本編
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これから午後の業務が始まるというときに、ナナシは事務所内でバタバタと慌てて荷物をまとめていた。制服もすでに脱いでいて、ワンピース姿になっている。いつもは制服姿しか見ていないので、私服姿は新鮮だった。しかしその服装は、20代の女性が着るものというよりも10代の女子が着るようなもので、こういったかわいいものが好きなのかと意外に思う。帽子を外したナナシは少し幼く見えるので似合っていないわけではないが、ナナシの性格的にもっと落ち着いた服装を好むと思っていた。
こちらの存在に気づいたナナシは焦った顔ですみません、と頭を下げた。
「おう、ナナシ、どうしたんや、帰る準備なんかして。具合悪いんか?」
「違うんです、すみません、わたしじゃなくて子どもの方が熱を出しまして。これから保育園に預けている子どもの迎えに行くのですみません」
具合が悪そうには見えないが一応聞いてみたところ、意外な答えが返ってきた。しかも、あまりにも早口でまくしたてるように答えるため、圧倒されてしまう。
「そ、そうか。そんな謝ることやないで」
「急に抜けることになってしまってすみません。クラウド先輩、お先に失礼します」
「ああ、気をつけてな」
走っていくナナシの姿を見送ると、事務所の奥には黒ボスが顎に手を当てて悩んだ表情をしていた。黒ボスもナナシの早退理由に驚いたのだろう。
「ナナシに子どもがいたなんて知らんかったで」
「わたくしも今日はじめて知りました。入社するときの履歴書には配偶者の欄にも子どもの有無にもなしだと記入されていたのですが。入社してから結婚されたのでしょうか? 確かに就業時間は19時まででそれ以降の残業はできないと頼まれていましたが……それにしたって、いつの間に子どもができたのでしょうか」
休みの日に公園に行くことや、ここで雑巾を作っていたことは子どもに関係あるのだろうか。だとしても、結婚していることや子どもがいることはわざわざ隠す必要もないだろうに、何か後ろめたいことでもあるのだろうか。
次の日、午前の業務の途中で必要なものを思い出し事務所へ取りに行くと、黒ボスとナナシの話し声が聞こえた。その声はあまりにも暗くて、思わず陰に隠れてしまう。
「昨日はすみませんでした」
「いえ、気にしないでくださいまし。お子さんの具合は大丈夫なのですか?」
「はい。今日は平熱だったので保育園に預けてきました」
「そうですか、それならいいのですが……こういったプライベートな話を聞くことはあまり好きではないのですが、あなたはいつから結婚されていたのですか? 一応、いろいろな手続きの関係上、家族構成は把握しておかないといけないので……履歴書やその他の書類にも特に記載されていませんでしたし、あなたに子どもがいることを昨日はじめて知ったのですが」
「すみません……わたしはまだ独身です。あの子は、姉の子なんです。わたしの甥です」
「お姉様の?」
「姉はシングルマザーだったんですけど、その姉が最近病気で亡くなったんです。もう父と母は他界してますし、親戚も引き取ることを嫌がったので、わたしが甥を引き取りました」
「そうだったのですね。お辛いことをお話しさせてしまって申し訳ありません」
「そんな、黒ボスが謝らないでください。わたしの方こそ事情も説明せず申請することも怠って、勝手に就業時間を短くするよう頼んだり、急に早退したりとわがままばかり……すみません」
「それはいいのですが……保育園の方は、遅くまで預かってもらえるのですか? 19時まで業務を行なっていても大丈夫なのですか」
「一応、預かり保育というのがあるので20時近くまで預かってもらえるのですが、保育園の方にはもっと早く迎えにくるように言われていますね。ただ、わたしの方も子どもと生活する以上稼がないといけないので、あまり就業時間を短くするわけにもいかず……それに、他の職員にも迷惑がかかりますしね。子どもには寂しい思いをさせてしまいますが……お友達は16時で帰ってしまうので、わたしが迎えに行く頃にはひとりで遊んでいるんです。姉が亡くなってから、まだ、時間が経ってもいないというのに、ひとりに……」
ナナシはそこで涙を流し始めたようだった。言葉を詰まらせて、事務所に嗚咽が響いている。
「どうすればいいか、わからないんです。でも、子どもがいる手前、わたしがしっかりしないと」
「ナナシ、顔を上げてください。辛いときはきちんと辛いとおっしゃってください。それから、お子さんは16時でお迎えに行きましょう」
「でも、それでは生活費が」
「こうすれば良いのです。16時以降は、こちらでお子さんを預かりましょう。事務所や休憩室には人がいますし、ナナシがいるとなれば安心できるでしょう」
「それだと、みなさんに……」
「部下が抱えている問題を解決させることも上司の務めですから……それよりクラウド、いつまでそこにいるつもりですか」
黒ボスに名前を呼ばれてびくりとしてしまう。最初から存在に気づいていたようだ。ばつが悪そうにふたりのところへ行くと、ナナシは目を丸くしていた。
「ク、クラウド先輩、いつから」
「すまん、盗み聞きするつもりはなかったんやけど、真剣な話をしておったから出て来づらくて……でも、黒ボスの言う通りやで、ナナシ。辛いときはひとりで抱え込むんやない。きちんと周りに相談せんと。後輩の面倒を見るのも、先輩の仕事の内やからな」
