本編
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もうすぐ日付も変わる時間、なんとなく構内へ出てみるとナナシさんが立っていた。そして僕の靴音に気がついてこちらを向くと、いつものように笑顔を見せて、少し首を傾げた。
「ジャッキー、こんな時間に何してるの?」
「ナナシさんこそ、こんなところで何を」
地上へ続く階段に座っているのではなく、構内の真ん中で上を見上げているのが不思議だった。ナナシさんは、あれあれ、と言って飾られた笹を指差す。
「あのねー、短冊を見てたんだ。今日は七夕歳なんだよ! しかもね、普通の七夕歳じゃなくて、特別な七夕歳なんだって。みんな、いろいろなこと書いていて面白いよ。ねえねえ、ジャッキーは何かお願い事した?」
「いえ、何も」
「えー、ノボリ、職員もひとり3枚短冊に願い事を書いていいって言ってたのに」
もったいない、というようにナナシさんは口を尖らせた。
「業務のことと関係ないからすっかり忘れてました。ナナシさんは?」
「したよ! わたしだと短冊に文字書けないから、ノボリに書いてもらったけど」
ついこの間、ペンを落として泣いていたのはこのことだったのだろうか。
「どんな願い事をしたんですか?」
「ひみつー」
「ノボリさんには教えても、僕には教えてくれないんですか……」
少し残念そうな振りをしてみると、ナナシさんは少し恥ずかしそうにして、アハハ、そんな感じ、と笑った。
「七夕歳ってどこの風習なんだろう。ノボリの彼女、いろいろな地方を旅してるからきっとどこかで教えてもらったんだろうなー」
「ホウエン地方じゃないでしょうか。なんでも、願い事を叶えるポケモンの言い伝えが残っているらしいですよ」
僕もあまり詳しくないが、何かでそんな文献を見た気がする。するとナナシさんは、なるほど、へえホウエン地方かあ、なんて言っているので笑ってしまった。
「ナナシさん、ホウエン地方がどこかわかっていないでしょう」
「アハハ、バレた?」
「イッシュからだと、とても遠い場所ですからね。暖かい地方だと聞いています」
いつか行ってみたいなあ、と言って短冊を眺めながら遠い地方に夢見て笑うナナシさんを、僕は守ってあげたくて、愛おしく感じた。
「ナナシさん」
僕が名前を呼ぶと、ん? とこちらを見たが、僕が抱きしめると、アハハと声を出した。
「なーに、ジャッキー、また甘えたさん。あ、怖い夢見て眠れないからこっち来たの? えへへ、わたしがジャッキーのお母さんになってあげよーか? 生きてたら、ジャッキーと同じくらいの子がいてもおかしくないもんね」
「僕のお母さんには、ならないでください」
「そう?」
少し体を離してナナシさんを見る。ナナシさんは僕の行動を理解できていないようで不思議そうにこちらを見つめていた。
「ナナシさん、好きです」
「アハハ、わたしもジャッキーのこと好きだよ?」
その笑い方には少し、焦りや動揺が混じっていた。
「……ナナシさん、僕は友達としてじゃなくて、異性として好きだと言っているんです」
僕の言っている『好き』の意味は、ナナシさんも理解しているようだった。しかし、ナナシさんは少し困った顔をして、それはだめだよ、と答えた。
「ナナシさんは、僕のこと異性として見られませんか」
「そういうわけじゃないけど……」
だって、わたし幽霊だし、とナナシさんは呟いた。
「ある日突然ぽっくり成仏しちゃうかも」
「ぽっくり成仏ってなんですか」
「若い子と感性違うだろうし」
「ナナシさんは十分すぎるほど若い感性をお持ちだと思います」
「肉体がないと、イイコトなんにもできないよ?」
「それでも、僕はナナシさんと一緒にいたいと思ったんです」
「でもわたしは」
ナナシさんの目に涙が溜まっている。そんな表情をさせたいわけじゃないのに。
「……この間、僕が倒れたときに見た夢の話、聞いてくれますか」
「……うん。どんな夢だったの?」
「僕は、夢の中で30年前のライモンに立っていました。そこで、生前のナナシさんと、隠れ穴に住んでいるムンナを見たのです」
「なんで、ジャッキーがムンナのことを」
