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主人公♀
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「ねえねえ、ジャッキーは、わたしがいつも着ているこの洋服どう思う?」


 朝礼前に、ナナシさんが僕の前でくるりと一回転しながら質問してきた。


「どうって、普通じゃないですか?」

「似合ってるとか、似合ってないとか。かわいいとか、かわいくないとか。そういうの、何かないの?」

「じゃあ、似合ってるんじゃないですか」


 ファッションに疎い僕に、しかも女性もののことなんて聞かれても困るんだけどなあ、と思っているとナナシさんは、「わあ、テキトーだなあ」と少し不満げな顔をしながらも話し始めた。


「あのね、昨日ジャッジがね、カミツレさんが着てた衣装のことで『いつもの洋服もかわいいけど、ああいう服装もナナシさんには似合いそうですね』って言ってくれたんだ。それで、今まであまりファッションにはこだわってこなかったんだけど、ちょっと気になったんだ。まあ、今は幽霊だからおしゃれなんてできそうにないけどさ」


 ナナシさんはよく、ジャッジがね、と言ってジャッジさんとの会話をニコニコしながら僕に話してくる。ジャッジさんは僕よりも気の利いた言葉を言える人だから、彼と会話している方が楽しいのだろうか。そう思うと少しイラっとする。


「仮におしゃれしたとして、誰かとデートでもするんですか」


 幽霊のナナシさん相手に少し意地悪な質問をしてみる。僕はてっきり「そんな相手なんかいないよー、だってわたし幽霊だもん」みたいな返事が返ってくると思っていたから、ナナシさんが照れながら「えへへ、そうかもー」なんて答えたことが余計腹立たしかった。


「そうですか、褒めてもらえてよかったですね。おしゃれして、デートできるといいですね」


 特に深い意味もないのに、我ながらきつい口調になってしまった。いつもと違う様子の僕に、ナナシさんは驚いている。


「ジャッキー、何か怒ってる?」

「別に、怒ってなんかいませんよ」

「だって、いつもと口調が」

「ナナシさんの気のせいじゃないですか」


 ふたりの間に少しだけ沈黙が流れたが、ナナシさんの方から口を開いた。


「……アハハ、わたし、ちょっとしゃべりすぎたかな。朝からうるさかったよね、ごめん」


 ナナシさんがさびしそうにぽつりとつぶやく声は何度か聞いたことがあるけれど、こんな風に、言葉を震わせながら出す悲しそうな声を聞いたのははじめてだった。ハッとしてナナシさんの方を向くと、もうすでにナナシさんは姿を消していた。別に、怒るつもりなんてなかったのに、嫌な言い方をしてナナシさんを傷つけてしまった。もう業務が始まってしまうので休憩時間になったら謝ろうと思ったけれど、ナナシさんは休憩時間になっても姿を消したままだった。



「なんやジャッキー、辛気くさい顔して。目の前でそんな顔されたんじゃあ飯もまずくなってしゃあないわ。なんや、なんかあったんか」


 休憩時、向かい合って昼食を取っていたクラウドさんに注意されてしまった。


「すみません、そんな、暗い顔してたつもりじゃないんですけど」

「そういや、今日はナナシと一緒やないんやな」


 ナナシさんはいつも休憩時間になると僕にいろいろな話をしてくる。だから、彼女がいない光景に疑問を抱いたようだった。


「別に、いつも一緒にいるわけじゃありませんから」


 その答えにクラウドさんはあまり納得した様子ではなかったが、「そうかいな、ならいいんやけど」と言うと僕より先に休憩室を出て行った。


『ジャッキー、今日の配置はシングルトレインですよ。もう少し加減してくださいまし』

「す、すみません。気をつけます」


 午後の配置につくと、業務が始まってそうそうにノボリさんからインカムで連絡が入り、久しぶりに注意を受けてしまった。シングルトレインはチャレンジャーの素質を見極めるためのものであって、本気で叩きのめすことではない。相手に合わせてバトルスタイルを調整するのも仕事のうちだ。そうわかっているはずなのに、今日は上手く調整することができなかった。なんだか、今日は散々な日だ。


