げた君が答える。
承知いたしました。仰せのままに。
君を傷つけない最良の方法は僕が傷付くことだ。そして僕が、君に傷付けられることを望むことだ。欲しくても手に入らないなら、手に入れることをされればいい。元々、君に感情がないことは僕を大いに傷付けているから、僕はそれ以上の傷を負わないし。
……これだから僕は、ずっと孤独のままなんだ。
僕を理解し切れていない僕が、言う。
何に語り掛けたところで、それに共通点を持った所で、どう感じたのだとしたって、そんな罪悪感の中で、僕と時を共にする事を願うものは無い。僕を愛しく思うのならば、僕を思い切り傷付けて下さい、なんて。僕は貴方のものだから、なんて。
有り難う。君の御陰で、諦めがついた。
何も気付かないくらいに離れているから、僕がなくなっても、ただ僕がなくなった事実が残るだけで、何も変わらない。客観的価値? 僕は僕を、完全に客観的になんて見ないし。
私を必要としないのか、という声は幻聴だって知っている。
あんなに高い所に、昇ってしまった。
君は円い。君は恐ろしいほどに完全な円さを僕に見せる。
君は輝く。君が浴びた光によって。
君はやがて落ちてゆく。そしてまた昇ってくる。
君宛てのこの手紙、そろそろ終わりにしよう。僕も終わりにする。
君が落ちるから、僕も落ちる。
そうしたらその後、僕はもう何も感じなくていい。辛い思いもしなくて済む。孤独による痛みよりも、落ちる刹那のほうが楽だろう。
君がこれを読んだかどうかは明白。だって君は、読めない。僕が何を考えているのか、何も知らない。僕はただの生物で、君はただの大きな石。答えが無いから、尋ねたんだ。
さて、僕は今、君に近い所にいる。高い建物の屋上。
風が冷たい。夜だから仕方無い。
地上の明は少ない。もうすぐ今日は今日でなくなる。
そうしたら君も落ち始めるんだろう?
三―― 二―― 一――――
こうやって僕が君の事を綺麗だ綺麗だと連呼したところで、君はそうやってただ在るだけなのに。勝手な風評なんて付ける僕を、君はどう思うのだろうね。
そりゃあ、君が何を考えているのかは僕にはさっぱり分からない。けれど僕は君が何かを考えているんだと思ってしまったから、推測することしか出来ない。
いや、推測せずには、いられないんだ。
君はとても気紛れな上に、君の美しさを邪魔せんとする他の色々な障壁にも阻まれて、僕が君の美しさを実感できる瞬間は殆ど無い。そして君はそう在るだけなのに、僕が勝手にその理由を考えるから、嫌な顔をするんだろう。
けれど僕には君がある理由が必要だ。さもないと僕の存在理由もなくなってしまう気がするから。君でなくてはならなくて、君以外であってはならない理由を僕は探している。
君に当てはまるなら、僕にも当てはまる。そして君に対してこういう思いを抱く僕は、この世界に一つしかないんだと分かる。
何をそんなに悲観することがある? 僕は君が今のままで在ることが、それだけが望みなのに。他の何かに照らされていないと在ることが分からない? そんなの誰だって同じだ。自分が在るって分かるためには、自分以外の何かに自分を認めて貰う必要があるから。
例えそれが、自分だったとしても、だ。
それだけじゃない? そうだね、君はこの世界に在る。けれど君に似たものだって、いくらでも在る。だから何だっていうんだ? 君は君であって、僕がその君を他の何か別の、君ならざる君と間違える自信は無い。
素敵なことだろう、君が君であることは。
けれど、僕がどうやって君を捕まえるかが問題になってくる。
君はあまりにも遠い。手を伸ばせば届くような錯覚に陥るけど、それは僕の勘違い。僕の頭の中で、君を都合よく手に入れただけであって。事実は遠ければ遠いほど、そこに近付くまでのあらゆる可能性が見えるから、その楽しみはあるけれど。
君は昔から、色々なものに必要性を議論されてきたんだろう。君よりももっと、それに相応しい何かがあったから、君は二の次に考えられてきた。
それはとても切ないことだ。君の微笑みがそう形容されるのも納得する。君がどう思っているのかは別として。
君に宛てたものとしては相応しくないかもしれないが、ここで少し話題を変えて、君の周りで微笑する他のものにも触れておきたい。
嫉妬? そう焦る必要は無い。僕は君を一番に考えているのだから。
そう、君の周りのものはたくさんあって、どれもが同じ距離には無い。
何と? 君や、僕と。
生まれた場所も、育った年数も、つまり現在に至るまでのあらゆるものが違う。それを群集のように捉えるものもあるけれど、間違っていると僕は断言する。
……え? 私が最上の絶対的存在なのに他のものにも唯一の価値があるというのかって?
