本編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ミノルを寝かしつけたあと、ライブキャスターに着信が入った。ナナシの番号からだったので出てみると、ニコニコしたナナシが映し出された。正直、ナナシがきちんと連絡を入れると思っていなかったので少し驚いてしまう。
『クラウド先輩』
「おう、どないした」
『明日も来るんですよね』
「ああ、今日と同じくらいの時間に行くで。なんや、欲しいもんでも見つけたか」
『色鉛筆とスケッチブックください』
「絵描くの得意って言っとったもんな。わかった、持って行ったる。他に欲しいもんあるか?」
『いえ大丈夫です』
「しっかし、お前がちゃんと連絡よこすと思わんかったわ。約束守ってくれて安心したで」
『あはは! 病室にひとりってさびしいんですよね。家にいるときはミノルがいたから。ミノルはちゃんと寝てくれましたか』
「安心せい、ちゃんと寝とる。まあ、テレビ見たせいでちーっとベッドに行くの遅くなったがなあ……どうも、カズマサと一緒に見たドラマの続きが気になったみたいでな」
『ミノルがテレビを? 普段あまり見ないのに』
「ああ、興味持ったのはそのドラマだけや。他のは特に見とらんかった。事務所にナナシがいないとき、ミノルは職員ごとに遊ぶ内容を決めてるみたいやで。カズマサならドラマ、シンゲンなら工作、みたいに。たぶんその所為やろ」
『そうなんですか? はじめて知りました。確かにシンゲン先輩と作ったものを見せてくれることは多かったですが』
「わしもさっき聞いたばかりやで。ホンマ頭ええわ。好みや特技をちゃんと把握してるんやもんな。ついでにイライラしてるときの行動なんかも教えてくれたで。こういうことをしてるときは話しかけないってな。参考になったわ」
『あはは、とりあえずミノルがいい子にしてるってことがわかって安心しました!』
「お前も薬飲んだらちゃんと休むんやで」
『はい』
「それじゃあ、おやすみ」
通話を切ると、一気に部屋の中が静かになった。昼と違って、ナナシの表情が明るかった。しかし、笑い方が少し違う。無理して笑っている様子ではなかったが、こんな時間に楽しいことでもあったのか。
次の日ミノルにナナシの笑い方について聞くと、ミノルはシュンとした表情を見せた。
「おねーちゃんがあははって笑うときは、すごくぐあいが悪いとき。おねーちゃんは、ぐあいが良くなったって思ってるけど、ぜんぜんちがう。ほんとにぐあいが良くてすごくうれしいときは、えへへって笑う」
あの笑い方は気分が躁になっていただけということか。確かに、クレープを食べたときや運動会の話をしたときは子どものような笑い方をしていたが、昨日のように高い声で笑うことは過去に2度、カズマサが恋愛関係の話を聞いたときと、運動会を終えたあとしか見ていない。
「おねーちゃん、あははって笑ったあとは元気がなくなるから、元気がでるもの持っていかなきゃ」
「ミノルは人のことをよう観察してるなあ。好みやったり、仕草やったり」
「おじちゃんが、見ようとしてないだけでしょ」
ミノルの言い方がキツイ。こちらを見る目も冷たい色をしている。
「もっとよく見てたら、ママは死ななかったって、おねーちゃん言ってた。なんでわかんなかったんだろうって」
握りこぶしをぎゅっと作りながら、泣くまいとしていた。ミノルが観察力の高い子になったのはそのためか。ナナシが母と同じ道を辿らないように。
「……そうか、そうやな。わしは見てるようで、なんも見とらんかったんやな」
「おじちゃん、ごめんなさい……」
「どうしてミノルが謝るんや」
「おじちゃん悲しいとき、首をさわるから」
言われるまで気づかなかった自分の癖。ミノルは本当によく見ている。ぽんぽんと頭をなでると、頭に乗せた手を触ってきた。
「おじちゃん、ぼくの頭はいいけど、おねーちゃんの頭はなでないでね。ママのかわりにパパにたたかれたこと、こわいって思ってるから」
面会の時間になりナナシの病室の扉を叩くと何の返事もなかった。なのでゆっくりと扉を開けると、ナナシは目を瞑ってベッドの上で横になっている。
「おねーちゃん、寝てる?」
ナナシの腕には爪を立てたような跡が残っていた。ミノルの言う通り、連絡を入れたあとに気分が沈んだのだろう。床頭台の上には食事が置かれているが、また食べた形跡がない。寝ている間に置かれたのか、食べずに昼寝を始めたのか。
