本編
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「ミノルくんってときどき難しい言葉を使いますよね! どこで覚えてくるんだろう?」
午前の業務中、同じ配置についたカズマサに声をかけられた。何かミノルに言われたのだろうかと思っていると、「確かにいろいろなものを観察してるけど、あ、トトメスさんとかかな?」とひとり納得しているカズマサに思わず顔が引きつってしまう。
「半分お前のせいやぞ。お前と見たドラマで覚えてきた言葉のおかげでミノルに弱腰扱いされたわ。子どもがいるときくらい見る内容に気を使わんかい」
「そんなセリフのあるドラマって何だったかな……でも、ミノルくんの方からこういうドラマが見たいってリクエストされてるんですよ! だいたい家族ものが多いんですけど、意外に恋愛系のものも頼まれたりなんかして、最近の子どもっておませさんですねー」
女の子ならわかりますけど男の子も興味あるんですねー、とのんきに笑っている後輩の頭をメモ帳で引っ叩いた。
面会の時間になりナナシの部屋に行くと、いつもはベッドに横になっているか上体を起こしているだけなのに、今日はベッドに腰掛けてこちらが来るのを待っていた。横にならなくて大丈夫かと聞くと、今日は座っていたい気分だと笑顔を見せた。
「ミノル、昨日のヒーローショーどうだった?」
「悪いやつ、いっぱいたおしてくれた! ヒロカズおにーちゃんが肩ぐるましてくれたから、かっこいいところ、たくさん見られた! 一緒にしゃしんもとってもらえたよ」
「特撮好きの職員ってヒロカズ先輩のことだったんですね」
「ああ、黒ボス曰くミノルと一緒にえらいはしゃいでおったらしいで」
「仕事に戻ったらヒロカズ先輩にお礼言っておかなきゃ」
ヒロカズはナナシより前の年に入社したので年齢が近く、会話しているところもよく見たが、趣味のことは知らなかったようだ。まあ、特撮物が好きなんて言ったら子どもっぽいと思われそうで、わざわざ女の子に公言しないだろう。
ミノルは嬉しそうに好きなヒーローと一緒に撮った写真をナナシに見せている。こうやってはしゃいでいる様子を見ると、やはりミノルも5歳の子どもなのだ。そう思っていたら、写真を見たナナシが大笑いし始めた。何が写っているのかと思い試しに見せてもらうと、ミノルより隣に写っているヒロカズの方がはしゃいでいるようで、いい歳して何してるんだと苦笑いしてしまう。しかし、ナナシがここまで自然に笑えるようになったということは、体調もだいぶ良くなったのだろう。
笑いすぎてむせたナナシはゲホゲホと咳をして、一呼吸ついて落ち着くと床頭台の引き出しの中から小銭入れを取り出した。
「ミノル、おつかい頼んでもいい? 下の売店でチョコレート買ってきて欲しいんだ」
「いいよ。いつも食べてるやつ?」
「うん。できる?」
「できる!」
チョコレートなんて、まだ食べきれていない分が引き出しの中に入っているのに。ミノルは小銭入れを渡されると病室を出て行った。扉が完全に閉まったことを確認し、ナナシは口を開いた。
「クラウド先輩、退院日決まったんです。来週の土曜日」
「そうか。でもまだひと月も経ってないのに大丈夫なんか」
「ここの病棟、早期退院の見込みのある患者さんが入院するところなんですよ。お医者さんが大丈夫って言ってるし、たぶん大丈夫です。なんか、入院してて気づいたんですけど、わたしの主なストレスの原因って保育園のおばさん連中なんですね。こっちに来てあの人たちの顔を見なくなってからだいぶ体調が良くなりました」
わたし、若いからとかギアステーションで働いてるからとか、しょうもない理由でいじめられてたんですよ、ミノルの実の母親じゃないからどうたらこうたらとか余計なお世話だって感じです、と頬を膨らませた。
「おいおい、ミノルは前から気づいておったぞ。ミノルの友達の父親からも聞いたわ。運動会終わったあと、えらいひどいことを言われたらしいと教えてもろたで」
「ははは、気にしていない振りをしていても、やっぱり心の底ではドロドロが溜まっていくんですね。あのとき、一発でも頬を引っ叩けてたら何か違ってたのかなって思っちゃいます。暴力行為は禁止だからやりませんけどね、そのくらい嫌だったんです。
