本編
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『わたしが若いときのライモンはね、なーんもなかったんだ』
『駅が建つって聞いてたのになー』
まだ僕がナナシさんと出会ったばかりの頃、いつだったかそんな会話をした。
「なんだここ、空……? なんで」
いつものように制服を着て、お客様誘導をしていたはずなのに、壁も何もなくて写真でしか見たことのない空が広がっている。電球とはまた違った太陽の光に、思わず腕で目を隠してしまう。
ギアステーションではないどこかであることは間違いなかった。建物は少しあるが、それ以外に見えるのは青い空と眩しい太陽の光。はじめての光景に気分が悪くなって、座り込んだ。何もない知らない場所。それなのに、聞き覚えのある声が聞こえて顔を上げると、知っている顔があって驚いた。
「あんた、どうしたの? 具合でも悪いの?」
「ナナシさん……?」
いつもとは違う格好で、きちんと地面に足をつけていて、僕のことも知らない様子であったが、ナナシさんに間違いなかった。彼女は不思議そうに首を傾げる。
「なんでわたしの名前知ってるの? それよりあんた、顔真っ青だけど大丈夫?」
「あ、僕、広いところとか明るいところとか苦手で……」
「ええ、じゃあなんでこんな広いだけで何もないところに座ってんの……まあいいや。じゃあ狭いところに案内してあげる! あとこれ、頭に被せておきなよ。少しは暗くなるでしょ」
ナナシさんは羽織っていたカーディガンを僕の頭に被せると、腕を引っ張って走り始めた。いつもはすり抜けてしまうだけなのに、彼女の手が僕の腕を掴んでいる。
「到着! ただいまー」
「なんですか、ここ」
ガサガサと草を分けて入っていくと、それなりに広い空間が用意されていた。
「隠れ穴だよ。狭くて暗いしちょうどいいでしょ。あと涼しいし」
ニコニコしながらナナシさんは、ここに座りなよ、と言ってクッションを差し出してきた。彼女の秘密基地のようであるが、どこか見覚えのある場所だった。
先ほどの場所と違って安心感がある。走ったことで少し息は上がっているが、それでも気分の悪さはだいぶ軽減された。
「ありがとうございます。あと、このカーディガンも」
「うん。あ、ねえねえ、あんた、なんでわたしの名前知ってたの?」
「ちょっと、知り合いに似ていて」
「へえー、そっくりな知り合いの名前と同じってすごいなー! 改めまして、わたしはナナシ! こっちは友達のムンナ」
いつもと同じ、キラキラした笑顔なのに僕の知らないナナシさん。ニコニコと自己紹介すると、小さくて、ピンク色で、ふわふわ浮いているポケモンがくるくると嬉しそうにこちらを見た。30年前に、仲良くしていたポケモン。
「僕はジャッキーといいます」
「ジャッキー! よろしくね」
はじめて出会ったときも、彼女はこうやって僕の名前を笑顔で呼んだんだ。
「ねえねえ、ジャッキーはなんで工事現場の前で座ってたの?」
「工事現場?」
確かに、目の前で何か造られていたような気がする。しかし、それよりもはじめて見た青い空や眩しい太陽、建物がほとんどないまっさらな地に戸惑っていたため、あまりそちらには気が向いていなかった。
「うん。あそこに駅が建つんだよ! 知らないの?」
「知らない、です」
駅というのは、今のギアステーションのことだろうか。
「ジャッキーはライモンの人じゃないんだ? こんな辺鄙な場所に駅が建つってみんな大騒ぎしてるのに」
「いえ、ライモンに住んでいるのですが……ここは、僕の知っているライモンじゃなくて」
「なーにそれ」
ナナシさんは当然の反応を示した。僕も状況が飲み込めていない。仕事をしていただけなのに、どうしてこんな場所にいるのか。夢、なのだろうか。
「仕事をしていたら突然、目の前がまっさらになって。そうしたら、ナナシさんに声をかけられて、今ここに」
