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「ジャッキー、夕飯カレーでいい? いいよね」

「ええ、大丈夫です。ナナシさんの質問って基本的に選択肢があるようでないですよね」

「一応聞いた方がいいかなーと思って、アハハ! ねえねえ、ジャッキーのポケモンはカレー食べられるの?」


 この選択肢がほぼない質問も生前からの癖なのかと笑ってしまう。

「いえ、人間の食べ物はあまり……普段はポケモンフーズを食べさせてますね」

「へえー。うち、ポケモンいないからポケモンフーズ持ってないんだ。ちょっと外で買ってくる! そのポケモンって何タイプ?」

「みずタイプですよ」

「わかったー」


 ナナシさんはぱたぱたと音を立てて家を飛び出した。あんまり女の子の部屋を見渡すのもどうかと思うが、少しだけ近くにあるものを見てみる。想像していたよりも片付いている、というよりも荷物が少ない気がする。なんとなく、女の子の部屋はぬいぐるみなどかわいいものが置いてあるものだと思っていたが、そういった類のものはなくて、代わりに参考書などが積まれていた。あまり、読んだ形跡が残っていないが。テレビやパソコン、ゲームといった娯楽系のものも見当たらないので、何をしている人なのか少しわからなくなる。

 ふと、自分の腕につけているライブキャスターに目をやると、時間も連絡先も表示されず、ただ砂嵐が映っているだけだった。なので代わりにナナシさんのカレンダーに目をやるかとも思ったけれど、カレンダーも置いていないようだった。
 しばらくすると玄関を開ける音と、ナナシさんの元気な声が聞こえた。何やらポケモンフーズ以外にも買ったようで袋をガサガサと漁っている。


「ナナシさん、今日って何年何月何日ですか? ライブキャスターの画面が表示されなくて」

「うわっ、何その時計。やっぱりジャッキー未来人なんだ。今日はXX年4月XX日だよ」


 ナナシさんの口から出された日付は、30年前の、ナナシさんと僕が非常階段付近ではじめて会った日より3日前のものだった。


「ねえねえ、どうしたの、そんなに暗い顔して。あ、お腹空いた?」

「あ、いえ、なんでもないです」

「ご飯もうすぐできるよー」


 何も知らないナナシさんはご機嫌そうに鍋をかき回していた。それからテーブルにふたつカレーを置いて、フローゼルには丼に入ったポケモンフーズを渡した。きみのご飯はこっちね、ちょうどいいお皿持ってなかったからちょっと食べづらいかも、と笑っているが、女の子が使うものにしては少し大きい気がする。


「未来のご飯と比べたらあんまりおいしくないかもしれないけど、許してくれる? わたし、ポケモンのこと詳しくなくて、どれがいいのか店員さんに聞いたら『みずタイプならこれがおすすめ』って言われたからこれにしたんだ。おいしくなかったら店員さんに水ぶっかけて来ようね」

「あんまり物騒なこと言わないでください。それに、フローゼルは喜んでいるようなので大丈夫ですよ」

「それなら良かった。へえ、きみフローゼルっていうんだ。すっごくかわいい子だね。わたしを見てニコニコしてくれるの」


 食卓に着くとナナシさんが「ジャッキーって未来でどんな仕事してるの?」と聞いてきたので「鉄道員ですよ」と答えた。


「へえ、だからそんな変な格好なんだ。仕事楽しい?」

「変な格好って……仕事は楽しいですよ。それに、僕たちの場合、鉄道員って言ってもただ電車の操縦やお客様の誘導をするだけじゃなくて、車両内でポケモンバトルをするんです」

「危なくないの、それ。電車壊れちゃうじゃん」

「腕のいい整備士さんたちがいるので大丈夫ですよ」


 ふうん、とナナシさんは返事をする。なので今度は僕が彼女に質問をした。


ナナシさんは今何をされているのですか」

「わたしはねー、ただの学生さん。一応、心理学を専攻してるから、将来カウンセラーになろうかなるまいか考えてるところ」


 ナナシさんがもともと学生だったことははじめて聞いたが、机の上に積まれた参考書のことを考えれば納得できる。しかし、ナナシさんの答えはあまり感情がこもっていなくて、実際、積んである参考書もあまり読まれた形跡がない。