だから、君は焦りすぎだ。物事には順番と言うのがあって、僕は大事なことを後回しにする。もう少し、読み進めて欲しい。
さて、話を戻すとする。
そう、君の周りにあるたくさんの、一見すると取り留めのないものにだって、一つ一つに別の価値があるのだという話だった。僕の中の君は、もし僕が君にこの話をするなら、理由を尋ねた。
これもまた、君には迷惑な話だろうね。僕の勝手な想像で、君は僕の中での存在感を増していくから。けれど君が理由を知ることを望むのならば、僕はそれに答えようと思う。
存在する。自分がそうやってそこに在る。それに気付くのは、自分の中に別の観点から自分を見ている自分が在るから。自分が二つ、自分の中にあるのだとすると、片方の自分と、もう片方の自分、その両方でもある自分が、自分なんだってことだ。
三つの自分が一体化してる時っていうのが、熱中しているとき。まさしく、我を忘れる、という表現が適当かな。それも含めると、自分A、自分B、自分A+B、そのどれでもない自分……の四つの自分が、在るのかも知れない。
そんな四つの自分――実際にはもっとあるのかもしれない――が、外から見られている。いや、よくよく考えると、自分の中でも自分が沢山あって、はっきり区別は出来無いんだろう。便宜上、アルファベットで分けてみただけで。それくらいに沢山の、複雑な自分があって、でも外形上は一つしかない。
不思議だとは思わないか?
自分の中でも自分を一つに定義できずに、外から見たらどうなる? 益々、混乱する。
ここで、君に謝ることがある。もしここまで読んで、君が「私こそ混乱した」と思うのなら、それは僕のせいだ。けれど、君もその他も価値があるものだって伝えたいから、僕にもう少しだけ付き合って欲しいんだ。
大丈夫。僕は自分で何を言ってるのか、分かってるから。どの僕が分かってるのかまでは、分からないけれど。
そうやって、分からなかったり分かったりする、色々な自分から、一つのものは構成されている。あのときのあれは意味の無いものだった。それだって意味を持っている。
光があるから闇の存在が分かるのか、それともその逆なのかって話と似てる。否定や無にも意味があるのに、そこに有への否定をしたって、その否定された有は意味のないものにはならない。
けれどこれは、僕から限り無く離れた僕が考えていることだ。僕により近い僕はこれを「ただの、無意味」で済ませることもある。それはその僕の気分だから、仕方無い。
君もそう感じたから、僕に理由を尋ねたんだろう。いいと思う。
君の周りで微笑する色々――この場合は、君と、君自体ではないものを区別するための『色々』――が存在するには、そういう背景があったんだ。そして君もその色々を知っているし、色々も君を知っている。僕も知っている。だから関係が生まれる。
君が僕の一番であるのは僕の中での決め事で、君は僕のことを、そんな風に思ってるとは考えもしないだろうね。
それでいい。僕たちに関係があることに変わりは無いんだから。
分かるかな。
僕や君といった、主観的に見た結果と、そういうのを全く取り払った、ある種でさっぱりした、冷淡な客観での現実は、違っている。そして僕は、君と色々が同じだけの価値を持ったものなんだと、出来るだけ客観的に伝えたかったんだ。
分かったかな。客観的に見たら、皆同じ。何が同じなのかは、違っていること。……ごめん。何にでも共通性を見出したくてさ。
僕はこんなだから、駄目なんだろうね。だからこそ、君を必要としている。
似ていると思ったんだ。初めて見た時は、あんまり綺麗だから何も考えられなかったけど。
いや、美しいことが似ているって言いたい訳じゃない。僕だってその位は分かるし、もし思ってたとしても自重は心得てるから。
似ていると思ったのは、君が孤独だって所だ。
