二十四 もれ出づる月の影のさやけさ
秋も深まってきた十月最後の火曜日。その日、野原さおりは、一人の帰路を歩いていた。退勤ラッシュの電車に揉まれながら最寄り駅まで辿り着くと、駅から自宅までの道を進む。街灯の多い駅前の大通りでも、暗くなった空に浮かんだ円い月ははっきりと見えた。少し欠けているが、ほぼ満月だ。
月下を一人で歩くという状況がそうさせるのか、考え事が捗ってしまう。
気の向くままに参加していた部活は、小さな大会に出た後、夏休み中に引退した。模試や受験勉強の合間に、花火大会に行ったり海で遊んだりした。二学期に入って少ししたら、中間テスト後、三年に一度の文化祭が実施された。長いようでほんの一瞬の出来事だったそれが終わると、クラスには受験ムードが漂い始めた。
そう。楽しいイベントはもう全部お仕舞い。あとは受験だけなのだ。少し気分が落ち込みもするけれど、今までのことを思い返せば愉快なことばかりだった。
スマートフォンの写真を見れば思い出が脳裏に蘇る。そうでなくたって、恋人・滝川ほのかと過ごしたかけがえのない夏休みの日々や、二学期に入ってからの文化祭準備、当日の様々な出し物、とりわけ恋人のメイド姿は一生忘れられない青春の足跡だ。
――ほのか、可愛かったなあ。
なんて考えている間に、さおりは自宅まで辿り着いていた。「ただいま」を言えば、「おかえり」が返ってくる。それが家というものだ。もしも夢が叶うなら――ほのかと一緒に暮らせたならば、毎日ほのかと「ただいま」「おかえり」って言い合えるんだろうか。ほのかに料理を作ってあげて、美味しいって食べてもらえて、夜は隣で眠って、朝起きたらごはんを作ってくれていて……。
そんな夢物語に現を抜かしている場合ではないけれど、その非現実的で少し馬鹿げた夢は、さおりが志望校への遠い道程を駆け上がっていくための大きなモチベーションになっている。
この前返ってきた模試では、さおりの第一志望学科はB判定だった。AだったりBだったりを繰り返しているところだから、焦る必要は無いのかもしれない。けれど、ほのかはずっとA判定なんだと嬉しそうに言っていた。偏差値が少し異なるとはいえ、自分が上手くいかなくて二人で暮らす未来が失われてしまうのは、やっぱり嫌だ。
もっと勉強を沢山しなきゃ。
自室に入り、着替えを済ませる。開け放してあるカーテンを閉めようと窓の方を向くと、十六夜月とでも言える円い光が目に留まった。ちょっと眺めた後、スマートフォンで撮る。
肉眼ほど綺麗な写りではないけれど、雰囲気は伝わるかな。
そう思いながら、ほのかに送る。するとすぐさま、「ウチも今、買い物の帰りに見てるよー!」と、明るい文面が返ってきた。そのメッセージを読んで奮起したさおりは、最近あまり振るわない化学の模試の解き直しに取り掛かることにした。
月下を一人で歩くという状況がそうさせるのか、考え事が捗ってしまう。
気の向くままに参加していた部活は、小さな大会に出た後、夏休み中に引退した。模試や受験勉強の合間に、花火大会に行ったり海で遊んだりした。二学期に入って少ししたら、中間テスト後、三年に一度の文化祭が実施された。長いようでほんの一瞬の出来事だったそれが終わると、クラスには受験ムードが漂い始めた。
そう。楽しいイベントはもう全部お仕舞い。あとは受験だけなのだ。少し気分が落ち込みもするけれど、今までのことを思い返せば愉快なことばかりだった。
スマートフォンの写真を見れば思い出が脳裏に蘇る。そうでなくたって、恋人・滝川ほのかと過ごしたかけがえのない夏休みの日々や、二学期に入ってからの文化祭準備、当日の様々な出し物、とりわけ恋人のメイド姿は一生忘れられない青春の足跡だ。
――ほのか、可愛かったなあ。
なんて考えている間に、さおりは自宅まで辿り着いていた。「ただいま」を言えば、「おかえり」が返ってくる。それが家というものだ。もしも夢が叶うなら――ほのかと一緒に暮らせたならば、毎日ほのかと「ただいま」「おかえり」って言い合えるんだろうか。ほのかに料理を作ってあげて、美味しいって食べてもらえて、夜は隣で眠って、朝起きたらごはんを作ってくれていて……。
そんな夢物語に現を抜かしている場合ではないけれど、その非現実的で少し馬鹿げた夢は、さおりが志望校への遠い道程を駆け上がっていくための大きなモチベーションになっている。
この前返ってきた模試では、さおりの第一志望学科はB判定だった。AだったりBだったりを繰り返しているところだから、焦る必要は無いのかもしれない。けれど、ほのかはずっとA判定なんだと嬉しそうに言っていた。偏差値が少し異なるとはいえ、自分が上手くいかなくて二人で暮らす未来が失われてしまうのは、やっぱり嫌だ。
もっと勉強を沢山しなきゃ。
自室に入り、着替えを済ませる。開け放してあるカーテンを閉めようと窓の方を向くと、十六夜月とでも言える円い光が目に留まった。ちょっと眺めた後、スマートフォンで撮る。
肉眼ほど綺麗な写りではないけれど、雰囲気は伝わるかな。
そう思いながら、ほのかに送る。するとすぐさま、「ウチも今、買い物の帰りに見てるよー!」と、明るい文面が返ってきた。そのメッセージを読んで奮起したさおりは、最近あまり振るわない化学の模試の解き直しに取り掛かることにした。