本編
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美学校に通っていたとき、わたしはいつも先生から怒られていた。けれども、何がダメなのかがよくわからない。デッサンだってそれなりに描けるのに、なぜかクラスメイトのものと違う。同じモチーフで、同じように写実的に描いているはずなのに、どうして差が出るのかがわからなかった。また、みんなは何らかのコンペティションで賞を取るのに、わたしは入選すらしたことがなかった。気にしないふりをしていても、先生に怒られ続けコンペでは何も取れず仕舞いだと流石に落ち込んだ。
その日、カナワタウンに珍しい車両が並ぶと聞いていた。わたしはいつも森の中や滝の近くで絵を描くことが多かったので、自分から進んで鉄道など無機物をモチーフにした絵を描くことはなかった。だからそのときも最初は、へえ、くらいにしか思わなかったけれど、有機物ばかり描いて怒られるならたまには無機物でも描くか、と気まぐれを起こして出かけることにした。
カナワタウンはライモンシティのギアステーションで電車に乗る必要がある。そらをとぶを使えるポケモンがいれば電車に乗る必要もないけれど、あいにくわたしの手持ちポケモンは、むし、くさ、どく、と偏っていた。なので、嫌でも電車に乗らねばならない。ガタンゴトン、と車内が揺れる。昼なのに窓の外は夜のように暗く、早くわたしを日の当たる場所へ出してくれと願った。そうしてやっとのことでカナワタウンに着き、ベンチで一休みしていた。
「オ客サン、コンナトコロデ寝テタラ風邪引クヨ」
気がついたらベンチで寝ていたようで、まだ太陽が頭の上に昇っている頃に着いたはずなのに、すでに空は赤く染まっていた。そして声のする方へ視線を動かすと、チャラそうな見た目の鉄道員が腰に手を当ててこちらを見ていた。名札には『キャメロン』と書かれている。
今何時だろうと思いライブキャスターの電源を入れると、18時23分と表示された。
「……あれま、もうこんな時間だ。ポケモンセンターで泊まる予約入れなきゃ。声かけてくれてありがと~」
「ドウイタシマシテ」
しばらくしてキャメロンさんは運転室に戻ると、定刻が来るのを待っていた。そして、ライモン行きの電車が発車する時刻になると手袋をはめた人差し指をピシッと伸ばし、それから電車を動かした。なるほど、電車はああ動くのか、と思いながらわたしはキャメロンさんの方をメインにパステルで描いた。
次の日、珍しい電車を描きにポケモンセンターを出たのはいいものの、全くと言っていいほど描けなかった。鉛筆だったら、絵の具だったら、パステルだったら……といろいろな画材を試してもうまく描けない。デッサンは狂っていないはず、なのに描けないのはどうしてだろう。カナワタウンに着いて最初に描いたキャメロンさんと電車の絵の方がずっとうまく描けていた。
試行錯誤しているうちに夕方になって、もう電車に乗らないといけない時間になった。絵は全然描けないし、明日もどうせ怒られるし、窓の外は暗いしとストレス3連コンボが襲ってくる。早くライモンシティに着かないかな。そう願いながらガタンゴトンと車内で揺らされた。
「あれ? ここポケモンセンター?」
電車を降りた記憶がなく、見知らぬ天井だったのでぽけーっとしていると、アア、ヤット気ヅイタ、と声をかけられた。視線を動かすと見たことのあるチャラそうな人が立っている。
「ギアステーションノ医務室ダヨ。ホームデ倒レテタカラ、俺ガココニ連テレ来タノ」
「あ、カナワタウンにいた……キャメロンさん」
「ナンデ名前知ッテルノ?」
「名札に書いてあったの覚えてたから。これでも観察力と記憶力は高い方なんだ~」
名前を覚えられていたキャメロンさんは驚きながらも少し悩んだようだった。けれどもしばらくして、あのときのやり取りを思い出してくれたらしい。少し呆れた表情を浮かべた。
