本編
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ミノルがギアステーション内に貼られたポスターを見て目を輝かせたあと、頭をしょげた。何かと思ってよく見ると特撮物のイベントだったが、ちょうどイベントを行う時間が面会時間と被っている。どうもミノルはこの特撮物が好きなようで、それ自体は子どもらしいと思うが、ナナシのことを考えて遠慮してしまうあたり悪い意味で子どもらしくない。観に行きたい気持ちを我慢する方がナナシを悲しませてしまうぞ、ナナシのことはこちらに任せて誰か職員と観に行ってこい、と言うと、はいはいはい! なら私が一緒に行きます! とうるさい野郎が手を挙げた。正直、少し不安になったが、ミノルとはそれなりに仲が良いやつなのでおそらく大丈夫だろう、と思いたい。
「おねーちゃん」
『どうしたの、こんな時間に』
「あのね、明日ギアステーションでヒーローショーがあるんだって」
『ミノルが好きなやつだね』
「でも、おねーちゃんのところに行く時間とかぶってるの」
『観に行きたいんでしょ。いってらっしゃい』
「いいの?」
『うん。そしたら明後日、どんなものを観たのか教えてくれる?』
「うん。約束する。おねーちゃん、ごめんなさい」
『気にしないの。お姉ちゃんも、どんなイベントをやっているか知りたいから』
「うん……おじちゃんに代わるね」
ミノルからライブキャスターを受け取ると、優しい目をしているナナシが映されていた。
「ミノルは他の職員に任せることになるけど、わしはお前んとこ行くで。どうも、特撮好きなやつがおってな、えらい張り切ってるわ」
『いつもごめんなさい』
「謝らんでええ。何か欲しいもんはあるか?」
『……チョコ』
ナナシは少し顔を赤くしながら答えた。ついこの間、チョコレートに釣られたことを思い出しているのだろう。
「お前甘いもん好きやもんな。それだけでええんか?」
『はい』
「わかった、明日持って行ったる。今日はもう遅いから、薬飲んだらゆっくり休むんやで。ミノルももう寝かせるから」
『はい。おやすみなさい』
入院してからまだ1週間と少ししか経っていないが、ナナシの病状はだいぶ落ち着いてきたように見える。自分がミノルほど観察力に長けていないせいだろうか。それでも、謝り癖が抜けてきて子どもっぽい態度や笑顔を見せることが多くなった気がする。先ほどの通話でも「すみません」ではなく「ごめんなさい」と言っていた。それが良い傾向ならばいいのにと思う。
「ナナシ、チョコ持ってきたで。お前が好きなもんミノルに教えてもろたけど、他にも面白いもんあったからいろいろ買ってみたわ。口に合わなかったら堪忍な」
「ありがとうございます」
チョコレートの入った袋を見せるとナナシは目をキラキラと輝かせた。よっぽど甘いものが好きなようだ。いつからか食べることが億劫になったと言っていたが、一応、甘いものは少量だが口に入れられるらしい。そもそも、姉が料理をしている最中につまみ食いをしているタイプだったようだから、もともと食には関心がある方だったのだろう。
床頭台に置かれている昼食のトレーを見ると、すでに食べた形跡があった。半分残してはいるが、それでもナナシにしては上出来だ。
「お、今日はちゃんと飯食ったんやな。えらいで」
褒めてやると、ナナシはこちらをじっと見ながら口を一文字にしている。以前、事務所で裁縫をしているときに見せた表情と同じ顔だ。
「なんやその顔」
ナナシは少し下を向いた。どことなく頭を差し出しているように見える。ナナシの行動の意図がよくわからないが、いつも後輩を褒めるときと同じようにぽんぽんとなでたあと、ミノルから言われていたことを思い出した。
「すまん、お前頭なでられるのは」
ナナシは姉の代わりに義兄から殴られて以来、頭を触られるのは殴られる感覚に襲われるから嫌がると言われていた。それなのにやってしまった、と思っているとナナシは、えへへ、と言いながら少し頬を赤く染めて笑っている。ナナシがそうやって笑うときは、具合の良い証拠だ。