ムンナのことを口にすると、ナナシさんの目に動揺が走った。
「どうしてなのかはわかりません。でも、ふたりは僕のことを歓迎してくれて、ナナシさんは学校での出来事をいろいろと話してくれて、ムンナともまた明日遊ぶよう約束をしました。けれどもムンナと約束をした次の日、ナナシさんは……僕は、ナナシさんを守ることができませんでした。その日が、ナナシさんの亡くなる日だとわかっていたのに。
夢の中ではナナシさんを守ることができませんでした。しかし、今度は、ナナシさんを幸せにできるように守ってみせます。ナナシさんを、さびしそうな笑顔にさせたくないんです。隠れて涙を流して欲しくないんです。心から笑って欲しいんです。だから」
ナナシさんはポロポロと涙を流しながら、しばらく僕の胸に顔をうずめた。それから顔を上げ「ジャッキー……わたし」とナナシさんが言い切る前に体に衝撃が走った。体を支えられず尻もちをつくと突然の出来事に僕もナナシさんも驚いていた。
「痛っ、え、何事!?」
キョロキョロと辺りを見回すナナシさんは、僕の上でぺたりと座っていた。
「ナナシさん」
「なんで?」
ナナシさんが僕の顔や体をまるで触診でもするかのようにペタペタと触った。
「ジャッキーに触れることができて、嬉しい」
「僕もです」
えへへ、涙を流しながら笑うナナシさんの頭をなでる。こんなにもふわふわした髪の毛だったんだな、と思うとナナシさんが思い出したかのように声を上げた。
「あ、あ、わたし、おばちゃんになってない?」
「相変わらず子どものままですよ」
「いいけど良くないー!」
ナナシさんが僕の体をポカポカと殴る。今までみたいにすり抜ける事はなく、きちんと受け止めることができる。
ふう、と息をつくとナナシさんは僕に体重を預けるようにして、僕の胸に頭を置いた。
「ジャッキー、わたしが上に乗ってて重くない? いや重いよね。だけど体が鉛みたいで動かないんだ……30年ぶりの体だからかな」
「大丈夫、重くないですよ。だから、しばらくこのままで」
ナナシさんが小柄なのもあるんだろうけれど、女の子ってこんなにも軽いんだ、と少しびっくりする。
「ジャッキーの胸、ドクドク音がしてる」
「そりゃあ、緊張してますから」
「わたしもねー、ドキドキしてるよ。ほら、ちゃんと心臓が動いてる」
「ちょ、ばっか、やめろ!」
「アハハ、ジャッキー口悪い。はじめて聞いた」
「す、すみません……いや、だってナナシさんが急に手を引くから」
突然腕を引っ張られてナナシさんの胸に手を当てられたので、思わず大声を出してしまった。胸を触ってしまったことに気を取られて、正直、ナナシさんの鼓動がどうだったかなんてわからない。こっちの心拍数が上がるだけだ。
「ジャッキー、女慣れしてないもんねー」
くすくすとナナシさんは笑っている。どんなリアクションをするかわかっていてやったな、と少し頬をつまんで仕返ししてみる。
「うるさいです。ナナシさんの方こそ、どうなんですか」
「わたしはねー、男の人をぎゅーってしたり、ぎゅーっとされたりするのは、お父さん以外だとジャッキーがはじめてだったかな」
「その割に平然としてましたよね」
「だって、恥ずかしがったら余計に恥ずかしくなるじゃん」
それに、何も思ってない振りをしておけば抱きつき放題じゃん、なんて笑うので、ずいぶんと遊ばれたなあ……と苦笑いしてしまった。
「今日は七夕歳だね」
「そうですね」
「だから、神様が願い事を叶えてくれたのかな。さっきは内緒って言ったけど、わたし3つお願いしたんだー」
『ジャッキーと一緒に空を見られますように』
『人と触れ合える体になりますように』
『約束した友達とまた会えますように』
「最初ね、2つめの願い事は『生身の体になれますように』ってノボリに書いてもらったんだけど、もうちょっといい表現にできないかって言われて『人と触れ合える体になりますように』って書き直してもらったんだ、アハハ!」
「ナナシさんらしいお願いですけど、確かに最初の表現だと神様も困惑しそうですね……」
「動けるようになったら、空を見に行きますか」
「え、ジャッキー、ギアステーションの外に出られるの?」