僕がそう答えるとナナシさんはいつも通りの能天気な声で、アハハ、と笑い、興味深そうに僕の方へ身を乗り出した。顔がとても近い。人間の友達を作らなかったために距離感がつかめないというのは、幽霊になる前にも適用されるのか。
「ねえねえ、ジャッキーって宇宙人?」
どうしてそんな発想にいたるのか。ナナシさんの考えにはついていけない。
「いや、地球人ですけど」
「アハハ! だって、ジャッキーいろいろ変わってるんだもん。その服装とか、仕事してたのに急に工事現場の前にいた話とか」
ナナシさんは僕のことを特別怪しんだりしているようではなかった。口角を上げて僕の姿をじーっと見ると、あ、と声を上げた。
「ねえねえねえ、ジャッキーが腰につけてるやつ何?」
「え……モンスターボールですけど」
「これが? わたし、トレーナーじゃないからあんまり詳しくないけど、こんなボール見たことない。これ、どうやって使うの?」
ムンナは知ってる? とナナシさんが聞くと、ムンナもふるふると体を振った。
「ただ投げるだけですよ、ほら」
僕がボールを投げるとフローゼルが飛び出した。フローゼルはナナシさんの姿を見ると嬉しそうにしていたが、いつもと違って足があることを不思議に思ったようで彼女の足をペチペチと叩いている。
「わ、かわいいポケモン! えへへ、この子の手ひんやりしてる。すごいね、投げるだけでポケモンが出てくるんだ。みんな、ポケモンを出すときはボタンのところをグリグリ回して開けるのに。ねえねえ、ジャッキーって未来人?」
『わたしが若いときは、もっとこう……ボタンのところをグリグリ回して開けないとポケモンが出てこなかったんだよ』
ナナシさんの反応は、はじめてバトルを見せたときと同じものだった。
「未来人……かもしれませんね」
「アハハ、やっぱり? ムンナもそう思うでしょ?」
ムンナはナナシさんの意見に賛同するようにニコニコしている。
「ねえねえ、ジャッキーって帰る家あるの? ないよね?」
「ここにはないですね……僕、もともと職場に住んでいましたから」
ギアステーションがまだ建設されていない以上、この世界に僕の家はない。
「ええ……ジャッキー会社に飼われてるんだ」
はじめて休日を一緒に過ごしたときと同じ表情をしている。こちらでも、僕は社畜だと思われたようだ。
「そういうわけではないんですけど……僕は今の職場の中で生まれて、それからずっと外に出たことがないんです。どうして外に出られないのか、自分でもよくわからないのですが……だから、今日はじめて外に出て空を見ました」
「ふうん、だから広いところがだめなんだ? ねえねえ、ジャッキー、だったら未来に帰れるまでうちに泊まりなよ」
「は? いや、そういうわけには……ムンナさえよければ、僕はここでも」
流石に女の子の家に上がるわけにはいかないので、ムンナに少しだけ場所を貸して欲しいとお願いするが、ムンナは体をふるふると震わせている。
「だめだってムンナが言ってるよ。ここ、ムンナの家だし」
「いやいや……」
「大丈夫、わたし一人暮らしだから、親の目を気にする必要もないよ」
「それ、もっとだめだと思うんですけど。ナナシさん、男を簡単に家に上げるのは良くないですよ」
「ジャッキーそういうことできないでしょ?」
ニコニコした彼女の純粋な目がこちらを見る。顔近いし、目をぱちくりさせているし、首を傾げているし、そういうひとつひとつの行動がずるい。確かにそんなひどいことをするつもりはないが、もっと恥じらいと常識と警戒心を持ってもらいたい。それに何よりも、
「信頼されているのか、男としてバカにされているのか……」
少し悲しくなる。
「アハハ、じゃあ決まりね! もう暗くなって肌寒くなってきたし、家に帰ろ。ジャッキー、カーディガン頭に被って。ムンナ、またね!」
僕に拒否権はないらしい。寒いだろうに、ナナシさんは羽織っていたカーディガンを僕に被せると僕の手を引っ張って走っていく。
「なんだろな、わたしもジャッキーとはじめて会ったのに、どうしてかはじめて会った気がしないんだ。知り合いにジャッキーに似た人なんていたかなあ?」
