短編夢
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はじめてイッシュ地方を訪れて、とてもきらびやかなライモンシティを見たときは圧倒された。わたしが住んでいた地方も、その隣にある地方も全体的に田舎だったので、街も人も洗練された中に田舎者が入るのはとても気が引ける。それでも、あの地方に留まるよりはマシだと思う。はじめて見るポケモン、はじめて見る背の高くて鼻筋の通ったイッシュの人たち、はじめて見る大きな建物。ここではみんな、わたしのことを知らない。
街の中心にバトルサブウェイと呼ばれる施設があった。看板に「乗ッテ戦ウ」と書いてあるし、施設名からもバトルをするところだとわかるけれど、どうして地下鉄なのだろうかと不思議に思う。地下へ続く階段を降りていくと、バトル慣れしているであろう人がわらわらといた。
バトルサブウェイはギアステーションの中にあるようで、バトル用の電車以外に、他の街へ続くものもあるようだった。なので、このままライモンシティに残るか、他の街へ電車で移動しようか路線図の前で悩んでいると、ここの職員であろう人に声をかけられた。
「お客様、何かお困りごとですか」
「ちょっと、イッシュ地方には来たばかりで、このままライモンシティに残るか他の街に移動しようか悩んでいたんです」
声をかけてきた職員は、とてもここで働いている人には見えなかった。黒い帽子に、黒いコート。敬語でとてもていねいな所作なのに、口角が下がっていて仏頂面。何を考えているのかよくわからない、少し苦手なタイプの人。
「お連れになっているのは、ブラッキーとネイティ……イッシュ地方では大変めずらしいポケモンでございます。失礼ですが、出身はどちらで?」
「ジョウト地方です」
「おお、ジョウト地方からとはまた遠いところから……イッシュ地方へようこそ御出でくださいました」
「ありがとうございます」
別に歓迎されるようなことはしていないけれど、黒いコートの人は片方の手を胸に当ててぺこりと頭を下げた。
「ここではポケモンバトルができるんですね」
わたしがそう言うと、黒いコートの人は肯定しながら1つ提案を持ちかけた。
「ええ、電車の中でバトルを行うという少し特殊な施設でございます。それぞれの列車にシングルトレイン、ダブルトレイン、マルチトレインとありますので、もしお客様のご都合よろしければシングルトレインをおすすめします。そこで20連勝し、21戦目でサブウェイマスターに勝利いたしますと、スーパーシングルトレインにご乗車いただけるようになります」
「まだやること決まってないし、挑戦してみる?」
足元で座っているブラッキーに声をかけると、頷くように喉を鳴らした。帽子の上に乗っているネイティは何も言わないけれど、ベルトにつけているボールはカタカタと揺れていて、みんな久しぶりにバトルができることを喜んでいるようだ。
「それでは、お客様のご乗車を楽しみにしております」
黒いコートの人は丁寧にお辞儀をすると、その場を離れて行った。
シングルトレイン、と言っていたのでお目当の電車を探す。はじめての挑戦なので手続きが必要だった。そのため受付の鉄道員にトレーナーカードを手渡すと驚いていて少しムカついたけれど、彼はすぐに営業スマイルへと表情を戻した。
1両目、2両目、3両目……とバトルを進める。しかし、バトルをするごとに違和感が大きくなる。
ここの人たちは、本気でバトルをしていない。
7回バトルして電車を降りて、7回バトルして電車を降りて……それなのに手抜きバトルなんて乗るだけ損した気分。しかし、あの黒いコートの人は20連勝すると21戦目にサブウェイマスターに挑戦できると言った。20連勝まであと1戦。もしサブウェイマスターも手抜きバトルをする人だったら、もう2度とここには来ない。
21戦目、7両目の扉を開ける。すると、先ほど案内をしてくれた黒いコートの人がフィールドに立っていた。
「本日はバトルサブウェイにご乗車ありがとうございます。わたくしサブウェイマスターのノボリと申します」
仕事用の文句なのか、淡々と自己紹介をしている。
「……コガネシティのナナシです」
