本編
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4月になり数名社員が入社した。その中に自分が担当することになった後輩がいる。ただ、それは男性職員ではなく女性職員だった。今まで男職員の直属の先輩になったことはあれど、女性職員の先輩になったのは今回がはじめての経験である。そもそも、入社してきた鉄道員の中に女性職員が彼女しかいないというのも理由のひとつであるが、男社会の中に女がひとり、ぽつんと仕事をするのは少し寂しい思いをするのではないかと思っていた。
しかし、彼女はそんな素振りを全く見せなかった。仕事を頼めばすぐに取り掛かり、わからないことがあれば相談しに来て、必要なことはメモを取る。時々、休憩時間に上の空でぼーっとしていたり、謝り癖があることを除けば、今まで担当したやつら同様に良い後輩だった。
「先輩、ちょっとバトルで見てもらいたいところがあるのですが、今大丈夫ですか」
書類をまとめていると、その後輩であるナナシに声をかけられた。ナナシはバトルレコーダーを手にして何やら不満そうな顔をしている。バトル中に何かあったのだろう。
「おう、大丈夫やで。何、レコーダー見せてみ」
バトルレコーダーを再生し、ナナシのバトルを見る。チャレンジャーは男性で、ナナシが出したポケモン1体に翻弄され何もできないまま負けていた。別に、バトルサブウェイにおいて、チャレンジャーが鉄道員に歯が立たないことは特段珍しいことではない。ナナシの指示はとても的確なものであった。しかし、この記録を見て、ナナシがそのバトルに納得できない理由を理解した。
「はあ、なるほどなあ。バトルはそんなに悪くないで。指示も的確やし。ただ、そうやなあ、バトル前のナナシの態度があまり良くないな」
ナナシはバトルのことで注意を受けると思っていたようだ。予想外の答えに目を丸くさせながらぺこりと頭を下げる。
「え、すみません。失礼な素振りをしたつもりはなかったのですが」
「ほら、そうやってすぐ謝るところやで。このチャレンジャー、ナナシのこと舐めてかかってるやろ。人の見た目で判断するチャレンジャーも悪いが、お前、バトル強いんやからもっと堂々とした姿を見せなあかん。ここの職員である以上、最初から相手に全力を出させるのも仕事の内やで」
レコーダーに残されていたナナシの姿はとても控えめなものだった。ナナシ自体、大人しそうな印象を受ける見た目をしているため、チャレンジャーは弱いやつだと思ったのだろう。そのため軽い気持ちでバトルに臨み、ナナシの実力に気がついたときにはもう遅く、取り返しのつかない状態になっていたのだ。そう指摘すると、ナナシはなるほどといった表情でメモ帳に書き留めている。
「すみません、以後気をつけます。クラウド先輩、お忙しい中ありがとうございました」
メモを書き終えるとナナシがぺこりとお辞儀をするので、おいおいと思わず苦笑いしてしまう。
「言ったそばからそうやって謝って。今度から1謝罪のたびに何かしてもらおか」
「えっ、すみません……わたしのできる範囲でお願いします」
謝った分だけ何かしてもらおうか、と提案したばかりなのにナナシは頬を掻きながら少し困り顔で笑っていた。しかも、嫌がるのではなく、極力頑張りますという姿勢なので、真面目なのに少し抜けているところが面白い。
「冗談やって。それよりもう昼やし飯食いに行こか」
休憩室で向かい合って座ると、ナナシは弁当箱を取り出した。弁当箱がやけに小さいことは少し気になるが、蓋を開けると色とりどりのおかずが詰められていて、冷凍食品ではなく手作りであることが一目でわかる。
「ナナシは手作り弁当なんやな。えらいわあ」
「節約しないといけないので仕方なく」
「朝もそんなに時間ないやろに、いろんなもん詰めててえらいわ」
褒められたことにナナシは、ははは、と頬を掻きながら笑っている。しかし実際、ナナシがその時間をどうやってひねり出しているのか不思議に思う。鉄道員の朝は早い。ナナシは朝番ではないが、それでも8時前には出社している。化粧もして、弁当も作って。他の社員より少し早めに退勤することを考えても、若いのにしっかりしているもんだと感心する。
