本編

夢小説設定

本棚全体の夢小説設定
主人公♀
女性名(姉妹などに使用)
男性名(兄弟などに使用)

ナナシ様、ふわふわと職員の周りを浮いていないで、きちんと地に足をつけて立っていてくださいまし」

「あいにく、地につける足がないもんでー」

「まったく、あなたは屁理屈ばかり……ならせめて大人しくしていてください。それからシャンデラも、ナナシ様と遊んでいないで朝礼に参加しなさい。もうすぐ業務が始まりますよ」


 はじめこそは幽霊の存在に驚いて立ったまま気絶したノボリさんだけど、なんだかんだでナナシさんとは仲良くなっている……と思う。ノボリさんがナナシさんにお小言を言う現場を見るのは、もう毎日の日課となった。今日もいたずらっ子のような笑顔でシャンデラと遊んでいる。


「ナナシ、シャンデラとすっごく仲良しだよね」

「おんなじゴーストタイプだからかなー、アハハ」


 クダリさんのその言葉にノボリさんがぴしゃりと鞭を放つ。


「クダリ、あなたもですよ。もっとしっかりしてもらわないと困ります」


 クダリさんがノボリさんに注意されているのは……昔からかな。



「ねえねえ、ジャッキーは今日の配置どこ?」

「スーパーシングルトレインの6両目ですが、それが何か?」

「わたし、ジャッキーがバトルしてるところ見てみたい!」


 いつもはバトルにあまり興味を示さないナナシさんが珍しいお願いをしてきた。しかし、そのお願いを聞くことはできない。ナナシさんが構内を歩いていたら、ギアステーションには幽霊が出るという噂が流れかねない。なので、それはできません、と答えるとナナシさんは不思議そうに、なんで、と首を傾げた。

「他のお客様がびっくりするじゃないですか」

「ちゃんと姿消しておくから! ほら、こうやって」


 僕の目の前にいたナナシさんの姿が一瞬で消えた。かと思うと、「すごいでしょ」と言わんばかりの笑顔でまた僕の目の前に現れた。その能力だけ見ると確かに幽霊のように見える。実際は全然幽霊らしくないただの気まぐれな女の子なんだけれど。


「そんな器用なこと、ナナシさんにできたんですね……」

「そりゃあ、わたしも幽霊ですから」

「威張って言うことですか?」


 ナナシさんの自慢ポイントはイマイチわからない。



 バトル終了後、お客様が下車する様を見送ると、姿を消していたナナシさんが現れた。どうやら、座席に腰掛けてバトルを見学していたらしい。ぱちぱちぱち、と拍手をしている。それからナナシさんは僕が持っているモンスターボールを指差すと、ねえねえ、と笑顔で話し始めた。


「最近のモンスターボールって、すっごく便利だね! 投げるだけでポケモンが出てくるの」

「はあ、これが普通だと思いますけど」

「だって、わたしが若いときはもっとこう……ボタンのところをグリグリ回して開けないとポケモンが出てこなかったんだよ」


 こんな感じ、と言いながらどうもモンスターボールを開けるときの仕草をジェスチャーしているようだが、全くと言っていいほど伝わってこない。


「ナナシさんの説明はざっくりすぎてわかりにくいです。あと、ナナシさんは十分若いと思いますけど」

「これでも49年前に生まれてるから、ジャッキーよりずっと年上だよ? 30年前に死んじゃったけど」


 生まれた時代が違うためときどきジェネレーションギャップが生じることはあるけれど、少なくとも僕より年上だとは思えない。


「見た目と精神年齢は享年通りだと思います」


 あまり子ども扱いするとナナシさんの怒りを買いかねないので、見た目通りだと一応言っておいた。実際は、享年よりももっと幼く見えるけれど。


「それってバカにしてる?」


 ナナシさんがむすっと頬を膨らませる。ほら、そういうところが子どもっぽいのだ。なので僕が、ご名答、と答えると、ひどいー、とナナシさんはスカスカと僕の体を叩く真似をした。すり抜けるだけなので痛くもかゆくもないけれど。仮に妹がいたらこんな感じなのだろうかと思わず笑ってしまう。



「あのねー、わたし、生きてたときはポケモントレーナーじゃなかったんだ。手持ちにポケモンがいないからバトルなんてやったことなかったし、他の人がバトルしてる様を見るのもあんまり興味なかった」
「そうですか」

「でもね、今日見たジャッキーのバトル、とっても格好良かった!」


 そりゃあ、姿がないと言えども見られている手前、格好悪いバトルはできませんからね……という言葉は恥ずかしいので飲み込んで、とりあえず無難にありがとうございます、とだけ答えた。


「ねえねえ、さっきバトルしたポケモンはなんていう名前なの?」

「フローゼルです。みずタイプのポケモンですよ」

「へえ、あの子、フローゼルっていうんだ。かわいいのに、すっごく強かったね。ひとりで三体も倒しちゃうんだもん。あとね、フィールドを利用した戦い方もすごかった。やっぱり電車に詳しい人じゃないとできないことだよね。戦っているときのジャッキーの目、すごく真剣だった。格好良かったよ」


 ナナシさんは勢いよく言葉を紡ぐ。あまりにも素直な感想をぽんぽんと出すので、聞いているこちらが恥ずかしくなる。


「ここはただのシングルトレインではなくて、スーパーシングルトレインですからね。簡単にお客様をサブウェイマスターのところへ行かせるわけにはいきませんから」

「そっかあ。もしわたしがポケモントレーナーになっても、きっと誰にも勝てないんだろうなあ」

「バトルに興味を持たれたのですか?」

「ちょっとねー」


 今までバトルに興味を持たなかった彼女がそんなことを言うとは、珍しいこともあるもんだ。


「どうしてナナシさんはポケモンを持たなかったんですか?」

 僕の質問に、ナナシさんは少し悩んだあと口を開いた。

「わたしが若いときは、まだあまりポケモンがいなかったからかなー。あ、でも、仲良しのポケモンはいたよ」

「どんなポケモンですか?」

「小さくて、ピンク色で、ふわふわ浮いてるの。でも30年も経つともう名前が思い出せないんだ。あの子、元気にしてるかなあ」


 ガタンゴトンと揺れる車内で、ナナシさんはぼーっと天を仰いだ。
4/26ページ
スキ