本編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「おじちゃん、おじちゃんってカレー好き?」
事務所で書類を整理していると、ナナシの席で絵を描いているミノルに声をかけられた。今日の夕飯はカレーとでもナナシに言われたのだろうか。何かを期待しているような表情を浮かべている。
「おう、好きやで」
「料理はできる?」
「うーん、まあ、そこそこって感じやな。それがどうしたんや」
「今度のにちようびって休み?」
「仕事やけど、どうした、なんかあるんか?」
「そうなんだ……」
ミノルの質問に答えると、先程までの笑顔は消え、シュンとした表情になってしまった。それからこちらの質問に答えずに落ち込んだ様子で机を見つめている。
「何かあるなら言うてみ」
「今度のにちようびにね、ほいくえんでパパとママと一緒にカレーつくるんだ。ぼくはママいないからおねーちゃんが来るけど、みんなはパパも一緒だから、おじちゃんに来てほしいなって思って。でもおじちゃん、お仕事だもんね」
父親の代わりをして欲しかったということか。しかし、仕事が入っていることを知り、遠慮してこちらの質問に答えなかったのかと考えると、子どもでもきちんと気遣いができることに感心するとともに、まだ5歳なのに我慢しなければならないことを寂しく思う。
「やっぱり、パパがいないのは寂しいか?」
「うん」
「ナナシは何か、言っとったか」
「カレーつくるの楽しみだねって。でも、夜、ぼくがふとん入ってから泣いてた。このあいだ先生にね、パパの代わりにおじいちゃんかおばあちゃんと一緒でいいよ、って言われたんだ。おじいちゃんもおばあちゃんもいないのに。ぼくはおねーちゃんだけだから、『わたしがママ役とパパ役ふたつやるのじゃダメなの?』って泣いてた」
保育園側なりの配慮なのか、知っているにも関わらず意地悪で言っているのかはわからないが、そのことでナナシとミノルは寂しい思いをしているようだ。ナナシはミノルの前では気丈な振りをしているが、やはり辛い思いを我慢しているのだろう。あの子は辛いときや悲しいときに限って相談しない人間だ。以前、ミノルがナナシのことを泣き虫だと言っていた。ミノルが寝てからいつもひとりで泣いているのかもしれない。
「……そうか。カレーは何時から作るんや」
「11時。おじちゃん、来れるの?」
「わからん。でも、相談してみるわ」
「ほんと?」
「でも、ナナシには内緒にしといてくれな。まだ予定がどうなるかわからんし、アイツ、知ったら気にしそうやしな」
「うん! 約束だよ」
ミノルはニコニコしながら小指を差し出した。なのでこちらも同じように小指を差し出す。
「ゆーびきーりげーんまーん、うーそつーいたーらハリセンボンのーます。ゆーびきった!」
あまり期待させるようなことを言ってはいけない。できなかったときに、期待させた分ショックを与えてしまうだけだ。そうわかってはいるが、まだ5歳なのにいろいろと我慢させられている子と、母親になろうと一生懸命な後輩の姿を見せられたとき、ただ静観しているだけの人間になりたくなかった。
「黒ボス、今度の日曜やけど、有給使ってもええか」
「日曜ですか? まあ、大したイベントもないので大丈夫ですが……有給を使うならもっと早くに申請してくださいまし」
事務所で書類整理をしていた黒ボスに頼むと少し難しそうな顔を見せたが、予定表を確認すると許可を出した。黒ボスが書類に判を押す。
「すまんな、急に」
「しかし、クラウドが有給を使うとは珍しいですね。いつもは消化しろと言ってもしないのに」
「はは、ちょっとな、頼まれごとがあって」
そう答えると黒ボスが不思議そうな表情を浮かべた。黒ボスの言う通り、入社してから今に至るまで、有給を使ったことはほとんどない。休みを余分に得ても、やりたいことなんて特になかったので必要ないと思っていた。しかし、今回は違う。