ナナシは大粒の涙を流しながら頭を下げた。
「すみません、黒ボス、クラウド先輩」
「ナナシは謝ってばかりやな。こういうときは、ありがとうって言うもんやで」
「すみません、ありがとうございます」
「結局謝るんかい」
こちらの存在に気づいたナナシは焦った顔ですみません、と頭を下げた。
「おう、ナナシ、どうしたんや、帰る準備なんかして。具合悪いんか?」
「違うんです、すみません、わたしじゃなくて子どもの方が熱を出しまして。これから保育園に預けている子どもの迎えに行くのですみません」
具合が悪そうには見えないが一応聞いてみたところ、意外な答えが返ってきた。しかも、あまりにも早口でまくしたてるように答えるため、圧倒されてしまう。
「そ、そうか。そんな謝ることやないで」
「急に抜けることになってしまってすみません。クラウド先輩、お先に失礼します」
「ああ、気をつけてな」
走っていくナナシの姿を見送ると、事務所の奥には黒ボスが顎に手を当てて悩んだ表情をしていた。黒ボスもナナシの早退理由に驚いたのだろう。
「ナナシに子どもがいたなんて知らんかったで」
「わたくしも今日はじめて知りました。入社するときの履歴書には配偶者の欄にも子どもの有無にもなしだと記入されていたのですが。入社してから結婚されたのでしょうか? 確かに就業時間は19時まででそれ以降の残業はできないと頼まれていましたが……それにしたって、いつの間に子どもができたのでしょうか」
休みの日に公園に行くことや、ここで雑巾を作っていたことは子どもに関係あるのだろうか。だとしても、結婚していることや子どもがいることはわざわざ隠す必要もないだろうに、何か後ろめたいことでもあるのだろうか。
次の日、午前の業務の途中で必要なものを思い出し事務所へ取りに行くと、黒ボスとナナシの話し声が聞こえた。その声はあまりにも暗くて、思わず陰に隠れてしまう。
「昨日はすみませんでした」
「いえ、気にしないでくださいまし。お子さんの具合は大丈夫なのですか?」
「はい。今日は平熱だったので保育園に預けてきました」
「そうですか、それならいいのですが……こういったプライベートな話を聞くことはあまり好きではないのですが、あなたはいつから結婚されていたのですか? 一応、いろいろな手続きの関係上、家族構成は把握しておかないといけないので……履歴書やその他の書類にも特に記載されていませんでしたし、あなたに子どもがいることを昨日はじめて知ったのですが」
「すみません……わたしはまだ独身です。あの子は、姉の子なんです。わたしの甥です」
「お姉様の?」
「姉はシングルマザーだったんですけど、その姉が最近病気で亡くなったんです。もう父と母は他界してますし、親戚も引き取ることを嫌がったので、わたしが甥を引き取りました」
「そうだったのですね。お辛いことをお話しさせてしまって申し訳ありません」
「そんな、黒ボスが謝らないでください。わたしの方こそ事情も説明せず申請することも怠って、勝手に就業時間を短くするよう頼んだり、急に早退したりとわがままばかり……すみません」
「それはいいのですが……保育園の方は、遅くまで預かってもらえるのですか? 19時まで業務を行なっていても大丈夫なのですか」
「一応、預かり保育というのがあるので20時近くまで預かってもらえるのですが、保育園の方にはもっと早く迎えにくるように言われていますね。ただ、わたしの方も子どもと生活する以上稼がないといけないので、あまり就業時間を短くするわけにもいかず……それに、他の職員にも迷惑がかかりますしね。子どもには寂しい思いをさせてしまいますが……お友達は16時で帰ってしまうので、わたしが迎えに行く頃にはひとりで遊んでいるんです。姉が亡くなってから、まだ、時間が経ってもいないというのに、ひとりに……」
ナナシはそこで涙を流し始めたようだった。言葉を詰まらせて、事務所に嗚咽が響いている。
「どうすればいいか、わからないんです。でも、子どもがいる手前、わたしがしっかりしないと」
「ナナシ、顔を上げてください。辛いときはきちんと辛いとおっしゃってください。それから、お子さんは16時でお迎えに行きましょう」
「でも、それでは生活費が」
「こうすれば良いのです。16時以降は、こちらでお子さんを預かりましょう。事務所や休憩室には人がいますし、ナナシがいるとなれば安心できるでしょう」
「それだと、みなさんに……」
「部下が抱えている問題を解決させることも上司の務めですから……それよりクラウド、いつまでそこにいるつもりですか」
黒ボスに名前を呼ばれてびくりとしてしまう。最初から存在に気づいていたようだ。ばつが悪そうにふたりのところへ行くと、ナナシは目を丸くしていた。
「ク、クラウド先輩、いつから」
「すまん、盗み聞きするつもりはなかったんやけど、真剣な話をしておったから出て来づらくて……でも、黒ボスの言う通りやで、ナナシ。辛いときはひとりで抱え込むんやない。きちんと周りに相談せんと。後輩の面倒を見るのも、先輩の仕事の内やからな」
ナナシは大粒の涙を流しながら頭を下げた。
「すみません、黒ボス、クラウド先輩」
「ナナシは謝ってばかりやな。こういうときは、ありがとうって言うもんやで」
「すみません、ありがとうございます」
「結局謝るんかい」