本編
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朝礼を終えて職員たちがそれぞれの配置に移動しているとき、黒ボスに声をかけられた。そして、黒ボスから手渡されたものに驚く。
「なんやこれ、ミノルの保育園とこのプリントやないか」
「つい先日、ミノルに職員の休みはどうやって決めるのかと聞かれまして。どうやら、ナナシの休みは規則的なのに、他の職員の休みが不規則なことを不思議に思ったようです。なので、毎月20日までに申請すると翌月希望日に休みがもらえると答えました。そうしたら、この行事日程表を持ってきまして、父母参加型の行事があるときはクラウドを休みにして欲しいと。ですが、ナナシにもクラウドにも相談していないと言っていたので、ふたりから許可を得ない限りそのお願いは飲めないと断りました。ただ、あまりにも真剣なお願いだったので一応コピーを取りました」
「はあ、保育園ってこんなにも行事があるんやなあ」
プリントには行事名がずらりと並んでいた。その度にナナシとミノルは寂しい思いをしていたのか。
「お父さん役とは、責任重大ですね」
黒ボスは困ったように笑った。しかし、以前と同じように優しい目をしている。
「せやな。まあ、ナナシと相談してから次の休みは決めるわ」
夕方になってミノルが事務所に来ると、少し不安そうな表情で声をかけてきた。
「おじちゃん、今度のお休みもう決まった?」
「まだ決まっとらんで」
「そうなんだ……」
その様子だと、黒ボスに頼んだことをナナシには言ってないようだ。
「ナナシ、ちょっとこっち手伝ってくれんか」
「あ、はい。今行きます」
他の職員と話をしていたナナシに呼びかける。ナナシは話し相手にぺこりとお辞儀をすると、急いでこちらに駆け寄った。
事務所を出て職員用通路の陰で止まるとナナシは不思議そうな顔をした。
「先輩、頼みごとって?」
「これや、これ」
黒ボスからもらったプリントを見せると、ナナシは驚いて口元を手で覆っている。まさか家に置いてあったプリントがここにあると思ってもみなかっただろう。
「行事日程表……なんでクラウド先輩が」
「ミノルが黒ボスに頼んだんやと。行事があるときは、わしを休みにして欲しいって。せやけど、ナナシにもわしにも相談してないことを知って、黒ボスはミノルのお願いを断ったんや。それでも一応コピーを取って、今わしんとこにあるっちゅうな」
「ミノルってば……すみません。黒ボスにもあとで謝っておかないと……」
「わしも黒ボスも気にしてへんから大丈夫やで。しっかし、保育園っちゅうのは行事がぎょうさんあるんやな」
「ははは……片親にはなかなか残酷な行事ばっかりです。まあ、わたしは母ですらないんですけど……」
ナナシは目線を落としながら頬を掻いた。やはり、周りが父母そろって参加しているのに、自分ひとりで参加するのはナナシにとって辛いようだ。
「……来月、運動会があるんやな。ナナシが嫌やなかったらわしも観に行ってええか」
「来てくれるのは嬉しいですけど……いいんですか?」
「おう、ナナシとミノルに寂しい思いさせる方が嫌やしな」
ナナシの表情がぱっと明るくなる。
「ありがとうございます。でも、運動会はお父さんリレーとかありますよ? 大丈夫ですか?」
「わしやってまだ若いんやで。そんなん、一等取ったるわ」
「えへへ、ミノルもきっと喜びます」
そうやって笑うナナシはいつもより幼く見えた。
「ミノル、来月の休み決まったで」
「いつ?」
「第一土曜。ミノル、何の日や?」
「うんどうかい! みに来てくれるの?」
「おう、楽しみにしてるで」
運動会当日、ナナシはまだ9月だというのに長袖を着ていて、見ているこちらが暑くなる。以前、遊園地に遊びに行ったときもそうだったが、今のところナナシの半袖姿を見たことがない。