「ナナシにはまだ内緒にしておいてくれや。ミノルに頼まれたんや、父母が参加するイベントに出てくれって。父親の代わりに祖父母と一緒でええと言われたらしいんやけど、ナナシの両親はもうおらんから、ナナシが落ち込んでるってな」
黒ボスは何も答えなかった。けれども優しい目をしていたので、ふたりのことを考えているのだろう。
ただの職場の先輩が父親の代わりを務めるなんておこがましいにも程があるが、ふたりが喜んでくれるなら、それでいい。
ミノルの通っている保育園は3番道路沿いにあると聞いている。なのでそちらへ歩いて行くと、エプロンをつけて門の近くをキョロキョロしているミノルがいた。そしてこちらの存在に気がつくと、保育園を飛び出して抱きついてきた。それから、突然走り出したミノルを追いかけてナナシも姿を現した。三角巾にエプロン姿のナナシは予想外の出来事に驚いた表情を浮かべている。手を振ってあいさつしてやると急いでこちらに駆け寄ってきた。
「クラウド先輩、どうしてここに」
「おじちゃん! 約束、守ってくれてありがとう」
「ミノル、約束って、クラウド先輩と何したの」
ミノルの方もきちんと約束を守っていたようだ。こちらのやり取りを知らないナナシはミノルを問い質している。ふたりの仲裁に入ると、納得のいっていない顔と、ニコニコ嬉しそうな顔に挟まれた。
「今日、父母で参加するイベントがあるって教えてもろたんや。で、わしが父親役」
「おねーちゃん、おじちゃんと一緒にカレーつくっていいよね?」
「でも、それじゃあクラウド先輩に迷惑が」
ナナシは困ったように眉を下げながらこちらを見た。
「迷惑だと思ってたら、わざわざ約束なんてせんで。ナナシは嫌やったか?」
「そんなことは」
ナナシは首をぶんぶんと勢いよく横に振った。それから「すみません。いつもいつも」と頭を下げた。
「お前は謝ってばかりやな。ほな、早よ行こか。ミノルはもうやる気十分やで」
保育園側が用意していた保護者用のエプロンを着けて周りを見渡すと、楽しそうに調理をしている子の隣にはたいてい父親と母親が並んでいた。どちらかが来られなかった家は、代わりに祖父母が側にいる。今日、自分が来なかった場合、ナナシとミノルはこの中で調理をしなくてはいけなかった。ミノルが寂しがる理由も、ナナシが母親にも父親代わりにもなれないことを辛く感じていたこともわかる。保育園とは残酷なものだな、と少し思う。
「ミノル、ここにお水入れて」
「うん」
包丁を使う作業はこちらで行うので、ミノルには野菜を洗ったり、水を入れたりと簡単な作業を手伝ってもらった。それでも手つきが危ういので、ナナシが側についている。ミノルと一緒に作業をしているナナシはとても嬉しそうで、どこか少し幼い表情をしていた。
「なんだかんだでお前も楽しそうやな」
「え、う……だって、こういった行事にふたりで参加できると思ってなかったので。いつもはわたしひとりで参加して、ミノルに寂しい思いをさせちゃって。でも、クラウド先輩が来てくれたおかげで、こうやって嬉しそうにしているミノルを久しぶりに見ることができました。まあ、ミノルが勝手にクラウド先輩と約束を取り付けていたことにはびっくりしましたけど……」
「黙っててすまなかったな。予定がどうなるかわからんかったから、約束したことをナナシに言わないようミノルにお願いしてたんや」
「でも、本当にありがとうございました。こうやって、誰かと一緒に料理をするのは楽しいですね。普段はミノルが寝ているときに作ることが多いので、すごく久しぶりなんです。姉さんが元気だったとき以来かな」
えへへ、と笑う姿は職場で見せる笑顔と違う。亡き姉のことを思い出しているからだろうか。少し幼い表情が、普段のナナシに近いのだろうか。
「おじちゃん、カレーおいしい?」
作り終えたカレーをみんなで食べていると、ミノルが身を乗り出して聞いてきた。よっぽど楽しかったのだろう。声からも、仕草からもそれがわかる。
「おう、美味いで。ミノルが頑張ったからな」
