本編
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「ナナシ、ナナシ」
事務所で書類整理をしていたナナシに声をかけてもぼーっとしたまま遠くを見つめている。それには表情も何もない。以前からこうやってぼーっとすることはあったが、少し様子が違う。しばらくして声をかけられたことに気がつくと、すみません、と頭を下げた。
「すみません、ちょっと考え事をしていました……えーっと、わたしに何か」
「やって欲しい仕事があったから声かけたんやが……大丈夫か? 少し顔色悪いで」
「いえ、大丈夫です。すみません。すぐに取り掛かります」
「……そうか、あまり無理はするなよ」
16時になり、ミノルを迎えに行ってからこちらに戻ってくると、顔色はだいぶ良くなっていた。ミノルの前では気丈な振りをしているのだろうか。それでも、ミノルのそばを離れると少し不可解な行動を取っている。特に用もないだろうに、廊下を歩いてはロッカールームに戻るということを何度も繰り返していた。
「おじちゃん、人は死んだらどこへ行くの?」
書類整理をしているとナナシの席で絵を描いていたミノルに声をかけられた。そして、ミノルが描いているものを見てぎょっとする。いつもは楽しそうな絵を描いているのに、今日描いているものはただ黒く塗りつぶされたものだ。ナナシの不可解な行動もあって、思わず心臓が強く握り潰されたような気分になる。
「なんや、急にそんなこと言って」
「体は土のなかだけど、心はお空に行くの?」
「そうやなあ……たいていは遠くに行くやろな」
「おねーちゃんがお空に行きそうになったら、助けてくれる?」
ミノルのクレヨンが音を立てて折れた。
「ナナシに何かあったんか」
「おねーちゃんは、いつもどおり。でも、みんなとちがう。おじちゃんもぐあい悪くなったらおくすり飲むよね?」
「ああ、そうやな」
「おねーちゃんはいつも、ぐあい悪い。おくすり飲んでも治らない。ママとおんなじ。ママみたいにぼーっとしてて、ニコニコしてるのに笑ってない。夜におふとんおいたのに、おねーちゃんのは朝まできれいなまま」
ミノルは黒く塗りつぶされた紙をぐしゃぐしゃと丸めた。そしてそれを再び広げ始める。一度丸められた紙はよれよれになっていた。
「たぶん、ほいくえんのおばさんたちにまた何か言われたの。
おじちゃんと遊んだら元気になると思ってた。カレーのときも、ゆうえんちのときも、うんどうかいのときも楽しそうだった。でもおばさんたちは、それがキライなの。おねーちゃんはぼくのママじゃないし、おじちゃんはぼくのパパじゃないから。うんどうかいのあと、おねーちゃん元気なくなっちゃった。
おばさんたちは、いつもぼくのことかわいそうって言う。ほんとのママもパパもいなくてかわいそうって。みんなにいじわるなコト言ってよろこんでるおばさんたちの方が、ずっとかわいそうなのに。
そうやっていじわるするから、おねーちゃんは夏になっても長そでのまま」
ミノルは無表情で黒く塗りつぶされた紙を破いた。
インカムで連絡が入り、トレインの方に行かなくてはいけなくなった。しかし、ミノルの言葉が頭から離れない。ナナシはいつも具合が悪い。以前、看病しに行ったとき、飲まないといけない薬の量に驚いた。布団が使われていない。それは夜に寝られないからだろう。ナナシがぼーっと遠くを見つめている。上の空で表情も何もない。そんな光景は今まで何度も見てきた。けれども、それがナナシの不調であることを知らなかった。いつも真面目なのに少し抜けていて、喜んだり怒ったりするとときどき子どもっぽい態度を取る女の子としか思っていなかった。暑い中、わざわざ長袖を着ていたことも、日焼けを気にしているからとしか考えていなかった。心がざわついて落ち着かない。
ナナシが退勤する前にミノルを捕まえる。ひどく泣きそうな顔をしていた。それは、運動会が終わって帰宅しようとナナシに促されたときと同じ表情だ。
「ミノル、ライブキャスターの使い方は知っとるよな」
「うん」
「ナナシに何かあったらわしに連絡入れるんや。わかったな?」
「うん。約束する」