「時間があるときにたくさん作って、あとは詰めるだけなので簡単ですよ。クラウド先輩はコンビニのお弁当なんですね」
「自分で作るの面倒やからな。ナナシみたいに作ってくれる子がおればなあ」
「なら作ってきましょうか? クラウド先輩の分」
目をぱちぱちさせて、たいしたものは作れませんけど、などと言っている後輩に若干心配を覚える。
「いや冗談やって。貴重な朝をわしなんかのために潰したらあかんで。しっかしお前、本当に真面目なやつやな。今のは笑い飛ばすところやで」
「え、そうなんですか。すみません……」
「またそうやってすぐ謝る」
「これは、わたしの癖というか、キャラというか……一応、直す努力はします」
本気ではなく冗談で言ったことだと訂正すると、ナナシは前髪を触りながら恥ずかしそうに笑って見せた。
「午後の業務が終わったらまたレコーダー見せてくれな。確認したるから」
「はい、頑張ります」
気合を入れるように両手でぎゅっと握り拳を作る。こういった行動のひとつひとつが男性職員とはまた違って面白い。
『本日はご乗車いただき誠にありがとうございます。しかし、お客様の長い旅路ももう終わり。ここが終着駅でございます。それでも尚、旅を続けたいと仰るのであれば、わたくしも全力でお相手いたしましょう』
午後の業務も終わって事務所に戻ると、ナナシが約束通りバトルレコーダーを持ってきた。しかし、それは昼前に見せられたものと全く違い、口調も態度も堂々としていた。バトル時の姿勢はいつも通りだが、最初の態度が違うだけでチャレンジャーのやる気もだいぶ違っている。
「なんやお前、意外と煽ったりできるやないか。キャラもいつもと違うし」
「クラウド先輩のセリフを少し真似しました……すみません」
恥ずかしそうに前髪を押さえて笑っているナナシと、バトルレコーダーに映っている人間が同一人物だと思えない。真面目なのに、少し抜けててどこか頼りなさそうないつもの後輩。
「別にええで。チャレンジャーの方も負けてたまるかっちゅう顔してるな。バトルも悪くない。この調子で頑張ってくれや」
「はい」
しかし、彼女はそんな素振りを全く見せなかった。仕事を頼めばすぐに取り掛かり、わからないことがあれば相談しに来て、必要なことはメモを取る。時々、休憩時間に上の空でぼーっとしていたり、謝り癖があることを除けば、今まで担当したやつら同様に良い後輩だった。
「先輩、ちょっとバトルで見てもらいたいところがあるのですが、今大丈夫ですか」
書類をまとめていると、その後輩であるナナシに声をかけられた。ナナシはバトルレコーダーを手にして何やら不満そうな顔をしている。バトル中に何かあったのだろう。
「おう、大丈夫やで。何、レコーダー見せてみ」
バトルレコーダーを再生し、ナナシのバトルを見る。チャレンジャーは男性で、ナナシが出したポケモン1体に翻弄され何もできないまま負けていた。別に、バトルサブウェイにおいて、チャレンジャーが鉄道員に歯が立たないことは特段珍しいことではない。ナナシの指示はとても的確なものであった。しかし、この記録を見て、ナナシがそのバトルに納得できない理由を理解した。
「はあ、なるほどなあ。バトルはそんなに悪くないで。指示も的確やし。ただ、そうやなあ、バトル前のナナシの態度があまり良くないな」
ナナシはバトルのことで注意を受けると思っていたようだ。予想外の答えに目を丸くさせながらぺこりと頭を下げる。
「え、すみません。失礼な素振りをしたつもりはなかったのですが」
「ほら、そうやってすぐ謝るところやで。このチャレンジャー、ナナシのこと舐めてかかってるやろ。人の見た目で判断するチャレンジャーも悪いが、お前、バトル強いんやからもっと堂々とした姿を見せなあかん。ここの職員である以上、最初から相手に全力を出させるのも仕事の内やで」