「おねーちゃんがつくるカレーはいつもおいしいけど、今日おじちゃんと一緒につくったカレーもおいしい」
事務所で書類を整理していると、ナナシの席で絵を描いているミノルに声をかけられた。今日の夕飯はカレーとでもナナシに言われたのだろうか。何かを期待しているような表情を浮かべている。
「おう、好きやで」
「料理はできる?」
「うーん、まあ、そこそこって感じやな。それがどうしたんや」
「今度のにちようびって休み?」
「仕事やけど、どうした、なんかあるんか?」
「そうなんだ……」
ミノルの質問に答えると、先程までの笑顔は消え、シュンとした表情になってしまった。それからこちらの質問に答えずに落ち込んだ様子で机を見つめている。
「何かあるなら言うてみ」
「今度のにちようびにね、ほいくえんでパパとママと一緒にカレーつくるんだ。ぼくはママいないからおねーちゃんが来るけど、みんなはパパも一緒だから、おじちゃんに来てほしいなって思って。でもおじちゃん、お仕事だもんね」
父親の代わりをして欲しかったということか。しかし、仕事が入っていることを知り、遠慮してこちらの質問に答えなかったのかと考えると、子どもでもきちんと気遣いができることに感心するとともに、まだ5歳なのに我慢しなければならないことを寂しく思う。
「やっぱり、パパがいないのは寂しいか?」
「うん」
「ナナシは何か、言っとったか」
「カレーつくるの楽しみだねって。でも、夜、ぼくがふとん入ってから泣いてた。このあいだ先生にね、パパの代わりにおじいちゃんかおばあちゃんと一緒でいいよ、って言われたんだ。おじいちゃんもおばあちゃんもいないのに。ぼくはおねーちゃんだけだから、『わたしがママ役とパパ役ふたつやるのじゃダメなの?』って泣いてた」
保育園側なりの配慮なのか、知っているにも関わらず意地悪で言っているのかはわからないが、そのことでナナシとミノルは寂しい思いをしているようだ。ナナシはミノルの前では気丈な振りをしているが、やはり辛い思いを我慢しているのだろう。あの子は辛いときや悲しいときに限って相談しない人間だ。以前、ミノルがナナシのことを泣き虫だと言っていた。ミノルが寝てからいつもひとりで泣いているのかもしれない。
「……そうか。カレーは何時から作るんや」
「11時。おじちゃん、来れるの?」
「わからん。でも、相談してみるわ」
「ほんと?」
「でも、ナナシには内緒にしといてくれな。まだ予定がどうなるかわからんし、アイツ、知ったら気にしそうやしな」
「うん! 約束だよ」
ミノルはニコニコしながら小指を差し出した。なのでこちらも同じように小指を差し出す。
「ゆーびきーりげーんまーん、うーそつーいたーらハリセンボンのーます。ゆーびきった!」
あまり期待させるようなことを言ってはいけない。できなかったときに、期待させた分ショックを与えてしまうだけだ。そうわかってはいるが、まだ5歳なのにいろいろと我慢させられている子と、母親になろうと一生懸命な後輩の姿を見せられたとき、ただ静観しているだけの人間になりたくなかった。
「黒ボス、今度の日曜やけど、有給使ってもええか」
「日曜ですか? まあ、大したイベントもないので大丈夫ですが……有給を使うならもっと早くに申請してくださいまし」
事務所で書類整理をしていた黒ボスに頼むと少し難しそうな顔を見せたが、予定表を確認すると許可を出した。黒ボスが書類に判を押す。
「すまんな、急に」
「しかし、クラウドが有給を使うとは珍しいですね。いつもは消化しろと言ってもしないのに」
「はは、ちょっとな、頼まれごとがあって」
そう答えると黒ボスが不思議そうな表情を浮かべた。黒ボスの言う通り、入社してから今に至るまで、有給を使ったことはほとんどない。休みを余分に得ても、やりたいことなんて特になかったので必要ないと思っていた。しかし、今回は違う。
「ナナシにはまだ内緒にしておいてくれや。ミノルに頼まれたんや、父母が参加するイベントに出てくれって。父親の代わりに祖父母と一緒でええと言われたらしいんやけど、ナナシの両親はもうおらんから、ナナシが落ち込んでるってな」