「アア、アノベンチデ寝テタ子ネ。ドウセ、アノアトモソノ辺デ寝テタンデショ。ダカラ体調悪クシテ倒レチャウンダヨ」
体を冷やして体調を悪くしたと思われたようだ。あのあとはちゃんとポケモンセンターに泊まったんだけどなあ、と思っていると、キャメロンさんはスケッチブックとパステルを手渡してきた。電車が発車する時刻ぎりぎりまで絵を描いていたため、絵の具などは流石にリュックサックに詰めたけれど、パステルと鉛筆はエプロンに、スケッチブックは手に持ったまま乗車した。
「オ客サン、絵上手ダネ」
近くにあった丸椅子に座りながら、キャメロンさんはわたしの絵を褒めた。このスケッチブックに描いてあるもの9割失敗作だと思うと少し複雑な気分になる。
「スケッチブック、勝手に見たの? 悪い人だなあ」
「倒レタ弾ミデ荷物散ラバッテタカラ、ソノトキニチョットネ。デモ、全部集メテアゲタノニヒドイ言イ草ダナア」
「あれま。でも下手だったでしょ、電車の絵。せっかくカナワタウンまで行ったのに、全然描けなかった」
「ソウ? 俺ハ良イト思ッタケド」
「わたし、いつも先生に怒られるんだあ。構図が良くないとか、色使いが悪いとか。何がダメなんだろ。みんなは何かしら賞をもらってるのに、わたしは入選すらしたことないしな~」
キャメロンさんはわたしの絵を褒めてくれたけれど、いつも講評のときはみんなの晒し者。普段あまり凹む質でなくても、毎度毎度怒られているのでは流石にしょげる。するとキャメロンさんは少し悩んだように顎に手を当てると、俺ハ芸術ニ詳シクナイケド、と前置きをしてから言葉を続けた。
「先生ニ褒メテモラウタメニ絵ヲ描クノ?」
「怒られるよりは褒めてもらう方がいいじゃん」
「賞ヲ取ルタメニ絵ヲ描クノ?」
「それは、どうなんだろ」
「好ナヨウニ描イチャダメナノ?」
「う~ん、考えてたら頭痛くなってきた」
「俺ハ暫ク事務所ニイルカラ、元気ニナルマデ寝テナヨ。起キタラ精算シテアゲル」
そう言うと、キャメロンさんは医務室を出て行ってしまった。画材を詰めたリュックサックとスケッチブックとわたしだけが残される。
ぱらぱらぱら、とスケッチブックをめくる。先生に褒めてもらうために描くのかと聞かれた。いつも講評のときにダメ出しをされないよう、先生の顔色を伺って描いていた。賞を取るために描くのかと聞かれた。賞自体にあまり興味はなかったけど、みんなが取っているのに自分は受賞歴がなくて引け目を感じていた。好きなように描いてはダメなのかと聞かれた。画家はこうあるべきという考えが頭の片隅にあった。
スケッチブックの1ページ目に戻る。キャメロンさんが電車を運転させるときの絵。なんでこれだけうまく描けたんだろうと考えて、あのとき、ただ電車ってああいう風に動くんだなあという気持ちだけで描いたからだと気がついた。構図なんかは全く気にしていなかった。逆に、構図や色を気にして描いた電車の絵はとても窮屈そうだった。全然芸術と関係なさそうな人に教えられて、少し、目からウロコが落ちた。
「キャメロンさん、カナワタウンからライモンシティまでの精算お願い~」
扉を開けてから、キャメロンさん事務所にちゃんといるのかなあと考えたけれど、きちんといたようでひょいっと顔を出した。
「アア、モウ大丈夫ナノ?」
「うん、あとこれあげる」
「俺ノ絵?」
スケッチブックから切り取った絵を渡すと、驚いたように目を開いた。だけど、少し笑っていたので喜んではもらえたと思う。
「さっき、絵を褒めてくれたから。あのとき、キャメロンさんが運転士さんだったよね? ベンチで起きてすぐに描いたやつだから、カナワでの第1作目だよ~」
「アリガト」
「いつも運転士さんなの?」
「ソノ日ノ配置ニヨッテ違ウヨ。電車ノ運転ノ方ガ得意ダケド、最近バトルノ方ニ配置サレルコトガ多イカナ」
普段、バトルは申し込まれたときにたまにやるくらいだった。バトルサブウェイなんて以ての外だ。けれどもキャメロンさんがいるなら少しだけ挑戦してみようかな、と思う。