運動会のとき、クラウド先輩のこと悪く言われたの、すごく嫌で、なのにわたしは気にしていない振りをすることしかできなくて、自分にも幻滅しちゃって」
「お前は優しいやつやな。でもそういうときは、ちゃんと相談してくれ。わしに守らせてくれや……」
ナナシをぎゅっと抱きしめると、ナナシの方も背中に手を回してきた。
「先輩、わたし、いつもわたしとミノルを助けてくれるクラウド先輩が好きです。クラウド先輩は、わたしたちのヒーローですね」
「わしもお前のことが好きや。お前だけやない。ミノルもや。ふたりとも、わしの大事な人や」
「それって『後輩だから』って意味じゃないですよね?」
「あほ、そんなわけないやろ。ただの後輩ならここまで面倒見ないわ」
体を離すと、よかった、とナナシは笑顔を見せた。それからネクタイをぐっと引っ張る。
「えへへ、ごめんなさい」
顔を赤くしていたずらっ子のように舌を出して見せた。
「お前、それやるためにベッドに腰掛けてたやろ」
「ばれちゃいました?」
「全く、ここは病院やぞ……」
そう言いながら、お返ししてしまう自分も甘いもんだ。
「来週の土曜ならわしも休みやから、朝からここに来れるで。そしたら一緒に家に帰ろか」
「ありがとうございます」
もうすぐ病院生活も終わり。ここでは外からの刺激を受けることはないが、また元の生活に戻れば良くも悪くもいろいろな刺激を受ける。そのときは今度こそちゃんと守ってやりたい。
「そういえば、少し前にミノルがトトメス先輩から借りた本で、気に入った言葉があるんです」
ナナシは床頭台の中から本を取り出すと気に入った言葉の書いてあるページを開いた。
『我々は他人に似せるために、自身の4分の3を捨てなくてはならない』
「わたし、姉さんみたいになろうとしていろいろと自分を捨ててたんだなあって。最初、この言葉を見たときは何とも思わなかったんですけど、昨日先輩とやり取りをしたあと読み返したら急にこの言葉がすとんと胸に落ちて。わたし、活字苦手だし、トトメス先輩の話って小難しいから、ミノルが借りてきた本にあまり期待してなかったんですけど、何回か読み返してみると面白いですね。同じ言葉でも読んだときによって感想が違うんです。トトメス先輩の話をいつも話半分で聞き流してたのが申し訳ない気分になっちゃいました」
「さらっとひどいこと言うたな」
「話を聞き流してた下りはトトメス先輩に内緒ですよ!」
ナナシは焦りながら、絶対に言わないでくださいよ! と手足をばたつかせた。
「でも、気に入った言葉ができて良かったわ。ミノルがトトメスに注文したんやで。読んだら元気になれる言葉の本ってな。『小説』や『物語』やのうて『言葉の本』って頼むところがホンマ頭ええわ」
『我々は他人に似せるために、自身の4分の3を捨てなくてはならない』
誰に似せるでもなく、ナナシはそのままのナナシでいい。
「ミノル、遅いなあ……売店、すぐ下の階なのに」
10分か15分くらいで帰ってくるものだと思っていたのに20分経っても帰ってこないので、少し席を外してもらうためにおつかいを頼んだナナシも心配な表情を見せた。昼過ぎなので、昼食や菓子類を買いに来た客が多いのかもしれない。
「ちょっと様子見てくるわ」
そうやって病室の扉を開けると、ちょうど取っ手に手を伸ばすミノルと目が合った。
「お、ミノル帰ってきたか。遅いから様子を見に行こうとしてたところや」
「ごめんなさい。お客さんおおくて、チョコ見つけるの大変だったから、おそくなっちゃった」
でもちゃんと買ってきたよ、と袋からチョコレートを取り出す。
「ミノル、おつかいありがとうね」
チョコレートを手渡されたナナシはミノルの頭をなでた。
「お姉ちゃんの退院日決まったよ。来週の土曜日、お家に帰ろうね」
ミノルは退院という言葉に目を輝かせたが、同時に少し複雑そうな顔を見せた。
「じゃあ、ぼくおじちゃんのお家でお泊まりおわり?」
「おいおい、自分ちに帰れるっちゅうのに不満なんか」
「今度はおじちゃんがお泊まりしようよ」
「ミノルってば!」
「そのお願いは難しいなあ……でも、何かあればすぐ行ったるから」
