本編
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職員用通路を歩いていると、後ろからミノルが走って声をかけてきた。その声はとても嬉しそうだ。振り向くと何かを握って手を振っている。
「ミノル、廊下は走ったらあかんで」
「ごめんなさい。あのね、おじちゃん。今度の休み、一緒にゆうえんち行こ」
「遊園地? なんやいきなり」
「ぼく、ゆうえんち行ったことないから。あのね、白いおにーちゃんがチケットくれた! おじちゃんと一緒に行くと、お金やすくなるんだって」
ミノルが握りしめていたものはライモンにある遊園地のチケットだった。しかし、そのチケットにはカップル用と書かれている。白ボスはこういった類のものをもらっては誰かにあげているが、大人用のチケット1枚を渡すのではなくカップル用のチケットをわざわざ選んで渡すあたり、なかなか性格が悪い。
「カップル用やないか、これ。ナナシ、誰と行きたいとか言ってなかったんか」
「言ってないけど、白いおにーちゃんは、おじちゃんと一緒にいってらっしゃいってくれたんだよ。ねえ、一緒に行こうよ」
「別にわしは構わんけど」
「ほんと? おねーちゃんに言ってくる!」
当のナナシに聞いてみないことにはわからない、と言葉を続ける前にミノルは事務所に向かってしまった。事務所から、おねーちゃん、おじちゃんがいいよだって、という元気な声が聞こえた。
ナナシと被っていた休日、約束通りライモンにある遊園地に向かった。すでに入口の近くでふたりは待っていて、ミノルは早く行こうと言うように目をキラキラさせている。隣に立っているナナシはキャップ帽にパーカー、ショートパンツと動きやすそうな格好をしていた。しかし、10代の少女のような見た目なので、自分が通報されないか少し不安に思う。
「本当によかったんですか? 先輩。せっかくの休みなのに」
「おう、構わんで。どうせ、ひとりやと家で寝るだけやからな。なんや、ナナシはわしじゃ不満か?」
「そ、そういうつもりじゃ」
ナナシは顔を赤くさせながら帽子を目深に被った。
「おねーちゃん、おじちゃん、早く行こ!」
「待ってミノル、迷子になっちゃうから。ちゃんと手を繋いで」
走り出そうとするミノルの腕をナナシが掴む。そしてきちんと手を繋ぐと、ミノルはこちらに右手を伸ばした。
「じゃあ、こっちの手はおじちゃんね」
「ん、わしもか」
「すみません……」
ナナシは申し訳なさそうにこちらを見たが、視線を移しミノルの様子に目を細めた。両手を繋ぐ光景は家族連れならば別に珍しくもないことだが、ミノルとしては憧れていたのだろう。いつもなら空いている片手が、今日は両方とも繋がれている。
1、2の3、と合図をかけてやると、ナナシも掛け声に合わせて腕を上げ、ミノルも嬉しそうに飛び跳ねた。
「おねーちゃん、あれ買って」
「はいはい」
園内を一通り回るとベンチで少し休憩を取ることにした。ミノルは最近流行っているらしいジュースをナナシから受け取ると、嬉しそうに飲んでいる。つぶつぶしたやつが入ってるから急いで飲んじゃダメだよ、とミノルに注意しているナナシにそのジュースが何なのか聞くと、わかりません、と苦笑いで答えられた。
「流行にはあまり詳しくなくて。一応、ミノルに買ったのはオレンジジュースですけど、中に入っている丸いやつが何かは知らないです」
「なんや、若いのに知らんのかいな」
「クラウド先輩だって、わたしより数個年上なだけでまだ若いじゃないですか」
「男もんならまだしも、そういうキラキラしたかわいいもんの流行はわからんわ」
ナナシは少しだけ面白くなさそうな顔を見せたが、ふっと息をつくと優しい目でミノルを見つめた。
「ミノル、楽しそうやな」
「今まで、遊びに行くとしても近場の公園くらいだったので、こういうところに来るのははじめてなんです」