「お前、そんな格好で暑くないんかいな」
「日焼け対策ですよ、日焼け対策。運動会って、結構肌が焼けるんです」
「日傘でもさせばええのに」
「荷物が増えるの嫌なんです」
一応、キャップ帽を被っているので日除けをしているつもりなのだろうが、それでもミノルの前にナナシが熱中症で倒れないか心配になる。
「それより、ミノルの駆けっこの番が回ってきますよ」
ミノルは外側から2番目のレーンに立っていた。特に緊張している様子もなく、辺りをきょろきょろしている。こちらを探しているのかもしれない。
位置について、と合図をかけられると、ミノルは走る体勢になった。保父が赤い旗を水平に持っている。それが高く上に上げられると、勢いよく駆け出した。ミノルは他の園児よりも早く、どんどん距離を離してゴールテープを切った。
「おお、ミノル一等やんけ。走り方も上手やったな」
1番の旗をもらったミノルはこちらの姿に気づくと嬉しそうに手を振っている。
「運動が得意なのは姉さん似ですね。姉さん、若いときはその辺の男より走るの早かったですから」
「ナナシはどうなんや」
「わたしは、料理と絵以外は全然」
ははは、と困ったように頬を掻いた。それから、こちらを見て意味ありげに含み笑いをしている。いたずらっ子のような顔だ。
「もうすぐお父さんリレーですね」
「おう、任せとき」
「足攣ったりしないでくださいよ」
「おいおい、こん中じゃわしが一番若いで」
冗談で言ったつもりだったが本当だったようで、一番若いからという理由で5歳児クラスのアンカーを任された。
運動会で転んだり怪我をしたりする父親が多いとは聞いていたし、ナナシからも散々足を攣らないようにと冗談交じりに言われていた。しかし、実際にその目で見ると苦笑いしてしまう。若い頃と同じ感覚で走ろうとすると足が縺れるようだ。隣のレーンはもうすでにアンカーが走り出したというのに、こちらはなかなかバトンが回ってこない。
前の走者が来るまでナナシとミノルの方を見ていると、頑張ってというように手を振っていた。あまり恥ずかしい姿は見せられない。
ようやくバトンが回ってきたので走り出す。隣のレーンのアンカーの方が先に走っていたのに、なかなか足の遅い父親のようでゴールまでまだ距離があった。久しく運動をしていないのだろう。対してこちらは、業務上、迷惑行為を働く客を全速力で追いかける場面が多々ある。そのときと同じように走ると差はどんどん縮まり、ついにゴールテープを切った。
ミノルがぴょんぴょんと跳ねている。ナナシも笑顔で拍手をしていた。
「おじちゃん1番! ぼくと一緒!」
「ああ、お揃いやな」
「先輩、すごかったです。途中、転んじゃうかなって思ってたんですけど」
「お前はどんだけ人のこと信用してないんや」
「痛っ」
軽口を叩くナナシにデコピンをお見舞いすると、小さく悲鳴を上げて額を押さえた。
もう運動会も終わりを迎える頃、ナナシは母親で行う作業があるからと言って少し場を離れた。それをミノルと一緒に待っていると、しばらくして戻ってきたナナシの顔色が少し悪かった。
「ナナシ、どうした。顔色が少し悪いで。気分悪いんか?」
「思ってたよりちょっと力仕事が多くて……暑いし疲れちゃいました」
「そんな格好してるからや。ほら、飲みもんあるから」
スポーツドリンクを渡すとナナシは笑顔を見せた。
「ミノル、今日は楽しかったね、あはは!」
先ほどまで少し具合の悪そうだったナナシがとても楽しそうに笑い出した。それを見たミノルが、突然体にしがみついてきた。少し震えている。
「どうしたんや、ミノル」
「おじちゃん、また遊びにきてくれるよね?」
「ああ、お前んとこの行事がある日はもうわかってるからな。そんときはまた休みを入れたるわ」
「ぜったい、ぜったいだよ」