ミノルは何か考え事をしているようだった。しかし、しばらくすると退院後は一緒にどこどこに遊びに行きたい、なになにを食べたい、と楽しみを膨らませていた。
午前の業務中、同じ配置についたカズマサに声をかけられた。何かミノルに言われたのだろうかと思っていると、「確かにいろいろなものを観察してるけど、あ、トトメスさんとかかな?」とひとり納得しているカズマサに思わず顔が引きつってしまう。
「半分お前のせいやぞ。お前と見たドラマで覚えてきた言葉のおかげでミノルに弱腰扱いされたわ。子どもがいるときくらい見る内容に気を使わんかい」
「そんなセリフのあるドラマって何だったかな……でも、ミノルくんの方からこういうドラマが見たいってリクエストされてるんですよ! だいたい家族ものが多いんですけど、意外に恋愛系のものも頼まれたりなんかして、最近の子どもっておませさんですねー」
女の子ならわかりますけど男の子も興味あるんですねー、とのんきに笑っている後輩の頭をメモ帳で引っ叩いた。
面会の時間になりナナシの部屋に行くと、いつもはベッドに横になっているか上体を起こしているだけなのに、今日はベッドに腰掛けてこちらが来るのを待っていた。横にならなくて大丈夫かと聞くと、今日は座っていたい気分だと笑顔を見せた。
「ミノル、昨日のヒーローショーどうだった?」
「悪いやつ、いっぱいたおしてくれた! ヒロカズおにーちゃんが肩ぐるましてくれたから、かっこいいところ、たくさん見られた! 一緒にしゃしんもとってもらえたよ」
「特撮好きの職員ってヒロカズ先輩のことだったんですね」
「ああ、黒ボス曰くミノルと一緒にえらいはしゃいでおったらしいで」
「仕事に戻ったらヒロカズ先輩にお礼言っておかなきゃ」
ヒロカズはナナシより前の年に入社したので年齢が近く、会話しているところもよく見たが、趣味のことは知らなかったようだ。まあ、特撮物が好きなんて言ったら子どもっぽいと思われそうで、わざわざ女の子に公言しないだろう。
ミノルは嬉しそうに好きなヒーローと一緒に撮った写真をナナシに見せている。こうやってはしゃいでいる様子を見ると、やはりミノルも5歳の子どもなのだ。そう思っていたら、写真を見たナナシが大笑いし始めた。何が写っているのかと思い試しに見せてもらうと、ミノルより隣に写っているヒロカズの方がはしゃいでいるようで、いい歳して何してるんだと苦笑いしてしまう。しかし、ナナシがここまで自然に笑えるようになったということは、体調もだいぶ良くなったのだろう。
笑いすぎてむせたナナシはゲホゲホと咳をして、一呼吸ついて落ち着くと床頭台の引き出しの中から小銭入れを取り出した。
「ミノル、おつかい頼んでもいい? 下の売店でチョコレート買ってきて欲しいんだ」
「いいよ。いつも食べてるやつ?」
「うん。できる?」
「できる!」
チョコレートなんて、まだ食べきれていない分が引き出しの中に入っているのに。ミノルは小銭入れを渡されると病室を出て行った。扉が完全に閉まったことを確認し、ナナシは口を開いた。
「クラウド先輩、退院日決まったんです。来週の土曜日」
「そうか。でもまだひと月も経ってないのに大丈夫なんか」
「ここの病棟、早期退院の見込みのある患者さんが入院するところなんですよ。お医者さんが大丈夫って言ってるし、たぶん大丈夫です。なんか、入院してて気づいたんですけど、わたしの主なストレスの原因って保育園のおばさん連中なんですね。こっちに来てあの人たちの顔を見なくなってからだいぶ体調が良くなりました」
わたし、若いからとかギアステーションで働いてるからとか、しょうもない理由でいじめられてたんですよ、ミノルの実の母親じゃないからどうたらこうたらとか余計なお世話だって感じです、と頬を膨らませた。
「おいおい、ミノルは前から気づいておったぞ。ミノルの友達の父親からも聞いたわ。運動会終わったあと、えらいひどいことを言われたらしいと教えてもろたで」
「ははは、気にしていない振りをしていても、やっぱり心の底ではドロドロが溜まっていくんですね。あのとき、一発でも頬を引っ叩けてたら何か違ってたのかなって思っちゃいます。暴力行為は禁止だからやりませんけどね、そのくらい嫌だったんです。
