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十七 今ひとたびの逢ふこともがな

 修学旅行を来週に控えた十二月上旬の土曜日。その日、野原さおりは恋人である滝川ほのかと共に、いつもの定食屋さんでランチをしていた。土曜日の昼時とあって店内は混雑しているけれど、頼んだ料理はいつも通りの待ち時間で運ばれてきた。カウンター席の隣同士に座っている二人は、「いただきます」を言うと、食べながら談笑をしていたのだった。
「さおりんと一緒にランチできて良かったよー」
 ほのかは海老の天ぷらを一口食べると、幸せそうな顔で言った。さおりは肉じゃがの大きなじゃがいもを箸で切りながら応じる。
「うん、わたしも。風邪、治って良かったね」
「さおりんのコト考えながら一日寝たら治っちゃった。土曜のランチ、一昨日から楽しみにしてたんだよねー」
「わたしも同じだよ」
 ほのかが学校を休んだ雨の日を思い出して、さおりはしみじみと言う。ほのかも同じ気持ちなら良いなと思う。
「天ぷら定食も美味しくて、この後もさおりんと一緒にいられて、ハッピーな土曜日だー」
「肉じゃが定食だって美味しいよ」
「今夜は肉じゃがにしようかなー」
「ほのかが作る料理を毎日のように食べられるなんて、家族の皆がちょっと羨ましい」
 さおりは思ったことを何気なく言葉にしたつもりだったけれど、言ってから少しばかり後悔した。ほのかは部活や勉強もあるのに、料理や掃除といった家事を毎日こなしている。小学二年生の弟妹の面倒も見ているというのだから、相当な負担になっている筈だ。それを羨ましいなんて、恋人としてデリカシーの無いことを言ってしまったかもしれない。
 そんなさおりの考えを他所に、ほのかは少し照れるような表情をした。
「もーう、さおりんったらー。遠回しなプロポーズなのー?」
 ほのかがそんな風に受け取るとは予想外だった。けれどさおりとしては、それが実現するのならどんなに幸せなことだろうと、心から思った。だから素直に答える。
「一緒に暮らすとしたら、わたしだって家事を分担するよ。ほのかは献立を作ってくれると嬉しいな」
 素直に答えたつもりだけれど、自分でも少し大胆なことを言った気がした。
「もーう、またまたー。さおりんったらー」
 ほのかは益々照れ臭そうな顔をして、味噌汁を一口すすった。そしてさおりに向き直ると、改まったような真面目な顔をした。
「ウチにその気があるって言ったら、さおりん困る?」
 冗談ではなさそうだ。さおりはどきりとした。
「困りはしないよ。そうなったら幸せだなって思うよ」
「そしたら、もしウチとさおりんが行く大学が近かったら、一緒に住もうね」
「だったらわたし、将来のことをきちんと考えないと……」
「そっか、さおりんはまだ色々決まってないんだっけ」
 ほのかは何でも無さそうに言うと、レンコンの天ぷらにつゆを付けて頬張った。
 本当に美味しそうに食べるなあ、と考えている場合ではない。ほのかにははっきりとした将来設計があって、管理栄養士になるために県外の大学を目指して勉強中なのだ。ほのかの目指す栄養学科は少し偏差値が低めだが、理学部や工学部はさおりの今の実力でどうにか行けそうなくらいだ。もしその大学でやりたいことがあれば、そして合格することが出来たなら、ほのかと同じ大学に通うことだって。
 将来の夢、これから先のこと。今までは悩んで先延ばしにしていられたけれど、残された時間はあと少ししかない。
「でもね、さおりん。今はもっと大事なコトがあるよー! 目の前の肉じゃがと、来週の修学旅行!」
 ほのかの明るい言葉で、さおりは我に返った。
「うん、そうだよね」
「あったかいうちに食べるのが一番だよー」
 その屈託の無い笑顔に、落ち込みとも焦りとも言いがたい気分が一気に吹き飛んだ。ほのかの醸し出す明るい雰囲気は、いつだってさおりを元気付けるのだ。
「美味しい」
 程良く塩味のきいた肉じゃがをごはんと共に味わいながら、さおりは何度もそう言った。ほのかを真似てみれば、さおり自身も前に進めるような気がした。
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