「さて、次の目的地ですがあなた様の実力で決めたいと考えております。ポケモンのことを良く理解なさっているか、どんな相手にも自分を貫けるか……勝利もしくは敗北、どちらに向かうのか……では、出発進行ーッ!」
シングルトレインで使用できるのは3体のポケモンのみ。持ち物を持たせることは可能だけれど、重複させてはいけない。また、トレーナーによる道具の使用は禁止。バトルフィールドは電車の中。いつものバトルとは何もかもが違う。
そして何よりわたしにとって不利なことは、わたしがイッシュ地方のポケモンをあまり知らないこと。先ほどまでのトレーナーは他の地方のポケモンを多く使用していたけれど、黒いコートの人……ノボリさんはわたしの知らないポケモンを戦闘に出した。
しかし、それでも勝負は呆気なくついた。わたしの勝ち。サブウェイマスターなのに手抜きバトルをした。
「ブラボー!! あなた様はその実力で勝利という目的地に見事到着なさいました! ですが人生はまだまだ終わりません! 次の目的地が決まりましたらそこに向かって全力でひた走って下さいまし!」
仏頂面で、うさんくさい顔のノボリさんが拍手をわたしに送る。車内に響くぱん、ぱん、という乾いた音は、わたしをイラつかせる材料となった。
「どうして本気で戦ってくれなかったんですか? ここの人たちは手加減ばかり、手抜きばかりの味気ないバトルばかり! それでも、サブウェイマスターなら本気のバトルができると思ったから、こうして電車の乗り降りをしてわざわざここまで来たのに、ノボリさんまでそうやって、わたしをバカにしてるんですか? わたしがコドモだから? そうやってオトナは人のことを見た目で判断して」
オトナはいつもそうだ。わたしのことをコドモ扱いして、バカにして、そのくせわたしがそれなりの実力者だとわかると頭をぺこぺこさせて、自分の勝手な理想を押し付ける。
しかし、ノボリさんは違うというようにゆっくりと首を振った。
「ナナシ様、落ち着いてくださいまし。確かに、ここにいる職員もわたくしも全力を出してバトルを行いませんでした。そのことで不快な思いをさせてしまったことは大変申し訳なく思っております。しかし、わたくし共は決してナナシ様の姿を見てバトルスタイルを変えたわけではありません。それどころか、ナナシ様がかなりの実力者であることは存じております。ですが、これは規則なのでございます。このシングルトレイン、ダブルトレイン、マルチトレインはお客様の適性を見極めるところ。本気でバトルをしてお客様を叩きのめすところではないのです。この通常トレインでサブウェイマスターに勝利し適性を認められたお客様が、スーパートレインにご乗車いただけるのでございます」
ノボリさんの、規則、という言葉で頭に上っていた血が下がっていった。いつものようにバカにされたと勘違いして、思わず声を張り上げたことが恥ずかしくなる。
「そうだったんですか……ごめんなさい。いつも、見た目で決めつけられてたから、つい頭に来ちゃって……」
「いえ、わたくしが最初に説明するべきでした。申し訳ありません」
ノボリさんは申し訳なさそうに目を伏せたあと、座席に案内した。ホームに着くまで時間があるので少しお話をしましょう、と言った。
「ナナシ様のボールはめずらしいデザインをされていますね」
「これは、ボール職人に作ってもらったんです。ジョウト地方にはぼんぐりっていうきのみがたくさんあって、それを使っていろいろなボールを作ってくれるんです。わたしのブラッキーのボールはルーンボールっていうんですよ」
「職人の方がひとつひとつ……すばらしい技術でございます。ブラッキーのイメージにもぴったりのデザインですね」
わたしがそれぞれのポケモンとボールやジョウト地方について話し終えると、ノボリさんに質問をぶつけられた。
「ナナシ様はどうしてイッシュ地方に来られたのですか?」
「ジョウト地方にも、その隣のカントー地方にもいたくなかったからです。あそこからずっと遠いイッシュ地方なら、わたしのことを知っている人もいないと思って。あそこにいると息が詰まって、押しつぶされそうで。オトナたちの理想を押し付けられるのがイヤで」