服にしわがつくぐらいぎゅっと力を入れている。帰ろうと促され顔を上げたミノルの表情は、ナナシと対照的にひどく泣きそうな顔をしていた。
「なんやこれ、ミノルの保育園とこのプリントやないか」
「つい先日、ミノルに職員の休みはどうやって決めるのかと聞かれまして。どうやら、ナナシの休みは規則的なのに、他の職員の休みが不規則なことを不思議に思ったようです。なので、毎月20日までに申請すると翌月希望日に休みがもらえると答えました。そうしたら、この行事日程表を持ってきまして、父母参加型の行事があるときはクラウドを休みにして欲しいと。ですが、ナナシにもクラウドにも相談していないと言っていたので、ふたりから許可を得ない限りそのお願いは飲めないと断りました。ただ、あまりにも真剣なお願いだったので一応コピーを取りました」
「はあ、保育園ってこんなにも行事があるんやなあ」
プリントには行事名がずらりと並んでいた。その度にナナシとミノルは寂しい思いをしていたのか。
「お父さん役とは、責任重大ですね」
黒ボスは困ったように笑った。しかし、以前と同じように優しい目をしている。
「せやな。まあ、ナナシと相談してから次の休みは決めるわ」
夕方になってミノルが事務所に来ると、少し不安そうな表情で声をかけてきた。
「おじちゃん、今度のお休みもう決まった?」
「まだ決まっとらんで」
「そうなんだ……」
その様子だと、黒ボスに頼んだことをナナシには言ってないようだ。
「ナナシ、ちょっとこっち手伝ってくれんか」
「あ、はい。今行きます」
他の職員と話をしていたナナシに呼びかける。ナナシは話し相手にぺこりとお辞儀をすると、急いでこちらに駆け寄った。
事務所を出て職員用通路の陰で止まるとナナシは不思議そうな顔をした。
「先輩、頼みごとって?」
「これや、これ」
黒ボスからもらったプリントを見せると、ナナシは驚いて口元を手で覆っている。まさか家に置いてあったプリントがここにあると思ってもみなかっただろう。
「行事日程表……なんでクラウド先輩が」
「ミノルが黒ボスに頼んだんやと。行事があるときは、わしを休みにして欲しいって。せやけど、ナナシにもわしにも相談してないことを知って、黒ボスはミノルのお願いを断ったんや。それでも一応コピーを取って、今わしんとこにあるっちゅうな」
「ミノルってば……すみません。黒ボスにもあとで謝っておかないと……」
「わしも黒ボスも気にしてへんから大丈夫やで。しっかし、保育園っちゅうのは行事がぎょうさんあるんやな」
「ははは……片親にはなかなか残酷な行事ばっかりです。まあ、わたしは母ですらないんですけど……」
ナナシは目線を落としながら頬を掻いた。やはり、周りが父母そろって参加しているのに、自分ひとりで参加するのはナナシにとって辛いようだ。
「……来月、運動会があるんやな。ナナシが嫌やなかったらわしも観に行ってええか」
「来てくれるのは嬉しいですけど……いいんですか?」
「おう、ナナシとミノルに寂しい思いさせる方が嫌やしな」
ナナシの表情がぱっと明るくなる。
「ありがとうございます。でも、運動会はお父さんリレーとかありますよ? 大丈夫ですか?」
「わしやってまだ若いんやで。そんなん、一等取ったるわ」
「えへへ、ミノルもきっと喜びます」
そうやって笑うナナシはいつもより幼く見えた。
「ミノル、来月の休み決まったで」
「いつ?」
「第一土曜。ミノル、何の日や?」
「うんどうかい! みに来てくれるの?」
「おう、楽しみにしてるで」
運動会当日、ナナシはまだ9月だというのに長袖を着ていて、見ているこちらが暑くなる。以前、遊園地に遊びに行ったときもそうだったが、今のところナナシの半袖姿を見たことがない。
「お前、そんな格好で暑くないんかいな」
「日焼け対策ですよ、日焼け対策。運動会って、結構肌が焼けるんです」