帰る途中、ナナシさんが笑顔で僕にそう言った。
『駅が建つって聞いてたのになー』
まだ僕がナナシさんと出会ったばかりの頃、いつだったかそんな会話をした。
「なんだここ、空……? なんで」
いつものように制服を着て、お客様誘導をしていたはずなのに、壁も何もなくて写真でしか見たことのない空が広がっている。電球とはまた違った太陽の光に、思わず腕で目を隠してしまう。
ギアステーションではないどこかであることは間違いなかった。建物は少しあるが、それ以外に見えるのは青い空と眩しい太陽の光。はじめての光景に気分が悪くなって、座り込んだ。何もない知らない場所。それなのに、聞き覚えのある声が聞こえて顔を上げると、知っている顔があって驚いた。
「あんた、どうしたの? 具合でも悪いの?」
「ナナシさん……?」
いつもとは違う格好で、きちんと地面に足をつけていて、僕のことも知らない様子であったが、ナナシさんに間違いなかった。彼女は不思議そうに首を傾げる。
「なんでわたしの名前知ってるの? それよりあんた、顔真っ青だけど大丈夫?」
「あ、僕、広いところとか明るいところとか苦手で……」
「ええ、じゃあなんでこんな広いだけで何もないところに座ってんの……まあいいや。じゃあ狭いところに案内してあげる! あとこれ、頭に被せておきなよ。少しは暗くなるでしょ」
ナナシさんは羽織っていたカーディガンを僕の頭に被せると、腕を引っ張って走り始めた。いつもはすり抜けてしまうだけなのに、彼女の手が僕の腕を掴んでいる。
「到着! ただいまー」
「なんですか、ここ」
ガサガサと草を分けて入っていくと、それなりに広い空間が用意されていた。
「隠れ穴だよ。狭くて暗いしちょうどいいでしょ。あと涼しいし」
ニコニコしながらナナシさんは、ここに座りなよ、と言ってクッションを差し出してきた。彼女の秘密基地のようであるが、どこか見覚えのある場所だった。
先ほどの場所と違って安心感がある。走ったことで少し息は上がっているが、それでも気分の悪さはだいぶ軽減された。
「ありがとうございます。あと、このカーディガンも」
「うん。あ、ねえねえ、あんた、なんでわたしの名前知ってたの?」
「ちょっと、知り合いに似ていて」
「へえー、そっくりな知り合いの名前と同じってすごいなー! 改めまして、わたしはナナシ! こっちは友達のムンナ」
いつもと同じ、キラキラした笑顔なのに僕の知らないナナシさん。ニコニコと自己紹介すると、小さくて、ピンク色で、ふわふわ浮いているポケモンがくるくると嬉しそうにこちらを見た。30年前に、仲良くしていたポケモン。
「僕はジャッキーといいます」
「ジャッキー! よろしくね」
はじめて出会ったときも、彼女はこうやって僕の名前を笑顔で呼んだんだ。
「ねえねえ、ジャッキーはなんで工事現場の前で座ってたの?」
「工事現場?」
確かに、目の前で何か造られていたような気がする。しかし、それよりもはじめて見た青い空や眩しい太陽、建物がほとんどないまっさらな地に戸惑っていたため、あまりそちらには気が向いていなかった。
「うん。あそこに駅が建つんだよ! 知らないの?」
「知らない、です」
駅というのは、今のギアステーションのことだろうか。
「ジャッキーはライモンの人じゃないんだ? こんな辺鄙な場所に駅が建つってみんな大騒ぎしてるのに」
「いえ、ライモンに住んでいるのですが……ここは、僕の知っているライモンじゃなくて」
「なーにそれ」
ナナシさんは当然の反応を示した。僕も状況が飲み込めていない。仕事をしていただけなのに、どうしてこんな場所にいるのか。夢、なのだろうか。
「仕事をしていたら突然、目の前がまっさらになって。そうしたら、ナナシさんに声をかけられて、今ここに」
僕がそう答えるとナナシさんはいつも通りの能天気な声で、アハハ、と笑い、興味深そうに僕の方へ身を乗り出した。顔がとても近い。人間の友達を作らなかったために距離感がつかめないというのは、幽霊になる前にも適用されるのか。