「今まで通りなら、僕もナナシさんも、ここから出られないかもしれません。でも神様にお願いしたのなら、なんとなくできそうな気がして」
ゆっくりと立ち上がると、ナナシさんは久しぶりに地に足をつけた感覚を楽しんでいた。それから早く行こ、と言って僕の腕を引っ張りながら非常口を目指す。
非常口の扉はあっけないほど簡単に開いた。外に出ると星空が広がって見える。
「空……夢の中でも少し見ましたが、きれいですね。星がたくさん」
「わたしも30年ぶりに見た! これが今のライモンかあ……夜なのにすっごい明るいね! あ、見て見てあれが遊園地! ジャッジに教えてもらったんだ。あとポケモンジムもあるんだって。あそこにカミツレさんが住んでいるのかなあ」
「いや別に、ジムリーダーだからってジムに住んでるわけじゃないと思いますけど」
ナナシさんは30年ぶりのライモンを見て、あれなんだろう、とか、この間雑誌で見たやつ、などいろいろなことを言いながら楽しそうに指をさしていた。僕も、夢以外ではじめて見たライモンがこんなにも賑やかな場所だと思っていなかったので、周りの様子をぐるりと見渡してみる。
すると、ゆっくりとこちらへ降りてくるポケモンが見えた。
「ナナシさん、あれ」
僕がそのポケモンに指をさすと、ナナシさんは目を丸くして手を伸ばした。ポケモンはナナシさんの前まで降りるとそこで動きを止めた。
「ムンナ……? わたしのこと覚えてるの? なんだか、見ないうちに、大きくなったね」
「ナナシさん、このポケモンはムシャーナっていうんですよ。ムンナが進化した姿です」
ムシャーナは夢にまつわるポケモン。ナナシさんの夢を、ムシャーナが僕に見せたのだろうか。もしかすると、この日が来ることをわかっていたのだろうか。
「そうなんだ、ムンナ、ムシャーナに進化したんだね。『また明日』って言ったのに、ずっと待たせちゃってごめんね。それでも、わたしを許してくれるの?」
ムシャーナはナナシさんの胸に顔を埋めた。ナナシさんの言葉を肯定しているようだった。
「ナナシさん、このボールを使ってください。もう、離れ離れにならないように」
僕はポケットの中から予備のモンスターボールを手渡した。ナナシさんはそれを受け取りながらもオロオロしている。
「わたし、モンスターボールを使うのはじめてで」
「ボールをムシャーナに当てるだけで大丈夫ですよ」
ナナシさんが動くより先に、ムシャーナが自分からボールに当たった。ムシャーナは赤い光に包まれ、ボールはナナシさんの手の上で数回揺れたあと静かになった。
「ムシャーナの方が新しい技術に対応してますね」
「う、だってわたしは昔の人だけど、ムシャーナはまだ現役だし」
「ナナシさん、ボールを投げてみてください。前に、バトルを見せたときと同じように」
ナナシさんがボールを投げると再びムシャーナが現れた。ナナシさんはムシャーナをぎゅっと抱きしめる。
「ムシャーナ、今度は黙って離れたりしない。だから、よろしくね」
ムシャーナは嬉しそうにナナシさんに頬ずりをした。それから一度体を離すと、ナナシさんは僕の方を向いて少し顔を赤らめながら口を開いた。
「ジャッキー、さっきの返事。わたしもジャッキーのことが好き。わたしね、一緒にいても何もしてあげられないし、触れられないし、死んでなかったらジャッキーよりもおばちゃんだから、わたしみたいなやつじゃなくて、普通の人間の女の子と一緒にいた方がジャッキーにとって幸せなんだろうなって思ったんだ。だからね、ジャッキーに好きだって言われたとき嬉しかったけど少しさびしかった。でも、こうしてジャッキーに触れることができてすっごく嬉しい」
「じゃあ改めまして。ナナシさん、僕と付き合ってもらえますか」
「はい。よろしくお願いします」
笑いながら目に涙を浮かべていて、彼女のそれを掬い取る。彼女は、えへへ、と言うと勢いよく話し始めた。
「今日は、わたしが生き返った記念日と、ジャッキーと付き合った記念日と、ムシャーナと再会できた記念日!」
「ナナシさんは記念日って言葉好きですよね。僕とはじめて会ったときも言ってましたし」
「特別な感じがして好きなんだー」
ナナシさんが僕の手をぎゅっと握りしめて笑い、空を眺めた。