力のない指切りげんまん。できればそんな連絡なんて入って欲しくない。しかし、今のナナシを見れば、絶対に何もないと言う方が難しかった。
事務所で書類整理をしていたナナシに声をかけてもぼーっとしたまま遠くを見つめている。それには表情も何もない。以前からこうやってぼーっとすることはあったが、少し様子が違う。しばらくして声をかけられたことに気がつくと、すみません、と頭を下げた。
「すみません、ちょっと考え事をしていました……えーっと、わたしに何か」
「やって欲しい仕事があったから声かけたんやが……大丈夫か? 少し顔色悪いで」
「いえ、大丈夫です。すみません。すぐに取り掛かります」
「……そうか、あまり無理はするなよ」
16時になり、ミノルを迎えに行ってからこちらに戻ってくると、顔色はだいぶ良くなっていた。ミノルの前では気丈な振りをしているのだろうか。それでも、ミノルのそばを離れると少し不可解な行動を取っている。特に用もないだろうに、廊下を歩いてはロッカールームに戻るということを何度も繰り返していた。
「おじちゃん、人は死んだらどこへ行くの?」
書類整理をしているとナナシの席で絵を描いていたミノルに声をかけられた。そして、ミノルが描いているものを見てぎょっとする。いつもは楽しそうな絵を描いているのに、今日描いているものはただ黒く塗りつぶされたものだ。ナナシの不可解な行動もあって、思わず心臓が強く握り潰されたような気分になる。
「なんや、急にそんなこと言って」
「体は土のなかだけど、心はお空に行くの?」
「そうやなあ……たいていは遠くに行くやろな」
「おねーちゃんがお空に行きそうになったら、助けてくれる?」
ミノルのクレヨンが音を立てて折れた。
「ナナシに何かあったんか」
「おねーちゃんは、いつもどおり。でも、みんなとちがう。おじちゃんもぐあい悪くなったらおくすり飲むよね?」
「ああ、そうやな」
「おねーちゃんはいつも、ぐあい悪い。おくすり飲んでも治らない。ママとおんなじ。ママみたいにぼーっとしてて、ニコニコしてるのに笑ってない。夜におふとんおいたのに、おねーちゃんのは朝まできれいなまま」
ミノルは黒く塗りつぶされた紙をぐしゃぐしゃと丸めた。そしてそれを再び広げ始める。一度丸められた紙はよれよれになっていた。
「たぶん、ほいくえんのおばさんたちにまた何か言われたの。
おじちゃんと遊んだら元気になると思ってた。カレーのときも、ゆうえんちのときも、うんどうかいのときも楽しそうだった。でもおばさんたちは、それがキライなの。おねーちゃんはぼくのママじゃないし、おじちゃんはぼくのパパじゃないから。うんどうかいのあと、おねーちゃん元気なくなっちゃった。
おばさんたちは、いつもぼくのことかわいそうって言う。ほんとのママもパパもいなくてかわいそうって。みんなにいじわるなコト言ってよろこんでるおばさんたちの方が、ずっとかわいそうなのに。
そうやっていじわるするから、おねーちゃんは夏になっても長そでのまま」
ミノルは無表情で黒く塗りつぶされた紙を破いた。
インカムで連絡が入り、トレインの方に行かなくてはいけなくなった。しかし、ミノルの言葉が頭から離れない。ナナシはいつも具合が悪い。以前、看病しに行ったとき、飲まないといけない薬の量に驚いた。布団が使われていない。それは夜に寝られないからだろう。ナナシがぼーっと遠くを見つめている。上の空で表情も何もない。そんな光景は今まで何度も見てきた。けれども、それがナナシの不調であることを知らなかった。いつも真面目なのに少し抜けていて、喜んだり怒ったりするとときどき子どもっぽい態度を取る女の子としか思っていなかった。暑い中、わざわざ長袖を着ていたことも、日焼けを気にしているからとしか考えていなかった。心がざわついて落ち着かない。
ナナシが退勤する前にミノルを捕まえる。ひどく泣きそうな顔をしていた。それは、運動会が終わって帰宅しようとナナシに促されたときと同じ表情だ。
「ミノル、ライブキャスターの使い方は知っとるよな」
「うん」
「ナナシに何かあったらわしに連絡入れるんや。わかったな?」
「うん。約束する」
力のない指切りげんまん。できればそんな連絡なんて入って欲しくない。しかし、今のナナシを見れば、絶対に何もないと言う方が難しかった。