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「やっほー、お仕事お疲れ様。差し入れのミックスオレ、あげる」
自販機で買ったばかりのミックスオレを右頬に当てたら、ナナシは小さい悲鳴を上げてこちらに振り向いた。冷たくなった頬をかばうように、空いていた右手を添えながら。そして、僕の姿を確認すると、ミックスオレを受け取りながらムッとした表情を見せた。
「クダリボス、自分はまだ仕事中です。見ればわかるじゃないですか、今日はいつもより修繕しなきゃならない車両が多いんです。だいたい、クダリボスだって片付けなきゃいけない仕事が残ってるんじゃないですか? ここに来た車両、全部ダブルトレインなんですから。それなのに、持ち場を離れて検車区に来るなんて」
怒っているだろうな、とは思っていたけれど、予想よりもだいぶ機嫌を損ねていたらしい。僕の姿を見つけたナナシのカブルモが、トコトコと駆け寄って足にしがみついてきた。たぶん、ピリピリした様子で仕事をしていたのだろう。いつもは仕事をしているナナシの近くで遊んでいるのに、今日は少し離れたところでおとなしくしていたようだ。
よしよし、とカブルモを抱き上げると、ナナシはまだ文句の言い足りなさそうな表情をしていた。
「ごめんね。今日はイベントがあったから」
「知ってますよ。ダブルトレインに挑戦して、7両目に到達したらBP2倍だってことくらい。それから、子どもは参加賞で景品がもらえるってことも。そりゃあ、イベントがあるって聞いた時点で覚悟はしてましたよ、してましたけど」
イベントが開催される日は、いつもよりもお客さんが多く入る。そして、あまりバトルに慣れていない人もイベントをきっかけに参加するので、車内が普段よりも荒れやすかった。
修理に出す車両が多くなると整備士の仕事が増えるし、お金もかかる。職員がもう少し上手くフォローできればいいんだけれど、その辺はまだまだ僕の指導不足だ。
「こんなところで油を売ってたら、黒ボスに怒られるんじゃないですか。……まあ、怒られても構いませんけど」
軍手をはめた手で乱暴に頭を掻いて、抱えていたヘルメットを被る。それからそっぽを向くと、難しそうな表情をしながら口を開いた。
「クダリボスに文句を言っても、今日の分の仕事は変わりませんし」
「うん……そうだね、ごめん」
「今から持ち場に戻っても、ここに残っていても、どのみち黒ボスに怒られますから」
「今回のイベントは、僕が責任者だからね」
「じゃあ、しばらくここにいてください。カブルモがどこかへ行かないように。面倒を見ながら仕事を進めるのは大変なので」
語気は強いけれど、言っていることは『まだ帰らないでほしい』。忙しい日が続いていたので、最近はあまり会えなかった。ナナシからすれば、複雑な気分だろう。
ギアステーションと検車区はそれほど離れていない。僕とノボリも仕事でここへ来ることがあるし、ナナシもギアステーションの執務室で作業をすることがある。それなのに、しばらく顔を合わせていなかった。そして、やっと会えたと思ったらこの仕事の山。……少し配慮が足りなかった。
「うん。カブルモと一緒に休憩室で待ってる」
ミックスオレを片手に、ひとりで作業場へと戻るナナシを見送った。
ここでの作業は基本的にふたり1組。ナナシは、パートナーのドリュウズと組んで作業をすることが多かった。入社したばかりの頃は他の整備士と組んで作業をしていたけれど、今はその方が効率よくできるらしい。
――そういえば、初めて会ったときは敵意むき出しだったな。そんなに昔の話じゃないけれど、なんとなく懐かしく感じた。
ライモン検車区の休憩室は事務所の2階にあり、窓から外の景色が見える。ギアステーションだと全て地下なので、建物の中からライモンシティを見るのは久しぶりだった。
もうすっかり日が落ちて、ライトが眩しく輝いている。相変わらず眠らない街だな。
そんなことを考えていたら、後ろから声をかけられた。振り向くと、ヘルメットを外したナナシが立っている。
「お疲れ様。早いね、さすが」
「クダリさんが来たときには、ほとんど終えてたので。残りの作業を片付けただけです」
もう仕事モードは終わったようだ。差し入れありがとうございました、と言いながら僕の隣に座る。
「珍しいですか? 外」
「うん。ナナシはいつも、この景色を見てるんだね」
「休憩のときはいつも見てます。そうしないと、時間感覚が狂うので。まあ、ライモンはいつも明るいから、気休め程度ですけど」
窓の外を眺めるナナシは、ひどく疲れた表情をしていた。
「僕が言える立場じゃないのはわかってる。でも、あんまり頑張りすぎないでほしい。こんな時間まで」
「『女の子が仕事をするのはよくない』は言わないでください」
「……それは言わない。『女の子』だからじゃなくて、ナナシだから心配してる」
「心配してるなら、またこうやって会いに来てください」
軍手を外した小さな手が、僕の手に触れた。こんな小さな手で、どうやって作業しているんだろう。
僕も手袋を外して、指を絡めた。
「クダリさん、好きです」
「うん。僕も、ナナシのことが好き。最近、時間作れなくて、ごめんね」
ぎゅっと、つないだ手に力が入る。ナナシは少し驚いていたけれど、すぐに笑顔へと表情を変えた。涙を頬に伝わせながら。
