本編
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「ミノルのクラスの先生おりますか」
「え? わたしですけど……ああ、この間の。ミノルくん、今日はお姉ちゃんと一緒じゃないの?」
「おねーちゃん病院だから、おじちゃんと一緒。 わるい?」
ミノルがぶっきらぼうな態度で保母に突っかかる。以前、ナナシと母以外の女は嫌いだと言っていたが、まさかクラス担任までとは思わなかった。運動会のときは保父が対応していたので気がつかなかった。
「すんません、ナナシが体壊してしもうてしばらく入院せなあかんので、その間ミノルを休ませる主を伝えるのと、保育園に置いたままの荷物を取りにここに来たんです」
「そうですか……でも、できればこういった連絡はおじいちゃんやおばあちゃんなどご親族の方からするようにお願いしたいのですが」
部外者が何の用だ、と言いたげな顔をしている。近くにいる母親もこちらを見て何かひそひそと喋っているようだ。保母の態度とよそ者を嫌がるような母親たちにカチンと来て、思わず口調が荒くなってしまう。
「ナナシの両親はだいぶ前に亡くなっていて、頼れる親戚もおらんからわしが来てるんや。ナナシから聞いてないんか? 父親の顔を描かなあかんときも、カレー作りのときも散々祖父母と来るよう言っとったみたいやけど、それともなんや、知ってたにも関わらず意地の悪いこと言ってたんか? あ?」
語気を強めて言うと、保母は顔を青くさせて体を震わせている。ナナシとミノルにしでかした事の大きさに気づいて青くなっているのか、この高圧的な話し方に怖気付いたのか。
「そういうつもりは断じて! ……ナナシさんのご両親が亡くなられていたことは存じ上げておりませんでした」
「おねーちゃん、ずっと前から言ってた。おじいちゃんもおばあちゃんもいないって。でも先生いつも言うから、おねーちゃん、もう言わなくなっちゃったけど」
「……まあ、頭からすっぽ抜けてたんか意地悪してたかなんて今はどうでもええけど。早よ荷物まとめてナナシんとこ行く準備せなあかんので、ミノルと一緒に必要なもん持ってきてもらえます? それとも、いない祖父母が現れるまでそこに突っ立ってるつもりなんか? それからなんや、あんたらも隠れてぼそぼそと。言いたいことあんなら堂々と言わんかい。ミノルが支度してる間なら話聞いたるで」
ため息をついて少し苛立った様子を見せると保母は一層体を震わせている。周りでささやいていた母親達もそそくさとその場を立ち去った。
「す、すみません……ミノルくん、教室に行こっか」
「さわらないで。おじちゃん、待っててね」
ミノルの支度が終わるまで下駄箱の近くで待っていると、あ、という声が聞こえた。振り向くと、手を振りながらミノルと同じくらいの年の女の子がこちらに走ってきた。
「ミノルくんのおにいちゃんだ! おはよ!」
「ん? おはようさん。お嬢ちゃんはミノルの友達なんか?」
「うん。ミノルくんのとなりの席にすわってるんだよ。休み時間はいつも一緒に絵をかいたり折り紙したり遊んでるの」
「そうか、仲良くしてくれてありがとな」
「おにいちゃん、ミノルくんの言うとおり、しゃべり方がみんなとちがうんだね」
「ああ、他の地方の方言やからなあ。はじめて会ったとき、ミノルに怖がられてしもうたわ」
「そうなの? ミノルくんもナナシおねえちゃんも、そのしゃべり方好きって言ってたよ」
「そうなんか、嬉しいわあ」
ミノルの友達と喋っていると父親らしき人が、いきなり走り出したら危ないだろ、と言ってこちらに向かってきた。それから、先日はどうも、と頭を下げてきたので誰だったかと思っていると、なかなかバトン回せなくてすみませんでした、自分はまだいけると思っても年には敵いませんね、と笑うので、運動会の父親リレーで自分の前の走者だった人だと思い出した。
「ナナシおねえちゃんはどうしたの?」
「ナナシは少し体を壊してしもうてな。それで、ミノルもしばらく保育園を休まなあかんのや。今日はそれを先生に伝えるのと、保育園に置きっぱなしの荷物を取りに来たんやで」
「えー、ミノルくんお休みしちゃうの? お弁当のおかずとりかえっこするの好きだったのに」
「しばらくしたらまた戻ってくるから、それまで堪忍してや」
「……うん。ナナシおねえちゃんに早く元気になってねって、おにいちゃん言ってくれる? わたしね、ナナシおねえちゃんのお料理好きなんだ」
「おう、しっかり伝えておくで。心配してくれてありがとな」
「うん。じゃあね、おにいちゃん。パパ、いってきます」
女の子は手を振りながら教室へ入っていった。父親は軽く手を振っているが、娘の姿を見送ると少し暗い表情を見せた。
「ナナシさんの具合は大丈夫ですか」
「ちぃっと入院せなあかんので……一応、医者は大丈夫やと言っておりましたけど、今日面会で様子を見てみないことにはなんとも」