「ねえねえ、ジャッキーって宇宙人?」
どうしてそんな発想にいたるのか。ナナシさんの考えにはついていけない。
「いや、地球人ですけど」
「アハハ! だって、ジャッキーいろいろ変わってるんだもん。その服装とか、仕事してたのに急に工事現場の前にいた話とか」
ナナシさんは僕のことを特別怪しんだりしているようではなかった。口角を上げて僕の姿をじーっと見ると、あ、と声を上げた。
「ねえねえねえ、ジャッキーが腰につけてるやつ何?」
「え……モンスターボールですけど」
「これが? わたし、トレーナーじゃないからあんまり詳しくないけど、こんなボール見たことない。これ、どうやって使うの?」
ムンナは知ってる? とナナシさんが聞くと、ムンナもふるふると体を振った。
「ただ投げるだけですよ、ほら」
僕がボールを投げるとフローゼルが飛び出した。フローゼルはナナシさんの姿を見ると嬉しそうにしていたが、いつもと違って足があることを不思議に思ったようで彼女の足をペチペチと叩いている。
「わ、かわいいポケモン! えへへ、この子の手ひんやりしてる。すごいね、投げるだけでポケモンが出てくるんだ。みんな、ポケモンを出すときはボタンのところをグリグリ回して開けるのに。ねえねえ、ジャッキーって未来人?」
『わたしが若いときは、もっとこう……ボタンのところをグリグリ回して開けないとポケモンが出てこなかったんだよ』
ナナシさんの反応は、はじめてバトルを見せたときと同じものだった。
「未来人……かもしれませんね」
「アハハ、やっぱり? ムンナもそう思うでしょ?」
ムンナはナナシさんの意見に賛同するようにニコニコしている。
「ねえねえ、ジャッキーって帰る家あるの? ないよね?」
「ここにはないですね……僕、もともと職場に住んでいましたから」
ギアステーションがまだ建設されていない以上、この世界に僕の家はない。
「ええ……ジャッキー会社に飼われてるんだ」
はじめて休日を一緒に過ごしたときと同じ表情をしている。こちらでも、僕は社畜だと思われたようだ。
「そういうわけではないんですけど……僕は今の職場の中で生まれて、それからずっと外に出たことがないんです。どうして外に出られないのか、自分でもよくわからないのですが……だから、今日はじめて外に出て空を見ました」
「ふうん、だから広いところがだめなんだ? ねえねえ、ジャッキー、だったら未来に帰れるまでうちに泊まりなよ」
「は? いや、そういうわけには……ムンナさえよければ、僕はここでも」
流石に女の子の家に上がるわけにはいかないので、ムンナに少しだけ場所を貸して欲しいとお願いするが、ムンナは体をふるふると震わせている。
「だめだってムンナが言ってるよ。ここ、ムンナの家だし」
「いやいや……」
「大丈夫、わたし一人暮らしだから、親の目を気にする必要もないよ」
「それ、もっとだめだと思うんですけど。ナナシさん、男を簡単に家に上げるのは良くないですよ」
「ジャッキーそういうことできないでしょ?」
ニコニコした彼女の純粋な目がこちらを見る。顔近いし、目をぱちくりさせているし、首を傾げているし、そういうひとつひとつの行動がずるい。確かにそんなひどいことをするつもりはないが、もっと恥じらいと常識と警戒心を持ってもらいたい。それに何よりも、
「信頼されているのか、男としてバカにされているのか……」
少し悲しくなる。
「アハハ、じゃあ決まりね! もう暗くなって肌寒くなってきたし、家に帰ろ。ジャッキー、カーディガン頭に被って。ムンナ、またね!」
僕に拒否権はないらしい。寒いだろうに、ナナシさんは羽織っていたカーディガンを僕に被せると僕の手を引っ張って走っていく。
「なんだろな、わたしもジャッキーとはじめて会ったのに、どうしてかはじめて会った気がしないんだ。知り合いにジャッキーに似た人なんていたかなあ?」
帰る途中、ナナシさんが笑顔で僕にそう言った。