このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

十一 まだ宵ながら明けぬるを

 その日、野原さおりは夜更かしをしていた。梅雨がもうすぐ明けそうな六月の下旬、明日は今月最後の土曜日の部活動だ。特に熱心な先輩達が練習試合に行くとかで、強制参加でもないのだし、とさおりは参加を見送ることにしていた。しかし、毎週土曜日に恒例となった、恋人・滝川ほのかとのランチデートの約束はしてある。
「うわ、もうこんな時間」
 買ったまま読めていない小説を読んでいたら、あっという間に時間が過ぎていた。日付が変わって暫く経つし、部活のあるほのかはもう寝てしまっただろう。傍らのスマートフォンを見ると、数十分前に「おやすみ」とメッセージが入っていた。
「あと一冊だけ……」
 さおりは机の上に積んである本に目を向けた。
 数週間前、後輩の図書委員・諸星亜津子に、二十一巻まで出ている恋愛小説を薦められた。試しにちょっとだけ、と思って読んだら、見事にハマってしまった。大枚をはたいて全巻を一気に買い、少しずつ読んでいたけれど、本はやはりまとまった時間を取って読むのが一番だ。翌日に部活の無い金曜の夜はまたとないチャンス。そう思って夕飯と風呂を手早く済ませ、自室で読書を始めたのは五時間前のこと。
「十六巻だけ……十六巻だけなら、良い、よね……」
 亜津子の情報によれば、既刊は波乱の渦巻く幕引きをしたらしい。最新刊が七月初頭に出る。それまでに、今ある分をどうしても読み終えておきたい。
「テスト勉強は、部活を休んで間に合わせれば、ね……」
 勉強机に設えられた本棚の教材から目を逸らし、さおりは呟いた。声に出してしまうほどに、後ろめたい気持ちがあった。夏休みの直前には期末テストがある。そろそろテスト二週間前なので、いつものさおりならば、勉強の計画を立てて取り組み始めているタイミングだ。けれど、物語の続きがどうしても気になるのだ。
 ふと窓の外へ目を向けると、下弦の半月が雲に隠れて光っているのが見えた。近所の家はみんな暗く、街灯がやけに眩しい。外から聞こえてくる物音は無い。深夜だということを実感して、さおりは手を伸ばしかけた第十六巻を本当に読み始めるべきか逡巡した。
「読み終わったら何時になるんだろう……」
 今は夜中の一時半だ。一巻につき二時間ほど掛かることがこれまでに分かっているから、第十六巻を読み終えたらきっと三時半を過ぎる。徹夜しても、仮眠を取ってから昼前に学校まで行けば良いだろうか。けれど寝過ごしてしまったら、ほのかとのデートの約束に遅れる可能性もある。
 本は読みたいけれど、デートはきちんとしたい。ほのかの隣で、ほのかの隣にいる幸せを噛み締めていたい。
「どうしよう」
 言いながらも、さおりは本を手に取っていた。
 表紙をめくってしまえば、再びその本から手を離すのに三時間近く費やした。視界の外れで、暁天を月が昇ってゆく。夏の明け方の空って、こんなに明るくなるものなのか。
「どうしよう……」
 さおりは途方に暮れた。
1/1ページ
スキ