「そうですか……やはりこの間のことが」
「何か知っとるんですか?」
「家内から聞いた話なんですけど、運動会の後片付けのとき、ボスママたちから散々ひどいことを言われたようで。保育園内の母親のグループって複雑なんです。気に入らないことがあるとすぐいじめの標的にされて……特に若い母親が標的にされやすくて、去年は僕の家内だったんです。なので、こうやって娘の送迎を僕がしているんですけど……今年の標的はナナシさんなんです。ナナシさんは、5歳児クラスの母親の中で1番若いってことに加えて、ミノルくんの実のお母さんじゃないってこともあるし、それから……まあ、ちょっと」
声が窄んでいく。こちらをちらりと見たあと、気まずそうに視線を逸らした。
「わしに何か関係のあることやったら、気にせんで言ってください」
「はあ、ご本人の前でこんなこと言うのも失礼な話ですが……ナナシさんの職場がギアステーションだってことは全員知っているので、男性の多いところですし、その、男を誑かしているとか、家に連れ込んでいるとか何の根拠もない話を以前から隠れてこそこそと。それが最近、保育園の行事にお兄さんが参加されて、それが職場の先輩であると知ってからは特に顕著になって……ナナシさん、いつも気にしていない振りをしているんですけど、ボスママたちからしたらそれも気に入らないようで、家内が言うには、そのときもいつも通り気丈な態度を示していたみたいです。でも、そうですよね。僕の家内がそうだったように、そうやって陰口ばかり叩かれていたらナナシさんも気を病んで体壊しますよね……すみません。朝から気分が悪くなるような話をしてしまって」
「いや、わしは大丈夫なんで気にせんでください……教えてくださっておおきに」
ナナシはボスママ、おそらく先ほど陰でぼそぼそ喋っていた母親であろうグループにいじめを受けていた。ナナシが1番若いから、ナナシがミノルの実の母親でないから、ナナシがギアステーションで働いているから、自分が行事に参加するようになったから。どうしてやるのが正解だったのだろうか。ミノルも言っていた。本当のパパもママもいなくてかわいそうだと他の母親連中に言われると。自分ではふたりの手助けをしているつもりでも、何の助けになっていなかったのだろうか。
「おじちゃん、準備できたよ」
「ん……ああ。おう、じゃあ行こか。すんません、わしらはこれで」
女の子の父親にあいさつすると、向こうもぺこりと頭を下げた。
「え? わたしですけど……ああ、この間の。ミノルくん、今日はお姉ちゃんと一緒じゃないの?」
「おねーちゃん病院だから、おじちゃんと一緒。 わるい?」
ミノルがぶっきらぼうな態度で保母に突っかかる。以前、ナナシと母以外の女は嫌いだと言っていたが、まさかクラス担任までとは思わなかった。運動会のときは保父が対応していたので気がつかなかった。
「すんません、ナナシが体壊してしもうてしばらく入院せなあかんので、その間ミノルを休ませる主を伝えるのと、保育園に置いたままの荷物を取りにここに来たんです」
「そうですか……でも、できればこういった連絡はおじいちゃんやおばあちゃんなどご親族の方からするようにお願いしたいのですが」
部外者が何の用だ、と言いたげな顔をしている。近くにいる母親もこちらを見て何かひそひそと喋っているようだ。保母の態度とよそ者を嫌がるような母親たちにカチンと来て、思わず口調が荒くなってしまう。
「ナナシの両親はだいぶ前に亡くなっていて、頼れる親戚もおらんからわしが来てるんや。ナナシから聞いてないんか? 父親の顔を描かなあかんときも、カレー作りのときも散々祖父母と来るよう言っとったみたいやけど、それともなんや、知ってたにも関わらず意地の悪いこと言ってたんか? あ?」
語気を強めて言うと、保母は顔を青くさせて体を震わせている。ナナシとミノルにしでかした事の大きさに気づいて青くなっているのか、この高圧的な話し方に怖気付いたのか。
「そういうつもりは断じて! ……ナナシさんのご両親が亡くなられていたことは存じ上げておりませんでした」
「おねーちゃん、ずっと前から言ってた。おじいちゃんもおばあちゃんもいないって。でも先生いつも言うから、おねーちゃん、もう言わなくなっちゃったけど」
「……まあ、頭からすっぽ抜けてたんか意地悪してたかなんて今はどうでもええけど。早よ荷物まとめてナナシんとこ行く準備せなあかんので、ミノルと一緒に必要なもん持ってきてもらえます? それとも、いない祖父母が現れるまでそこに突っ立ってるつもりなんか? それからなんや、あんたらも隠れてぼそぼそと。言いたいことあんなら堂々と言わんかい。ミノルが支度してる間なら話聞いたるで」
ため息をついて少し苛立った様子を見せると保母は一層体を震わせている。周りでささやいていた母親達もそそくさとその場を立ち去った。