レコーダーに残されていたナナシの姿はとても控えめなものだった。ナナシ自体、大人しそうな印象を受ける見た目をしているため、チャレンジャーは弱いやつだと思ったのだろう。そのため軽い気持ちでバトルに臨み、ナナシの実力に気がついたときにはもう遅く、取り返しのつかない状態になっていたのだ。そう指摘すると、ナナシはなるほどといった表情でメモ帳に書き留めている。
「すみません、以後気をつけます。クラウド先輩、お忙しい中ありがとうございました」
メモを書き終えるとナナシがぺこりとお辞儀をするので、おいおいと思わず苦笑いしてしまう。
「言ったそばからそうやって謝って。今度から1謝罪のたびに何かしてもらおか」
「えっ、すみません……わたしのできる範囲でお願いします」
謝った分だけ何かしてもらおうか、と提案したばかりなのにナナシは頬を掻きながら少し困り顔で笑っていた。しかも、嫌がるのではなく、極力頑張りますという姿勢なので、真面目なのに少し抜けているところが面白い。
「冗談やって。それよりもう昼やし飯食いに行こか」
休憩室で向かい合って座ると、ナナシは弁当箱を取り出した。弁当箱がやけに小さいことは少し気になるが、蓋を開けると色とりどりのおかずが詰められていて、冷凍食品ではなく手作りであることが一目でわかる。
「ナナシは手作り弁当なんやな。えらいわあ」
「節約しないといけないので仕方なく」
「朝もそんなに時間ないやろに、いろんなもん詰めててえらいわ」
褒められたことにナナシは、ははは、と頬を掻きながら笑っている。しかし実際、ナナシがその時間をどうやってひねり出しているのか不思議に思う。鉄道員の朝は早い。ナナシは朝番ではないが、それでも8時前には出社している。化粧もして、弁当も作って。他の社員より少し早めに退勤することを考えても、若いのにしっかりしているもんだと感心する。
「時間があるときにたくさん作って、あとは詰めるだけなので簡単ですよ。クラウド先輩はコンビニのお弁当なんですね」
「自分で作るの面倒やからな。ナナシみたいに作ってくれる子がおればなあ」
「なら作ってきましょうか? クラウド先輩の分」
目をぱちぱちさせて、たいしたものは作れませんけど、などと言っている後輩に若干心配を覚える。
「いや冗談やって。貴重な朝をわしなんかのために潰したらあかんで。しっかしお前、本当に真面目なやつやな。今のは笑い飛ばすところやで」
「え、そうなんですか。すみません……」
「またそうやってすぐ謝る」
「これは、わたしの癖というか、キャラというか……一応、直す努力はします」
本気ではなく冗談で言ったことだと訂正すると、ナナシは前髪を触りながら恥ずかしそうに笑って見せた。
「午後の業務が終わったらまたレコーダー見せてくれな。確認したるから」
「はい、頑張ります」
気合を入れるように両手でぎゅっと握り拳を作る。こういった行動のひとつひとつが男性職員とはまた違って面白い。
『本日はご乗車いただき誠にありがとうございます。しかし、お客様の長い旅路ももう終わり。ここが終着駅でございます。それでも尚、旅を続けたいと仰るのであれば、わたくしも全力でお相手いたしましょう』
午後の業務も終わって事務所に戻ると、ナナシが約束通りバトルレコーダーを持ってきた。しかし、それは昼前に見せられたものと全く違い、口調も態度も堂々としていた。バトル時の姿勢はいつも通りだが、最初の態度が違うだけでチャレンジャーのやる気もだいぶ違っている。
「なんやお前、意外と煽ったりできるやないか。キャラもいつもと違うし」
「クラウド先輩のセリフを少し真似しました……すみません」
恥ずかしそうに前髪を押さえて笑っているナナシと、バトルレコーダーに映っている人間が同一人物だと思えない。真面目なのに、少し抜けててどこか頼りなさそうないつもの後輩。
「別にええで。チャレンジャーの方も負けてたまるかっちゅう顔してるな。バトルも悪くない。この調子で頑張ってくれや」
「はい」
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