「それは、カントー・ジョウトのリーグチャンピオンだからですか。……申し訳ございません。トレーナーカードに公認バッジがついていたので」
ノボリさんは申し訳なさそうに頭を下げた。ノボリさんはここの偉い人のようなので、トレーナーたちの記録も把握しているのだろう。
トレーナーカードにはチャンピオンである証がついている。だから、受付のときに鉄道員が驚いたのだ。まるで時代劇のように、見せるだけで反応を変えられるあれの存在が憎たらしい。
「あの証が呪いの証になるなんて思わなかった。チャンピオンに勝ったとき、とても嬉しかったのに、周りの人の態度が変わったんです。それがイヤでイヤで……わたしの代わりにチャンピオンの座に就いている人は優しい人だから、心の整理がついたらまたいつでも戻ってきなよって言ってくれたけど、先代のチャンピオンがみんなの前から姿を消して、シロガネ山っていうとても厳しい環境に身を置いているのも今ならわかる」
窓の外を見てもただ真っ暗な、ガタンゴトンと揺れる車内で自分の故郷を思い出す。お母さんは、何も言わずに遠くの地方へ出て行ったわたしのことをどう思うだろう。ひとり雪山に立っているあの人は、わたしに何を思うだろう。
「ノボリさんは、他の人から勝手に期待されて勝手に失望されることってありますか」
「ええ。サブウェイマスターという仕事柄、地位や名誉で判断されることが多くございます。そして、それに惹かれたあと、わたくしの人柄を知ってつまらない人間だとよく言われてしまいます。困ったものですね」
やれやれ、というように軽く笑いながら首を振った。けれども本当に、ただ困った、という程度にしか思っていないように見えた。
「それで、ムカついたりしないんですか」
「それも仕事の内だと割り切っているので問題ありませんよ。それに、きちんと評価をしてくれる方もいますから」
「……ノボリさんはオトナなんですね。わたしはそういう考え方、できないから。やっぱりコドモなのかな。でも、理想を勝手に押し付けてくるのもオトナ。オトナになるってなんだろう」
理想を勝手に押し付けてくるオトナ。地位や名誉で人のことを判断するオトナ。だけど、それを受け流すのもオトナ。それができないわたしはコドモ。何が違うのだろう。
ノボリさんは優しそうに笑った。
「よく、新聞を読むようになったとか、コーヒーを飲めるようになったとか、そういうことでオトナになったって言う人がいるけど、本当にオトナなのかな」
「それは、心が子どものまま体だけ大きくなっただけでございます。新聞を読む程度なら、字を読めるようになったお子さんでもできますから。とはいえ、わたくしも本当の大人といったものがよくわかりません。もうすでに成人していますので、わたくしも一応、社会的には大人という括りに入っていますが、案外、大人らしい大人なんて存在しないのかもしれません」
わたしが、わからない、というように視線を床に落とすと、ノボリさんの落ち着いた優しい言葉が振ってきた。
「ナナシ様はナナシ様のペースで進んでいけば良いと思いますよ。まだ14歳。人生を時計で表すなら、朝の5時にもなっていません。始発の電車も走っていない時間ですよ」
「電車で例えるのが、鉄道員さんらしいですね」
「電車が好きで、ここで働いていますから」
くすくすと笑っているとホームに着いた。ノボリさんも一度電車を降りる。
朝の5時。始発の電車も走っていない、普段のわたしならまだ寝ている時間。わたしは今、その時間に生きている。ジョウトにもカントーにもまだ帰りたいとは思えない。けれども、考える時間ならまだ多く残されている。
「ナナシ様はこれからどうされますか」
「まだちゃんと決めていません。でも一回、お母さんに連絡を入れて、中途半端な状態のカントー・ジョウトのチャンピオンの座を辞退したあとは、前みたいに旅をしようかと思います。それで、気持ちの整理がついたらまたリーグに挑戦しようって」
「それが良いと思います。ナナシ様には無限の可能性がありますから」
たった一度のバトルで、ホームに着くまでの短い時間の会話で、心に引っかかっていたもやもやが少しだけ晴れた気がする。仏頂面で、うさんくさくて、少し苦手なタイプだと思っていたけど、こういう人が本当の大人なのだと思う。