運動会のとき、クラウド先輩のこと悪く言われたの、すごく嫌で、なのにわたしは気にしていない振りをすることしかできなくて、自分にも幻滅しちゃって」
「お前は優しいやつやな。でもそういうときは、ちゃんと相談してくれ。わしに守らせてくれや……」
ナナシをぎゅっと抱きしめると、ナナシの方も背中に手を回してきた。
「先輩、わたし、いつもわたしとミノルを助けてくれるクラウド先輩が好きです。クラウド先輩は、わたしたちのヒーローですね」
「わしもお前のことが好きや。お前だけやない。ミノルもや。ふたりとも、わしの大事な人や」
「それって『後輩だから』って意味じゃないですよね?」
「あほ、そんなわけないやろ。ただの後輩ならここまで面倒見ないわ」
体を離すと、よかった、とナナシは笑顔を見せた。それからネクタイをぐっと引っ張る。
「えへへ、ごめんなさい」
顔を赤くしていたずらっ子のように舌を出して見せた。
「お前、それやるためにベッドに腰掛けてたやろ」
「ばれちゃいました?」
「全く、ここは病院やぞ……」
そう言いながら、お返ししてしまう自分も甘いもんだ。
「来週の土曜ならわしも休みやから、朝からここに来れるで。そしたら一緒に家に帰ろか」
「ありがとうございます」
もうすぐ病院生活も終わり。ここでは外からの刺激を受けることはないが、また元の生活に戻れば良くも悪くもいろいろな刺激を受ける。そのときは今度こそちゃんと守ってやりたい。
「そういえば、少し前にミノルがトトメス先輩から借りた本で、気に入った言葉があるんです」
ナナシは床頭台の中から本を取り出すと気に入った言葉の書いてあるページを開いた。
『我々は他人に似せるために、自身の4分の3を捨てなくてはならない』
「わたし、姉さんみたいになろうとしていろいろと自分を捨ててたんだなあって。最初、この言葉を見たときは何とも思わなかったんですけど、昨日先輩とやり取りをしたあと読み返したら急にこの言葉がすとんと胸に落ちて。わたし、活字苦手だし、トトメス先輩の話って小難しいから、ミノルが借りてきた本にあまり期待してなかったんですけど、何回か読み返してみると面白いですね。同じ言葉でも読んだときによって感想が違うんです。トトメス先輩の話をいつも話半分で聞き流してたのが申し訳ない気分になっちゃいました」
「さらっとひどいこと言うたな」
「話を聞き流してた下りはトトメス先輩に内緒ですよ!」
ナナシは焦りながら、絶対に言わないでくださいよ! と手足をばたつかせた。
「でも、気に入った言葉ができて良かったわ。ミノルがトトメスに注文したんやで。読んだら元気になれる言葉の本ってな。『小説』や『物語』やのうて『言葉の本』って頼むところがホンマ頭ええわ」
『我々は他人に似せるために、自身の4分の3を捨てなくてはならない』
誰に似せるでもなく、ナナシはそのままのナナシでいい。
「ミノル、遅いなあ……売店、すぐ下の階なのに」
10分か15分くらいで帰ってくるものだと思っていたのに20分経っても帰ってこないので、少し席を外してもらうためにおつかいを頼んだナナシも心配な表情を見せた。昼過ぎなので、昼食や菓子類を買いに来た客が多いのかもしれない。
「ちょっと様子見てくるわ」
そうやって病室の扉を開けると、ちょうど取っ手に手を伸ばすミノルと目が合った。
「お、ミノル帰ってきたか。遅いから様子を見に行こうとしてたところや」
「ごめんなさい。お客さんおおくて、チョコ見つけるの大変だったから、おそくなっちゃった」
でもちゃんと買ってきたよ、と袋からチョコレートを取り出す。
「ミノル、おつかいありがとうね」
チョコレートを手渡されたナナシはミノルの頭をなでた。
「お姉ちゃんの退院日決まったよ。来週の土曜日、お家に帰ろうね」
ミノルは退院という言葉に目を輝かせたが、同時に少し複雑そうな顔を見せた。
「じゃあ、ぼくおじちゃんのお家でお泊まりおわり?」
「おいおい、自分ちに帰れるっちゅうのに不満なんか」
「今度はおじちゃんがお泊まりしようよ」
「ミノルってば!」
「そのお願いは難しいなあ……でも、何かあればすぐ行ったるから」
ミノルは何か考え事をしているようだった。しかし、しばらくすると退院後は一緒にどこどこに遊びに行きたい、なになにを食べたい、と楽しみを膨らませていた。