「何か悩んでいるんですか?」

「わたしね、今まであんまり一生懸命生きてこなかったから、なんとなく学校に入って、なんとなく心理学を専攻したから、なんとなくカウンセラーになろうかなって思ってるの、どうなんだろうなあって。友達も全然作ってないし、人と関わりが少ないのにカウンセラーねえ、って感じ」

「いいじゃないですか、経緯がどうあれ」

「そうかなー」


 ナナシさんは僕の答えにあまり納得していないようだった。しかし19歳の、年相応の悩みに思える。自分が何に向いているのか探す時期。僕の場合は、ギアステーション内で生まれたからそこに就職したようなものだけど、ナナシさんだったら何が向いているだろう。この頃のナナシさんだと、接客業なんかは嫌がりそうな気がする。


「あ、ジャッキー。着替え、お父さんのだけどいい? いいよね。あとタオル置いておくよ」

「はい。ありがとうございます」

「流石にわたしのだと入らないもんねー」

「成人した男が女の子の服を着てたらただの変態だと思うんですけど」

「アハハ、冗談だって」


 こうやって冗談を言ってニコニコ笑っていて、嬉しいことがあるとぴょこぴょこ跳ねて、かと思うとちょっとしたことで膨れっ面を見せたりとコロコロ表情を変えるのに、実は人との距離感を掴むのが苦手で、隠れて泣いていたりして。僕も数年前までナナシさんと同い年だったはずなのに、こんなに悩んだりしたかな、なんてぼんやりと考えてしまう。


「えへへ、あって良かったお客様布団ー、たまにお父さんが泊まりに来るから置いてあるんだ」


 フキヨセに住んでいるお父さん。先ほどのやけに大きい丼もお父さんのものだろう。


「仲が良いんですね」
「うん。ひとり娘だから心配なのかな。じゃあおやすみ」

「はい。おやすみなさい」


 布団に入ったナナシさんの方からはすでに寝息が聞こえた。警戒心がなさすぎて、お父さんが心配になるのもわかる。

 僕がこちらへ来てから翌日と翌々日は学校が休みだというので、家の中でのんびり過ごしていた。ナナシさんはフローゼルのことを気に入ったようで、美容院ごっこをしている。


ナナシさんのお部屋って、あまりものが置いてないですよね」

「うん。片付けるの苦手だから、いっそのことものを置かないようにしようって」


 確かに、ナナシさんらしい答えだなと思った。


「今日は僕たちがいるからこうやってお部屋で遊んでますけど、普段は何してるんですか?」

「天気がいい日はムンナのところへ行ってるよ。あとは何だろ。少しだけ教科書読んだりするくらいかなあ。学校の人たちからのお誘いは全部断ってるんだ。まだお酒飲めないからつまんないし」


 この頃のナナシさんはお酒を飲んだりしないのか、と少し笑ってしまう。未成年だから当たり前なんだけれど、本当に自分のことにも周りの人間のことにも興味がなかったんだなあと思う。


「あ、明日は天気がいいからムンナのところへ遊びに行こうね」


 フローゼルを抱きしめて笑っているナナシさんの言葉に了承した。しかし、次の日ムンナのところへ行ったとき、僕はとても動揺してしまった。



「ムンナー、遊びに来たよー」


 この光景とこの言葉に覚えがあった。


「あのね、ムンナ。わたしの世界はお前にとって狭いんじゃないかなって思うんだ。わたしはトレーナーじゃないから、旅するわけでもないし。だから、もし素敵なトレーナーに出会ったら、その人と一緒にいろいろな世界を見て欲しいんだ。でもその人が現れるまで、この隠れ穴で一緒に遊ぼうね」



 草原の中か森の中か、植物の茂った少し暗い場所で、女性とポケモンが笑っている夢。暖かいのに少しさびしい、そんな夢。



『もし誰かと会う約束をしていたのにそれをすっぽかされたら、ジャッキーは怒る?』



『次の日も、その次の日も、そのまた次の日も、ずっとずっとすっぽかされたら、ジャッキーはどう思う?』



『わたしは、とても大切な友人との約束を破ったまま、30年もの長い刻を過ごしてきました。罪深きわたしを、どうかお赦しください』



「また明日遊びに来るね」


 また明日、なんて、言わないでください。
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