本編
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ナナシさんが命日だと言っていたその日、彼女はいつもの洋服を着ていた。
「ナナシさん、その服」
「かわいいでしょー、最近買ったやつなんだ」
普段はあまり洋服なんて買ったりしないんだけど、と笑いながらくるりと回る。ふわりとワンピースの裾が広がった。似合ってる? なんて笑顔で聞いてくるけれど、今はその洋服を見るのが心苦しい。
「ナナシさん、行かないでください」
今日は学校へ行く日だと言っているが、このまま送り出してしまうとおそらく彼女は亡くなってしまう。強く抱きしめると驚いた様子を見せたが、何も知らない彼女は僕の行動を不思議に思っているだけだった。今は感じられる心臓の音も、もう少しで感じられなくなってしまう。
「どうしたのジャッキー。そんな怖い顔して」
「今日は、ここで僕と一緒にいてください」
「アハハ、おうちに帰れなくってさびしくなったの?」
「そういうわけじゃ、ないです」
ナナシさんは僕の背中をぽんぽんと軽くなでた。
「ただ学校に行ってくるだけだよ」
「でも」
「ジャッキー、甘えたさんだね。今日の午後は講義がないから早く帰ってくるよ。ジャッキーこそ、わたしが学校行ってる間に未来へ帰らないでよね」
冗談交じりに軽く舌を見せると、するりと僕の腕から抜け出してしまう。
「もう家を出ないと遅刻しちゃう。それじゃあ、いってきます!」
ナナシさんは笑顔で家を飛び出してしまった。僕は玄関の前で立ち尽くすしかなかった。
しばらくして、外からけたたましい音が聞こえた。急いで扉を開けると工事現場の近くに救急車が止まっているのが見える。心臓が止まりそうな思いで外に出ようとすると、突然、隠れ穴の中でポロポロと涙を流しているムンナの姿が現れて、その影はすぐに消えてしまった。それから、今まで砂嵐のまま何も表示されなかったライブキャスターに時計が表示されている。その日付はこの世界の日付ではなくて、現在の日付だった。そして目の前が急にぐにゃりと曲がった。
「ジャッキー、大丈夫?」
「ここは……」
「医務室。ジャッキー、構内で倒れてたんだよ。それでクダリが運んでくれたんだ。わたしは、ただ見てるだけ」
だって触れないんだもん、とナナシさんは口を尖らせた。
さっきまでのは夢だったのだろうか。それにしてはとてもリアルで、心臓がバクバクと音を鳴らしている。
「顔色悪いけど、まだ体調悪い? 横になっていた方がいいんじゃないの」
「ナナシさん」
「ん、なーに……ってどうしたの」
「ちょっとだけ、こうしててもいいですか」
朝、玄関前で引き止めたときと同じようにナナシさんを抱きしめる。心臓の音なんて感じられない。抱きしめている感覚なんて何もない。今まで通りの、ナナシさんの体。
「ジャッキー、甘えたさんだね。いいけど、柔らかくないでしょ。触れないし。何か嫌な夢でも見た?」
「はい。とても、悲しい夢でした」
「かわいそーに。よしよし、お姉さんがぎゅーってしてあげる」
いつもは僕よりもずっと年下なのに。大人ぶっているだけで僕よりもずっと子どもなのに。今はとても、大人っぽく感じられる。
「ナナシー、ジャッキーの様子どう……って、ごめん。邪魔しちゃった?」
ノックもせずにガチャリと扉を開けてクダリさんの声が聞こえたとき、思わずびくりとしてしまった。ナナシさんは特に何とも思っていないようで僕を抱きしめたままだが、クダリさんは僕とナナシさんを交互に見ながら笑っている。
「ク、クダリさん」
「あ、クダリー、さっきはありがとう」
「どういたしまして。それじゃあねー」
クダリさんは手をひらひらさせて部屋から出ようとした。
「あの、クダリさん。僕に何か用があったんじゃ」
「ジャッキーの様子、見に来ただけだから。じゃあごゆっくりー」
何か勘違いをされていそうで、口をぱくぱくさせてしまう。前から思っていたけれど、ナナシさんはこういう場面を見られても気にしない質なのだろうか。やはり、僕が変に意識しているだけなのだろうか。
「少しは落ち着いた?」
クダリさんが出て行ったことを確認してからナナシさんは僕に声をかけた。
「はい」
「でもまだ顔色悪いし、ちょっと寝てたら?」
「また、嫌な夢を見そうな気がして」