「モウベンチデ寝チャダメダヨ」
精算を終えるとキャメロンさんに軽く注意をされる。はあい、と返事をすると、本当ニ大丈夫カナアとため息をついて、それから少し笑ってみせた。
あのとき、わたしの絵を褒めてくれたこと、キャメロンさんは覚えているかなあ。
その日、カナワタウンに珍しい車両が並ぶと聞いていた。わたしはいつも森の中や滝の近くで絵を描くことが多かったので、自分から進んで鉄道など無機物をモチーフにした絵を描くことはなかった。だからそのときも最初は、へえ、くらいにしか思わなかったけれど、有機物ばかり描いて怒られるならたまには無機物でも描くか、と気まぐれを起こして出かけることにした。
カナワタウンはライモンシティのギアステーションで電車に乗る必要がある。そらをとぶを使えるポケモンがいれば電車に乗る必要もないけれど、あいにくわたしの手持ちポケモンは、むし、くさ、どく、と偏っていた。なので、嫌でも電車に乗らねばならない。ガタンゴトン、と車内が揺れる。昼なのに窓の外は夜のように暗く、早くわたしを日の当たる場所へ出してくれと願った。そうしてやっとのことでカナワタウンに着き、ベンチで一休みしていた。
「オ客サン、コンナトコロデ寝テタラ風邪引クヨ」
気がついたらベンチで寝ていたようで、まだ太陽が頭の上に昇っている頃に着いたはずなのに、すでに空は赤く染まっていた。そして声のする方へ視線を動かすと、チャラそうな見た目の鉄道員が腰に手を当ててこちらを見ていた。名札には『キャメロン』と書かれている。
今何時だろうと思いライブキャスターの電源を入れると、18時23分と表示された。
「……あれま、もうこんな時間だ。ポケモンセンターで泊まる予約入れなきゃ。声かけてくれてありがと~」
「ドウイタシマシテ」
しばらくしてキャメロンさんは運転室に戻ると、定刻が来るのを待っていた。そして、ライモン行きの電車が発車する時刻になると手袋をはめた人差し指をピシッと伸ばし、それから電車を動かした。なるほど、電車はああ動くのか、と思いながらわたしはキャメロンさんの方をメインにパステルで描いた。
次の日、珍しい電車を描きにポケモンセンターを出たのはいいものの、全くと言っていいほど描けなかった。鉛筆だったら、絵の具だったら、パステルだったら……といろいろな画材を試してもうまく描けない。デッサンは狂っていないはず、なのに描けないのはどうしてだろう。カナワタウンに着いて最初に描いたキャメロンさんと電車の絵の方がずっとうまく描けていた。
試行錯誤しているうちに夕方になって、もう電車に乗らないといけない時間になった。絵は全然描けないし、明日もどうせ怒られるし、窓の外は暗いしとストレス3連コンボが襲ってくる。早くライモンシティに着かないかな。そう願いながらガタンゴトンと車内で揺らされた。
「あれ? ここポケモンセンター?」
電車を降りた記憶がなく、見知らぬ天井だったのでぽけーっとしていると、アア、ヤット気ヅイタ、と声をかけられた。視線を動かすと見たことのあるチャラそうな人が立っている。
「ギアステーションノ医務室ダヨ。ホームデ倒レテタカラ、俺ガココニ連テレ来タノ」
「あ、カナワタウンにいた……キャメロンさん」
「ナンデ名前知ッテルノ?」
「名札に書いてあったの覚えてたから。これでも観察力と記憶力は高い方なんだ~」
名前を覚えられていたキャメロンさんは驚きながらも少し悩んだようだった。けれどもしばらくして、あのときのやり取りを思い出してくれたらしい。少し呆れた表情を浮かべた。
「アア、アノベンチデ寝テタ子ネ。ドウセ、アノアトモソノ辺デ寝テタンデショ。ダカラ体調悪クシテ倒レチャウンダヨ」
体を冷やして体調を悪くしたと思われたようだ。あのあとはちゃんとポケモンセンターに泊まったんだけどなあ、と思っていると、キャメロンさんはスケッチブックとパステルを手渡してきた。電車が発車する時刻ぎりぎりまで絵を描いていたため、絵の具などは流石にリュックサックに詰めたけれど、パステルと鉛筆はエプロンに、スケッチブックは手に持ったまま乗車した。