「どうしたんや、急に」
「ミノルはいつも褒めてもらうとき、こうやってもらってたから、なんとなく」
真似してみました、と前髪を押さえながら小さく呟いた。
「……お前はかわええやつやな」
「お世辞なんか言っても何も出ませんよ」
顔を赤くしながらクルマユのようなジト目でこちらを見るので笑ってしまう。
「別に世辞で言ったわけやないで。お前の姉さんがパッチールを贈った意味もなんとなくわかるわ。基本的に、お前は素直やないんやな。あいつも嬉しいとか悲しいとかそういう素振りを見せようとしないからな。あ、でも晩飯作ってる途中で味見さしてやったら喜んでたわ。食いもんに釣られるところも似てるな」
「う・る・さ・い・です」
機嫌を損ねたようにナナシはそっぽ向くとツンとした態度を見せた。それから少し間を置いてこちらを向き口を開く。まるでスバメが餌を要求しているみたいな格好が面白くて、ナナシの好きなチョコを箱から一粒取り出して口に入れてあげると、嬉しそうな顔を見せた。
「今日のお前は随分と甘えん坊やな」
「……ミノルの前でこんなことできませんから」
「ミノルの前ではしっかりした母を演じなあかんと思ってるんやろ。でも、そうやって等身大の姿を見せるのもあいつは喜ぶと思うで」
ナナシは下を向くと、前髪を手櫛で整えながら口を開いた。
「姉さん、すごく真面目な人だったから。優しくて、頑張り屋で、料理もお裁縫も上手だし。わたしの憧れの人だった。だからわたしも頑張らなきゃって。わたし、本当は全然真面目じゃないし、子どもっぽくて怒りっぽいし、なのに臆病だし、でも姉さんみたいにならなきゃって思ってキャラ作ってたら、疲れちゃった」
えへへ、と笑いながら涙を零した。ナナシは、自分が真面目な人間だと気づいていない。そうやって真面目で頑張ろうとしているところがナナシの良いところであり、ときに欠点になりうるところであることをわかっていない。
「姉さんがしっかりした人だってことはお前の話からも、ミノルの話からでもわかる。お前が姉さんのことを大事に思っていたこともわかる。小さい頃からお前の面倒を見て、旦那のいないなか子育てもして。でもな、完璧にこなそうとする必要はないんや。辛いときは辛いって言っていいんや。ひとりで抱え込む必要なんてないんや。
ミノルの観察力が高い理由、わかるか? ナナシがお前の姉さんと同じ道を辿らないようにするためや。ミノルは、ナナシが姉さんの変化に気づけなかったことに後悔しとると言っとった。子どもっちゅうのは本当によう見てるもんやな。お前の笑い方ひとつで元気かどうかわかるんやから。
ミノルが言っておったで。ナナシはもうひとりの母やと。裁縫が苦手でも、怖いものが苦手でも、ちょっと子供っぽくても、天邪鬼な性格でも、ミノルにとっては大事な母なんや。等身大のお前でも、十分、ミノルの立派な母なんや」
涙を拭ってやるとナナシは一層涙を零した。それから、少し口を一文字にしている。おそらく、この表情は何か言いたいけど上手く言い出せないときの顔なのだろう。どうした、と声をかけるとナナシはゆっくり口を開いた。
「先輩、ちょっと体借りても、いいですか」
「ん? おう」
ナナシはぎゅっと体に抱きついてきた。まるで子どもが母親にするように。
背中に手を回すとナナシの体の小ささに驚かされる。この小さな体でいろいろな苦労を背負ってきたのか。
「わたし、ミノルに悲しい思いさせたり、自分の体傷つけたり、仕事、上手くいかなかったりしたことあったけど、ミノルの母に、なれるかなあ?」
「ああ、立派な母やで」
抱きしめる力が強くなる。それからしばらくして体を離すと、前髪を押さえながら涙を流し、冗談交じりに口を開いた。
「……チョコちょーだい」
「ほら、口開けな……面会の時間もそろそろ終わりや。わしも仕事に戻らなあかん」
「帰っちゃうの?」
ナナシはミノルがよくやるように制服を引っ張った。
「明日もまた来るから、な?」
「帰っちゃやだ」