 業務も終わる時間になると、さっさと帰る準備をしようと思い事務所へ向かった。帰ると行っても、僕の家はギアステーションの中なんだけれど。

 事務所の扉を開けようとしたらナナシさんの声が聞こえた。ほぼ一日中姿を消していた彼女の声に驚いて、思わず扉の前で立ち止まる。シャララランという音も聞こえるので、ノボリさんのシャンデラも一緒にいるようだ。


「フローゼル、きみのご主人サマとケンカしちゃった」


 キュウウ、というフローゼルの鳴き声が聞こえる。今日はシングルトレインに配置されていたから、フローゼルのボールは事務所に置いていた。またシャンデラがナナシさんのためにボールを開けたのだろう。


「やっぱり、男の人ってファッションの話とか興味ないのかな。それなのに、そういう話ばっかりしたからイライラさせちゃったのかな」


 シャンデラはシャララランと鳴いている。ノボリさんのシャンデラはメスだから、女の子同士何か思うことがあるのだろうか。


「わたしが着てる服ね、30年も前のものでしょ。だからね、ジャッキーのとなりを歩いているときに、ダサいやつだなって思われてないか心配になったんだ。あのね、この間カミツレさんが来たときね、カミツレさんの洋服もおしゃれだったんだけど、それを見に来ていたお客さんの洋服もおしゃれだったんだよ。わたしが着ている服と全然違うの」


 フローゼルが心配そうに鳴き声を上げる。


「生きていたときはあまり気にしなかったんだけど、ちょっとね、おしゃれな洋服を着てみたいな、とか、髪型をポニーテールから違うのに変えてみたいな、とか思ったんだ。化粧は……めんどうだからまだいいかな」


 アハハ、と笑うナナシさんの声が聞こえる。おしゃれをしてみたいと言う割に、めんどうだからと化粧をパスするあたりがナナシさんらしく思う。


「えへへ、フローゼル、涙拭いてくれるの? やさしー。そういえば、フローゼルってみずタイプなんだよね。触ったらひんやりしてるのかなあ。あとシャンデラも、いつも話を聞いてくれてありがとう」


 ナナシさん、泣いているんだ。そう思っていると後ろから声をかけられた。ノボリさんだ。


「あ、ノボリさん……」

「どうしたのですか、ジャッキー。扉の前に立ったままで。入らないのですか?」


 不思議そうな顔をしながらノボリさんは事務所の扉を開ける。


「シャンデラ、やはりここにいましたか。もう帰宅の準備をする時間ですよ……ナナシ様、何かあったのですか。なぜ」


 僕が使っている椅子に腰掛けていたナナシさんがこちらを向く。その目はやはり濡れていた。ナナシさんが泣いていることにノボリさんは驚いたが、彼女は目をゴシゴシとこすると笑顔を見せ、彼の言葉を遮るように勢いよく口を開いた。


「ノボリもジャッキーもお疲れ様! ノボリ、ごめんなさい。またシャンデラとガールズトークしてたの。それと今日はね、ジャッキーのフローゼルも一緒だったんだ。ジャッキーもごめん、勝手にボールから出しちゃって」


 反論を許さないくらいの早口で一気に喋るので、僕もノボリさんも何も言うことができなかった。ノボリさんがちらりとこちらを見る。何か察したようで、軽く咳払いをした。


「……まあ、たまには良しとしましょうか」

「あれ、いいの? ノボリやさしー」


 ナナシさんの顔にはヘラヘラとした空虚な笑顔が張り付いている。


「では、わたくしたちはこれで。シャンデラ、行きますよ」

「じゃあね、おやすみなさい」


 ノボリさんとシャンデラに向かってナナシさんは手を振る。シャンデラはまだ何か言いたそうな素振りだったが、ノボリさんがそれを許さない。ふたりが出て行く様を見届けると、事務所の中には僕とナナシさんと、不安そうな表情をしたフローゼルだけが残った。