「ノボリとノボリの彼女さんにもお礼言っておかないと。七夕歳がなかったら、わたしたちこんな風に出会えなかったもんね」
「ジャッキー、こんな時間に何してるの?」
「ナナシさんこそ、こんなところで何を」
地上へ続く階段に座っているのではなく、構内の真ん中で上を見上げているのが不思議だった。ナナシさんは、あれあれ、と言って飾られた笹を指差す。
「あのねー、短冊を見てたんだ。今日は七夕歳なんだよ! しかもね、普通の七夕歳じゃなくて、特別な七夕歳なんだって。みんな、いろいろなこと書いていて面白いよ。ねえねえ、ジャッキーは何かお願い事した?」
「いえ、何も」
「えー、ノボリ、職員もひとり3枚短冊に願い事を書いていいって言ってたのに」
もったいない、というようにナナシさんは口を尖らせた。
「業務のことと関係ないからすっかり忘れてました。ナナシさんは?」
「したよ! わたしだと短冊に文字書けないから、ノボリに書いてもらったけど」
ついこの間、ペンを落として泣いていたのはこのことだったのだろうか。
「どんな願い事をしたんですか?」
「ひみつー」
「ノボリさんには教えても、僕には教えてくれないんですか……」
少し残念そうな振りをしてみると、ナナシさんは少し恥ずかしそうにして、アハハ、そんな感じ、と笑った。
「七夕歳ってどこの風習なんだろう。ノボリの彼女、いろいろな地方を旅してるからきっとどこかで教えてもらったんだろうなー」
「ホウエン地方じゃないでしょうか。なんでも、願い事を叶えるポケモンの言い伝えが残っているらしいですよ」
僕もあまり詳しくないが、何かでそんな文献を見た気がする。するとナナシさんは、なるほど、へえホウエン地方かあ、なんて言っているので笑ってしまった。
「ナナシさん、ホウエン地方がどこかわかっていないでしょう」
「アハハ、バレた?」
「イッシュからだと、とても遠い場所ですからね。暖かい地方だと聞いています」
いつか行ってみたいなあ、と言って短冊を眺めながら遠い地方に夢見て笑うナナシさんを、僕は守ってあげたくて、愛おしく感じた。
「ナナシさん」
僕が名前を呼ぶと、ん? とこちらを見たが、僕が抱きしめると、アハハと声を出した。
「なーに、ジャッキー、また甘えたさん。あ、怖い夢見て眠れないからこっち来たの? えへへ、わたしがジャッキーのお母さんになってあげよーか? 生きてたら、ジャッキーと同じくらいの子がいてもおかしくないもんね」
「僕のお母さんには、ならないでください」
「そう?」
少し体を離してナナシさんを見る。ナナシさんは僕の行動を理解できていないようで不思議そうにこちらを見つめていた。
「ナナシさん、好きです」
「アハハ、わたしもジャッキーのこと好きだよ?」
その笑い方には少し、焦りや動揺が混じっていた。
「……ナナシさん、僕は友達としてじゃなくて、異性として好きだと言っているんです」
僕の言っている『好き』の意味は、ナナシさんも理解しているようだった。しかし、ナナシさんは少し困った顔をして、それはだめだよ、と答えた。
「ナナシさんは、僕のこと異性として見られませんか」
「そういうわけじゃないけど……」
だって、わたし幽霊だし、とナナシさんは呟いた。
「ある日突然ぽっくり成仏しちゃうかも」
「ぽっくり成仏ってなんですか」
「若い子と感性違うだろうし」
「ナナシさんは十分すぎるほど若い感性をお持ちだと思います」
「肉体がないと、イイコトなんにもできないよ?」
「それでも、僕はナナシさんと一緒にいたいと思ったんです」
「でもわたしは」
ナナシさんの目に涙が溜まっている。そんな表情をさせたいわけじゃないのに。
「……この間、僕が倒れたときに見た夢の話、聞いてくれますか」
「……うん。どんな夢だったの?」
「僕は、夢の中で30年前のライモンに立っていました。そこで、生前のナナシさんと、隠れ穴に住んでいるムンナを見たのです」
「なんで、ジャッキーがムンナのことを」
ムンナのことを口にすると、ナナシさんの目に動揺が走った。
