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十八 をとめの姿しばしとどめむ

 その日、野原さおりは、恋人・滝川ほのかと、いつもの定食屋さんでいつもより少し遅めのランチを楽しむことになっていた。
 卒業式から一週間が経ち、来週が終われば春休み、そしてその後は進級だ。校門前にある大きな桜の木は蕾が膨らみ始めている。花が咲く頃には、三年生になるのだ。
 季節の移り変わりの速さを考えていたさおりは、昇降口からの陽気な呼び声で我に返った。
「さおりーん、お待たせ!」
 ほのかは駆け足でさおりの元へとやって来た。
「そんなに待っていないよ。かるた部もいつもより長い日だし」
「でも先に来てるんだもん、待ったよねー。いつもありがと!」
 ほのかはさおりの右隣に立つと、左手を伸ばしてきた。そうして自然な手つきでさおりの右手を握る。恋人なのだから手を繋ぐのは当然のことだし、周りの目が気になるほど学校周辺の人通りは多くない。手が触れたくらいでは、どきどきしない。慣れたものだなと思う。
 さおりはほのかの確かな温もりを感じるために手をぎゅっと握り返すと、定食屋さんへの道を歩き出した。
「今日はどんなことをしたの?」
「やるコト盛り沢山だったんだよー。お菓子を作りながら、新入生歓迎会の準備に、来年度の計画立て! お菓子はケーゼントルテっていうドイツのチーズケーキを作ったんだけど、美味しかったから今度さおりんにも作ってあげるね!」
「わたし、チーズケーキ好きだよ。でも良いの?」
「バレンタインにくれたチョコケーキのお返しですぞ。楽しみにしておれ」
 ほのかは楽しそうに言うと、スマートフォンを見せてきた。画面に映っているのはチーズケーキの写真だ。
 お弁当やおやつのお裾分けでほのかが作ってくれる料理を食べることは時々あるけれど、ほのかが何かをさおりのためだけに作ってくれることはあまり無い。この前のバレンタインではクッキーをもらった。でもそれはクラスの皆にも配っていたものだ。だからさおりは、ホワイトデーが俄然楽しみになってきた。
 ――ほのかはわたしだけのものじゃないのに。
 ここ数か月、事ある毎にさおりはそう思う。ほのかはさおりなんかよりもずっと忙しくて、将来の夢のために猛勉強中で、学校ではクラスの人気者で、恋人とはいえさおりだけのために時間を使える訳ではない。それなのに毎日のように一緒に帰って、土曜日はランチとデートもしてくれている。
 期待や物足りなさを感じてはいけない。今だって十分、ほのかはさおりに良くしてくれているのだから。
「どしたの、さおりん。難しい顔してるよー」
「今日のランチは何にしようかなって……」
 さおりは咄嗟に嘘を吐いた。ほのかは自分のことのように真剣な眼差しをした。かと思えば、へにゃりと笑った。
「うんうん、それは重大な問題だねえ」
 きっとほのかは、さおりが嘘を吐いたって、ちゃんと気付いているだろう。いつだってそうだ。さおりが何かを取り繕えば、ほのかは必ずそれを察して、その上で受け入れてくれる。今回だって、何も言わないのはさおりを信じていてくれるからだ。
「ありがとう」
 さおりは心からそう思った。
「いえいえ」
 ほのかは相変わらず笑っている。
 定食屋さんに続く横断歩道まで差し掛かった。信号は青だ。歩みは止めないまま、二人は定食屋さんまで辿り着いた。
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