もう、ナナシさんが死ぬ様も、ムンナが涙を流す様も見たくなかった。そう思い俯いている僕を見て、ナナシさんは何か思いついたようだった。じゃあこうしよ、なんて笑っている。
「わたしもジャッキーの隣で寝る。そうしたら、ちょっとは安心できるでしょ」
どうしてそんな発想に至るんだろうと思っていると、ベッドに腰掛けていたナナシさんはすでに僕の隣で横になっていた。
「幽霊は睡眠を取らないんじゃなかったんですか」
「幽霊も睡眠が必要なときくらいあるって。一応この間まで30年寝てたんだし。ほらほら、ジャッキーも横になって。手、繋いだ方が安心する? するよね。じゃあおやすみ」
ニコニコしているナナシさんに何も言い返せない。おやすみなさい、と呟いて僕もベッドに横たわる。
隣で寝ている姿が見えるだけで、体温も何も感じられない。僕と繋いでいる彼女の左手も、僕の手の甲をすり抜けている状態だ。
ナナシさんの寝息が聞こえる。警戒心0だなあと苦笑いしてしまう。
ナナシさんのお父さんはまだ生きているのだろうか。亡くなった娘さんの魂がまだここで生きていると知ったら、どう思うだろう。
だいぶ体調も良くなり、夕方に業務へと戻ると事務所にいたクラウドさん、キャメロンさん、クダリさんがニヤニヤした表情を浮かべていた。
「ジャッキー、ナナシと同じ床に着いたんやって?」
コーヒーを飲んでいる最中に言われたので思わずむせてしまった。その様子を見て3人はケラケラと笑っている。
「ちょっと、誤解を生むような発言やめてくださいよ」
「何ソレ、超気ニナルンダケド」
キャメロンさんが身を乗り出して僕を見る。
「ジャッキーが倒れたって聞いてなあ、様子を見に医務室へ行ったら幸せそーにナナシと同じベッドで寝てたんや」
「あ、僕が見に行ったときは、抱き合ってたよね」
「だから、誤解を生む発言はやめてくださいって。僕とナナシさんはそういう関係じゃ」
「ウワー、ジャッキー、意外ト大胆ダネ」
必死に弁解しても3人は聞いてくれない。恥ずかしくて穴があったら入りたいくらいだ。そのとき、少し離れた席に座っていたノボリさんがゴホンと咳払いをした。少し頬を赤らめている。
「……勤務中に淫らな行為はやめてくださいまし」
「だから、違いますってばー!」
「ナナシさん、その服」
「かわいいでしょー、最近買ったやつなんだ」
普段はあまり洋服なんて買ったりしないんだけど、と笑いながらくるりと回る。ふわりとワンピースの裾が広がった。似合ってる? なんて笑顔で聞いてくるけれど、今はその洋服を見るのが心苦しい。
「ナナシさん、行かないでください」
今日は学校へ行く日だと言っているが、このまま送り出してしまうとおそらく彼女は亡くなってしまう。強く抱きしめると驚いた様子を見せたが、何も知らない彼女は僕の行動を不思議に思っているだけだった。今は感じられる心臓の音も、もう少しで感じられなくなってしまう。
「どうしたのジャッキー。そんな怖い顔して」
「今日は、ここで僕と一緒にいてください」
「アハハ、おうちに帰れなくってさびしくなったの?」
「そういうわけじゃ、ないです」
ナナシさんは僕の背中をぽんぽんと軽くなでた。
「ただ学校に行ってくるだけだよ」
「でも」
「ジャッキー、甘えたさんだね。今日の午後は講義がないから早く帰ってくるよ。ジャッキーこそ、わたしが学校行ってる間に未来へ帰らないでよね」
冗談交じりに軽く舌を見せると、するりと僕の腕から抜け出してしまう。
「もう家を出ないと遅刻しちゃう。それじゃあ、いってきます!」
ナナシさんは笑顔で家を飛び出してしまった。僕は玄関の前で立ち尽くすしかなかった。
しばらくして、外からけたたましい音が聞こえた。急いで扉を開けると工事現場の近くに救急車が止まっているのが見える。心臓が止まりそうな思いで外に出ようとすると、突然、隠れ穴の中でポロポロと涙を流しているムンナの姿が現れて、その影はすぐに消えてしまった。それから、今まで砂嵐のまま何も表示されなかったライブキャスターに時計が表示されている。その日付はこの世界の日付ではなくて、現在の日付だった。そして目の前が急にぐにゃりと曲がった。
「ジャッキー、大丈夫?」
「ここは……」
「医務室。ジャッキー、構内で倒れてたんだよ。それでクダリが運んでくれたんだ。わたしは、ただ見てるだけ」