「どうしてなのかはわかりません。でも、ふたりは僕のことを歓迎してくれて、ナナシさんは学校での出来事をいろいろと話してくれて、ムンナともまた明日遊ぶよう約束をしました。けれどもムンナと約束をした次の日、ナナシさんは……僕は、ナナシさんを守ることができませんでした。その日が、ナナシさんの亡くなる日だとわかっていたのに。
夢の中ではナナシさんを守ることができませんでした。しかし、今度は、ナナシさんを幸せにできるように守ってみせます。ナナシさんを、さびしそうな笑顔にさせたくないんです。隠れて涙を流して欲しくないんです。心から笑って欲しいんです。だから」
ナナシさんはポロポロと涙を流しながら、しばらく僕の胸に顔をうずめた。それから顔を上げ「ジャッキー……わたし」とナナシさんが言い切る前に体に衝撃が走った。体を支えられず尻もちをつくと突然の出来事に僕もナナシさんも驚いていた。
「痛っ、え、何事!?」
キョロキョロと辺りを見回すナナシさんは、僕の上でぺたりと座っていた。
「ナナシさん」
「なんで?」
ナナシさんが僕の顔や体をまるで触診でもするかのようにペタペタと触った。
「ジャッキーに触れることができて、嬉しい」
「僕もです」
えへへ、涙を流しながら笑うナナシさんの頭をなでる。こんなにもふわふわした髪の毛だったんだな、と思うとナナシさんが思い出したかのように声を上げた。
「あ、あ、わたし、おばちゃんになってない?」
「相変わらず子どものままですよ」
「いいけど良くないー!」
ナナシさんが僕の体をポカポカと殴る。今までみたいにすり抜ける事はなく、きちんと受け止めることができる。
ふう、と息をつくとナナシさんは僕に体重を預けるようにして、僕の胸に頭を置いた。
「ジャッキー、わたしが上に乗ってて重くない? いや重いよね。だけど体が鉛みたいで動かないんだ……30年ぶりの体だからかな」
「大丈夫、重くないですよ。だから、しばらくこのままで」
ナナシさんが小柄なのもあるんだろうけれど、女の子ってこんなにも軽いんだ、と少しびっくりする。
「ジャッキーの胸、ドクドク音がしてる」
「そりゃあ、緊張してますから」
「わたしもねー、ドキドキしてるよ。ほら、ちゃんと心臓が動いてる」
「ちょ、ばっか、やめろ!」
「アハハ、ジャッキー口悪い。はじめて聞いた」
「す、すみません……いや、だってナナシさんが急に手を引くから」
突然腕を引っ張られてナナシさんの胸に手を当てられたので、思わず大声を出してしまった。胸を触ってしまったことに気を取られて、正直、ナナシさんの鼓動がどうだったかなんてわからない。こっちの心拍数が上がるだけだ。
「ジャッキー、女慣れしてないもんねー」
くすくすとナナシさんは笑っている。どんなリアクションをするかわかっていてやったな、と少し頬をつまんで仕返ししてみる。
「うるさいです。ナナシさんの方こそ、どうなんですか」
「わたしはねー、男の人をぎゅーってしたり、ぎゅーっとされたりするのは、お父さん以外だとジャッキーがはじめてだったかな」
「その割に平然としてましたよね」
「だって、恥ずかしがったら余計に恥ずかしくなるじゃん」
それに、何も思ってない振りをしておけば抱きつき放題じゃん、なんて笑うので、ずいぶんと遊ばれたなあ……と苦笑いしてしまった。
「今日は七夕歳だね」
「そうですね」
「だから、神様が願い事を叶えてくれたのかな。さっきは内緒って言ったけど、わたし3つお願いしたんだー」
『ジャッキーと一緒に空を見られますように』
『人と触れ合える体になりますように』
『約束した友達とまた会えますように』
「最初ね、2つめの願い事は『生身の体になれますように』ってノボリに書いてもらったんだけど、もうちょっといい表現にできないかって言われて『人と触れ合える体になりますように』って書き直してもらったんだ、アハハ!」
「ナナシさんらしいお願いですけど、確かに最初の表現だと神様も困惑しそうですね……」
「動けるようになったら、空を見に行きますか」
「え、ジャッキー、ギアステーションの外に出られるの?」
「今まで通りなら、僕もナナシさんも、ここから出られないかもしれません。でも神様にお願いしたのなら、なんとなくできそうな気がして」