「ん……ああ、おはようミノル。おはようございます、クラウド先輩。すみません、ちょっと寝てました」
「無理に起きんでええ。そのままで大丈夫や」
「おねーちゃん、色鉛筆とスケッチブックもってきたよ。あとね、トトメスおにーちゃんが、この本おもしろいよだって」
「トトメス先輩が? そうなんだ、ありがとう。床頭台の引き出しに全部入れてくれる?」
ミノルは空っぽの引き出しに頼まれていたものとトトメスから借りた本をしまった。それを確認するとナナシはありがとうと笑ってみせた。
「先輩、今日はちょっと眠いんです。あの、少しだけ、手、借りてもいいですか」
「ああ、構わんで」
ナナシは手を握るとすやすやと寝息を立てて眠り始めた。ミノルとはまた違った、小さくて柔らかい手。よくきれいな手は苦労をしていないと言うが、そんなことは全くない。握りしめたら潰れてしまいそうな小さな手で、たくさんの苦労を受け止めてきた。
「おねーちゃん、また夜寝られなかったんだ……でもおじちゃんと手をつないでるから、少しうれしそう」
「わしにはこれくらいしか出来ることがないんや」
潰れてしまわないように、折れてしまわないように、軽く握る。
「トトメスからはどんな本借りたんや」
「いろんな人のことばの本。その中から好きなことばをさがしてもらうの。読んだら元気になれることばの本ちょーだいって言ったら、これがいいよってくれた。おねーちゃん、本よむのあんまり好きじゃないけど、たぶんこの本はだいじょうぶ」
哲学書ということだろうか。確かにトトメスは小難しい言葉を使うので読んでいてもおかしくないが、本嫌いのナナシのためにわざわざ借りるということは、何か考えがあるのだろう。
ナナシは15分程度で目を覚ました。顔色がだいぶ良くなっている。
「ミノル、おはよう。先輩、手、ありがとうございました」
「もう起きて大丈夫なんか。あまり、寝られんか」
「大丈夫です。なんだか、お腹空いちゃって」
「飯なら置いてあるで。いつからあるのか知らんから、もう冷めてるかもしれんが。売店で何か買ったろうか?」
「いえ、大丈夫です」
「またわしが食べさせたろか」
「えへへ、本当ですか?」
冗談で言ったつもりだったが、ナナシは子どもっぽい笑顔を見せた。それを見てミノルも喜んでいる。
「おねーちゃん、楽しいゆめ見られた?」
「うん。姉さんがパッチールをプレゼントしてくれた夢とタツベイにずつきされて怒った夢見た」
子どもの頃の夢を見たからか、少し言動も幼く感じる。それでも、元気が出たのなら良かった。ナナシは食事を半分残したが、いつもよりは食べた方だと思う。
「パッチールもボーマンダもおじちゃんと仲良くしてるよ。パッチールは、ごはんのときちょっと怒ってるけど」
「もう、あの子ってば」
「いいんや、ナナシの料理と比べたらわしのは雑やからなあ……あいつはどんな食いもんが好きなんや」
「いえ、料理しているときにつまみ食いさせてもらえないと怒るだけなので、ご飯自体に文句をつけているわけじゃないです」
「なんや、意外な理由やな。確かに台所にいるとき隣に立ってた気いするけど。そういや、前にナナシが熱で倒れたときも粥を強請ってたなあ。ミノルは知らんかったんか、パッチールのつまみ食い」
「あの子、できたてのものだけつまみ食いするんです。わたし、いつも作り置きだから。ミノルが寝てるときに作ってるから、ミノルは見てなかったもんね」
「そうかそうか、じゃあ今日の晩飯は少しつまみ食いさせたるか」
「おねーちゃんもよく、ママが作ったごはんつまみ食いしてたって言ってた」
「う・る・さ・い!」
「トレーナーとポケモンは似るもんやな」
「クラウド先輩まで……」
「冗談や冗談。でも、お前のそういう子どもっぽいところ見られて嬉しいで」
「子どもっぽくなんかないですもん」
機嫌を損ねたナナシはツンとした態度を取ってそっぽ向いてしまった。姉が元気だった頃はこんな性格だったのだろうか。とりあえず、こういうときは奥の手を使う。
「ナナシ、これで機嫌直してくれや」
「そうやって、ものに釣られたりなんか」
「あ、おねーちゃんの好きなチョコレート」
「……もう!」