「日傘でもさせばええのに」
「荷物が増えるの嫌なんです」
一応、キャップ帽を被っているので日除けをしているつもりなのだろうが、それでもミノルの前にナナシが熱中症で倒れないか心配になる。
「それより、ミノルの駆けっこの番が回ってきますよ」
ミノルは外側から2番目のレーンに立っていた。特に緊張している様子もなく、辺りをきょろきょろしている。こちらを探しているのかもしれない。
位置について、と合図をかけられると、ミノルは走る体勢になった。保父が赤い旗を水平に持っている。それが高く上に上げられると、勢いよく駆け出した。ミノルは他の園児よりも早く、どんどん距離を離してゴールテープを切った。
「おお、ミノル一等やんけ。走り方も上手やったな」
1番の旗をもらったミノルはこちらの姿に気づくと嬉しそうに手を振っている。
「運動が得意なのは姉さん似ですね。姉さん、若いときはその辺の男より走るの早かったですから」
「ナナシはどうなんや」
「わたしは、料理と絵以外は全然」
ははは、と困ったように頬を掻いた。それから、こちらを見て意味ありげに含み笑いをしている。いたずらっ子のような顔だ。
「もうすぐお父さんリレーですね」
「おう、任せとき」
「足攣ったりしないでくださいよ」
「おいおい、こん中じゃわしが一番若いで」
冗談で言ったつもりだったが本当だったようで、一番若いからという理由で5歳児クラスのアンカーを任された。
運動会で転んだり怪我をしたりする父親が多いとは聞いていたし、ナナシからも散々足を攣らないようにと冗談交じりに言われていた。しかし、実際にその目で見ると苦笑いしてしまう。若い頃と同じ感覚で走ろうとすると足が縺れるようだ。隣のレーンはもうすでにアンカーが走り出したというのに、こちらはなかなかバトンが回ってこない。
前の走者が来るまでナナシとミノルの方を見ていると、頑張ってというように手を振っていた。あまり恥ずかしい姿は見せられない。
ようやくバトンが回ってきたので走り出す。隣のレーンのアンカーの方が先に走っていたのに、なかなか足の遅い父親のようでゴールまでまだ距離があった。久しく運動をしていないのだろう。対してこちらは、業務上、迷惑行為を働く客を全速力で追いかける場面が多々ある。そのときと同じように走ると差はどんどん縮まり、ついにゴールテープを切った。
ミノルがぴょんぴょんと跳ねている。ナナシも笑顔で拍手をしていた。
「おじちゃん1番! ぼくと一緒!」
「ああ、お揃いやな」
「先輩、すごかったです。途中、転んじゃうかなって思ってたんですけど」
「お前はどんだけ人のこと信用してないんや」
「痛っ」
軽口を叩くナナシにデコピンをお見舞いすると、小さく悲鳴を上げて額を押さえた。
もう運動会も終わりを迎える頃、ナナシは母親で行う作業があるからと言って少し場を離れた。それをミノルと一緒に待っていると、しばらくして戻ってきたナナシの顔色が少し悪かった。
「ナナシ、どうした。顔色が少し悪いで。気分悪いんか?」
「思ってたよりちょっと力仕事が多くて……暑いし疲れちゃいました」
「そんな格好してるからや。ほら、飲みもんあるから」
スポーツドリンクを渡すとナナシは笑顔を見せた。
「ミノル、今日は楽しかったね、あはは!」
先ほどまで少し具合の悪そうだったナナシがとても楽しそうに笑い出した。それを見たミノルが、突然体にしがみついてきた。少し震えている。
「どうしたんや、ミノル」
「おじちゃん、また遊びにきてくれるよね?」
「ああ、お前んとこの行事がある日はもうわかってるからな。そんときはまた休みを入れたるわ」
「ぜったい、ぜったいだよ」
服にしわがつくぐらいぎゅっと力を入れている。帰ろうと促され顔を上げたミノルの表情は、ナナシと対照的にひどく泣きそうな顔をしていた。