「またいつか挑戦しに来るので、そのときは本気でバトルしてくださいね」
「ええ。そのときを楽しみにお待ちしております。それでは、良い旅を」
街の中心にバトルサブウェイと呼ばれる施設があった。看板に「乗ッテ戦ウ」と書いてあるし、施設名からもバトルをするところだとわかるけれど、どうして地下鉄なのだろうかと不思議に思う。地下へ続く階段を降りていくと、バトル慣れしているであろう人がわらわらといた。
バトルサブウェイはギアステーションの中にあるようで、バトル用の電車以外に、他の街へ続くものもあるようだった。なので、このままライモンシティに残るか、他の街へ電車で移動しようか路線図の前で悩んでいると、ここの職員であろう人に声をかけられた。
「お客様、何かお困りごとですか」
「ちょっと、イッシュ地方には来たばかりで、このままライモンシティに残るか他の街に移動しようか悩んでいたんです」
声をかけてきた職員は、とてもここで働いている人には見えなかった。黒い帽子に、黒いコート。敬語でとてもていねいな所作なのに、口角が下がっていて仏頂面。何を考えているのかよくわからない、少し苦手なタイプの人。
「お連れになっているのは、ブラッキーとネイティ……イッシュ地方では大変めずらしいポケモンでございます。失礼ですが、出身はどちらで?」
「ジョウト地方です」
「おお、ジョウト地方からとはまた遠いところから……イッシュ地方へようこそ御出でくださいました」
「ありがとうございます」
別に歓迎されるようなことはしていないけれど、黒いコートの人は片方の手を胸に当ててぺこりと頭を下げた。
「ここではポケモンバトルができるんですね」
わたしがそう言うと、黒いコートの人は肯定しながら1つ提案を持ちかけた。
「ええ、電車の中でバトルを行うという少し特殊な施設でございます。それぞれの列車にシングルトレイン、ダブルトレイン、マルチトレインとありますので、もしお客様のご都合よろしければシングルトレインをおすすめします。そこで20連勝し、21戦目でサブウェイマスターに勝利いたしますと、スーパーシングルトレインにご乗車いただけるようになります」
「まだやること決まってないし、挑戦してみる?」
足元で座っているブラッキーに声をかけると、頷くように喉を鳴らした。帽子の上に乗っているネイティは何も言わないけれど、ベルトにつけているボールはカタカタと揺れていて、みんな久しぶりにバトルができることを喜んでいるようだ。
「それでは、お客様のご乗車を楽しみにしております」
黒いコートの人は丁寧にお辞儀をすると、その場を離れて行った。
シングルトレイン、と言っていたのでお目当の電車を探す。はじめての挑戦なので手続きが必要だった。そのため受付の鉄道員にトレーナーカードを手渡すと驚いていて少しムカついたけれど、彼はすぐに営業スマイルへと表情を戻した。
1両目、2両目、3両目……とバトルを進める。しかし、バトルをするごとに違和感が大きくなる。
ここの人たちは、本気でバトルをしていない。
7回バトルして電車を降りて、7回バトルして電車を降りて……それなのに手抜きバトルなんて乗るだけ損した気分。しかし、あの黒いコートの人は20連勝すると21戦目にサブウェイマスターに挑戦できると言った。20連勝まであと1戦。もしサブウェイマスターも手抜きバトルをする人だったら、もう2度とここには来ない。
21戦目、7両目の扉を開ける。すると、先ほど案内をしてくれた黒いコートの人がフィールドに立っていた。
「本日はバトルサブウェイにご乗車ありがとうございます。わたくしサブウェイマスターのノボリと申します」
仕事用の文句なのか、淡々と自己紹介をしている。
「……コガネシティのナナシです」
「さて、次の目的地ですがあなた様の実力で決めたいと考えております。ポケモンのことを良く理解なさっているか、どんな相手にも自分を貫けるか……勝利もしくは敗北、どちらに向かうのか……では、出発進行ーッ!」