何か不満があるだろう。君は孤独じゃないって言いたいだろう。安心して欲しい。これは限り無く僕に近い僕による、僕の為の推察だから。
さっきも書いたけれど、僕は似ていると思った。何を? 君が孤独だってことを。
そんな顔をしないで欲しい。どんな顔かは分からないけれど、僕の中の君は少なくとも不愉快に思ってる。
そりゃあ、誰だって孤独だよ。全部同じなんて有り得ない。分かり合うだけじゃない。衝突するし、下手すればそれ以上の何かにもなる。けど、肝心な、分かって欲しい部分を分かって貰えたら、孤独じゃない。
どんなに美しいと言われても、満足しないものもある。それは自分が美しいことを肝心じゃない、寧ろ嫌いだったりする場合だ。そういう風に、噛み合わないと、取り残された気がする。
それが、僕の中では何回も繰り返されたんだ。僕の中の全ての僕は、僕が考えていることを少なくとも理解しようとはしている。
けれど沢山の僕で構成された僕の周りの、つまり僕以外のものは全て、僕が一番大切に思っていることを否定した。あるいは首を傾げた。指を差して笑うこともあった。
理解されない苦しみ……というほどでもないけれど、とにかく僕は孤独だったんだ。僕の外側から見たら。
僕のこの、僕が一番大切に思っているこの、動力源は果たしてこんな場所に存在していいのか?
周りは僕の動力源に新しい場所を与えない。ずっと遠くで、沢山の他の動力源が共存しているのに、届かない。
何て悲しいことなんだろう。僕は否定されて、無益なものだと思われているのに、その他は互いを肯定し合う、なんて。
それが孤独なんだろうって、僕は思うことにした。分かって欲しいことを分かって貰えないのが、孤独。
僕以外の、周りの色々は、踏み込んでこない。どうせ分からないから。
僕が周りを肯定しても、周りは僕を肯定してくれない。思い知ったからそれも諦めた。
そこで僕は、君に出逢った。いや、君はたまたま、物思いに吹ける僕の目の前に在っただけで、僕のことなんて何とも思わなかっただろう。
君は周りと共存しながらも、君がそれらとあまりにも違うことを知っていた。ただそれだけのことが、僕と君との共通点を、僕に感じさせたんだ。
孤独と孤独が、孤独であることを終わらせた。
そう怒らないで欲しい。君から見える僕は、他の色々と何ら変わらない存在だろう。しかし僕の中に在る君は、僕ととても似ている。
前にも書いたけれど、この考えは僕に最も近い僕の意見だ。いつもの僕ならもっと冷静に考えることが出来たのだろうけど、君のことになるとどうしても、『一番僕』が出て来る。
君を僕だけのものにしたくなる。
君が僕のことだけを考えている状態に、身を置きたくなる。
惹かれ合うとは、こういうことなのかな。いや、君は僕のことを何とも思ってはいないのだろうし(僕の考えを全く含まない君という点で)、これは僕の独り善がりだろう。
独り善がりというか、勝手な妄想というか。
そうやって気付いていくと、僕は僕から遠ざかる。そして笑いたくなる。どうしてこんな、意味の無い事をしているのか、と。もっと他に、時を費やすべきことがあるだろう、と。
『意味が無い』というのは、比較する対象があるときにだけ、意味の無いものを表す言葉になる。ああ、本当に意味が無い。何てことだ。
君は優しいから、いつでも僕から離れている。僕が君をどうしようもないほどに必要としていて、本当に、それを実現する方法も全く無いと嘆く僕を、知っているんだろう。
もし近付いたら、僕は君を思い切り束縛して、傷付ける。傷付けた後に落ち着くと、今度は君を傷付けた僕を傷付けたくなる。それを見ている君に気付いて、君が僕の自傷に傷付いているのを確認したら、もっと僕は傷付いて、繰り返しだ。
僕が君を手にすることが出来ず仕舞いなのは、君が近くにいたら僕が僕でいられなくなるからなんだろう?