ああ、寂しい思いをさせてたんだな。ナナシにつられて、なんだか僕まで泣いてしまいそうだった。
自販機で買ったばかりのミックスオレを右頬に当てたら、ナナシは小さい悲鳴を上げてこちらに振り向いた。冷たくなった頬をかばうように、空いていた右手を添えながら。そして、僕の姿を確認すると、ミックスオレを受け取りながらムッとした表情を見せた。
「クダリボス、自分はまだ仕事中です。見ればわかるじゃないですか、今日はいつもより修繕しなきゃならない車両が多いんです。だいたい、クダリボスだって片付けなきゃいけない仕事が残ってるんじゃないですか? ここに来た車両、全部ダブルトレインなんですから。それなのに、持ち場を離れて検車区に来るなんて」
怒っているだろうな、とは思っていたけれど、予想よりもだいぶ機嫌を損ねていたらしい。僕の姿を見つけたナナシのカブルモが、トコトコと駆け寄って足にしがみついてきた。たぶん、ピリピリした様子で仕事をしていたのだろう。いつもは仕事をしているナナシの近くで遊んでいるのに、今日は少し離れたところでおとなしくしていたようだ。
よしよし、とカブルモを抱き上げると、ナナシはまだ文句の言い足りなさそうな表情をしていた。
「ごめんね。今日はイベントがあったから」
「知ってますよ。ダブルトレインに挑戦して、7両目に到達したらBP2倍だってことくらい。それから、子どもは参加賞で景品がもらえるってことも。そりゃあ、イベントがあるって聞いた時点で覚悟はしてましたよ、してましたけど」
イベントが開催される日は、いつもよりもお客さんが多く入る。そして、あまりバトルに慣れていない人もイベントをきっかけに参加するので、車内が普段よりも荒れやすかった。
修理に出す車両が多くなると整備士の仕事が増えるし、お金もかかる。職員がもう少し上手くフォローできればいいんだけれど、その辺はまだまだ僕の指導不足だ。
「こんなところで油を売ってたら、黒ボスに怒られるんじゃないですか。……まあ、怒られても構いませんけど」
軍手をはめた手で乱暴に頭を掻いて、抱えていたヘルメットを被る。それからそっぽを向くと、難しそうな表情をしながら口を開いた。
「クダリボスに文句を言っても、今日の分の仕事は変わりませんし」
「うん……そうだね、ごめん」
「今から持ち場に戻っても、ここに残っていても、どのみち黒ボスに怒られますから」
「今回のイベントは、僕が責任者だからね」
「じゃあ、しばらくここにいてください。カブルモがどこかへ行かないように。面倒を見ながら仕事を進めるのは大変なので」
語気は強いけれど、言っていることは『まだ帰らないでほしい』。忙しい日が続いていたので、最近はあまり会えなかった。ナナシからすれば、複雑な気分だろう。
ギアステーションと検車区はそれほど離れていない。僕とノボリも仕事でここへ来ることがあるし、ナナシもギアステーションの執務室で作業をすることがある。それなのに、しばらく顔を合わせていなかった。そして、やっと会えたと思ったらこの仕事の山。……少し配慮が足りなかった。
「うん。カブルモと一緒に休憩室で待ってる」
ミックスオレを片手に、ひとりで作業場へと戻るナナシを見送った。
ここでの作業は基本的にふたり1組。ナナシは、パートナーのドリュウズと組んで作業をすることが多かった。入社したばかりの頃は他の整備士と組んで作業をしていたけれど、今はその方が効率よくできるらしい。
――そういえば、初めて会ったときは敵意むき出しだったな。そんなに昔の話じゃないけれど、なんとなく懐かしく感じた。
ライモン検車区の休憩室は事務所の2階にあり、窓から外の景色が見える。ギアステーションだと全て地下なので、建物の中からライモンシティを見るのは久しぶりだった。
もうすっかり日が落ちて、ライトが眩しく輝いている。相変わらず眠らない街だな。
そんなことを考えていたら、後ろから声をかけられた。振り向くと、ヘルメットを外したナナシが立っている。
「お疲れ様。早いね、さすが」
「クダリさんが来たときには、ほとんど終えてたので。残りの作業を片付けただけです」
もう仕事モードは終わったようだ。差し入れありがとうございました、と言いながら僕の隣に座る。
「珍しいですか? 外」
「うん。ナナシはいつも、この景色を見てるんだね」
「休憩のときはいつも見てます。そうしないと、時間感覚が狂うので。まあ、ライモンはいつも明るいから、気休め程度ですけど」
窓の外を眺めるナナシは、ひどく疲れた表情をしていた。
「僕が言える立場じゃないのはわかってる。でも、あんまり頑張りすぎないでほしい。こんな時間まで」
「『女の子が仕事をするのはよくない』は言わないでください」
「……それは言わない。『女の子』だからじゃなくて、ナナシだから心配してる」
「心配してるなら、またこうやって会いに来てください」
軍手を外した小さな手が、僕の手に触れた。こんな小さな手で、どうやって作業しているんだろう。
僕も手袋を外して、指を絡めた。
「クダリさん、好きです」
「うん。僕も、ナナシのことが好き。最近、時間作れなくて、ごめんね」
ぎゅっと、つないだ手に力が入る。ナナシは少し驚いていたけれど、すぐに笑顔へと表情を変えた。涙を頬に伝わせながら。
ああ、寂しい思いをさせてたんだな。ナナシにつられて、なんだか僕まで泣いてしまいそうだった。