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十二 思ひ絶えなむとばかりを

 その日、野原さおりは人生で初めて赤点補習に参加することになっていた。
 一週間前に行われた期末テストは、いつもより勉強をおろそかにしていたからか、基本五教科は何とか平均点を取れたという有様だった。それならどうして補習を受けるのか。それは、技能系テストの対策に割く時間が取れなかったためだ。
「はあ……」
 保健体育、家庭科、情報。まさかそれらの全てで赤点を取るとは予想していなかった。技能系の補習授業は正解率の低い問題の解き直しと解説で、テスト明け初めての月曜日の昼休み、二号館三階の階段教室で実施される。恋人と過ごす貴重なお昼の時間を奪われることにも、自分が補習授業を受けなければいけないことにも、さおりは腹立たしさと情けなさを感じていた。
「それじゃあ、今日のお昼はまみちゃんと食べるねー。お隣のクラスに遠征だー!」
 今朝、昼休みに用事がある旨を話した時、さおりの恋人・滝川ほのかは明るい声でそう言った。何の用事か聞かれなかったので言わなかったのであって、ほのかに補習のことを隠したかったのではない。いつもならさおりより点数の低いほのかは補習が無く、さおりには補習があるという事実から、目を逸らしたかった訳じゃない。
 ……いや、ほのかはそんなことでさおりを嫌いになったりはしない。分かっている。自分の気持ちも、ほのかの気持ちも。
 補習が終わったら全部話そう。
 そんなことを考えながら、二号館へ続く渡り廊下を抜けたところで、クラスメートで同じ図書委員の男子・清水と出会した。どうやら歩く方向は同じらしい。
「教室以外で野原さんに会えるなんて、僕は運が良いね」
「だとしたらわたしの運は最悪かな。清水くんは図書室へ?」
 さおりは普段から清水を多少警戒していた。彼はさおりに恋人がいると知りながら、尚も好意を向け続けているのだ。今のところ実害は無い。さおりとほのかの図書室デートが邪魔されないようにという名目で、水曜日の昼休みにずっと図書室の出入口に張り付いているくらいだ。けれど、頭脳派の彼がいつ何をしでかすか、分かったものではない。
 清水は微笑したまま、さおりに答える。
「階段教室だよ」
 その答えは意外だった。
「え。補習に行くの? あの清水くんが?」
「情報はマーク式だったよね。マークミスをしていたんだ」
「それはお気の毒に」
「野原さんは今回あまり振るわなかったみたいだね。詳しいことは木橋さんから聞いているよ」
 木橋まみは「観察者」を自称する文芸部の女子だ。さおりとほのかの関係を知るのは、清水の他にはまみしかいない。
「一体、まみちゃんとどんな関係なの。この前だって、ほのかの部活の日程をまみちゃんから聞いていたよね」
「協力関係にあるよ。野原さんに対して持っている感情は無い」
 清水は周囲を見ながら声のトーンを少し落とした。さおりへの特別な好意については、周りに知られたくないようだ。清水とさおりは二年間、クラスも委員会も同じだ。そういう噂を流して外堀を埋めてしまうことだって出来るだろうに、彼はそういったことを一切しない。彼の考えが益々分からなくなりながら、さおりは階段教室への曲がり角を進んだ。
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