ライモンで働いているのに、ミノルに言われるまでここの存在を忘れてました、とナナシが舌を出していたずらっ子のように笑った。
ミノルがジュースを飲み終えると、また手を繋いで園内を周ることにした。アトラクション系は身長制限で乗れるものが限られるので、それ以外のものを探している。すると、あ、と声を出したミノルが指を差した。
「おねーちゃん、あれ入ろ」
「お化け屋敷じゃん。お姉ちゃんやだよ」
ミノルの指差す先を見たナナシは顔をしかめた。
「なんや、ナナシは怖いもん嫌いなんか」
「別に嫌いじゃないです」
「キライじゃないなら入ろうよ」
「ナナシ、無理せんでもわしとミノルで行ってくるで」
「大丈夫です、わたしも行きますってば!」
ミノルが急かしてくるのでナナシに外で待っていていいと言ったのに、ナナシも少し遅れて後をついてきた。以前裁縫を手伝ったときもそうだったが、ナナシは苦手なものを知られるのが嫌なのか、やたら意地をはるときがある。
屋敷の中は足元に明かりが点いているだけでとても暗い。足元に気をつけるようミノルに声をかける。
「くらいね」
「明るいところにお化けが出るわけないでしょ」
語気を強めて言う彼女に、明るいところでも出るときは出るんだよなあと苦笑いしていると、突然現れた仕掛けに驚いたようだ。わっと小さく声を上げるとナナシは腕にしがみついた。
「大丈夫か」
「す、すみません。大丈夫です」
ぱっと腕から離れたが、しばらくするとまたしがみついてきた。今度は離れる様子がなく、時間が経つに連れてしがみつく力が強くなる。ミノルは何ともなさそうだが、ナナシの方はよっぽど苦手なようだ。
「おねーちゃん、もう外だよ」
腕に顔を埋めるようにしてしがみついていたナナシがミノルの言葉に顔を上げる。言われるまで屋敷を出たことに気づかなかったようだ。ナナシはこちらと目を合わせると驚いたように腕から離れた。
「うわっ、すみません」
「なんや、人のことを化けモン見るような目ぇして」
「違います、そんなつもりじゃ。ちょっと驚いて……クラウド先輩は幽霊とか怖いもの平気なんですね」
「まあ、ナナシが入社する前までギアステに幽霊いたしな。うちの職員はだいたい平気やで」
「え、幽霊出るんですか」
恥ずかしさで赤くなっていたナナシの顔が一気に青くなる。
「もう出ないから大丈夫や。にしても、ナナシがそんなに幽霊嫌いだとは思わんかったわ」
「別に、嫌いじゃないですよ」
「あんなに腕にしがみついてきたんにか?」
「あれは、ちょっと驚いたからで!」
「意外とムキになるタイプなんやな、お前」
「ムキになってなんかないです!」
仕事中では絶対に見せないであろう子どもっぽい態度に笑ってしまう。ナナシは腕を組んでツンとした態度で立ち止まってしまった。どうしたものか、と思っているとミノルにズボンを引っ張られた。ぼそぼそと耳打ちをされた内容に笑ってしまうが、ナナシの機嫌を直すためにふたりを置いて目当てのものを探すことにした。
目当てのものを買い、ふたりのところへ戻るとナナシはまだ不機嫌そうなポーズを取っていた。ナナシは一度機嫌を損ねると直るまでに時間がかかるらしい。なので奥の手を使う。
「まあ、これで機嫌直してくれや」
「もので釣ろうって魂胆ですか。わたしはそういうものに引っかかったりは」
「あ、おねーちゃんの好きなクレープ」
クレープ、という言葉に反応して目を開けたナナシは顔を赤くさせた。
「……もう、ミノルってば!」
「ナナシはクレープが好きなんやな。覚えたで」
全く、とミノルの方を見ながら文句を言っているが、機嫌の方はもう直ったようだ。クレープを受け取ると、えへへ、と笑いながら食べ始めた。
「どうや、美味いか」
「はい、すごく。ほらミノル、あーんして」