駄々をこねるように頭を振る。
「わしやってこのまま帰りとうない。せやけど、面会の時間は決まってるんや」
「明日、ちゃんと来る?」
「ああ、ちゃんと来るで」
「……えへへ、先輩を困らせること言っちゃいました」
制服を引っ張っていた手を離すと、前髪を触りながらナナシは笑顔を見せた。
「お前は照れてるときに前髪を触る癖があるんやな。覚えたで。また欲しいもんあったら連絡くれや」
「おねーちゃん」
『どうしたの、こんな時間に』
「あのね、明日ギアステーションでヒーローショーがあるんだって」
『ミノルが好きなやつだね』
「でも、おねーちゃんのところに行く時間とかぶってるの」
『観に行きたいんでしょ。いってらっしゃい』
「いいの?」
『うん。そしたら明後日、どんなものを観たのか教えてくれる?』
「うん。約束する。おねーちゃん、ごめんなさい」
『気にしないの。お姉ちゃんも、どんなイベントをやっているか知りたいから』
「うん……おじちゃんに代わるね」
ミノルからライブキャスターを受け取ると、優しい目をしているナナシが映されていた。
「ミノルは他の職員に任せることになるけど、わしはお前んとこ行くで。どうも、特撮好きなやつがおってな、えらい張り切ってるわ」
『いつもごめんなさい』
「謝らんでええ。何か欲しいもんはあるか?」
『……チョコ』
ナナシは少し顔を赤くしながら答えた。ついこの間、チョコレートに釣られたことを思い出しているのだろう。
「お前甘いもん好きやもんな。それだけでええんか?」
『はい』
「わかった、明日持って行ったる。今日はもう遅いから、薬飲んだらゆっくり休むんやで。ミノルももう寝かせるから」
『はい。おやすみなさい』
入院してからまだ1週間と少ししか経っていないが、ナナシの病状はだいぶ落ち着いてきたように見える。自分がミノルほど観察力に長けていないせいだろうか。それでも、謝り癖が抜けてきて子どもっぽい態度や笑顔を見せることが多くなった気がする。先ほどの通話でも「すみません」ではなく「ごめんなさい」と言っていた。それが良い傾向ならばいいのにと思う。
「ナナシ、チョコ持ってきたで。お前が好きなもんミノルに教えてもろたけど、他にも面白いもんあったからいろいろ買ってみたわ。口に合わなかったら堪忍な」
「ありがとうございます」
チョコレートの入った袋を見せるとナナシは目をキラキラと輝かせた。よっぽど甘いものが好きなようだ。いつからか食べることが億劫になったと言っていたが、一応、甘いものは少量だが口に入れられるらしい。そもそも、姉が料理をしている最中につまみ食いをしているタイプだったようだから、もともと食には関心がある方だったのだろう。
床頭台に置かれている昼食のトレーを見ると、すでに食べた形跡があった。半分残してはいるが、それでもナナシにしては上出来だ。
「お、今日はちゃんと飯食ったんやな。えらいで」
褒めてやると、ナナシはこちらをじっと見ながら口を一文字にしている。以前、事務所で裁縫をしているときに見せた表情と同じ顔だ。
「なんやその顔」
ナナシは少し下を向いた。どことなく頭を差し出しているように見える。ナナシの行動の意図がよくわからないが、いつも後輩を褒めるときと同じようにぽんぽんとなでたあと、ミノルから言われていたことを思い出した。
「すまん、お前頭なでられるのは」
ナナシは姉の代わりに義兄から殴られて以来、頭を触られるのは殴られる感覚に襲われるから嫌がると言われていた。それなのにやってしまった、と思っているとナナシは、えへへ、と言いながら少し頬を赤く染めて笑っている。ナナシがそうやって笑うときは、具合の良い証拠だ。
「どうしたんや、急に」
「ミノルはいつも褒めてもらうとき、こうやってもらってたから、なんとなく」
真似してみました、と前髪を押さえながら小さく呟いた。
「……お前はかわええやつやな」
「お世辞なんか言っても何も出ませんよ」
顔を赤くしながらクルマユのようなジト目でこちらを見るので笑ってしまう。