だって触れないんだもん、とナナシさんは口を尖らせた。
さっきまでのは夢だったのだろうか。それにしてはとてもリアルで、心臓がバクバクと音を鳴らしている。
「顔色悪いけど、まだ体調悪い? 横になっていた方がいいんじゃないの」
「ナナシさん」
「ん、なーに……ってどうしたの」
「ちょっとだけ、こうしててもいいですか」
朝、玄関前で引き止めたときと同じようにナナシさんを抱きしめる。心臓の音なんて感じられない。抱きしめている感覚なんて何もない。今まで通りの、ナナシさんの体。
「ジャッキー、甘えたさんだね。いいけど、柔らかくないでしょ。触れないし。何か嫌な夢でも見た?」
「はい。とても、悲しい夢でした」
「かわいそーに。よしよし、お姉さんがぎゅーってしてあげる」
いつもは僕よりもずっと年下なのに。大人ぶっているだけで僕よりもずっと子どもなのに。今はとても、大人っぽく感じられる。
「ナナシー、ジャッキーの様子どう……って、ごめん。邪魔しちゃった?」
ノックもせずにガチャリと扉を開けてクダリさんの声が聞こえたとき、思わずびくりとしてしまった。ナナシさんは特に何とも思っていないようで僕を抱きしめたままだが、クダリさんは僕とナナシさんを交互に見ながら笑っている。
「ク、クダリさん」
「あ、クダリー、さっきはありがとう」
「どういたしまして。それじゃあねー」
クダリさんは手をひらひらさせて部屋から出ようとした。
「あの、クダリさん。僕に何か用があったんじゃ」
「ジャッキーの様子、見に来ただけだから。じゃあごゆっくりー」
何か勘違いをされていそうで、口をぱくぱくさせてしまう。前から思っていたけれど、ナナシさんはこういう場面を見られても気にしない質なのだろうか。やはり、僕が変に意識しているだけなのだろうか。
「少しは落ち着いた?」
クダリさんが出て行ったことを確認してからナナシさんは僕に声をかけた。
「はい」
「でもまだ顔色悪いし、ちょっと寝てたら?」
「また、嫌な夢を見そうな気がして」
もう、ナナシさんが死ぬ様も、ムンナが涙を流す様も見たくなかった。そう思い俯いている僕を見て、ナナシさんは何か思いついたようだった。じゃあこうしよ、なんて笑っている。
「わたしもジャッキーの隣で寝る。そうしたら、ちょっとは安心できるでしょ」
どうしてそんな発想に至るんだろうと思っていると、ベッドに腰掛けていたナナシさんはすでに僕の隣で横になっていた。
「幽霊は睡眠を取らないんじゃなかったんですか」
「幽霊も睡眠が必要なときくらいあるって。一応この間まで30年寝てたんだし。ほらほら、ジャッキーも横になって。手、繋いだ方が安心する? するよね。じゃあおやすみ」
ニコニコしているナナシさんに何も言い返せない。おやすみなさい、と呟いて僕もベッドに横たわる。
隣で寝ている姿が見えるだけで、体温も何も感じられない。僕と繋いでいる彼女の左手も、僕の手の甲をすり抜けている状態だ。
ナナシさんの寝息が聞こえる。警戒心0だなあと苦笑いしてしまう。
ナナシさんのお父さんはまだ生きているのだろうか。亡くなった娘さんの魂がまだここで生きていると知ったら、どう思うだろう。
だいぶ体調も良くなり、夕方に業務へと戻ると事務所にいたクラウドさん、キャメロンさん、クダリさんがニヤニヤした表情を浮かべていた。
「ジャッキー、ナナシと同じ床に着いたんやって?」
コーヒーを飲んでいる最中に言われたので思わずむせてしまった。その様子を見て3人はケラケラと笑っている。
「ちょっと、誤解を生むような発言やめてくださいよ」
「何ソレ、超気ニナルンダケド」
キャメロンさんが身を乗り出して僕を見る。
「ジャッキーが倒れたって聞いてなあ、様子を見に医務室へ行ったら幸せそーにナナシと同じベッドで寝てたんや」
「あ、僕が見に行ったときは、抱き合ってたよね」
「だから、誤解を生む発言はやめてくださいって。僕とナナシさんはそういう関係じゃ」
「ウワー、ジャッキー、意外ト大胆ダネ」
必死に弁解しても3人は聞いてくれない。恥ずかしくて穴があったら入りたいくらいだ。そのとき、少し離れた席に座っていたノボリさんがゴホンと咳払いをした。少し頬を赤らめている。
「……勤務中に淫らな行為はやめてくださいまし」
「だから、違いますってばー!」