シングルトレインで使用できるのは3体のポケモンのみ。持ち物を持たせることは可能だけれど、重複させてはいけない。また、トレーナーによる道具の使用は禁止。バトルフィールドは電車の中。いつものバトルとは何もかもが違う。
そして何よりわたしにとって不利なことは、わたしがイッシュ地方のポケモンをあまり知らないこと。先ほどまでのトレーナーは他の地方のポケモンを多く使用していたけれど、黒いコートの人……ノボリさんはわたしの知らないポケモンを戦闘に出した。
しかし、それでも勝負は呆気なくついた。わたしの勝ち。サブウェイマスターなのに手抜きバトルをした。
「ブラボー!! あなた様はその実力で勝利という目的地に見事到着なさいました! ですが人生はまだまだ終わりません! 次の目的地が決まりましたらそこに向かって全力でひた走って下さいまし!」
仏頂面で、うさんくさい顔のノボリさんが拍手をわたしに送る。車内に響くぱん、ぱん、という乾いた音は、わたしをイラつかせる材料となった。
「どうして本気で戦ってくれなかったんですか? ここの人たちは手加減ばかり、手抜きばかりの味気ないバトルばかり! それでも、サブウェイマスターなら本気のバトルができると思ったから、こうして電車の乗り降りをしてわざわざここまで来たのに、ノボリさんまでそうやって、わたしをバカにしてるんですか? わたしがコドモだから? そうやってオトナは人のことを見た目で判断して」
オトナはいつもそうだ。わたしのことをコドモ扱いして、バカにして、そのくせわたしがそれなりの実力者だとわかると頭をぺこぺこさせて、自分の勝手な理想を押し付ける。
しかし、ノボリさんは違うというようにゆっくりと首を振った。
「ナナシ様、落ち着いてくださいまし。確かに、ここにいる職員もわたくしも全力を出してバトルを行いませんでした。そのことで不快な思いをさせてしまったことは大変申し訳なく思っております。しかし、わたくし共は決してナナシ様の姿を見てバトルスタイルを変えたわけではありません。それどころか、ナナシ様がかなりの実力者であることは存じております。ですが、これは規則なのでございます。このシングルトレイン、ダブルトレイン、マルチトレインはお客様の適性を見極めるところ。本気でバトルをしてお客様を叩きのめすところではないのです。この通常トレインでサブウェイマスターに勝利し適性を認められたお客様が、スーパートレインにご乗車いただけるのでございます」
ノボリさんの、規則、という言葉で頭に上っていた血が下がっていった。いつものようにバカにされたと勘違いして、思わず声を張り上げたことが恥ずかしくなる。
「そうだったんですか……ごめんなさい。いつも、見た目で決めつけられてたから、つい頭に来ちゃって……」
「いえ、わたくしが最初に説明するべきでした。申し訳ありません」
ノボリさんは申し訳なさそうに目を伏せたあと、座席に案内した。ホームに着くまで時間があるので少しお話をしましょう、と言った。
「ナナシ様のボールはめずらしいデザインをされていますね」
「これは、ボール職人に作ってもらったんです。ジョウト地方にはぼんぐりっていうきのみがたくさんあって、それを使っていろいろなボールを作ってくれるんです。わたしのブラッキーのボールはルーンボールっていうんですよ」
「職人の方がひとつひとつ……すばらしい技術でございます。ブラッキーのイメージにもぴったりのデザインですね」
わたしがそれぞれのポケモンとボールやジョウト地方について話し終えると、ノボリさんに質問をぶつけられた。
「ナナシ様はどうしてイッシュ地方に来られたのですか?」
「ジョウト地方にも、その隣のカントー地方にもいたくなかったからです。あそこからずっと遠いイッシュ地方なら、わたしのことを知っている人もいないと思って。あそこにいると息が詰まって、押しつぶされそうで。オトナたちの理想を押し付けられるのがイヤで」
「それは、カントー・ジョウトのリーグチャンピオンだからですか。……申し訳ございません。トレーナーカードに公認バッジがついていたので」
ノボリさんは申し訳なさそうに頭を下げた。ノボリさんはここの偉い人のようなので、トレーナーたちの記録も把握しているのだろう。