ゆっくりと立ち上がると、ナナシさんは久しぶりに地に足をつけた感覚を楽しんでいた。それから早く行こ、と言って僕の腕を引っ張りながら非常口を目指す。
非常口の扉はあっけないほど簡単に開いた。外に出ると星空が広がって見える。
「空……夢の中でも少し見ましたが、きれいですね。星がたくさん」
「わたしも30年ぶりに見た! これが今のライモンかあ……夜なのにすっごい明るいね! あ、見て見てあれが遊園地! ジャッジに教えてもらったんだ。あとポケモンジムもあるんだって。あそこにカミツレさんが住んでいるのかなあ」
「いや別に、ジムリーダーだからってジムに住んでるわけじゃないと思いますけど」
ナナシさんは30年ぶりのライモンを見て、あれなんだろう、とか、この間雑誌で見たやつ、などいろいろなことを言いながら楽しそうに指をさしていた。僕も、夢以外ではじめて見たライモンがこんなにも賑やかな場所だと思っていなかったので、周りの様子をぐるりと見渡してみる。
すると、ゆっくりとこちらへ降りてくるポケモンが見えた。
「ナナシさん、あれ」
僕がそのポケモンに指をさすと、ナナシさんは目を丸くして手を伸ばした。ポケモンはナナシさんの前まで降りるとそこで動きを止めた。
「ムンナ……? わたしのこと覚えてるの? なんだか、見ないうちに、大きくなったね」
「ナナシさん、このポケモンはムシャーナっていうんですよ。ムンナが進化した姿です」
ムシャーナは夢にまつわるポケモン。ナナシさんの夢を、ムシャーナが僕に見せたのだろうか。もしかすると、この日が来ることをわかっていたのだろうか。
「そうなんだ、ムンナ、ムシャーナに進化したんだね。『また明日』って言ったのに、ずっと待たせちゃってごめんね。それでも、わたしを許してくれるの?」
ムシャーナはナナシさんの胸に顔を埋めた。ナナシさんの言葉を肯定しているようだった。
「ナナシさん、このボールを使ってください。もう、離れ離れにならないように」
僕はポケットの中から予備のモンスターボールを手渡した。ナナシさんはそれを受け取りながらもオロオロしている。
「わたし、モンスターボールを使うのはじめてで」
「ボールをムシャーナに当てるだけで大丈夫ですよ」
ナナシさんが動くより先に、ムシャーナが自分からボールに当たった。ムシャーナは赤い光に包まれ、ボールはナナシさんの手の上で数回揺れたあと静かになった。
「ムシャーナの方が新しい技術に対応してますね」
「う、だってわたしは昔の人だけど、ムシャーナはまだ現役だし」
「ナナシさん、ボールを投げてみてください。前に、バトルを見せたときと同じように」
ナナシさんがボールを投げると再びムシャーナが現れた。ナナシさんはムシャーナをぎゅっと抱きしめる。
「ムシャーナ、今度は黙って離れたりしない。だから、よろしくね」
ムシャーナは嬉しそうにナナシさんに頬ずりをした。それから一度体を離すと、ナナシさんは僕の方を向いて少し顔を赤らめながら口を開いた。
「ジャッキー、さっきの返事。わたしもジャッキーのことが好き。わたしね、一緒にいても何もしてあげられないし、触れられないし、死んでなかったらジャッキーよりもおばちゃんだから、わたしみたいなやつじゃなくて、普通の人間の女の子と一緒にいた方がジャッキーにとって幸せなんだろうなって思ったんだ。だからね、ジャッキーに好きだって言われたとき嬉しかったけど少しさびしかった。でも、こうしてジャッキーに触れることができてすっごく嬉しい」
「じゃあ改めまして。ナナシさん、僕と付き合ってもらえますか」
「はい。よろしくお願いします」
笑いながら目に涙を浮かべていて、彼女のそれを掬い取る。彼女は、えへへ、と言うと勢いよく話し始めた。
「今日は、わたしが生き返った記念日と、ジャッキーと付き合った記念日と、ムシャーナと再会できた記念日!」
「ナナシさんは記念日って言葉好きですよね。僕とはじめて会ったときも言ってましたし」
「特別な感じがして好きなんだー」
ナナシさんが僕の手をぎゅっと握りしめて笑い、空を眺めた。
「ノボリとノボリの彼女さんにもお礼言っておかないと。七夕歳がなかったら、わたしたちこんな風に出会えなかったもんね」