「ナナシさん」


 僕が話すより先に、ナナシさんの口が開く。


「ジャッキー、朝は、ごめん。朝から退屈な話をずっとされたらイライラしちゃうよね」


 ナナシさんは僕と目を合わせないまま、感情のない笑顔で謝罪の言葉を述べる。そんな僕たちの間に立ったフローゼルは、心配そうに僕とナナシさんの顔を交互に見つめている。僕は、大丈夫だよというようにフローゼルの頭をぽんぽんとなでた。


「いえ、僕の方こそ、すみませんでした。子どもっぽい勝手な想像からきつい言い方をしてしまって」


 片膝をついてナナシさんの目線の高さに顔を合わせてから口を開く。朝から言おうと思っていた言葉をこの時間になってやっと伝えることができた。


「勝手な想像って、どんなことを考えていたの?」


 張り付いていた笑顔が取れて、ナナシさんはこちらを向いた。そして少し赤くなった目で僕を見つめながら、不思議そうに彼女は首を傾げる。


「笑わないですか?」

「笑わない、たぶん」


 コホンと軽く咳払いをして、一呼吸置いてから口を開く。


「……ナナシさんは前に、僕と話しているときが一番楽しいと言っていたのに、最近いつもジャッジさんとの会話をニコニコしながら僕に話してくるので、なんだか、一番の座を取られたような気がして」


 自分で言っておきながら、とても恥ずかしく感じる。我ながら随分と子どもっぽい理由で彼女に当たったもんだ。そんな僕をナナシさんはきょとんとした目で見ていたが、それから三日月型に形を変えた。感情のない笑顔ではなくて、いつも通りの明るい笑顔。


「アハハ、ジャッキー嫉妬してたの? かわいー」

「笑わないって言った矢先にそれですか」

「たぶん、とは言ったけど、絶対、とは言ってないもん」


 僕の言葉に、ナナシさんは嬉しそうに、勢いよく話し始めた。


「あのね、ジャッジはポケモン診断をしているときにお客さんと世間話をするから、いろいろなことに詳しいんだー。だから、お客さんから聞いた話を教えてもらって、今流行っているものとかを勉強するの。わたしはここから外へ出られないから、せめて世間様から置いて行かれないように、新しい情報は積極的に取り入れなきゃって思ったんだ。それでね、教えてもらったことをジャッキーに話してるの。ジャッキーは、教えてもらったことを早く誰かに伝えたくなることってない? あるよね?」


 ナナシさんの勢いの乗った言葉に、僕は勝手に嫉妬していたことが恥ずかしく思えた。


「他の人から世の中のことを教えてもらったりもするけどねー、そっちはあんまり共有する話じゃないかなって思って。だって、『女を抱くときのコツ』とか言われても困るでしょ? 話自体は面白かったけど」

「誰ですか、そんなセクハラ知識を与えている人は」

「アハハ、その人の名誉に関わりそうだから内緒」


 なんとなく、誰が言ったのかは察しがつくけれど。女の子相手に何を言っているんだかと呆れてしまう。


「今年の夏はビビットなイエローがトレンドカラーなんだって、昨日ジャッジが教えてくれたの。それにこの間のイベントのとき、カミツレさんも、お客さんもビビットな色の洋服を着てた。でもわたしが着てるのは、パステルイエローのワンピース。しかも春物だから季節感なし。流行からも季節からも遅れてるの」


 それが朝の会話につながったのか、とひとり納得する。


「僕は流行に疎いので気の利いたことは言えませんが。十分、似合っていると思いますよ。そのワンピース」


 何ラインスカートだかは知らないが、ふんわりとしたそのワンピースは女性と女の子の中間にいるナナシさんを上手く表現していると思う。


「またそうやってテキトーなこと言ってる」
「今度は適当じゃないですよ」


 ナナシさんはむすっと頬を膨らませる。朝のこともあって、僕の言葉を信じていないようだ。疑われたことに思わず苦笑いをしてしまう。けれども、彼女の言葉に怒りは感じられない。


ナナシさんにぴったりな色だと思います」
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