トレーナーカードにはチャンピオンである証がついている。だから、受付のときに鉄道員が驚いたのだ。まるで時代劇のように、見せるだけで反応を変えられるあれの存在が憎たらしい。
「あの証が呪いの証になるなんて思わなかった。チャンピオンに勝ったとき、とても嬉しかったのに、周りの人の態度が変わったんです。それがイヤでイヤで……わたしの代わりにチャンピオンの座に就いている人は優しい人だから、心の整理がついたらまたいつでも戻ってきなよって言ってくれたけど、先代のチャンピオンがみんなの前から姿を消して、シロガネ山っていうとても厳しい環境に身を置いているのも今ならわかる」
窓の外を見てもただ真っ暗な、ガタンゴトンと揺れる車内で自分の故郷を思い出す。お母さんは、何も言わずに遠くの地方へ出て行ったわたしのことをどう思うだろう。ひとり雪山に立っているあの人は、わたしに何を思うだろう。
「ノボリさんは、他の人から勝手に期待されて勝手に失望されることってありますか」
「ええ。サブウェイマスターという仕事柄、地位や名誉で判断されることが多くございます。そして、それに惹かれたあと、わたくしの人柄を知ってつまらない人間だとよく言われてしまいます。困ったものですね」
やれやれ、というように軽く笑いながら首を振った。けれども本当に、ただ困った、という程度にしか思っていないように見えた。
「それで、ムカついたりしないんですか」
「それも仕事の内だと割り切っているので問題ありませんよ。それに、きちんと評価をしてくれる方もいますから」
「……ノボリさんはオトナなんですね。わたしはそういう考え方、できないから。やっぱりコドモなのかな。でも、理想を勝手に押し付けてくるのもオトナ。オトナになるってなんだろう」
理想を勝手に押し付けてくるオトナ。地位や名誉で人のことを判断するオトナ。だけど、それを受け流すのもオトナ。それができないわたしはコドモ。何が違うのだろう。
ノボリさんは優しそうに笑った。
「よく、新聞を読むようになったとか、コーヒーを飲めるようになったとか、そういうことでオトナになったって言う人がいるけど、本当にオトナなのかな」
「それは、心が子どものまま体だけ大きくなっただけでございます。新聞を読む程度なら、字を読めるようになったお子さんでもできますから。とはいえ、わたくしも本当の大人といったものがよくわかりません。もうすでに成人していますので、わたくしも一応、社会的には大人という括りに入っていますが、案外、大人らしい大人なんて存在しないのかもしれません」
わたしが、わからない、というように視線を床に落とすと、ノボリさんの落ち着いた優しい言葉が振ってきた。
「ナナシ様はナナシ様のペースで進んでいけば良いと思いますよ。まだ14歳。人生を時計で表すなら、朝の5時にもなっていません。始発の電車も走っていない時間ですよ」
「電車で例えるのが、鉄道員さんらしいですね」
「電車が好きで、ここで働いていますから」
くすくすと笑っているとホームに着いた。ノボリさんも一度電車を降りる。
朝の5時。始発の電車も走っていない、普段のわたしならまだ寝ている時間。わたしは今、その時間に生きている。ジョウトにもカントーにもまだ帰りたいとは思えない。けれども、考える時間ならまだ多く残されている。
「ナナシ様はこれからどうされますか」
「まだちゃんと決めていません。でも一回、お母さんに連絡を入れて、中途半端な状態のカントー・ジョウトのチャンピオンの座を辞退したあとは、前みたいに旅をしようかと思います。それで、気持ちの整理がついたらまたリーグに挑戦しようって」
「それが良いと思います。ナナシ様には無限の可能性がありますから」
たった一度のバトルで、ホームに着くまでの短い時間の会話で、心に引っかかっていたもやもやが少しだけ晴れた気がする。仏頂面で、うさんくさくて、少し苦手なタイプだと思っていたけど、こういう人が本当の大人なのだと思う。
「またいつか挑戦しに来るので、そのときは本気でバトルしてくださいね」
「ええ。そのときを楽しみにお待ちしております。それでは、良い旅を」
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