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十五 わが身一つの秋にはあらねど

秋もいよいよ終わる十一月下旬、第三火曜日。その日、野原さおりは放課後に図書室で期末テストの勉強をしていた。普通の人は一号館一階にある自習室を利用するので、テスト前とあっても、二号館一階という辺鄙な場所に立地する図書室は不人気だ。さおりの他にはクラスメートの清水、文芸部の木橋まみ、そして恋人である滝川ほのかだけが、その日その場所にいた。
「さおりん、数Ⅱが全体的に分かんないよー」
「一つ一つやっていこう」
 文系のほのかが、理系のさおりに数学の助けを求める。いつもの風景だ。そしてその様子を少し離れたところで観察するまみ、図書委員として仕事を務めるという名目でさおりを眺める清水。これもいつもの光景だ。
「木橋さん」
 読書用の机でノートと教科書を広げつつ、手はほとんど動かさないまみに、数冊の本を手に持った清水が話し掛けた。まみはシャープペンシルを回しながら気怠そうに応じた。
「木橋さんは今、ほのさおの観察で忙しいんだよね。分かる?」
「そのことなんだけど、今日は二人で帰らせてあげるのはどう?」
「というと?」
 まみは手を止めて清水を見た。
「いつもならあと十分程度で帰る頃だから、きっと木橋さんもそのつもりでいたんだよね。けど、僕の提案は木橋さんにとって悪い話じゃないと思う」
 清水の勿体ぶった言い回しに、まみは興味を示した様子だ。
「へえ、あの頭脳明晰な清水くんが、ほのさお観察をしないことによるメリットを提案してくれるんだ?」
「数学と英語を僕が教える。今日だけでなく、毎日でも良いよ。この前のテスト、あと少しで赤点だったと野原さんに聞いている」
 痛い所を突かれたという顔で嘆息した後、まみは気を取り直したように微笑みを浮かべた。
「それによる清水くんのメリットは?」
「二つの点で野原さんの幸福に寄与することだね。野原さんと滝川さんが、少し久々に放課後を二人きりで過ごせる。また、僕の指導により木橋さんの学力が上がることが見込まれるから、野原さんが木橋さんのテスト結果を心配しなくて済む」
 二人の会話を横目にほのかの数学に付き合っていたさおりは、清水の発言に思わず咳き込んだ。ほのかはノートから顔を上げ、さおりを見た。
「どしたの、さおりん」
「一周回って清水くんがとても健気に思えてきちゃって……」
 さおりは清水たちの方をちらりと見ると、ほのかに向き直った。
「レンビンじゃなくてー?」
「それはほのかが思っているんじゃないの」
「清水くんは恋のライバル的存在だよ! まあ、ウチの圧勝だけどねー」
「ほのかが清水くんに勝てないのは成績くらいだね」
「でもウチなりに頑張り中だからね。さおりんと二人三脚で!」
 ほのかは嬉しそうに言った。その笑顔をもっと見ていたい、その身体に触れたら離れずにいたいと、さおりは確かに思った。テスト前だから珍しく部活の無い火曜日を、多少の邪魔は入りながらも、こうして二人で過ごせるだけで、十分に幸せである筈なのに。
 やはり自分は、自分が思っているよりもずっと欲深いのだ。最近のさおりは、ほのかを独占できるのを当然のことのように思っていた。ほのかだって家のことや部活などで色々と忙しい中、さおりに時間を割いてくれるのだということを、意識しなければ忘れてしまいそうなほどだ。
「ウチ、そろそろ帰らなきゃ。晩ごはん、晩ごはん」
「それなら、わたしも。一緒に帰ろう」
 ほのかとテキストや筆記用具を片付け始めた。さおりもそうすることにする。
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