ナナシはクリームをスプーンで掬ってミノルにも食べさせた。甘いものが好きなようで、目がキラキラしている。ふたりの笑顔を見て、この時間が長く続けばいいのにと思う。
「ミノル、廊下は走ったらあかんで」
「ごめんなさい。あのね、おじちゃん。今度の休み、一緒にゆうえんち行こ」
「遊園地? なんやいきなり」
「ぼく、ゆうえんち行ったことないから。あのね、白いおにーちゃんがチケットくれた! おじちゃんと一緒に行くと、お金やすくなるんだって」
ミノルが握りしめていたものはライモンにある遊園地のチケットだった。しかし、そのチケットにはカップル用と書かれている。白ボスはこういった類のものをもらっては誰かにあげているが、大人用のチケット1枚を渡すのではなくカップル用のチケットをわざわざ選んで渡すあたり、なかなか性格が悪い。
「カップル用やないか、これ。ナナシ、誰と行きたいとか言ってなかったんか」
「言ってないけど、白いおにーちゃんは、おじちゃんと一緒にいってらっしゃいってくれたんだよ。ねえ、一緒に行こうよ」
「別にわしは構わんけど」
「ほんと? おねーちゃんに言ってくる!」
当のナナシに聞いてみないことにはわからない、と言葉を続ける前にミノルは事務所に向かってしまった。事務所から、おねーちゃん、おじちゃんがいいよだって、という元気な声が聞こえた。
ナナシと被っていた休日、約束通りライモンにある遊園地に向かった。すでに入口の近くでふたりは待っていて、ミノルは早く行こうと言うように目をキラキラさせている。隣に立っているナナシはキャップ帽にパーカー、ショートパンツと動きやすそうな格好をしていた。しかし、10代の少女のような見た目なので、自分が通報されないか少し不安に思う。
「本当によかったんですか? 先輩。せっかくの休みなのに」
「おう、構わんで。どうせ、ひとりやと家で寝るだけやからな。なんや、ナナシはわしじゃ不満か?」
「そ、そういうつもりじゃ」
ナナシは顔を赤くさせながら帽子を目深に被った。
「おねーちゃん、おじちゃん、早く行こ!」
「待ってミノル、迷子になっちゃうから。ちゃんと手を繋いで」
走り出そうとするミノルの腕をナナシが掴む。そしてきちんと手を繋ぐと、ミノルはこちらに右手を伸ばした。
「じゃあ、こっちの手はおじちゃんね」
「ん、わしもか」
「すみません……」
ナナシは申し訳なさそうにこちらを見たが、視線を移しミノルの様子に目を細めた。両手を繋ぐ光景は家族連れならば別に珍しくもないことだが、ミノルとしては憧れていたのだろう。いつもなら空いている片手が、今日は両方とも繋がれている。
1、2の3、と合図をかけてやると、ナナシも掛け声に合わせて腕を上げ、ミノルも嬉しそうに飛び跳ねた。
「おねーちゃん、あれ買って」
「はいはい」
園内を一通り回るとベンチで少し休憩を取ることにした。ミノルは最近流行っているらしいジュースをナナシから受け取ると、嬉しそうに飲んでいる。つぶつぶしたやつが入ってるから急いで飲んじゃダメだよ、とミノルに注意しているナナシにそのジュースが何なのか聞くと、わかりません、と苦笑いで答えられた。
「流行にはあまり詳しくなくて。一応、ミノルに買ったのはオレンジジュースですけど、中に入っている丸いやつが何かは知らないです」
「なんや、若いのに知らんのかいな」
「クラウド先輩だって、わたしより数個年上なだけでまだ若いじゃないですか」
「男もんならまだしも、そういうキラキラしたかわいいもんの流行はわからんわ」
ナナシは少しだけ面白くなさそうな顔を見せたが、ふっと息をつくと優しい目でミノルを見つめた。
「ミノル、楽しそうやな」
「今まで、遊びに行くとしても近場の公園くらいだったので、こういうところに来るのははじめてなんです」
ライモンで働いているのに、ミノルに言われるまでここの存在を忘れてました、とナナシが舌を出していたずらっ子のように笑った。