というのも僕の中の君が、僕のことをとても大切に思っていることを確認する言い訳かも知れない。本当の君は、僕のことを迷惑だと思っているかも知れない。
尋ねても答えてくれない君を見ると、僕の君に対する思いと、僕の中の君の僕に対する思いが、近付いていく。
ああ、僕は孤独なんかではないんだ、と僕は安心だけを感じることが出来る。
本当に迷惑な話だろう。僕はおかしいと君は思うだろう。それは君だけではなくて、周りの全て、そして僕も当てはまる。だって君は、感情を持たない。僕に対して何も感じること無く、僕からとても離れた所で、満ちたり欠けたり、上がったり下がったり。
僕を見ているのではなくて、僕が見ているだけなんだ。球状であることが、背後からの光で輝くのだと思わせるだけなんだ。
君に決まった顔なんてあるわけも無くて、君はただそこに、引っ張られて在るだけのものなんだ。
全部、僕の勝手だ。だから君宛てに、こんなものを書いたって、何の意味も無い。分かっているよ。
なのに、君が美しいから、ずっと見ていたくなる。僕は君だけの僕になりたい。君が僕のもの? 何て仰々しいことを考えたのだろう。元々、文字通りに、天と地との関係なんだ。
僕が君を欲しがるのは、僕と似ているから。
『僕』を剥き出しにした僕は君なんてお構いなし。ただ勝手に、募る思いをぶつけるだけ。
今宵は何を御所望ですか。
答えない君の変わりに、僕がでっち上げた君が答える。
承知いたしました。仰せのままに。
君を傷つけない最良の方法は僕が傷付くことだ。そして僕が、君に傷付けられることを望むことだ。欲しくても手に入らないなら、手に入れることをされればいい。元々、君に感情がないことは僕を大いに傷付けているから、僕はそれ以上の傷を負わないし。
……これだから僕は、ずっと孤独のままなんだ。
僕を理解し切れていない僕が、言う。
何に語り掛けたところで、それに共通点を持った所で、どう感じたのだとしたって、そんな罪悪感の中で、僕と時を共にする事を願うものは無い。僕を愛しく思うのならば、僕を思い切り傷付けて下さい、なんて。僕は貴方のものだから、なんて。
有り難う。君の御陰で、諦めがついた。
何も気付かないくらいに離れているから、僕がなくなっても、ただ僕がなくなった事実が残るだけで、何も変わらない。客観的価値? 僕は僕を、完全に客観的になんて見ないし。
私を必要としないのか、という声は幻聴だって知っている。
あんなに高い所に、昇ってしまった。
君は円い。君は恐ろしいほどに完全な円さを僕に見せる。
君は輝く。君が浴びた光によって。
君はやがて落ちてゆく。そしてまた昇ってくる。
君宛てのこの手紙、そろそろ終わりにしよう。僕も終わりにする。
君が落ちるから、僕も落ちる。
そうしたらその後、僕はもう何も感じなくていい。辛い思いもしなくて済む。孤独による痛みよりも、落ちる刹那のほうが楽だろう。
君がこれを読んだかどうかは明白。だって君は、読めない。僕が何を考えているのか、何も知らない。僕はただの生物で、君はただの大きな石。答えが無いから、尋ねたんだ。
さて、僕は今、君に近い所にいる。高い建物の屋上。
風が冷たい。夜だから仕方無い。
地上の明は少ない。もうすぐ今日は今日でなくなる。
そうしたら君も落ち始めるんだろう?
三―― 二―― 一――――
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