チョコレート、という言葉に反応して顔をこちらに向けたナナシは頬を赤くしてミノルに文句をつけていた。遊園地のときと全く同じやり取りで笑ってしまう。それでも、嬉しそうにもぐもぐとチョコレートを食べている様はとてもかわいらしかった。
『クラウド先輩』
「おう、どないした」
『明日も来るんですよね』
「ああ、今日と同じくらいの時間に行くで。なんや、欲しいもんでも見つけたか」
『色鉛筆とスケッチブックください』
「絵描くの得意って言っとったもんな。わかった、持って行ったる。他に欲しいもんあるか?」
『いえ大丈夫です』
「しっかし、お前がちゃんと連絡よこすと思わんかったわ。約束守ってくれて安心したで」
『あはは! 病室にひとりってさびしいんですよね。家にいるときはミノルがいたから。ミノルはちゃんと寝てくれましたか』
「安心せい、ちゃんと寝とる。まあ、テレビ見たせいでちーっとベッドに行くの遅くなったがなあ……どうも、カズマサと一緒に見たドラマの続きが気になったみたいでな」
『ミノルがテレビを? 普段あまり見ないのに』
「ああ、興味持ったのはそのドラマだけや。他のは特に見とらんかった。事務所にナナシがいないとき、ミノルは職員ごとに遊ぶ内容を決めてるみたいやで。カズマサならドラマ、シンゲンなら工作、みたいに。たぶんその所為やろ」
『そうなんですか? はじめて知りました。確かにシンゲン先輩と作ったものを見せてくれることは多かったですが』
「わしもさっき聞いたばかりやで。ホンマ頭ええわ。好みや特技をちゃんと把握してるんやもんな。ついでにイライラしてるときの行動なんかも教えてくれたで。こういうことをしてるときは話しかけないってな。参考になったわ」
『あはは、とりあえずミノルがいい子にしてるってことがわかって安心しました!』
「お前も薬飲んだらちゃんと休むんやで」
『はい』
「それじゃあ、おやすみ」
通話を切ると、一気に部屋の中が静かになった。昼と違って、ナナシの表情が明るかった。しかし、笑い方が少し違う。無理して笑っている様子ではなかったが、こんな時間に楽しいことでもあったのか。
次の日ミノルにナナシの笑い方について聞くと、ミノルはシュンとした表情を見せた。
「おねーちゃんがあははって笑うときは、すごくぐあいが悪いとき。おねーちゃんは、ぐあいが良くなったって思ってるけど、ぜんぜんちがう。ほんとにぐあいが良くてすごくうれしいときは、えへへって笑う」
あの笑い方は気分が躁になっていただけということか。確かに、クレープを食べたときや運動会の話をしたときは子どものような笑い方をしていたが、昨日のように高い声で笑うことは過去に2度、カズマサが恋愛関係の話を聞いたときと、運動会を終えたあとしか見ていない。
「おねーちゃん、あははって笑ったあとは元気がなくなるから、元気がでるもの持っていかなきゃ」
「ミノルは人のことをよう観察してるなあ。好みやったり、仕草やったり」
「おじちゃんが、見ようとしてないだけでしょ」
ミノルの言い方がキツイ。こちらを見る目も冷たい色をしている。
「もっとよく見てたら、ママは死ななかったって、おねーちゃん言ってた。なんでわかんなかったんだろうって」
握りこぶしをぎゅっと作りながら、泣くまいとしていた。ミノルが観察力の高い子になったのはそのためか。ナナシが母と同じ道を辿らないように。
「……そうか、そうやな。わしは見てるようで、なんも見とらんかったんやな」
「おじちゃん、ごめんなさい……」
「どうしてミノルが謝るんや」
「おじちゃん悲しいとき、首をさわるから」
言われるまで気づかなかった自分の癖。ミノルは本当によく見ている。ぽんぽんと頭をなでると、頭に乗せた手を触ってきた。
「おじちゃん、ぼくの頭はいいけど、おねーちゃんの頭はなでないでね。ママのかわりにパパにたたかれたこと、こわいって思ってるから」
面会の時間になりナナシの病室の扉を叩くと何の返事もなかった。なのでゆっくりと扉を開けると、ナナシは目を瞑ってベッドの上で横になっている。
「おねーちゃん、寝てる?」
ナナシの腕には爪を立てたような跡が残っていた。ミノルの言う通り、連絡を入れたあとに気分が沈んだのだろう。床頭台の上には食事が置かれているが、また食べた形跡がない。寝ている間に置かれたのか、食べずに昼寝を始めたのか。
「ん……ああ、おはようミノル。おはようございます、クラウド先輩。すみません、ちょっと寝てました」