ミノルがジュースを飲み終えると、また手を繋いで園内を周ることにした。アトラクション系は身長制限で乗れるものが限られるので、それ以外のものを探している。すると、あ、と声を出したミノルが指を差した。
「おねーちゃん、あれ入ろ」
「お化け屋敷じゃん。お姉ちゃんやだよ」
ミノルの指差す先を見たナナシは顔をしかめた。
「なんや、ナナシは怖いもん嫌いなんか」
「別に嫌いじゃないです」
「キライじゃないなら入ろうよ」
「ナナシ、無理せんでもわしとミノルで行ってくるで」
「大丈夫です、わたしも行きますってば!」
ミノルが急かしてくるのでナナシに外で待っていていいと言ったのに、ナナシも少し遅れて後をついてきた。以前裁縫を手伝ったときもそうだったが、ナナシは苦手なものを知られるのが嫌なのか、やたら意地をはるときがある。
屋敷の中は足元に明かりが点いているだけでとても暗い。足元に気をつけるようミノルに声をかける。
「くらいね」
「明るいところにお化けが出るわけないでしょ」
語気を強めて言う彼女に、明るいところでも出るときは出るんだよなあと苦笑いしていると、突然現れた仕掛けに驚いたようだ。わっと小さく声を上げるとナナシは腕にしがみついた。
「大丈夫か」
「す、すみません。大丈夫です」
ぱっと腕から離れたが、しばらくするとまたしがみついてきた。今度は離れる様子がなく、時間が経つに連れてしがみつく力が強くなる。ミノルは何ともなさそうだが、ナナシの方はよっぽど苦手なようだ。
「おねーちゃん、もう外だよ」
腕に顔を埋めるようにしてしがみついていたナナシがミノルの言葉に顔を上げる。言われるまで屋敷を出たことに気づかなかったようだ。ナナシはこちらと目を合わせると驚いたように腕から離れた。
「うわっ、すみません」
「なんや、人のことを化けモン見るような目ぇして」
「違います、そんなつもりじゃ。ちょっと驚いて……クラウド先輩は幽霊とか怖いもの平気なんですね」
「まあ、ナナシが入社する前までギアステに幽霊いたしな。うちの職員はだいたい平気やで」
「え、幽霊出るんですか」
恥ずかしさで赤くなっていたナナシの顔が一気に青くなる。
「もう出ないから大丈夫や。にしても、ナナシがそんなに幽霊嫌いだとは思わんかったわ」
「別に、嫌いじゃないですよ」
「あんなに腕にしがみついてきたんにか?」
「あれは、ちょっと驚いたからで!」
「意外とムキになるタイプなんやな、お前」
「ムキになってなんかないです!」
仕事中では絶対に見せないであろう子どもっぽい態度に笑ってしまう。ナナシは腕を組んでツンとした態度で立ち止まってしまった。どうしたものか、と思っているとミノルにズボンを引っ張られた。ぼそぼそと耳打ちをされた内容に笑ってしまうが、ナナシの機嫌を直すためにふたりを置いて目当てのものを探すことにした。
目当てのものを買い、ふたりのところへ戻るとナナシはまだ不機嫌そうなポーズを取っていた。ナナシは一度機嫌を損ねると直るまでに時間がかかるらしい。なので奥の手を使う。
「まあ、これで機嫌直してくれや」
「もので釣ろうって魂胆ですか。わたしはそういうものに引っかかったりは」
「あ、おねーちゃんの好きなクレープ」
クレープ、という言葉に反応して目を開けたナナシは顔を赤くさせた。
「……もう、ミノルってば!」
「ナナシはクレープが好きなんやな。覚えたで」
全く、とミノルの方を見ながら文句を言っているが、機嫌の方はもう直ったようだ。クレープを受け取ると、えへへ、と笑いながら食べ始めた。
「どうや、美味いか」
「はい、すごく。ほらミノル、あーんして」
ナナシはクリームをスプーンで掬ってミノルにも食べさせた。甘いものが好きなようで、目がキラキラしている。ふたりの笑顔を見て、この時間が長く続けばいいのにと思う。