「別に世辞で言ったわけやないで。お前の姉さんがパッチールを贈った意味もなんとなくわかるわ。基本的に、お前は素直やないんやな。あいつも嬉しいとか悲しいとかそういう素振りを見せようとしないからな。あ、でも晩飯作ってる途中で味見さしてやったら喜んでたわ。食いもんに釣られるところも似てるな」
「う・る・さ・い・です」
機嫌を損ねたようにナナシはそっぽ向くとツンとした態度を見せた。それから少し間を置いてこちらを向き口を開く。まるでスバメが餌を要求しているみたいな格好が面白くて、ナナシの好きなチョコを箱から一粒取り出して口に入れてあげると、嬉しそうな顔を見せた。
「今日のお前は随分と甘えん坊やな」
「……ミノルの前でこんなことできませんから」
「ミノルの前ではしっかりした母を演じなあかんと思ってるんやろ。でも、そうやって等身大の姿を見せるのもあいつは喜ぶと思うで」
ナナシは下を向くと、前髪を手櫛で整えながら口を開いた。
「姉さん、すごく真面目な人だったから。優しくて、頑張り屋で、料理もお裁縫も上手だし。わたしの憧れの人だった。だからわたしも頑張らなきゃって。わたし、本当は全然真面目じゃないし、子どもっぽくて怒りっぽいし、なのに臆病だし、でも姉さんみたいにならなきゃって思ってキャラ作ってたら、疲れちゃった」
えへへ、と笑いながら涙を零した。ナナシは、自分が真面目な人間だと気づいていない。そうやって真面目で頑張ろうとしているところがナナシの良いところであり、ときに欠点になりうるところであることをわかっていない。
「姉さんがしっかりした人だってことはお前の話からも、ミノルの話からでもわかる。お前が姉さんのことを大事に思っていたこともわかる。小さい頃からお前の面倒を見て、旦那のいないなか子育てもして。でもな、完璧にこなそうとする必要はないんや。辛いときは辛いって言っていいんや。ひとりで抱え込む必要なんてないんや。
ミノルの観察力が高い理由、わかるか? ナナシがお前の姉さんと同じ道を辿らないようにするためや。ミノルは、ナナシが姉さんの変化に気づけなかったことに後悔しとると言っとった。子どもっちゅうのは本当によう見てるもんやな。お前の笑い方ひとつで元気かどうかわかるんやから。
ミノルが言っておったで。ナナシはもうひとりの母やと。裁縫が苦手でも、怖いものが苦手でも、ちょっと子供っぽくても、天邪鬼な性格でも、ミノルにとっては大事な母なんや。等身大のお前でも、十分、ミノルの立派な母なんや」
涙を拭ってやるとナナシは一層涙を零した。それから、少し口を一文字にしている。おそらく、この表情は何か言いたいけど上手く言い出せないときの顔なのだろう。どうした、と声をかけるとナナシはゆっくり口を開いた。
「先輩、ちょっと体借りても、いいですか」
「ん? おう」
ナナシはぎゅっと体に抱きついてきた。まるで子どもが母親にするように。
背中に手を回すとナナシの体の小ささに驚かされる。この小さな体でいろいろな苦労を背負ってきたのか。
「わたし、ミノルに悲しい思いさせたり、自分の体傷つけたり、仕事、上手くいかなかったりしたことあったけど、ミノルの母に、なれるかなあ?」
「ああ、立派な母やで」
抱きしめる力が強くなる。それからしばらくして体を離すと、前髪を押さえながら涙を流し、冗談交じりに口を開いた。
「……チョコちょーだい」
「ほら、口開けな……面会の時間もそろそろ終わりや。わしも仕事に戻らなあかん」
「帰っちゃうの?」
ナナシはミノルがよくやるように制服を引っ張った。
「明日もまた来るから、な?」
「帰っちゃやだ」
駄々をこねるように頭を振る。
「わしやってこのまま帰りとうない。せやけど、面会の時間は決まってるんや」
「明日、ちゃんと来る?」
「ああ、ちゃんと来るで」
「……えへへ、先輩を困らせること言っちゃいました」
制服を引っ張っていた手を離すと、前髪を触りながらナナシは笑顔を見せた。
「お前は照れてるときに前髪を触る癖があるんやな。覚えたで。また欲しいもんあったら連絡くれや」