「無理に起きんでええ。そのままで大丈夫や」
「おねーちゃん、色鉛筆とスケッチブックもってきたよ。あとね、トトメスおにーちゃんが、この本おもしろいよだって」
「トトメス先輩が? そうなんだ、ありがとう。床頭台の引き出しに全部入れてくれる?」
ミノルは空っぽの引き出しに頼まれていたものとトトメスから借りた本をしまった。それを確認するとナナシはありがとうと笑ってみせた。
「先輩、今日はちょっと眠いんです。あの、少しだけ、手、借りてもいいですか」
「ああ、構わんで」
ナナシは手を握るとすやすやと寝息を立てて眠り始めた。ミノルとはまた違った、小さくて柔らかい手。よくきれいな手は苦労をしていないと言うが、そんなことは全くない。握りしめたら潰れてしまいそうな小さな手で、たくさんの苦労を受け止めてきた。
「おねーちゃん、また夜寝られなかったんだ……でもおじちゃんと手をつないでるから、少しうれしそう」
「わしにはこれくらいしか出来ることがないんや」
潰れてしまわないように、折れてしまわないように、軽く握る。
「トトメスからはどんな本借りたんや」
「いろんな人のことばの本。その中から好きなことばをさがしてもらうの。読んだら元気になれることばの本ちょーだいって言ったら、これがいいよってくれた。おねーちゃん、本よむのあんまり好きじゃないけど、たぶんこの本はだいじょうぶ」
哲学書ということだろうか。確かにトトメスは小難しい言葉を使うので読んでいてもおかしくないが、本嫌いのナナシのためにわざわざ借りるということは、何か考えがあるのだろう。
ナナシは15分程度で目を覚ました。顔色がだいぶ良くなっている。
「ミノル、おはよう。先輩、手、ありがとうございました」
「もう起きて大丈夫なんか。あまり、寝られんか」
「大丈夫です。なんだか、お腹空いちゃって」
「飯なら置いてあるで。いつからあるのか知らんから、もう冷めてるかもしれんが。売店で何か買ったろうか?」
「いえ、大丈夫です」
「またわしが食べさせたろか」
「えへへ、本当ですか?」
冗談で言ったつもりだったが、ナナシは子どもっぽい笑顔を見せた。それを見てミノルも喜んでいる。
「おねーちゃん、楽しいゆめ見られた?」
「うん。姉さんがパッチールをプレゼントしてくれた夢とタツベイにずつきされて怒った夢見た」
子どもの頃の夢を見たからか、少し言動も幼く感じる。それでも、元気が出たのなら良かった。ナナシは食事を半分残したが、いつもよりは食べた方だと思う。
「パッチールもボーマンダもおじちゃんと仲良くしてるよ。パッチールは、ごはんのときちょっと怒ってるけど」
「もう、あの子ってば」
「いいんや、ナナシの料理と比べたらわしのは雑やからなあ……あいつはどんな食いもんが好きなんや」
「いえ、料理しているときにつまみ食いさせてもらえないと怒るだけなので、ご飯自体に文句をつけているわけじゃないです」
「なんや、意外な理由やな。確かに台所にいるとき隣に立ってた気いするけど。そういや、前にナナシが熱で倒れたときも粥を強請ってたなあ。ミノルは知らんかったんか、パッチールのつまみ食い」
「あの子、できたてのものだけつまみ食いするんです。わたし、いつも作り置きだから。ミノルが寝てるときに作ってるから、ミノルは見てなかったもんね」
「そうかそうか、じゃあ今日の晩飯は少しつまみ食いさせたるか」
「おねーちゃんもよく、ママが作ったごはんつまみ食いしてたって言ってた」
「う・る・さ・い!」
「トレーナーとポケモンは似るもんやな」
「クラウド先輩まで……」
「冗談や冗談。でも、お前のそういう子どもっぽいところ見られて嬉しいで」
「子どもっぽくなんかないですもん」
機嫌を損ねたナナシはツンとした態度を取ってそっぽ向いてしまった。姉が元気だった頃はこんな性格だったのだろうか。とりあえず、こういうときは奥の手を使う。
「ナナシ、これで機嫌直してくれや」
「そうやって、ものに釣られたりなんか」
「あ、おねーちゃんの好きなチョコレート」
「……もう!」
チョコレート、という言葉に反応して顔をこちらに向けたナナシは頬を赤くしてミノルに文句をつけていた。遊園地のときと全く同じやり取りで笑ってしまう。それでも、嬉しそうにもぐもぐとチョコレートを食べている様はとてもかわいらしかった。