黒ボスは何も答えなかった。けれども優しい目をしていたので、ふたりのことを考えているのだろう。
ただの職場の先輩が父親の代わりを務めるなんておこがましいにも程があるが、ふたりが喜んでくれるなら、それでいい。
ミノルの通っている保育園は3番道路沿いにあると聞いている。なのでそちらへ歩いて行くと、エプロンをつけて門の近くをキョロキョロしているミノルがいた。そしてこちらの存在に気がつくと、保育園を飛び出して抱きついてきた。それから、突然走り出したミノルを追いかけてナナシも姿を現した。三角巾にエプロン姿のナナシは予想外の出来事に驚いた表情を浮かべている。手を振ってあいさつしてやると急いでこちらに駆け寄ってきた。
「クラウド先輩、どうしてここに」
「おじちゃん! 約束、守ってくれてありがとう」
「ミノル、約束って、クラウド先輩と何したの」
ミノルの方もきちんと約束を守っていたようだ。こちらのやり取りを知らないナナシはミノルを問い質している。ふたりの仲裁に入ると、納得のいっていない顔と、ニコニコ嬉しそうな顔に挟まれた。
「今日、父母で参加するイベントがあるって教えてもろたんや。で、わしが父親役」
「おねーちゃん、おじちゃんと一緒にカレーつくっていいよね?」
「でも、それじゃあクラウド先輩に迷惑が」
ナナシは困ったように眉を下げながらこちらを見た。
「迷惑だと思ってたら、わざわざ約束なんてせんで。ナナシは嫌やったか?」
「そんなことは」
ナナシは首をぶんぶんと勢いよく横に振った。それから「すみません。いつもいつも」と頭を下げた。
「お前は謝ってばかりやな。ほな、早よ行こか。ミノルはもうやる気十分やで」
保育園側が用意していた保護者用のエプロンを着けて周りを見渡すと、楽しそうに調理をしている子の隣にはたいてい父親と母親が並んでいた。どちらかが来られなかった家は、代わりに祖父母が側にいる。今日、自分が来なかった場合、ナナシとミノルはこの中で調理をしなくてはいけなかった。ミノルが寂しがる理由も、ナナシが母親にも父親代わりにもなれないことを辛く感じていたこともわかる。保育園とは残酷なものだな、と少し思う。
「ミノル、ここにお水入れて」
「うん」
包丁を使う作業はこちらで行うので、ミノルには野菜を洗ったり、水を入れたりと簡単な作業を手伝ってもらった。それでも手つきが危ういので、ナナシが側についている。ミノルと一緒に作業をしているナナシはとても嬉しそうで、どこか少し幼い表情をしていた。
「なんだかんだでお前も楽しそうやな」
「え、う……だって、こういった行事にふたりで参加できると思ってなかったので。いつもはわたしひとりで参加して、ミノルに寂しい思いをさせちゃって。でも、クラウド先輩が来てくれたおかげで、こうやって嬉しそうにしているミノルを久しぶりに見ることができました。まあ、ミノルが勝手にクラウド先輩と約束を取り付けていたことにはびっくりしましたけど……」
「黙っててすまなかったな。予定がどうなるかわからんかったから、約束したことをナナシに言わないようミノルにお願いしてたんや」
「でも、本当にありがとうございました。こうやって、誰かと一緒に料理をするのは楽しいですね。普段はミノルが寝ているときに作ることが多いので、すごく久しぶりなんです。姉さんが元気だったとき以来かな」
えへへ、と笑う姿は職場で見せる笑顔と違う。亡き姉のことを思い出しているからだろうか。少し幼い表情が、普段のナナシに近いのだろうか。
「おじちゃん、カレーおいしい?」
作り終えたカレーをみんなで食べていると、ミノルが身を乗り出して聞いてきた。よっぽど楽しかったのだろう。声からも、仕草からもそれがわかる。
「おう、美味いで。ミノルが頑張ったからな」
「おねーちゃんがつくるカレーはいつもおいしいけど、今日おじちゃんと一緒につくったカレーもおいしい」