「す、すみません……ミノルくん、教室に行こっか」
「さわらないで。おじちゃん、待っててね」
ミノルの支度が終わるまで下駄箱の近くで待っていると、あ、という声が聞こえた。振り向くと、手を振りながらミノルと同じくらいの年の女の子がこちらに走ってきた。
「ミノルくんのおにいちゃんだ! おはよ!」
「ん? おはようさん。お嬢ちゃんはミノルの友達なんか?」
「うん。ミノルくんのとなりの席にすわってるんだよ。休み時間はいつも一緒に絵をかいたり折り紙したり遊んでるの」
「そうか、仲良くしてくれてありがとな」
「おにいちゃん、ミノルくんの言うとおり、しゃべり方がみんなとちがうんだね」
「ああ、他の地方の方言やからなあ。はじめて会ったとき、ミノルに怖がられてしもうたわ」
「そうなの? ミノルくんもナナシおねえちゃんも、そのしゃべり方好きって言ってたよ」
「そうなんか、嬉しいわあ」
ミノルの友達と喋っていると父親らしき人が、いきなり走り出したら危ないだろ、と言ってこちらに向かってきた。それから、先日はどうも、と頭を下げてきたので誰だったかと思っていると、なかなかバトン回せなくてすみませんでした、自分はまだいけると思っても年には敵いませんね、と笑うので、運動会の父親リレーで自分の前の走者だった人だと思い出した。
「ナナシおねえちゃんはどうしたの?」
「ナナシは少し体を壊してしもうてな。それで、ミノルもしばらく保育園を休まなあかんのや。今日はそれを先生に伝えるのと、保育園に置きっぱなしの荷物を取りに来たんやで」
「えー、ミノルくんお休みしちゃうの? お弁当のおかずとりかえっこするの好きだったのに」
「しばらくしたらまた戻ってくるから、それまで堪忍してや」
「……うん。ナナシおねえちゃんに早く元気になってねって、おにいちゃん言ってくれる? わたしね、ナナシおねえちゃんのお料理好きなんだ」
「おう、しっかり伝えておくで。心配してくれてありがとな」
「うん。じゃあね、おにいちゃん。パパ、いってきます」
女の子は手を振りながら教室へ入っていった。父親は軽く手を振っているが、娘の姿を見送ると少し暗い表情を見せた。
「ナナシさんの具合は大丈夫ですか」
「ちぃっと入院せなあかんので……一応、医者は大丈夫やと言っておりましたけど、今日面会で様子を見てみないことにはなんとも」
「そうですか……やはりこの間のことが」
「何か知っとるんですか?」
「家内から聞いた話なんですけど、運動会の後片付けのとき、ボスママたちから散々ひどいことを言われたようで。保育園内の母親のグループって複雑なんです。気に入らないことがあるとすぐいじめの標的にされて……特に若い母親が標的にされやすくて、去年は僕の家内だったんです。なので、こうやって娘の送迎を僕がしているんですけど……今年の標的はナナシさんなんです。ナナシさんは、5歳児クラスの母親の中で1番若いってことに加えて、ミノルくんの実のお母さんじゃないってこともあるし、それから……まあ、ちょっと」
声が窄んでいく。こちらをちらりと見たあと、気まずそうに視線を逸らした。
「わしに何か関係のあることやったら、気にせんで言ってください」
「はあ、ご本人の前でこんなこと言うのも失礼な話ですが……ナナシさんの職場がギアステーションだってことは全員知っているので、男性の多いところですし、その、男を誑かしているとか、家に連れ込んでいるとか何の根拠もない話を以前から隠れてこそこそと。それが最近、保育園の行事にお兄さんが参加されて、それが職場の先輩であると知ってからは特に顕著になって……ナナシさん、いつも気にしていない振りをしているんですけど、ボスママたちからしたらそれも気に入らないようで、家内が言うには、そのときもいつも通り気丈な態度を示していたみたいです。でも、そうですよね。僕の家内がそうだったように、そうやって陰口ばかり叩かれていたらナナシさんも気を病んで体壊しますよね……すみません。朝から気分が悪くなるような話をしてしまって」
「いや、わしは大丈夫なんで気にせんでください……教えてくださっておおきに」
ナナシはボスママ、おそらく先ほど陰でぼそぼそ喋っていた母親であろうグループにいじめを受けていた。ナナシが1番若いから、ナナシがミノルの実の母親でないから、ナナシがギアステーションで働いているから、自分が行事に参加するようになったから。どうしてやるのが正解だったのだろうか。ミノルも言っていた。本当のパパもママもいなくてかわいそうだと他の母親連中に言われると。自分ではふたりの手助けをしているつもりでも、何の助けになっていなかったのだろうか。
「おじちゃん、準備できたよ」
「ん……ああ。おう、じゃあ行こか。すんません、わしらはこれで」
女の子の父親にあいさつすると、向こうもぺこりと頭を下げた。