「オ客サン、絵上手ダネ」
近くにあった丸椅子に座りながら、キャメロンさんはわたしの絵を褒めた。このスケッチブックに描いてあるもの9割失敗作だと思うと少し複雑な気分になる。
「スケッチブック、勝手に見たの? 悪い人だなあ」
「倒レタ弾ミデ荷物散ラバッテタカラ、ソノトキニチョットネ。デモ、全部集メテアゲタノニヒドイ言イ草ダナア」
「あれま。でも下手だったでしょ、電車の絵。せっかくカナワタウンまで行ったのに、全然描けなかった」
「ソウ? 俺ハ良イト思ッタケド」
「わたし、いつも先生に怒られるんだあ。構図が良くないとか、色使いが悪いとか。何がダメなんだろ。みんなは何かしら賞をもらってるのに、わたしは入選すらしたことないしな~」
キャメロンさんはわたしの絵を褒めてくれたけれど、いつも講評のときはみんなの晒し者。普段あまり凹む質でなくても、毎度毎度怒られているのでは流石にしょげる。するとキャメロンさんは少し悩んだように顎に手を当てると、俺ハ芸術ニ詳シクナイケド、と前置きをしてから言葉を続けた。
「先生ニ褒メテモラウタメニ絵ヲ描クノ?」
「怒られるよりは褒めてもらう方がいいじゃん」
「賞ヲ取ルタメニ絵ヲ描クノ?」
「それは、どうなんだろ」
「好ナヨウニ描イチャダメナノ?」
「う~ん、考えてたら頭痛くなってきた」
「俺ハ暫ク事務所ニイルカラ、元気ニナルマデ寝テナヨ。起キタラ精算シテアゲル」
そう言うと、キャメロンさんは医務室を出て行ってしまった。画材を詰めたリュックサックとスケッチブックとわたしだけが残される。
ぱらぱらぱら、とスケッチブックをめくる。先生に褒めてもらうために描くのかと聞かれた。いつも講評のときにダメ出しをされないよう、先生の顔色を伺って描いていた。賞を取るために描くのかと聞かれた。賞自体にあまり興味はなかったけど、みんなが取っているのに自分は受賞歴がなくて引け目を感じていた。好きなように描いてはダメなのかと聞かれた。画家はこうあるべきという考えが頭の片隅にあった。
スケッチブックの1ページ目に戻る。キャメロンさんが電車を運転させるときの絵。なんでこれだけうまく描けたんだろうと考えて、あのとき、ただ電車ってああいう風に動くんだなあという気持ちだけで描いたからだと気がついた。構図なんかは全く気にしていなかった。逆に、構図や色を気にして描いた電車の絵はとても窮屈そうだった。全然芸術と関係なさそうな人に教えられて、少し、目からウロコが落ちた。
「キャメロンさん、カナワタウンからライモンシティまでの精算お願い~」
扉を開けてから、キャメロンさん事務所にちゃんといるのかなあと考えたけれど、きちんといたようでひょいっと顔を出した。
「アア、モウ大丈夫ナノ?」
「うん、あとこれあげる」
「俺ノ絵?」
スケッチブックから切り取った絵を渡すと、驚いたように目を開いた。だけど、少し笑っていたので喜んではもらえたと思う。
「さっき、絵を褒めてくれたから。あのとき、キャメロンさんが運転士さんだったよね? ベンチで起きてすぐに描いたやつだから、カナワでの第1作目だよ~」
「アリガト」
「いつも運転士さんなの?」
「ソノ日ノ配置ニヨッテ違ウヨ。電車ノ運転ノ方ガ得意ダケド、最近バトルノ方ニ配置サレルコトガ多イカナ」
普段、バトルは申し込まれたときにたまにやるくらいだった。バトルサブウェイなんて以ての外だ。けれどもキャメロンさんがいるなら少しだけ挑戦してみようかな、と思う。
「モウベンチデ寝チャダメダヨ」
精算を終えるとキャメロンさんに軽く注意をされる。はあい、と返事をすると、本当ニ大丈夫カナアとため息をついて、それから少し笑ってみせた。
あのとき、わたしの絵を褒めてくれたこと、キャメロンさんは覚えているかなあ。